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第三部 宰相閣下の婚約者
789 たとえ会わずとも
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「なるほど、大叔父上か……」
フィルバートにとっての大叔父とは、今は亡きトーレン・アンジェス殿下――前宰相のことだ。
腕組みをして目を閉じているテオドル大公にとっては、大公の祖父がトーレン殿下の父、三代前の国王陛下にあたっていた。
ただ、大公自身は直系王族ではない。祖父が当時の国王でも、大公の祖母がトーレン殿下の母とはならないからだ。トーレン殿下の母が王の正妃であったのに対して、大公の祖母は王の側妃だった。
とはいえ、血統上は複雑な関係性だったにもかかわらず、共に王位を継がない王族ということで、テオドル大公とトーレン殿下の間に反目はなく、むしろそれなりの交流すらあったらしい。それは、エドヴァルドの知るところでもあった。
王の正妃だったトーレン殿下の母がイデオン公爵家から嫁いでいたというのもあったのかも知れないし、もしかするとエドヴァルドが生まれた経緯を分かっていて、共に傍若無人な王族の愚行に人生を狂わされた者との共感があったのかも知れない。
トーレン殿下は、もともと寡黙な性格で多くを語るタイプではなかったという。ただ黙って、自分が持つ宰相としてのノウハウを全てエドヴァルドに叩きこんだのだ。
いつかエドヴァルドがその血の真実を誰かに知られたとしても、足元が揺らぐことのないようにと。
確かめる術はない。
けれど大筋で間違ってはいないはず。
周辺諸国からは「事実上の国王」とまで言われながら、独身を貫きジュゼッタ姫を想いつづけたのなら、そうであろうと私が信じているだけだ。
フィルバート、テオドル大公、エドヴァルドは、三者三様の表情を見せている。
きっと、それぞれが知るトーレン殿下の姿に思いをはせている。そんな気がした。
「ロクでもない王族ばかりと言われかねないところを、どうやら今なお喰い止めて貰っているようだ」
「あの方は器が違い過ぎた。永遠に追いつける気はしませんな」
フィルバートが肩をすくめ、テオドル大公がそれに頷いている。
二人には王族故の通じ合う何かがあるのだろう。
エドヴァルドだけが、それに対して苦い表情を見せていた。
「私の力不足です、陛下。私はエモニエ先代侯爵夫人の件までは、トーレン殿下から引き継げてはいませんでした」
「どうだろうな? 私は、最初から告げるつもりもなかったのではないかと思うがな」
「陛下……」
「別に慰めているつもりはないぞ、宰相。大叔父上とて王族だ。ただただ夫人の境遇に心を痛めてエモニエ先代侯爵に夫人を託したわけでもなかろうよ」
エドヴァルドからエモニエ先代侯爵夫人に視線を移しながら「私なら」と、フィルバートは淡々と言葉を紡いでいる。
「夫人の復讐心を察していたとて、目を瞑る。夫人が誰を引き込み、誰を破滅させるか。定期的に探らせて、影から後押しをする。助力ではないぞ。ほんの少しだけ、夫人が動きやすいよう相手を誘導するだけだ。どうせ死ぬ覚悟をしているのだ。ならば本人の手で全て葬らせてやればいい。自分が死んだ後も復讐を続けてくれる者を、それで労せず育てられるのだからな」
自分が死んだ後も復讐を続けてくれる者を遺す――。
フィルバートだからこその発想だと言える。
「大叔父上の年齢からすれば、自分が生きている間に全員を墓の下に蹴り込めるとは思えなかった。ましてバリエンダールにまでどうやって手を伸ばすかというところもあった。そんな時にエモニエ……当時はフレイア伯爵令嬢か? 復讐を目論むその存在を見れば、駒にしたいと思うだろうよ」
あくまで本人には自分の傀儡だと悟らせず、だ。
エモニエ先代侯爵夫人が本懐を遂げることと、自分の復讐が完遂することを一致させて、全ての禍根を葬り去る。
そうすれば必ずしも、自分が最後まで生き残る必要もない。
トーレン殿下は表の顔で、公務においてエドヴァルドを育て、裏の顔でアレンカ・フレイア伯爵令嬢の復讐心を育てたのだろう。
エモニエ侯爵家は、当時何かしらの理由でアレンカ嬢を輿入れさせるのには都合が良かったということだ。
そのあたりの真実は、もはや永遠に闇の中だ。
「夫人自身の才覚と、大叔父上による少しの誘導。どちらが欠けても、今回のことは起きなかった気がするがな」
「……トーレン殿が未承認の茶葉に関係を?」
聞き返すテオドル大公の声はやや震えている。
この中で誰よりもトーレン殿下に近い大公だからこそ、それだけは認められないとその表情が語っている。
フィルバートはそんなテオドル大公に向かって、ひらひらと片手を振った。
「時期が合わない。今となっては確かめようもないが、大叔父上は恐らく夫人が人か物か、ともかく『何か』を横流しして国政を混乱に陥れるだろうことを前提に、流通経路の一部を予め緩めておいたのではないか? 言っただろう。ほんの少し誘導するだけだ、と」
「……それは」
テオドル大公が、口を真一文字にして黙り込む。
他からも、否定の声は上がらないし、エドヴァルドにいたってはあり得ると言わんばかりに頷いていた。
「恐らく……それを緩めた者は、自分がそれを為したことさえ気が付いていないかも知れない。もしかしたら複数の人間が、そうと知らず順に仕掛けを解いていったのかも知れない。誰にも気付かれず、けれど確実にコトが成就するように。トーレン殿下であれば、それくらいのことは容易にやってのけられる」
長きに渡りアンジェスを背負っていた、孤高の宰相。
エドヴァルドが、自分でさえも未だ遠く及ばないと敬意を抱く、深慮遠謀の持ち主。
幇助犯は死者。
死して後に仕掛けが発動した。そんな荒唐無稽な推測を、誰も疑わない。
「ほ……」
それまで茫然と立ち竦んでいたエモニエ先代侯爵夫人が、扇の代わりか右の手の甲を口元にあてながら「ほほほほ……っ」と、場にそぐわない笑い声をあげたのは、その時だった。
「ええ、ええ、そうですわ。私がブロッカ商会を動かして茶葉を仕入れた時、まるでそれを待っていたとばかりに紹介状が舞い込み、流通経路が繋がっていきましたわ。そうですのね。私が先々代の国王陛下に飽き足らず、エモニエ先代侯爵まで誑かしただのと社交界で噂されたのを抑えて下さっただけではありませんでしたのね」
「!」
もともと、ジュゼッタ姫の輿入れが叶わなくなり、バリエンダール王家より無理矢理押し付けられた、とある侯爵家の令嬢の専属侍女としてアンジェス入りしたのがことの始まりらしい。
その「とある侯爵令嬢」はその時点ですでにバリエンダールの当時の王のお手付きであり、バリエンダール側はあわよくばトーレン前宰相を取り込もうと、スパイのような役割を課して、その令嬢を送り出していたのだという。
けれどアンジェス国内では、既に宰相と姫の悲恋の物語は社交界に広まっていた。
針の筵となった侯爵令嬢は、自らの立場を失いたくないからと、結果的に当時の国王に擦り寄った。
主が国王に近付けば、侍女であるフレイア伯爵令嬢も、必然的に王と接する機会が増える。そしてアンジェスの当時の王も、バリエンダールの王に負けず劣らずの好色王。
侯爵令嬢はともかく、伯爵令嬢の方は望みもしなかった関係を強いられることになったのだ。
復讐心が芽生えたのも、トーレン殿下がフレイア伯爵令嬢のその決意を知ったのも、恐らくはその辺り。
侯爵令嬢の行方は聞いていない。ただ少なくとも「フレイア伯爵令嬢」は、後妻の座に就く以外に重みも柵もないエモニエ侯爵家に、中央から離れて嫁すことになった。
宰相であれば、そのあたりの采配は容易だっただろうし、令嬢が受けた仕打ちを思えば、決して職権乱用と声高に叫ばれることもない。
「まさか復讐の種に水を撒いて下さっていたとは、思いもしませんでしたわ。本当に……お会いする機会もろくにありませんでしたもの」
そう言って目の端に浮かんだ涙を指で拭っているのは、多分笑い過ぎたという理由だけではないような気がした。
「――ではナルディーニ侯爵父子に関しては? それも誑かしてはいないと?」
軍務・刑務を預かるイル義父様としても、さすがにずっとは黙っていられなかったんだろう。
会話がちょうど途切れたタイミングで、感情を乗せない声で口を開いた。
「……ご子息はさすがに私には若すぎますわ」
「…………なるほど」
エモニエ先代侯爵夫人は、たった一言でイル義父様の問いかけに過不足なく答えきった。
敢えて「誑かす」と過激な単語を使われたことにも、顔色ひとつ変えなかった。
元はエモニエ侯爵令嬢時代のコンティオラ公爵夫人に執着していたらしいナルディーニ侯爵だけど、そうでなくとも女性との浮名が絶えない人だと言うから、ハニトラしようと頑張らなくても、あっさりと引っかかってしまいそうな気はした。
恐らくはトーレン殿下が残した仕掛けで繋がりを持てた商会とのパイプを維持するために、特に沿岸沿いに領地を持つ貴族の中から夫人はナルディーニ侯爵に目をつけ、侯爵家を味方につけた。つけた、つもりだった。
欲をかいてその息子や義実家の関係者がジェイの投資詐欺に手を出したのは想定外だっただろう。
「夫人」
夫人の刑罰を決めるという点で、思うところがあるのかイル義父様は続けて問いかけた。
「この国に未練があるとしたら?」
「特にございませんわ」
笑って言い切ったエモニエ先代侯爵夫人だったけれど、少しだけ考える仕種を見せて「ああ……でも」と、小さな呟きを洩らした。
「許されるのであれば、エモニエ侯爵家の先代様と……先代宰相閣下の墓碑には、頭を下げとうございますわ。ここまで私を導いて下さったことへの――御礼を」
笑顔の夫人に、誰も、すぐには即答出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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いよいよ本日「聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?3」発売です!!
昨日出荷されていますので、書店に並び始めていることと思います。
電子書籍は少し時期がずれると思いますので、改めて告知させて頂きますm(_ _)m
紙書籍のカバー記載のQRコード、あるいはレジーナブックスHP上から3巻刊行記念の特別番外編もお読みいただけますので、併せてぜひお楽しみ下さい(*^-^*)
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同日9冊発売の大・大・大激戦ですので、書籍購入+特別番外編を読む前のアンケートで続刊希望のリクエストを何卒宜しくお願い致します……!!
フィルバートにとっての大叔父とは、今は亡きトーレン・アンジェス殿下――前宰相のことだ。
腕組みをして目を閉じているテオドル大公にとっては、大公の祖父がトーレン殿下の父、三代前の国王陛下にあたっていた。
ただ、大公自身は直系王族ではない。祖父が当時の国王でも、大公の祖母がトーレン殿下の母とはならないからだ。トーレン殿下の母が王の正妃であったのに対して、大公の祖母は王の側妃だった。
とはいえ、血統上は複雑な関係性だったにもかかわらず、共に王位を継がない王族ということで、テオドル大公とトーレン殿下の間に反目はなく、むしろそれなりの交流すらあったらしい。それは、エドヴァルドの知るところでもあった。
王の正妃だったトーレン殿下の母がイデオン公爵家から嫁いでいたというのもあったのかも知れないし、もしかするとエドヴァルドが生まれた経緯を分かっていて、共に傍若無人な王族の愚行に人生を狂わされた者との共感があったのかも知れない。
トーレン殿下は、もともと寡黙な性格で多くを語るタイプではなかったという。ただ黙って、自分が持つ宰相としてのノウハウを全てエドヴァルドに叩きこんだのだ。
いつかエドヴァルドがその血の真実を誰かに知られたとしても、足元が揺らぐことのないようにと。
確かめる術はない。
けれど大筋で間違ってはいないはず。
周辺諸国からは「事実上の国王」とまで言われながら、独身を貫きジュゼッタ姫を想いつづけたのなら、そうであろうと私が信じているだけだ。
フィルバート、テオドル大公、エドヴァルドは、三者三様の表情を見せている。
きっと、それぞれが知るトーレン殿下の姿に思いをはせている。そんな気がした。
「ロクでもない王族ばかりと言われかねないところを、どうやら今なお喰い止めて貰っているようだ」
「あの方は器が違い過ぎた。永遠に追いつける気はしませんな」
フィルバートが肩をすくめ、テオドル大公がそれに頷いている。
二人には王族故の通じ合う何かがあるのだろう。
エドヴァルドだけが、それに対して苦い表情を見せていた。
「私の力不足です、陛下。私はエモニエ先代侯爵夫人の件までは、トーレン殿下から引き継げてはいませんでした」
「どうだろうな? 私は、最初から告げるつもりもなかったのではないかと思うがな」
「陛下……」
「別に慰めているつもりはないぞ、宰相。大叔父上とて王族だ。ただただ夫人の境遇に心を痛めてエモニエ先代侯爵に夫人を託したわけでもなかろうよ」
エドヴァルドからエモニエ先代侯爵夫人に視線を移しながら「私なら」と、フィルバートは淡々と言葉を紡いでいる。
「夫人の復讐心を察していたとて、目を瞑る。夫人が誰を引き込み、誰を破滅させるか。定期的に探らせて、影から後押しをする。助力ではないぞ。ほんの少しだけ、夫人が動きやすいよう相手を誘導するだけだ。どうせ死ぬ覚悟をしているのだ。ならば本人の手で全て葬らせてやればいい。自分が死んだ後も復讐を続けてくれる者を、それで労せず育てられるのだからな」
自分が死んだ後も復讐を続けてくれる者を遺す――。
フィルバートだからこその発想だと言える。
「大叔父上の年齢からすれば、自分が生きている間に全員を墓の下に蹴り込めるとは思えなかった。ましてバリエンダールにまでどうやって手を伸ばすかというところもあった。そんな時にエモニエ……当時はフレイア伯爵令嬢か? 復讐を目論むその存在を見れば、駒にしたいと思うだろうよ」
あくまで本人には自分の傀儡だと悟らせず、だ。
エモニエ先代侯爵夫人が本懐を遂げることと、自分の復讐が完遂することを一致させて、全ての禍根を葬り去る。
そうすれば必ずしも、自分が最後まで生き残る必要もない。
トーレン殿下は表の顔で、公務においてエドヴァルドを育て、裏の顔でアレンカ・フレイア伯爵令嬢の復讐心を育てたのだろう。
エモニエ侯爵家は、当時何かしらの理由でアレンカ嬢を輿入れさせるのには都合が良かったということだ。
そのあたりの真実は、もはや永遠に闇の中だ。
「夫人自身の才覚と、大叔父上による少しの誘導。どちらが欠けても、今回のことは起きなかった気がするがな」
「……トーレン殿が未承認の茶葉に関係を?」
聞き返すテオドル大公の声はやや震えている。
この中で誰よりもトーレン殿下に近い大公だからこそ、それだけは認められないとその表情が語っている。
フィルバートはそんなテオドル大公に向かって、ひらひらと片手を振った。
「時期が合わない。今となっては確かめようもないが、大叔父上は恐らく夫人が人か物か、ともかく『何か』を横流しして国政を混乱に陥れるだろうことを前提に、流通経路の一部を予め緩めておいたのではないか? 言っただろう。ほんの少し誘導するだけだ、と」
「……それは」
テオドル大公が、口を真一文字にして黙り込む。
他からも、否定の声は上がらないし、エドヴァルドにいたってはあり得ると言わんばかりに頷いていた。
「恐らく……それを緩めた者は、自分がそれを為したことさえ気が付いていないかも知れない。もしかしたら複数の人間が、そうと知らず順に仕掛けを解いていったのかも知れない。誰にも気付かれず、けれど確実にコトが成就するように。トーレン殿下であれば、それくらいのことは容易にやってのけられる」
長きに渡りアンジェスを背負っていた、孤高の宰相。
エドヴァルドが、自分でさえも未だ遠く及ばないと敬意を抱く、深慮遠謀の持ち主。
幇助犯は死者。
死して後に仕掛けが発動した。そんな荒唐無稽な推測を、誰も疑わない。
「ほ……」
それまで茫然と立ち竦んでいたエモニエ先代侯爵夫人が、扇の代わりか右の手の甲を口元にあてながら「ほほほほ……っ」と、場にそぐわない笑い声をあげたのは、その時だった。
「ええ、ええ、そうですわ。私がブロッカ商会を動かして茶葉を仕入れた時、まるでそれを待っていたとばかりに紹介状が舞い込み、流通経路が繋がっていきましたわ。そうですのね。私が先々代の国王陛下に飽き足らず、エモニエ先代侯爵まで誑かしただのと社交界で噂されたのを抑えて下さっただけではありませんでしたのね」
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もともと、ジュゼッタ姫の輿入れが叶わなくなり、バリエンダール王家より無理矢理押し付けられた、とある侯爵家の令嬢の専属侍女としてアンジェス入りしたのがことの始まりらしい。
その「とある侯爵令嬢」はその時点ですでにバリエンダールの当時の王のお手付きであり、バリエンダール側はあわよくばトーレン前宰相を取り込もうと、スパイのような役割を課して、その令嬢を送り出していたのだという。
けれどアンジェス国内では、既に宰相と姫の悲恋の物語は社交界に広まっていた。
針の筵となった侯爵令嬢は、自らの立場を失いたくないからと、結果的に当時の国王に擦り寄った。
主が国王に近付けば、侍女であるフレイア伯爵令嬢も、必然的に王と接する機会が増える。そしてアンジェスの当時の王も、バリエンダールの王に負けず劣らずの好色王。
侯爵令嬢はともかく、伯爵令嬢の方は望みもしなかった関係を強いられることになったのだ。
復讐心が芽生えたのも、トーレン殿下がフレイア伯爵令嬢のその決意を知ったのも、恐らくはその辺り。
侯爵令嬢の行方は聞いていない。ただ少なくとも「フレイア伯爵令嬢」は、後妻の座に就く以外に重みも柵もないエモニエ侯爵家に、中央から離れて嫁すことになった。
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会話がちょうど途切れたタイミングで、感情を乗せない声で口を開いた。
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「…………なるほど」
エモニエ先代侯爵夫人は、たった一言でイル義父様の問いかけに過不足なく答えきった。
敢えて「誑かす」と過激な単語を使われたことにも、顔色ひとつ変えなかった。
元はエモニエ侯爵令嬢時代のコンティオラ公爵夫人に執着していたらしいナルディーニ侯爵だけど、そうでなくとも女性との浮名が絶えない人だと言うから、ハニトラしようと頑張らなくても、あっさりと引っかかってしまいそうな気はした。
恐らくはトーレン殿下が残した仕掛けで繋がりを持てた商会とのパイプを維持するために、特に沿岸沿いに領地を持つ貴族の中から夫人はナルディーニ侯爵に目をつけ、侯爵家を味方につけた。つけた、つもりだった。
欲をかいてその息子や義実家の関係者がジェイの投資詐欺に手を出したのは想定外だっただろう。
「夫人」
夫人の刑罰を決めるという点で、思うところがあるのかイル義父様は続けて問いかけた。
「この国に未練があるとしたら?」
「特にございませんわ」
笑って言い切ったエモニエ先代侯爵夫人だったけれど、少しだけ考える仕種を見せて「ああ……でも」と、小さな呟きを洩らした。
「許されるのであれば、エモニエ侯爵家の先代様と……先代宰相閣下の墓碑には、頭を下げとうございますわ。ここまで私を導いて下さったことへの――御礼を」
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