聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
699 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

740 断罪の茶会(16)

しおりを挟む
「陛下、やはり影響が出ている原因は茶葉だけのようです。事前の情報にあった通り、鉱山付近の水に関しては、一度や二度では影響は出ないということなんでしょう」

 さっきまで床に座り込んだままのエモニエ侯爵を診ていたはずのガールシン医局長は、そんなことを国王陛下フィルバートに報告しながら、今はコンティオラ公爵の隣に立って、強張ったままの公爵の手のひらを指一本ずつそっと開いていた。

 正規の四割の量で手がああなっているとは、いったい茶葉に閉じ込められた元々の痺れ薬の量はどれほどだったのかと、薄ら寒くなってしまう。

 と言うかコンティオラ公爵、この後仕事に復帰出来るのだろうか。

 そんなことを思っているのは私だけなのか、エドヴァルドやイル義父様はじっと自分の手元に視線を落としているし、肝心の陛下は「そうか」と、ガールシン医局長の報告の方を気に留めているようだった。

「ナルディーニ侯爵はご子息が歩けるようになった時間から考えると、まだしばらくは言葉も覚束ないかも知れません」

 そう言いつつも医局長はナルディーニ侯爵の方へは近寄らない。

 さすがに魔道具わなが再稼働するとは思っていないはずだけど、何なら診なくても分かる、くらいに思っているのかも知れなかった。

 気付けば周囲には医局員らしき人らが何人かいて、レイフ殿下やダリアン侯爵、他の〝痺れ茶〟の様子をそれぞれが診ていた。

 手当と言うよりあくまでも「観察」に見えてしまうのは、この場の流れからして無理からぬことな気がした。

「いずれにせよ思った以上のデータが取れそうです。さすがに痺れ薬はどうかと思いますが、何か別の活用法を考えてみるのも一興かと」

 マッドサイエンティストの眼鏡の奥が怪しげに光った――ように見えた。

 しかも「ふむ」とか、真面目に考え込んでますよ、サイコパスな陛下サマが!

 陛下とヴェンツェン管理部長と同様に、陛下とガールシン医局長も「混ぜるな危険」の組み合わせなんじゃ……。

 そんなことをチラと思ったのを悟られてしまったのか、このタイミングで陛下とバッチリ目が合ってしまった。

「思いついたら知らせてくれるか、姉君」
「はいっ⁉」
「今回の魔道具わなの前例もあることだしな。期待している」
「…………」

 マジか、なんて不敬罪確実なことは声には出せない。

 ただ、私が声に出す代わりに向こうのテーブルで、宰相閣下エドヴァルドが怒りの視線をにぶつけていた。

 ぶつけられた当の本人は「ははっ」などと、まったく意に介した風もなく笑っているけれど。

「宰相がおっかないから、このくらいにしておこうか。さて……まだ何故自分がこの場に呼ばれたのかよく分かっていない者もいるかも知れんな」

 そんなことを言いながら、ぐるりと視線を一周させている。
 床ではなく、あくまで椅子にまだ座っている面々を見ている気がする。

 その面々は、一様に顔に「知りたい」と書かれていた。
 陛下の口元が、愉悦の笑みを浮かべているようにも見えた。

「まず未承認の茶葉に関しては、輸入した主犯格は別にいるとしても、流通を黙認したという点では無罪には出来ない。カプート子爵やフラーヴェク子爵がそれに当たる」

 二人の様子からすれば、恐らくは列席者の中で最も軽い量を口にしていると思われる。
 国王陛下フィルバートの言葉に、むしろ襟を正すかのように背筋を伸ばしていた。

「そして実際に使用までしているのがナルディーニ侯爵家とヒチル伯爵家だ。ヒチル伯爵家には別件の余罪もあるから、伯爵代理である先代夫人は別室きぞくろうに、成人間もない息子は側の席に既にいたわけだが」

「!」

 フラーヴェク子爵がピクリとこめかみを痙攣ひきつらせているところからすると、彼にはニセ壁の向こう側が見えていなかったんだろう。

 この時点でのヒチル伯爵家と言うのは、現フラーヴェク子爵となる彼を追い出した後、現伯爵夫人と夫人の実弟が、未成年だった令息の後見に共に付くという形で、事実上の院政を敷いていたらしい。

 息子の成人に伴って正式な爵位継承の儀を行おうとしたものの、そこでフラーヴェク子爵がそれを阻止しようと裁判の準備に着手したため、まだヒチル伯爵位は正式には継承されずに今の状況に至っていたのだ。

 と言うことは、ブロッカ商会長やナルディーニ侯爵令息らと共に座らされていた見知らぬ二人は、いずれもヒチル伯爵家関係者だったということか。

「そして茶葉の販路が瓦解したことで起きた投資詐欺に関しては、ナルディーニ侯爵令息が主導だったのはさておいても、ブロッカ子爵と夫人はそこに完全に関与している。そんな夫人はエモニエ侯爵家の出身。最初にナルディーニ侯爵と組んで茶葉を我が国に持ち込んだのは先代エモニエ侯爵夫人。エモニエ侯爵が積極的に焚きつけたわけではないにしろ、咎めないわけにもいくまい」

 多くの視線が茫然と座り込むエモニエ侯爵へと向けられた。

 侯爵は、勘当した娘と寡婦となり実家に戻ろうとしていた夫人のことでなぜここまで――くらいには思っているのだろうか。

 何もしないことの罪。不真正不作為犯とはよく言ったものだ。

 そんな刑法がアンジェスにあるのかは知らないけれど、間違いなく国王陛下フィルバートはそれに類することを口にして、エモニエ侯爵を暗に責めていた。

「そして同じく投資詐欺のためだけに作られた商会があり、その商会は地方の商業ギルドで時折暗黙の了解的に行われているという保証人の名義貸しを利用して作られた。要は名義貸しを黙認した時点で、間接的ながら詐欺に手を貸したことにもなる」

 視線を向けられたのはコデルリーエ男爵代理の令息で、こちらは顔色を悪くしながら国王陛下フィルバートを見つめていた。あれは確実に〝痺れ茶〟とは無関係に怯えている気がする。

「どうやら鉱山での採掘量が落ち、資金が不足していたらしいな。その報告を怠っていた点と、その事実を把握していなかったダリアン侯爵にも責任はあるだろうとの判断になった。まあ、これは私というよりは宰相とフォルシアン公爵が言い出していた話ではあるがな」

 なるほどお白洲断罪のごとく陛下が話してはいるけれど、色々な報告を受けての判断だと言いたいんだろう。

「さすがに領主の地位にしがみつきすぎだと、戻って伝えておくことだ。まあ……それでも首を縦に振らんようなら、のはやぶさかではない」

「――――」

 もう、気の毒にコデルリーエ男爵代理の令息の顔色は青を通り越している。

 何せ「血塗れの王」の言うことだ。
 この場の誰にも冗談には聞こえなかっただろう。

「も、戻り次第家族会議を開きます……!」

「そうか。ではダリアン侯爵、名義貸しなどと綱渡りの領地経営をさせぬよう、同じ鉱山地域を管理監督する者として今後の動向を注意しておくんだな」

 コデルリーエ男爵領はフォルシアン公爵領内にあると同時に、領内の鉱山を管理監督しているダリアン侯爵家を事実上の寄り親にしている。

 こちらも、暗に監督不行き届きを責められていると理解したダリアン侯爵が、護衛騎士に支えられた状態で頭だけを国王陛下フィルバートに向かって下げていた。

「それとダリアン侯爵は、アルノシュト伯爵領内において銀の採掘過程で生じたに関する情報の共有を命じておく。銀と宝石と、採掘されるモノが違うとは言え精製の過程が似通るところもあるだろうからな」

「採掘過程での異変……ですか?」

 陛下の言葉に、心当たりのなかったらしいダリアン侯爵が怪訝そうな表情のまま頭を上げていた。

 気が付いていないのか、まだ起きていないことなのか――後者であれば、いいのだけれど。

「私は製法にあまり詳しくはないが、鉱石の精製過程で使用した水を川にそのまま垂れ流すことで、時間の経過と共にそれが人にとっての有害物質に変わるそうだ。まさかと思うよりも先に、実際にアルノシュト伯爵邸でも見つかっている。同様の症例がないか、ヤードルード鉱山周辺も探っておくべきだろうな」

「!」

 どこからその「原因」の話を聞いたのかはさておき、国王陛下フィルバートの発言に目を瞠ったのは、ダリアン侯爵だけじゃなかった。

 ダリアン侯爵の更に上位者であるフォルシアン公爵しかり――あろうことか、床から上半身だけを起こしていたアルノシュト伯爵もその中の一人だった。

「…………アルノシュト伯爵」

 気付いたエドヴァルドの周囲から、恐ろしいまでの怒りの冷気オーラが噴出しだした。

「知らずにただ、外聞のためだけに息子を閉じ込めていたとでも言うつもりか……?」

 今年の税の報告で発覚するまでの間、アルノシュト伯爵領内の銀の街で何が起き、何が見過ごされてきていたのか。

 それが今、白日の下に晒されようとしていた。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。