聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの煩慮(2)

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 長官五人がやって来るまでの間、執務室にいるエリサベト夫人とダリアン侯爵の異母弟おとうとに、時間がかかりそうだと伝えてくる――と言い残して、フォルシアン公爵が一度席を外した。

 それは半分は事実、半分は建前ではないかと私には見えた。

 何故なら司法・公安部門の長官ロイヴァス・ヘルマンと、財務・商務部門の長官であるアダム・ブレヴァルは、すぐに軍神デュールの間に来ることが出来る場所にいたが、他の三長官はそうではないからだ。

 来客中だと言う運輸・公共(教育)部門の長官であるオーステン・カッレはさておいても、特に貴族牢の連中を相手どらねばならない軍務・刑務部門の責任者ライネル・シクステンや、三国会談の準備の中心人物と言っていい人事・典礼部門の責任者ルジェク・ダールグレンなどは、今現在王宮内を走り回っていてもおかしくなく、はたしてどの部署に出入りしているのかと言うところから確認を始めなければならない筈だ。

 フォルシアン公爵が席を外したのも、多少はその時間を見越しているからに違いない。

 だが一方で、アルノシュト伯爵領のことで、私やファルコを落ち着かせるだけの時間を捻出したのではないかと言う気もしていた。

 フォルシアン公爵が席を外せば、ダリアン侯爵がこの場に残ろうとも、鉱山の問題を深堀して追及することがしづらい。

 同時にそれは、先に別の問題を議論するための理由づけの一つにもなる。

 何も言わずさらりとそれをやってのけるあたり、本人がどう思っているかはともかく、現状、最も次の玉座に近いその立場も含めて、伊達に彼も二十年近く「公爵」の名を背負ってはいないと言うことだ。

 私は小さく息を吐き出して、一瞬だけ目を閉じた。

 ――イデオン公爵である前に、アンジェス国の宰相だろう?

 そう言われたのだと私は理解をして、頭の中で、すべきことをざっと順序立てた。

「乱暴な分け方をするなら、ジェイの投資詐欺に関してはギルドも絡む、言わば国内案件。であれば、まずは〝痺れ茶〟の流通に関しての対応を協議するのが先かと」

「ふむ」

 王は口元に手をあてただけで、特に異論反論を言わなかったので、それに関しては妥当だと思ったのかも知れない。

「では、先代エモニエ侯爵夫人だけでもこの場に連れて来させるか? まあ、話せる状態であればの話だが」

 ただ、その後に続いた言葉は、更なる修羅場を期待していると言わんばかりの口調だったために、私どころか大勢の観客の中でも色々と台無しになった気はした。

「話せる状態であろうとなかろうと、医局長の手を借りれば何とでもなると思っておいででしょう。ナルディーニ侯爵父子おやこを放置したままなのも、適当なところで起こせばいいとお考えなのでは?」

 私は遠慮なく目を細めて国王フィルバートを見やったが、当の本人は全く動じていない。
 むしろ私が言い返すのを楽しんでいるフシさえあった。

「堂々と言ってのける、おまえも大概だと思うがな」

「特段間違っていたとも思いませんが」

「気付け薬の一つや二つはあるだろうと思ったことは否定しない。存外、薬よりも軍務か刑務の誰かに起こさせる方が確実かも知れんがな」

 王を直視していないとは言え、低く笑うその声で、ある程度の感情は伝わるのだろう。
 テーブルに視線を落とす「招待客」の多くが顔色を悪くしている。

 王と宰相がこの期に及んで世間話や冗談など口にはすまいと、居並ぶ誰もが察知しはじめていた。

「何にせよ、先代エモニエ侯爵夫人から直接事情を聞くことに反対はしません。あちらバリエンダールの王と王太子、どちらに話を通すべきか。いい判断材料になるのではないかと」

「ナルディーニ侯爵と酷い罵り合いになったらどうする?」

「むしろ、そうなるのを期待されているようにしか聞こえませんが」

 言い切る私に、今度こそ国王フィルバートは声を上げて笑った。

「それで互いの罪を暴露しあってくれれば、皆も手間が省けて良いではないか。私ばかりが悪趣味であるかのように言われるのは少々不本意だな」

「……不本意と言う表情おかおには到底見えません」

 答える代わりに国王フィルバートは軽く片手を上げ、気付いた〝草〟の一人が下がっていったところを見ると、貴族牢から先代エモニエ侯爵夫人を引っ張り出してくるつもりと言うことだろう。

「宰相とコンティオラ公爵、どちらが話を聞こうが私は構わんが、少なくとも『何故こんなことをした』とか、阿呆なことは聞いてくれるなよ」

 くどくは言わないが、王の目は私ではないところを向いている。

 ピクリとコンティオラ公爵の肩が動いた気はしたが、それも答えと言えば答えだろう。

「それはそれで、事情聴取の常套句ではあるんですが?」

 公を庇うわけではないが、ついそう言ってしまった私ににも、国王フィルバートは肩を竦めるばかりだ。

「そもそも、理由があるからやったんだ。何故も何もないだろう。無駄な問いかけとしか思わんな」

「自己顕示欲に満ちたタイプであれば、そう水を向けてやる方が、聞いてもいないことを語り始める場合もあって、ある意味ラクなんですがね」

「牢の女はそのタイプだと?」

「そればかりは、何とも」

 何せ代が変わる前に、数度公式の場で姿を見たことがある程度だ。

 本人の中で渦巻いているのが、自己顕示欲か復讐心か。
 今この場で断じられようはずもなかった。

「……イデオン公」

 そんな私と王のやりとりを、どう思って聞いていたのか、コンティオラ公爵の小さな声がそこでようやく発せられた。

 遠慮でもなんでもなく、普段からこの声量なのだ。
 これに関しては、王であっても苦情の声はあげなかった。

「私が主となっていては、公平性に欠くと思われかねない。途中で質問をすることはあるかも知れないが、主たる問いかけは公にお願いしても良いだろうか」

「……なるほど」

 恐らく「何故こんなことを」は、コンティオラ公爵が最も問いかけたいことであるはずだ。

 だが肝心の王が、それに待ったをかけようとしている。

 皆の手前、どちらが聴取をしても構わないと言いながら、実際には一歩退けと言っているのだ。

 ある意味それも罰――の一つなのかも知れなかった。

「では、遠慮なくそうさせて貰うとしよう」

 私もコンティオラ公爵も、互いにそう言い合うよりほかはなかった。



 そうこうしているうちに、ロイヴァス・ヘルマンとアダム・ブレヴァルの両長官が、護衛騎士に連れられて軍神デュールの間の前まで来ているとの声がかかったのだ。

 それに否と言う者など、この場にいようはずもなかった。
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