758 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者
【アンジェス王宮Side】護衛騎士サタノフの別離(べつり)・(後)
しおりを挟む
「ぴぃっ! ぴいっ!」
白く丸い小さな鳥が、天井付近をくるくると旋回している。
すぐに降りてこないのは「来い」と言われないため、カタがついたかどうかが分からずに降りられないのだ。
こちらの邪魔をしないよう、ヘリファルテなりに考えているということだろう。
これがレイナ様がいたなら、問答無用に頭の上に着地していたはずだ。
閑話休題
「すまない、つい、手、出た」
王宮の廊下という公的な場所であるため、ギーレンの辺境出身であるキリーロヴ・ソゾンも、ここではカタコトのアンジェス語だ。
この男はもともと、同じ特殊部隊でも実行部隊、つまりは襲撃や暗殺を担う側にいた。
ひとたび本気で剣を持てば、それすなわち相手の命を奪う方へと直結するのだ。
この時も、背後から正確に心の臓を刺し貫いていたため、ずるりと剣を抜いたあとは、崩れ落ちた身体の下から血がどくどくと流れ出る凄惨な光景が展開される羽目になった。
そこでようやく、自分が誰を刺したのかを認識したのである。
「副隊長、か?」
どういうことかと目を瞬かせている元同僚兼友人に、深く息をつきながら剣を鞘にしまった。
「来い――リファ」
まずは飼い鳥の呼び戻しだ。
今やすっかり、レイナ様が付けた名前を呼ばないことにはピクリとも反応しない。
名前を呼んだところでようやく「ぴ!」と方向転換をし、ぱたたと肩の上に着地をした。
どうしてレイナ様の時だけは頭の上なのかが、やや解せないが、今は置いておく。
「あの飛び蹴りは、レイナ様直伝か?」
「ぴ!」
サレステーデの王女によるアレコレを阻止した際に、飛び蹴りをして止めるよう指示したのがレイナ様だ。
手紙の配達しか教えた覚えのない私の躾では、断じてない。
案の定「褒めて!」と言わんばかりの鳴き声が返ってくる。
「……分かった。キーロが持って来た肉の食べ放題は、その通りにしてやるから少し待て」
「ぴ!」
「分かってる、約束は守る」
直接言葉が分かるわけではないが、何となく言いたいことは分かるのだ。
多分、レイナ様もそのはずだ。
最近、リファの存在に慣れてきたキーロも恐らくそうだろう。親指を立てて、それにリファが「ぴ!」と応えているくらいなのだから。
だがその前に、護衛騎士として聞いておかなくてはならないことがあった。
「キーロ、確かに王都民からの苦情で獣狩りをしてきた肉があるからと、厨房に入る許可を出して、その場で少しくらいは食べさせてやろうとリファを飛ばしたが……それが、なぜここに」
そうなのだ。元特殊部隊員とはいえ、キーロの今の所属は王都警備隊。そうそう王宮の中を闊歩できる立場にはないはずなのだ。
「ああ、それ」
こちらの問いかけに、何とも言えないといった表情をキーロは見せる。
「確かに肉、運んできた。少し解体して、リファにやろうとした。とてつもない殺気を感じた。リファも身をふるわせて、ぴーぴーと騒ぎだした。だから、おまえに何か起きているのかもしれないと、リファに『よし、飛べ』と言ってみたら――着いた」
とてつもない殺気。
副隊長がレイフ殿下に襲いかかった時のものだろうか。さすが、元実行部隊。諜報が主だった自分よりも、遥かにそのあたりの感覚は鋭敏なんだろう。
リファは……どういうことなのか、分からない。
ヘリファルテ種の潜在能力に関しては、まだまだ分からないことだらけなのだ。種としてなのか、リファの個体としての能力なのか、何もかも。
可愛いは正義! などという謎の論理ですべてを押し通しているレイナ様が、そもそもの規格外だ。
このままだと、どんどんと思考が逸れていきそうなので、慌ててふるふると首を横に振る。
「分かった。何にせよ助かった。危うく王宮内で王族殺しという、護衛騎士の存在意義がゼロになる所業を許すところだった」
「おうぞくごろし」
カタコトの呟きと共に、キーロの視線が床に倒れる副隊長から、少し離れた場所で壁に寄りかかっていたレイフ殿下を捉えたようだった。
「――殿下」
膝をつこうにも、既に足元には血の池が広がっている。
キーロは剣の柄を握る方向を変えて、その手を胸元にあてて一礼した。
剣を持つ者に許された略式礼だ。それであれば、相手が誰であれ不敬を問われることはない。
「……おまえも、犬か」
どうやら、レイフ殿下にとっては特殊部隊の隊員だった面々は全て「犬」だったようだ。
もっとも、こちらも元々王族と話せるほどの知己でもなければ高位の爵位持ちでもないため、何と言われても痛痒は感じない。さもありなん、だ。
「キリーロヴ・ソゾン、です」
キーロも、その生まれ育ちが原因で、相手から見下されたり非好意的な対応をされることが一再ではないこともあり、ここでは顔色を変えなかった。
「殿下。彼は確かに元特殊部隊の一員ですが、ギーレンからの移民で男爵家の養子、言葉はあまり流暢に話せません。どうぞご容赦を」
それでも名前だけを名乗ったキーロに、殿下の眉根が寄せられたのを見て、慌ててフォローを入れた。
「彼は今は王都警備隊の所属です。王宮には私を訪ねてきました。時々、コレのエサのために王都警備隊が駆る害獣の肉を仕入れているのです」
「…………」
殿下の目が、私とキーロ、そして肩に乗るリファの間を行ったり来たり不審げに泳いでいる。
まあ、常に王と対立していた殿下は、恐らくはそんな呑気な話とはほとんど無縁だっただろう。とはいえ、疑われたとてそれが真実なのだからどうしようもない。
そしていつまでもここに立ち尽くしているわけにはいかないことを、大きくなる他者の足音とともに殿下も察したようだった。
リファの姿を見て気が抜けた――なんてことも、加わったかも知れないが。
「……おまえたちは、今の境遇に納得をしているのか」
不意に投げかけられたその言葉の真意が読めず、キーロと二人、顔を見合わせる。
「くすぶっているのであれば、別の国に渡るという手もある」
「!」
どうやら殿下は自分たちをサレステーデへの同行者として連れて行っても構わないと思ったようだ。
副隊長が、元特殊部隊ということでナルディーニ侯爵家で不遇をかこっていたように見えたのか。
彼が己の境遇に不満を抱いていた。それは確かだったから。
「その男は、もう口をきけん。正当防衛ではあるが、そうと司法が確定するまで口さがないことを言う輩も出てくるやも知れん。現状に不満があるのなら、いっそ全て捨ててしまうのも一つの策ではあろう」
生かしていたなら、証言もさせられただろうに。
殿下の口調は、そう言っている。
このままだと恐らく、副隊長が殿下を襲って返り討ちにあった――ことにしたかのように思われるだろう。事実がそうであろうと、なかろうと、上層部の間では重要ではなく、報告書に書きやすい落としどころを探られることになる。
王族が王宮の廊下で襲われるなどという、いわば護衛騎士全体の失態がこれ以上拡散されないためには、そうせざるを得ないのだ。
司法・公安長官あるいは軍務・刑務長官の下で事情聴取をされる際に、自分やキーロの素性や境遇に関して不愉快なことを言ってくる輩が出るかも知れない。
そう考えた殿下が、再び自分の下に入る気があるのなら、王族権限で事情聴取をさせないことも出来ると言ったに違いなかった。
「もうすぐこの国を出る私は、誰に何を思われようと今更だからな」
「…………」
そう言って自虐的に笑う殿下を、一瞬、何とも言えない表情で見返してしまった。
遥か上の地位にある殿下を見返すなどと、本来あまり褒められたことではなかったのだが。
日頃より簡単に頭を下げることの出来ない地位にいる殿下の、それが殿下なりの「礼」なのかも知れないと思ったのだ。
「それに、それであの王の取り繕った笑いを崩してやれるのなら、それも一興だ」
(そういえばレイナ様も、恐らくは国王陛下が絡まなければ、レイフ殿下はかなり真っ当な人のはずだと言っていたな……)
嫌がらせ歓迎。むしろ、そう言えとさえ言っているように見えるのは、はたして気のせいだろうか。
というか、直属部隊にいたはずの自分がほぼその為人を知らなかったというのが、何とも複雑な気分だ。
「……我々のような『犬』に過分の申し出を有難うございます」
だが。
「ですが少なくとも私は、既に仕えたいと思う方を心に定めております」
勝手にキーロをひとくくりには出来ないので、まずは自分の思うところを素直に吐露して頭を下げる。
「特殊部隊が解散状態となってから、殿下に認識をいただけたというのも皮肉なものですが……それでも、その方に仕えたいとの思いは揺らぎそうにありません」
使い捨ての道具の一つでしかなかった、無色の日々に差し込んだ彩。
それを無視して、再び別の国で全てを一からやり直す未来は、今の自分には思い浮かばない。
(それに、そう言った瞬間リファには逃げられるだろうな……)
飼い主を見捨てて、一直線にレイナ様のところに飛んで行く気しかしない。
「……そう言えば、おまえは宰相の『犬』だったな。余程居心地がいいらしい」
「…………」
ちょっと違います。
そう思ったが、説明がややこしいため沈黙を選ぶことにしておく。
代わりにキーロに視線を投げ、自分の意見を殿下に告げるよう促した。
「……私も、残る」
キーロも、まがりなりにも元特殊部隊隊員だ。
言葉はともかく、実行部隊の一人として、状況を読む力は長けていた。
殿下がサレステーデに「赴任」するだろうということはまだ知らなくても、王宮を離れるのだろうということは想像がついたようだった。
「王都でも、ソゾン男爵領、遠い。心配。けれど稼ぐ金、必要。王都には――友が、いる」
「キーロ……」
「ぴ!」
……そうか。リファはキーロの「友達」のつもりらしい。
肩の上で得意げな顔をしている想像がついて、こちらは何とも言えない表情になる。
一応、自分のことを言ってくれているのだと思いたいのだが。
「我々は、お傍にはおれません。ですがこちらへの連絡が必要な際の『犬』として都度思い出していただけたら、それは光栄の極みにございます」
「……それで王への裏切りを指示するとは思わんのか」
「今更そのようなことはなさらないかと」
それならば、サレステーデ行きを許容などしていないはずだ。
捲土重来を図るには、サレステーデは遠すぎる。
「ふん!」
王族らしからぬ舌打ちが聞こえるが、それ以上否定の言葉は紡がれない。
「殿下、ご無事ですか!」
「殿下、これはいったい……⁉」
当初は足音だけだったものが、いつの間にか王宮護衛騎士としての上司や同僚が、すぐそこまで駆けつけてきていた。
「大事ない。暴れた者はこの者らが既に斬り捨てた」
賊、となれば護衛騎士たちの鼎の軽重が問われる。
だから敢えて、殿下は「暴れた者」とだけこの場では口にした。
「いつまでも王宮の廊下が血に塗れているのもまずかろう。さっさと片づけさせろ」
殿下の目が、床に沈む副隊長を捉えることはない。
特殊部隊が元のままだったら、副隊長と自分やキーロの立場は、いつ逆転してもおかしくはなかっただろう。
仕えたいと思ってナルディーニ侯爵家にいたのか。それともナルディーニ侯爵家しか、行き場がなかったのか。
既に副隊長の心の内を聞く機会は永遠に失われてしまった。
「承知しました。事情はこの二人から聞くようにいたします。どうぞ殿下は部屋へお戻りを」
「うむ」
駆けつけた騎士に言われて頷いた殿下が、足元の血だまりを避けるようにしながらこの場を離れていく。
どうやら〝痺れ茶〟の影響は、ここにきてほとんど抜けたように見えた。
――そしてすれ違うほんの一瞬。
「サタノフ、ソゾン。……覚えておこう」
「!」
亡霊からも、犬からも昇格をした瞬間だ。
赴任先で何か起きれば、殿下は我々を通して連絡を入れると、そう言ったのだ。
(どうぞ、ご息災で)
自分たちの立場で、殿下にそんな声をかけるわけにはいかない。
だが、元上司への惜別をこめて、ただ深々と殿下の背に向かって頭を下げたのだった――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも読んでいいただいて&応援もありがとうございます!
色々とバタついており、コメントへの返信が遅れており申し訳ありません。
必ず返信はさせていただきますので、もう少々お待ち下さいm(_ _)m
そして――
いよいよ来週、コミックス・聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ? 第一巻が店頭に並ぶことになりました!
コミックス限定SS&店舗限定ですがタロコ先生の書き下ろしペーパーも特典封入される予定です。
近況ボードに予約可能な各社サイトを記載しました。
今、タロコ先生のTwitterではアルファポリス連載中、大好評だった「いいね!」イラストを使ったカウントダウンも毎日upされていますので、そちらもぜひお楽しみ下さい(^^♪
どうぞ宜しくお願いします……!
白く丸い小さな鳥が、天井付近をくるくると旋回している。
すぐに降りてこないのは「来い」と言われないため、カタがついたかどうかが分からずに降りられないのだ。
こちらの邪魔をしないよう、ヘリファルテなりに考えているということだろう。
これがレイナ様がいたなら、問答無用に頭の上に着地していたはずだ。
閑話休題
「すまない、つい、手、出た」
王宮の廊下という公的な場所であるため、ギーレンの辺境出身であるキリーロヴ・ソゾンも、ここではカタコトのアンジェス語だ。
この男はもともと、同じ特殊部隊でも実行部隊、つまりは襲撃や暗殺を担う側にいた。
ひとたび本気で剣を持てば、それすなわち相手の命を奪う方へと直結するのだ。
この時も、背後から正確に心の臓を刺し貫いていたため、ずるりと剣を抜いたあとは、崩れ落ちた身体の下から血がどくどくと流れ出る凄惨な光景が展開される羽目になった。
そこでようやく、自分が誰を刺したのかを認識したのである。
「副隊長、か?」
どういうことかと目を瞬かせている元同僚兼友人に、深く息をつきながら剣を鞘にしまった。
「来い――リファ」
まずは飼い鳥の呼び戻しだ。
今やすっかり、レイナ様が付けた名前を呼ばないことにはピクリとも反応しない。
名前を呼んだところでようやく「ぴ!」と方向転換をし、ぱたたと肩の上に着地をした。
どうしてレイナ様の時だけは頭の上なのかが、やや解せないが、今は置いておく。
「あの飛び蹴りは、レイナ様直伝か?」
「ぴ!」
サレステーデの王女によるアレコレを阻止した際に、飛び蹴りをして止めるよう指示したのがレイナ様だ。
手紙の配達しか教えた覚えのない私の躾では、断じてない。
案の定「褒めて!」と言わんばかりの鳴き声が返ってくる。
「……分かった。キーロが持って来た肉の食べ放題は、その通りにしてやるから少し待て」
「ぴ!」
「分かってる、約束は守る」
直接言葉が分かるわけではないが、何となく言いたいことは分かるのだ。
多分、レイナ様もそのはずだ。
最近、リファの存在に慣れてきたキーロも恐らくそうだろう。親指を立てて、それにリファが「ぴ!」と応えているくらいなのだから。
だがその前に、護衛騎士として聞いておかなくてはならないことがあった。
「キーロ、確かに王都民からの苦情で獣狩りをしてきた肉があるからと、厨房に入る許可を出して、その場で少しくらいは食べさせてやろうとリファを飛ばしたが……それが、なぜここに」
そうなのだ。元特殊部隊員とはいえ、キーロの今の所属は王都警備隊。そうそう王宮の中を闊歩できる立場にはないはずなのだ。
「ああ、それ」
こちらの問いかけに、何とも言えないといった表情をキーロは見せる。
「確かに肉、運んできた。少し解体して、リファにやろうとした。とてつもない殺気を感じた。リファも身をふるわせて、ぴーぴーと騒ぎだした。だから、おまえに何か起きているのかもしれないと、リファに『よし、飛べ』と言ってみたら――着いた」
とてつもない殺気。
副隊長がレイフ殿下に襲いかかった時のものだろうか。さすが、元実行部隊。諜報が主だった自分よりも、遥かにそのあたりの感覚は鋭敏なんだろう。
リファは……どういうことなのか、分からない。
ヘリファルテ種の潜在能力に関しては、まだまだ分からないことだらけなのだ。種としてなのか、リファの個体としての能力なのか、何もかも。
可愛いは正義! などという謎の論理ですべてを押し通しているレイナ様が、そもそもの規格外だ。
このままだと、どんどんと思考が逸れていきそうなので、慌ててふるふると首を横に振る。
「分かった。何にせよ助かった。危うく王宮内で王族殺しという、護衛騎士の存在意義がゼロになる所業を許すところだった」
「おうぞくごろし」
カタコトの呟きと共に、キーロの視線が床に倒れる副隊長から、少し離れた場所で壁に寄りかかっていたレイフ殿下を捉えたようだった。
「――殿下」
膝をつこうにも、既に足元には血の池が広がっている。
キーロは剣の柄を握る方向を変えて、その手を胸元にあてて一礼した。
剣を持つ者に許された略式礼だ。それであれば、相手が誰であれ不敬を問われることはない。
「……おまえも、犬か」
どうやら、レイフ殿下にとっては特殊部隊の隊員だった面々は全て「犬」だったようだ。
もっとも、こちらも元々王族と話せるほどの知己でもなければ高位の爵位持ちでもないため、何と言われても痛痒は感じない。さもありなん、だ。
「キリーロヴ・ソゾン、です」
キーロも、その生まれ育ちが原因で、相手から見下されたり非好意的な対応をされることが一再ではないこともあり、ここでは顔色を変えなかった。
「殿下。彼は確かに元特殊部隊の一員ですが、ギーレンからの移民で男爵家の養子、言葉はあまり流暢に話せません。どうぞご容赦を」
それでも名前だけを名乗ったキーロに、殿下の眉根が寄せられたのを見て、慌ててフォローを入れた。
「彼は今は王都警備隊の所属です。王宮には私を訪ねてきました。時々、コレのエサのために王都警備隊が駆る害獣の肉を仕入れているのです」
「…………」
殿下の目が、私とキーロ、そして肩に乗るリファの間を行ったり来たり不審げに泳いでいる。
まあ、常に王と対立していた殿下は、恐らくはそんな呑気な話とはほとんど無縁だっただろう。とはいえ、疑われたとてそれが真実なのだからどうしようもない。
そしていつまでもここに立ち尽くしているわけにはいかないことを、大きくなる他者の足音とともに殿下も察したようだった。
リファの姿を見て気が抜けた――なんてことも、加わったかも知れないが。
「……おまえたちは、今の境遇に納得をしているのか」
不意に投げかけられたその言葉の真意が読めず、キーロと二人、顔を見合わせる。
「くすぶっているのであれば、別の国に渡るという手もある」
「!」
どうやら殿下は自分たちをサレステーデへの同行者として連れて行っても構わないと思ったようだ。
副隊長が、元特殊部隊ということでナルディーニ侯爵家で不遇をかこっていたように見えたのか。
彼が己の境遇に不満を抱いていた。それは確かだったから。
「その男は、もう口をきけん。正当防衛ではあるが、そうと司法が確定するまで口さがないことを言う輩も出てくるやも知れん。現状に不満があるのなら、いっそ全て捨ててしまうのも一つの策ではあろう」
生かしていたなら、証言もさせられただろうに。
殿下の口調は、そう言っている。
このままだと恐らく、副隊長が殿下を襲って返り討ちにあった――ことにしたかのように思われるだろう。事実がそうであろうと、なかろうと、上層部の間では重要ではなく、報告書に書きやすい落としどころを探られることになる。
王族が王宮の廊下で襲われるなどという、いわば護衛騎士全体の失態がこれ以上拡散されないためには、そうせざるを得ないのだ。
司法・公安長官あるいは軍務・刑務長官の下で事情聴取をされる際に、自分やキーロの素性や境遇に関して不愉快なことを言ってくる輩が出るかも知れない。
そう考えた殿下が、再び自分の下に入る気があるのなら、王族権限で事情聴取をさせないことも出来ると言ったに違いなかった。
「もうすぐこの国を出る私は、誰に何を思われようと今更だからな」
「…………」
そう言って自虐的に笑う殿下を、一瞬、何とも言えない表情で見返してしまった。
遥か上の地位にある殿下を見返すなどと、本来あまり褒められたことではなかったのだが。
日頃より簡単に頭を下げることの出来ない地位にいる殿下の、それが殿下なりの「礼」なのかも知れないと思ったのだ。
「それに、それであの王の取り繕った笑いを崩してやれるのなら、それも一興だ」
(そういえばレイナ様も、恐らくは国王陛下が絡まなければ、レイフ殿下はかなり真っ当な人のはずだと言っていたな……)
嫌がらせ歓迎。むしろ、そう言えとさえ言っているように見えるのは、はたして気のせいだろうか。
というか、直属部隊にいたはずの自分がほぼその為人を知らなかったというのが、何とも複雑な気分だ。
「……我々のような『犬』に過分の申し出を有難うございます」
だが。
「ですが少なくとも私は、既に仕えたいと思う方を心に定めております」
勝手にキーロをひとくくりには出来ないので、まずは自分の思うところを素直に吐露して頭を下げる。
「特殊部隊が解散状態となってから、殿下に認識をいただけたというのも皮肉なものですが……それでも、その方に仕えたいとの思いは揺らぎそうにありません」
使い捨ての道具の一つでしかなかった、無色の日々に差し込んだ彩。
それを無視して、再び別の国で全てを一からやり直す未来は、今の自分には思い浮かばない。
(それに、そう言った瞬間リファには逃げられるだろうな……)
飼い主を見捨てて、一直線にレイナ様のところに飛んで行く気しかしない。
「……そう言えば、おまえは宰相の『犬』だったな。余程居心地がいいらしい」
「…………」
ちょっと違います。
そう思ったが、説明がややこしいため沈黙を選ぶことにしておく。
代わりにキーロに視線を投げ、自分の意見を殿下に告げるよう促した。
「……私も、残る」
キーロも、まがりなりにも元特殊部隊隊員だ。
言葉はともかく、実行部隊の一人として、状況を読む力は長けていた。
殿下がサレステーデに「赴任」するだろうということはまだ知らなくても、王宮を離れるのだろうということは想像がついたようだった。
「王都でも、ソゾン男爵領、遠い。心配。けれど稼ぐ金、必要。王都には――友が、いる」
「キーロ……」
「ぴ!」
……そうか。リファはキーロの「友達」のつもりらしい。
肩の上で得意げな顔をしている想像がついて、こちらは何とも言えない表情になる。
一応、自分のことを言ってくれているのだと思いたいのだが。
「我々は、お傍にはおれません。ですがこちらへの連絡が必要な際の『犬』として都度思い出していただけたら、それは光栄の極みにございます」
「……それで王への裏切りを指示するとは思わんのか」
「今更そのようなことはなさらないかと」
それならば、サレステーデ行きを許容などしていないはずだ。
捲土重来を図るには、サレステーデは遠すぎる。
「ふん!」
王族らしからぬ舌打ちが聞こえるが、それ以上否定の言葉は紡がれない。
「殿下、ご無事ですか!」
「殿下、これはいったい……⁉」
当初は足音だけだったものが、いつの間にか王宮護衛騎士としての上司や同僚が、すぐそこまで駆けつけてきていた。
「大事ない。暴れた者はこの者らが既に斬り捨てた」
賊、となれば護衛騎士たちの鼎の軽重が問われる。
だから敢えて、殿下は「暴れた者」とだけこの場では口にした。
「いつまでも王宮の廊下が血に塗れているのもまずかろう。さっさと片づけさせろ」
殿下の目が、床に沈む副隊長を捉えることはない。
特殊部隊が元のままだったら、副隊長と自分やキーロの立場は、いつ逆転してもおかしくはなかっただろう。
仕えたいと思ってナルディーニ侯爵家にいたのか。それともナルディーニ侯爵家しか、行き場がなかったのか。
既に副隊長の心の内を聞く機会は永遠に失われてしまった。
「承知しました。事情はこの二人から聞くようにいたします。どうぞ殿下は部屋へお戻りを」
「うむ」
駆けつけた騎士に言われて頷いた殿下が、足元の血だまりを避けるようにしながらこの場を離れていく。
どうやら〝痺れ茶〟の影響は、ここにきてほとんど抜けたように見えた。
――そしてすれ違うほんの一瞬。
「サタノフ、ソゾン。……覚えておこう」
「!」
亡霊からも、犬からも昇格をした瞬間だ。
赴任先で何か起きれば、殿下は我々を通して連絡を入れると、そう言ったのだ。
(どうぞ、ご息災で)
自分たちの立場で、殿下にそんな声をかけるわけにはいかない。
だが、元上司への惜別をこめて、ただ深々と殿下の背に向かって頭を下げたのだった――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも読んでいいただいて&応援もありがとうございます!
色々とバタついており、コメントへの返信が遅れており申し訳ありません。
必ず返信はさせていただきますので、もう少々お待ち下さいm(_ _)m
そして――
いよいよ来週、コミックス・聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ? 第一巻が店頭に並ぶことになりました!
コミックス限定SS&店舗限定ですがタロコ先生の書き下ろしペーパーも特典封入される予定です。
近況ボードに予約可能な各社サイトを記載しました。
今、タロコ先生のTwitterではアルファポリス連載中、大好評だった「いいね!」イラストを使ったカウントダウンも毎日upされていますので、そちらもぜひお楽しみ下さい(^^♪
どうぞ宜しくお願いします……!
3,206
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
