聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

806 二人のヒロイン

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 乙女ゲーム〝蘇芳戦記〟において、ギーレン側からゲームを始める場合のプレイヤー、すなわちヒロインはシャルリーヌ・ベクレル伯爵令嬢であり、バリエンダール側から始める場合のヒロインはミルテ・バリエンダール王女だ。

 シナリオ通りであるならば、この二人が邂逅することはない。バッドエンドになろうがハッピーエンドになろうが、だ。ギーレンからアンジェスへの亡命ルートがあるシャルリーヌはともかく、ミルテ王女のシナリオはどれも国内で完結するはずだった。

 それが今、ギーレンでもバリエンダールでもなくアンジェスで、二人のヒロインが顔をあわせようとしていた。
 よくもまあ、ここまでシナリオが逸脱したものだと思う。これはもう、強制力の心配はほとんどしなくていいんじゃないかという気がしていた。

(ゲームのシナリオを捻じ曲げたのは、私にもシャーリーにも言えることなのかもだけど)

 テオドル大公の後ろから入って来たシャルリーヌは、一見すると楚々とした仕種と表情ではあるものの、その目は明らかにバリエンダール側の美少女ヒロインとのご対面に期待している目だ。何せ彼女も〝蘇芳戦記〟プレイヤー。スチルでは何度も目にしているはずだからだ。

 だから目線で「落ち着いて」と合図を送っておいたものの、どこまで効果があるのかは不安だ。


 二人でそんなやりとりをこそこそとしている間に、テオドル大公がゆっくりと近づいて来る。
 ミルテ王女はともかく、私はテオドル大公に頭を下げるべき立場だ。

 立ち上がって、私なりの渾身の〝カーテシー〟で頭を下げた。

「うむ」

 とはいえ、私の向かいには隣国の王女様というVIPがいらっしゃる。声をかけるなら、私よりもミルテ王女が先だ。
 そのため私に対しては「うむ」と、軽く片手を上げるに留めたようだった。

「わざわざアンジェスまですまぬな、王女。儂が妻を連れて行ければ良かったのだが」

 王女と大公となると、どちらも王族だ。厳密に言えば直系王族であるミルテ王女の方が上に思えるものの、テオドル大公が持つ外交実績と年齢を考えれば、敬老精神が働くのも無理はない。

 そのためテオドル大公が先に話しかけ、ミルテ王女が立ち上がって〝カーテシー〟を返すのがこの場の最適解となったようである。

 ちなみにこの間、そんな会話はどこにもない。
 テオドル大公とミルテ王女それぞれが咄嗟に判断して、そう振る舞ったのだ。
 王族としての教育の賜物と言えるだろう。
 一般家庭の一般的な日本人である私には出来ないことだと言えた。

「とんでもないですわ。こんな機会でもなければ、もうしばらくはおばあ様……ユリア様にはお会い出来なかったかも知れませんもの。お会いして、お手製のタルトを振る舞っていただくのを楽しみにしておりますの」

「はははっ! ここは王も宰相もおらぬ。非公式と思っていつものように話しかけてくれて構わぬぞ?」

 どうやら普段から「テオお祖父様」「ユリアお祖母様」と呼んでいるらしいミルテ王女。
 自身の祖父母が既にいないことと、テオドル大公がかなりの頻度でバリエンダールを訪れているが故の親しさであり、テオドル大公もそれを許容している。

 いつも通りでいいと言うテオドル大公に一瞬顔を輝かせたものの、そこで大公殿下の後ろにいるシャルリーヌに気が付いたのだろう。
 こちらは……? と、僅かに首を傾けていた。

(び、美少女の「コテン」は絵になる……あざといもなにもあったものじゃないわ……)

 自覚してやっている舞菜いもうととは違い、こちらは天然産。私は苦笑いを零しながらも、テオドル大公に紹介を任せた。どのみち私もシャルリーヌも、今の段階で口を挟むのは不敬の誹りを受けても仕方がないものだからだ。

「ああ。レイナ嬢は……もうよかろうな。儂の後ろにいるご令嬢は、王都学園長ボードリエ伯爵のお嬢さんでシャルリーヌ嬢と言ってな。妻と親しいご令嬢でもあるので、今回同行を依頼したのだ。少しでも賑やかな方が妻も喜ぶのでな」

 なるほど、ギーレン関連の話はここではしないらしい。
 あくまでボードリエ伯爵家の令嬢であることを表に出すことを、テオドル大公は選んだようだ。

(ラハデ公爵と会ってしまえば、話題に出さずにいるのは難しいかも知れないけど……今は割愛して、早くアンディション侯爵邸に行ってしまえということなのかな)

「まあ、ユリアお祖母様と?」
「うむ。それにレイナ嬢とも親しい」
「まあ! そうですの。テオお祖父様がそう仰るのであれば、私に否やはありませんわ」

 王妃教育経験者と言えど、シャルリーヌは伯爵令嬢。ここはミルテ王女から声をかけるのを待つ立場だ。
 貴族としての教育の大変さが、こんなところからも垣間見える。
 つくづく、現代日本の会話術はありがたいものだったと思う。

「初めまして、ボードリエ伯爵令嬢。わたくしはバリエンダール現国王メダルドが息女ミルテ。わたくしも、ユリアお祖母様とレイナおねえさまとは交流がありますの。見知りおいていただけると幸いですわ」

 そしてこの場合、王女と伯爵令嬢との立ち位置からすると、ミルテ王女は片手を胸にあてて微笑むだけ。
 渾身の〝カーテシー〟はシャルリーヌが披露することになる。
 ――私なんかよりも遥かに優雅な〝カーテシー〟を。

「王女殿下からそのようなお言葉をいただけますこと、僥倖に存じます。ボードリエ伯爵が娘シャルリーヌにございます。同じ知り合いを持つ者同士、よろしければ『シャルリーヌ』とお呼び下さいませ」

「同じ知り合いを持つ者同士……確かにそうですわね。ではわたくしのことも『ミルテ』で構いませんわ。わたくしたちだけが他人行儀にしていたら、ユリアお祖母様もレイナおねえさまも気を遣ってしまわれますものね」

「王女殿下の寛大なお心に感謝申し上げます。では『ミルテ』様と呼ばせていただくことをお許しいただければ幸いに存じます」

「分かりましたわ。シャルリーヌ嬢……で、よろしくて?」

 バリエンダールで既に会っている私と違って、ミルテ王女にとってのシャルリーヌは本日初対面。
 そのあたりが落としどころだろうなと私も思ったし、シャルリーヌ本人も「光栄にございます」と頭を下げていた。

 その途中、目が明らかに「おねえさまって……」と言いたそうではあったけど。
 うん、まあそのうちね、シャーリー。

「さて、もう早速我が屋敷に移動してしまって構わんのか? 王や宰相らの姿が見えぬが……」

 辺りを見回したテオドル大公の視線が、私のところで止まる。
 どうやら説明役は、共に部屋にいたミルテ王女ではなく私に求めるつもりらしい。

 うん。間違ってはいないけど、微妙に複雑な気分。
 若干こめかみが痙攣ひきつるのを自覚しながらも、口を開いた。

「えー……陛下はメダルド国王陛下をお連れになってに行っておいでです」
「……うん?」

「会談前に、本当にサレステーデの王族の方々が囚われておいでなのか、アンジェス側の一方的な主張ではないのか、直に確認していただかねばと張り切って……んんっ、自らすすんでお連れになっていらっしゃいます。すぐ戻るとは聞いておりますが」

 非常識を重ねて牢に入れられているとか、実物を見せると人扱いしていないこととか、その辺りの発言は可能な限りオブラートに包んだつもりだけど、相手は私よりもフィルバートとの付き合いが長いテオドル大公だ。

 どうやら何となく状況の想像はついたらしく、少しの間、遠い目で天井を見上げていた。

「ま、まあ、そういうことであれば、少し待つか」
「…………はい、ぜひ」




 なるほど、確かにさほどの時間は経っていなかったかもしれない。
 けれど案の定というか、顔に「信じられない」と張り付けたまま、唖然茫然となった国王らしからぬ表情のメダルド国王を、そこで出迎えることになったのだ。

 フィルバートとエドヴァルドの表情は、出ていく時と同じ――言わずもがな、だった。











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