聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの煩慮(3)

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「閣下……何ごとでしょうか、これは」

 遠慮も何もなく、軍神デュールの間を一瞥してこめかみに青筋を立てているのは司法・公安長官ロイヴァス・ヘルマン。

 ロイヴァスと面識のない何人かは、ギョッとなって身体を強張らせているが、私にしてみれば予想通りの反応であって、今更驚くには値しない。

隣の国バリエンダールから未承認の茶葉が流入した。茶葉と言っても痺れ薬が混入された特殊な茶葉。先代エモニエ侯爵夫人がバリエンダールの己の生家を破滅させるために、ナルディーニ侯爵を誑し込んで海路から流入された――と言う話だが、まだ肝心の当人から話は聞けていない」

「……未承認……痺れ薬……」

 それだけで既に法に反した話だと言えるし、エモニエ、ナルディーニと「侯爵家」の名前が出ている以上は、高等法院案件間違いなしの話でもある。

 仕事が増えた、と説明もしないうちから悟ったロイヴァスは、怒り狂うのを通り越してすっかり無表情になっていた。

「ああ、話はそれだけじゃない。茶葉は思った以上にアンジェス国内に入り込んでいて、その資金を稼ぎ出すために別の事件を起こした連中もいる」

「…………続きを伺いましょう」

「ありもしない、ジェイの漁場開拓話をでっち上げた。所謂、投資詐欺だ。複数の貴族どころか商会も巻き込んでいるから、既に王都商業ギルドまでが事態の鎮静化に乗り出そうとしている」

 だが私の言葉に、ロイヴァスよりも先に反応した人物がすぐ隣にいた。

「…………それで、私も呼ばれましたか」

 財務・商務を司るアダム・ブレヴァル侯爵。確か今のクヴィスト公爵代理と学園の同期だったか。 
 五人の長官の中でただ一人、本人が侯爵位を持つ男だ。

 今のブレヴァル侯爵領には、スヴェンテ公爵家直系、リオル・スヴェンテの実の父親サムエル・スヴェンテが、事実上の蟄居処分相当でそこに暮らしている。

 サムエル自身、かつて公爵家の後継者だったカミルほどではなかったにせよ、領下の地であれば充分に運営出来る能力があった。

 だからこそサムエルをブレヴァル侯爵領に残して、スヴェンテ老公の娘、処刑された先代当主の妹をアダムに娶らせて、王都で長官職を与えている――言わば特別措置の現状が成立している。

 サムエルの息子リオルがスヴェンテ公爵家を継ぐ以上は、アダムが長官職にあろうと、アダムの息子は余程のことがなければ、次のブレヴァル侯爵家の領主だ。

 そのため、今はアダム一人が王都在住だ。
 妻と子はサムエル夫妻と共に領政を補佐していると聞いている。

「司法面ではヘルマン長官の出番なのでしょうが、ギルドが絡むとなると商務、むしろ私が前に出ないと――と言うわけですね」

 羊至上主義、と王すら眉を顰めるヘルマン侯爵と違い、ブレヴァル侯爵の為人ひととなりは総じて穏やかだ。

 寄り親であるスヴェンテ公爵家が何をして、どういう目で見られがちなのかをきちんと理解して、一線を引いた対応が出来る男なのだ。

「……そうとも言えるし、違うとも言えるな」

 とは言え、さすがにこの先を聞けば八つ当たりの一つや二つはしたくなるのではないかと言う気はしている。

「と、おっしゃいますと」

 首を傾げるアダム同様、ロイヴァスも無言で僅かに眉根を寄せていた。

「言ったろう。そもそも、この騒ぎの原因になっている茶葉はバリエンダールから流入した、と。喫緊の予定は何だ? 果たして典礼――外交の部署を無視して話し合いが出来ると思うか?」

「「!!」」

 二人とも伊達に長官職を名乗っているわけではない。
 あっという間に私の言葉を呑み込んで、顔色を変えていた。

「それらの事件を……並行して取り調べなければならない、と?」
「人手が……」

 ロイヴァス、アダム、それぞれの言っていることは正しい。

「しばらく王宮内、夜も灯りは消えんだろうな」

 私もそう言って、それを肯定しておいた。

軍務・刑務ライネルも既に満員御礼の貴族牢をどうするか、サレステーデの阿呆どもをどうするかで手いっぱい。明らかに全部署が人手不足。人事担当を突いて、運輸・公共オーステンの部署の官吏を大量に、一時的に借り受けるくらいのことはせねばならんだろうよ」

 いつまでもサレステーデのやらかし王族連中を牢に放り込んでおくわけにもいかない。
 拘束する日数が増えれば増えるほど、衣食住の費用が発生する。要はそれだけ税金が使われる。

 出来れば国内のことよりも、先にサレステーデの宰相と彼らの処遇を話し合って、自治領化の道筋を確かなものにしておきたい。

 そのためにはバリエンダールとの意見のすり合わせも大事だと言うのに、そこに降って湧いたのが〝痺れ茶〟問題。

 どうしたって、同じテーブルの上に乗せて話し合う必要があるだろう。

 せいぜい、かろうじて、漁場投資詐欺の話を後に出来るかと思うものの、コンティオラ公爵をはじめ、あまりに関わっている家や人が多い。

 特にコンティオラ公爵は、典礼、外交の責任者だ。三国会談をスムーズに進めるためには公務に集中して貰わねばならない。投資詐欺の話だって後回しにしていいわけではないのだ。

 結局、どれも同時に手がけなければならない――と、話は堂々巡りになる。

「ではここには、我々以外の長官もすぐにやって来ると言うわけですか」

 こめかみを揉み解しながらのロイヴァスのため息に、私は頷いた。

「スヴェンテ老公、クヴィスト公爵代理もだ。今回の騒動、複数の高位貴族が関わったり巻き込まれたりしている。十数年ぶりに高位貴族の領地がする可能性も否定しきれん――と言うか、間違いなくそれは起きるだろうな」

 ナルディーニ侯爵やエモニエ侯爵の現状を一瞥しただけでも、長官の地位にある者であれば察しはつくはず。

 更にアルノシュト、ヒチルと言った伯爵家レベルの話もこの後耳にするとなれば、もはや発狂確実だろう。

「……軍務・刑務長官ライネルが暴れるのではないですか、閣下」

 口元をひくつかせているロイヴァスに、否定してやれるだけの言葉を私は持たなかった。

 今更この部屋の何が壊れようと、元の散らかりにほんの些細な再起不能品が加わるだけだ。

「――失礼します。カッレ長官がお見えです」

 そして新たに扉の向こうで護衛騎士が告げた名前に、こちら側の皆が微かにほっと息を吐き出したのは、誰もが見て見ぬふりを決め込むことになった。
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