聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

739 断罪の茶会(15)

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 ナルディーニ侯爵父子は、なかなかの高さから床に墜落したこともあってか、呻き声は聞こえるものの立ち上がる素振りさえ見えない。

 ブロッカ商会長――子爵は、一度魔道具わなによって跳ね上げられたところで、護衛騎士の誰かが足を出して稼働を止めていた。

 そうして床に落ちたところを、改めて複数名によって捕らえられているのが視界の端に見えた。

 ここからどうするつもりなのかと思っていると……どうやら魔道具わなはまだまだがあるらしく、多くの目がナルディーニ侯爵父子の方へと向いている間に、更に事態が動きだそうとしていた。

「え……」

 私はうっかり目撃してしまったのだ。

 意味ありげに微笑わら国王陛下フィルバートが、頭を抱えていたはずのエドヴァルドの前に、恐らくは稼働前の魔道具わなを置いている。

 エドヴァルドはそれを見て一度だけ深く息を吐き出したものの、やがて何か決断をしたかのように、ファルコを自らの傍に呼び寄せていた。

「まさか……」
「……レイナ?」

 エドヴァルドのいるテーブルを凝視したままの私をシャルリーヌが訝しんでいるけれど、今は何とも答えようがない。

 何よりこの場所にいる限りは、向こうのテーブルでどんな言葉が交わされていようと、手も口も出せないのだ。

 様子を見ているしかない私の目の前で、テーブルの上にあったはずのその魔道具わなは、そっとファルコに手渡されていた。

 ――任せる。

 エドヴァルドの口元は、確かにそう言っているように見えた。

「ファルコ……」

 私の呟きが聞こえたとは思わないけれど、右手で魔道具わなを手にしたファルコの視線が確かにこちらへと向けられた。

「……!」

 そして魔道具わなを持っている手を軽く掲げて、確かに「ニヤリ」と口の端を歪めたのだ。

「えぇ……」

 どうやら私の思う「まさか」は現実のものとなりそうだった。

「仕方がないから、コレで手を打ってやるよ……っ‼」

 叫んだファルコは魔道具わなの上部に手を触れると、それが実際に稼働を始めるまでのわずかなタイミングを利用して、こちらはフリスビーよろしく床に向かってそれを投げ放っていた。

 誰が止める隙もない。

 何しろ床に身体を叩きつけられているナルディーニ侯爵父子やブロッカ商会長らに対する衝撃も冷めやらぬうちの出来事であるため、見ていない人間も多かったのだ。

 カーリングにサッカーに、今度はフリスビー!
 実験と言うよりはイイ大人たちの壮大なお遊びのような気までしてきた……。

「ほう。ただ配置する以外にも色々とやりようはあるものだな」

 素で感心している陛下の呟きに、ニセ壁の傍にいるヴェンツェン管理部長も、興味深いとばかりに首を縦に振っていた。

 本当にブレない人たちだと思う。

「さて、アルノシュト伯爵。は長年にわたり銀山周辺の村の異常を放置し、農作物はおろか人にまで影響を与えたことへのだ」

 ファルコが投げ放った魔道具わなからやがて風が巻き起こり、着地した場所から床を滑り始めた。

 国王陛下フィルバートの言葉は、わざわざその魔道具わながどこへ向かっているのかを教えているようなものなのだ。

 とは言え距離からして、床を滑る魔道具わなを避ける隙はもうないはずだ。

「抽出や精製の段階で注意深く取扱いを行って来なかったために起きたこととの調べもついている。邸宅やしきという生ける証人ももちろんだが――」

 どうやら、フィトが見つけて王宮で保護をされているらしい「病人」についても、アルノシュト伯爵の息子らしいと察することが出来た。

 税の申告時にはその影も見えなかったところからすると、息子さんは長く伏せっていたのだろうか。

 そんな風に陛下の発言の意図を探ろうとしてるのは、今の状況下では私くらいのものなのかも知れないけど。

「――一応教えておくと、宰相の傍に立つその男はアルノシュト伯爵領内に村の出身だそうだ」

 分かるな? とそこで間を置いた国王陛下フィルバートの口角は明らかに上がっていた。

は諦めて受け入れることだ」

 国王陛下フィルバートのその声と、燃え上がるような殺意のこもったファルコの視線との双方を、果たしてアルノシュト伯爵は目に出来ていただろうか。

 陛下の宣告自体が終わるか終わらないかといったところで、床を滑った魔道具わなは激突していたのだ。

 ……アルノシュト伯爵が座していたテーブルへと。

「ぐっ……!?」

 ヒキガエルのような声を発しないあたり、ナルディーニ侯爵父子よりも肝が据わっているのか、意地っ張りなのか。

 もちろんテーブルと共に思い切り上方向に飛ばされていたわけなんだけど、それでもなお、必死で醜態を晒すまいとしているようだった。

「アルノシュト……っ」

 顔色を変えているのは、むしろレイフ殿下だ。
 やはりアルノシュト伯爵はレイフ殿下派閥、それもかなり近いところにいたんだろう。

 夫人とボードストレーム商会との繋がり何かも考えても、ひょっとしたら献金面での最大の「太客」だった可能性はある。

 水を飲んで宙を舞ったからと言って、恐らく伯爵の処罰はそれでは終わらない。

 それを追認するかのように国王陛下フィルバートが「叔父上」とレイフ殿下へと声をかけていた。

 どうやら陛下的には、宙を舞ってしまった後のことはもう興味の対象ではないらしい。なんだかなぁ、とは思うけど。

「生かすも殺すも要相談だ。欲しい人材があるならの場くらいは設けてもいい」

「……っ」

 処刑か幽閉か不良在庫処分やっかいばらいか。
 言葉の裏を察したレイフ殿下が唇を噛む。

「さて、あの様子では聞こえていないだろうが、ナルディーニ侯爵家に関しても既に証拠も証人も揃っているぞ。ナルディーニやアルノシュトの名が貴族年鑑から消えるか、頭を挿げ替えるかはいずれ公表されるだろう」

 鉱毒汚染を隠蔽してきたアルノシュト伯爵家もそうだけれど、自らの主家であるコンティオラ公爵家を陥れようとしたことを思えば、ナルディーニ侯爵家とて取り潰されても文句は言えない。

 ただ、アルノシュト伯爵の息子さんやナルディーニ現侯爵の実弟であるクレト・ナルディーニ卿は間違まごうことなき被害者だ。

 そのあたりは話し合いの余地はあると、国王陛下フィルバートも考えているようには思えた。

 いずれにせよ茶会の後もまだまだ話は終わらないということなんだろう。

「ヴェンツェンはそろそろ魔道具のデータも取れているだろうが……ガールシンの方はどうだ?」

 害獣扱いで吹っ飛ばされてはいないものの〝痺れ茶〟は洩れなく飲まされている以上、身動きの取れない人間はまだ何人かいる。

「そうですね……」

 そして問われたガールシン医局長は、気付けば私とシャルリーヌのテーブルにはおらず、座り込んだまま立てないらしいエモニエ侯爵のすぐ傍でペタペタと侯爵の身体を触って、叩いて、何やら確認しているようだった。

「い、いつの間に……」

 うん、私もそう思うよシャーリー。

 床を滑る魔道具を気にも留めず、巻き起こる風を避けながらいつの間にか「被験者」の近くまで歩み寄っていたのだ。


 ――研究オタク恐るべし。
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