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第三部 宰相閣下の婚約者
808 これこそがお茶会
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「さあさあ、まずは庭のガゼボに移動してちょうだい? 話はそれからにしましょう」
テオドル大公が『簡易型転移措置』で王宮に戻って行ったのを見送って、ユリア夫人が軽く両手を合わせて歩き出す。
「シャルリーヌ嬢以外は、初めてでしょう? 色々と手を加えてあるから、見た目にも楽しめると思うのよ」
期間限定とはいえ、こちらもアンディション侯爵夫人から大公夫人に戻っているのだ。
イデオン公爵邸でパーティーをした時と、所作が変わっているのは当たり前……というか、すぐに切り替えられるところがさすがと言えた。
もちろん、とミルテ王女を振り返って軽く片目を閉じる。
「殿下が夫にリクエストして下さっていた、ルーネベリタルトもご用意してますのよ?」
「!」
分かりやすく、ミルテ王女の顔がパッと輝いた。
何だかちょっと、初めて会った頃のミカ君のようだ。
『さすが、バリエンダール側のヒロイン……』
シャルリーヌのこの呟きは、日本語だろうか。
小声とはいえゲームの話を仄めかせてくるあたり、多分そうなんだろう。
『自分だってギーレン側のヒロインじゃない』
そう返す私に、シャルリーヌは不本意そうに『……元、ね』とだけ呟いた。
確かに王女が可愛いのは否定しない。それはもう、スチルそのままの美少女だ。
ただシャルリーヌは、エドベリ王子とのハッピーエンドシナリオを自力で破り捨てているし、その影響はじわりとミルテ王女のシナリオに及んできている。
何かちょっと……まだ純粋培養中、みたいなこの王女様をギーレン国に輿入れさせていいのかと思わなくもないのだけれど、以前話していた時には、シャルリーヌは「真っ新だからいいのよ」と、言っていた。
エヴェリーナ妃とコニー夫人が、手取り足取り教育するだろうから、と。
(確かに、生理的に無理! なんてレベルにまでなっていたら、もうどうしようもないものね……)
それにエドベリ王子と王女の相性云々より、エヴェリーナ妃のあの、大国の正妃としての姿勢は間違いなくミルテ王女の今後の糧になる。
「……サイアス様がお認め下さるといいんだけど」
私がじっと王女の背中を見つめていることに気付いて、シャルリーヌがそんな呟きを洩らす。
声のトーンが変わったということは……アンジェス語に戻ったのだろうか?
サイアス・ラハデ公爵。
ギーレン国筆頭公爵家当主であり、エヴェリーナ妃の実弟。
なかなかの強面……なことはさておき、大貴族としての責任感が人一倍あるように見える。
厳しさの中に優しさをこめるタイプ。
王妃教育が辛かった頃、シャルリーヌはかなり救われたのだと言っていた。
今回、ラハデ公爵をアンジェスに呼べないかと言った時、むしろ嬉しそうに動いていた事を思えば、ちょっとファザコン入っているんじゃないかと思わなくもない。
「連絡ついたの?」
私は相手の言葉に合わせることしか出来ないので、言葉が戻ったのかどうか、そこは想像するしかない。
とりあえず肝心なことを質問すれば、シャルリーヌは「ええ」と、頷いた。
「レイナのギルドカードがなければ、即日配達なんて離れ業出来なかったでしょうけどね」
「商会で取り扱いたい商品の話を書いたのだから、別に違法じゃないわよ?」
私にはギルドの配達システムを利用する権利がある。
とはいえ返信がフォルシアン、イデオン両公爵邸に届くのも色々と危険を孕むため、返信はギルドに留め置いて貰う形にして、私の委任状を持ったボードリエ家の家令が、それを受け取りに行ったのだ。
そうすれば、中にシャルリーヌ個人に宛てた手紙がもしあったとしても、当事者以外に知られることはない。
実際にそんな手紙があったかどうかも、私は聞かない。
知りたいのは、ラハデ公爵がこの話に乗って、来てくれるかどうかということだけなのだ。
ここまで、ラハデ公爵が来る前提で動いてきているものの、いざOKとなればエドヴァルドに連絡をして、ギーレンからの転移によって〝真判部屋〟に飛ばされることがないよう、手を回して貰わなくちゃいけない。
「……それで?」
更に声を低くして聞けば、返ってきたのは片手で小さく作られたOKのサインだった。
「そう、良かった」
予想していたとはいえ、それでも心配ではあったので、私はホッと息を吐き出した。
「明後日の午前中になるって。それでもこなされている公務を思えば異例だと思うわ」
「でしょうね」
高位貴族ほど、何ヶ月も前から予定が組まれるのが当たり前となる。本来なら一蹴されてもおかしくない話だったのだ。
シーグリック兄妹が国内に居ない今、エドベリ王子とベルトルド国王の情報収集能力は落ちている可能性がある。けれどエヴェリーナ妃は、そうじゃないはず。
ひょっとすると、どこかで三国会談の噂を聞き及んでいて、実弟としてのラハデ公爵が探りを入れに来る可能性だってあるのだ。
(会談自体は、もう潰せない。サレステーデの自治領化も確定事項。ギーレン側が今から出来ることは限られている。そう思ってくれればいいのだけど)
ベルィフとサレステーデの間で成立している縁組も、サレステーデ側の相手がどうなるにせよ、縁組自体は既に公表されている。その情報が、このまま手をこまねいていてはギーレンは孤立すると思わせることの後押しになっている可能性も高い。
商品の輸出入の話がカムフラージュになるのは、恐らくお互い様だろう。
「!」
どのくらい歩いたのか、庭へと続く扉が開いたのだろう。不意に微風が頬を撫でた。
私もシャルリーヌも、そこで口を閉ざして進行方向に視線を向けた。
「うわぁ……」
秋の庭。
樹木や花の種類は私にはさっぱりだ。
それでも目の前に広がる色彩豊かなその景色には、感嘆の声を上げざるを得なかった。
「奥はね、湖に続いているのよ。この前フェドート公爵邸に行ってから、釣り……って言うのかしら? あの人、ハマってしまったみたいで、周辺整備させようとしているみたい」
奥に広がるのは、森。
それはイデオン公爵邸を思わせる景色ではあるものの、ここは更に奥に湖があるらしい。
さすが代々、公務を退いた王族の住まう所である。
しかも予想通り、バリエンダールでフェドート元公爵と楽しんでいた釣りを、大公殿下は気に入っていたのだ。
キャッチアンドリリースを忘れず、湖の魚を全滅させないよう祈るばかりだ。
「凄いです、ユリアお祖母様! とても綺麗なお庭です!」
思わず遠い目になった私をよそに、庭を見渡したミルテ王女がこちらもはしゃいだ声を上げている。
「ふふ。気に入って頂けまして?」
「はい!」
テオドル大公とが祖父と孫のようなら、こちらも祖母と孫のよう。
当然、ユリア夫人はまずミルテ王女をガゼボの椅子に案内し、私とシャルリーヌは自分達で空いた椅子に腰を下ろした。
テーブルには既に、夫人お手製のルーネベリタルトを始め、様々なお菓子が並んでいる。
一口サイズ、カラフルなお菓子が多い事を思えば、特にミルテ王女が楽しめるようにとの思いがそこには込められているのだろう。
四人全員が腰を下ろしたタイミングを見計らって、侍女がティーポットとカップの乗ったワゴンを運んで来る。
(年配の使用人が多い……?)
気付けば団欒の間からここまで、20代30代といった使用人を全く見ていない。
何か理由があるのだろうかとじっと見ていれば、それを察したらしいユリア夫人がふわりと微笑んだ。
「邸宅の主が、おじいちゃんとおばあちゃんですもの。しかも周りに娯楽施設もない。若い子には酷ですわね」
時折、研修の一環で使ってくれと他家から頼まれて置いていることはあっても、常時雇用されているのは、ここを最後にと思っている使用人がほとんどらしい。
「護衛もですか?」
「意外と侮れないものでしてよ」
マトヴェイ外交部長を思い浮かべてみるよう言われれば、それもそうかと頷いてしまう。
元領防衛軍の重鎮でも居ようものなら、ポッと出の盗賊なんて確かにあっという間に蹴散らされそうだ。
「私も夫もここを気に入ってますし……しばらくは王宮住まいと言われておりますけど、いずれまた戻るつもりですもの。使用人たちは基本、動かしませんわ」
王宮住まいの王族がフィルバート一人になってしまう間は、大公夫妻として王都にいなければならない。
それは分かっていても、夫妻は王宮を終の棲家とするつもりはないらしい。
「またぜひ、秋以外の季節にもいらして下さいな」
私とシャルリーヌを見ながら、そう笑いかけたユリア夫人は、最後にミルテ王女の方を向いた。
「さ、紅茶の飲み時を逃してしまわないうちに、お茶会を始めましょう? 夫から、ミルテ様がお持ちの茶葉があると聞いておりますけれど、まずはこちらからおもてなしさせて下さいまし」
「……っ、はい!」
目の前に並ぶお菓子はもちろんのこと、また一人紅茶にアドバイスをくれる貴婦人が増えたことに、ミルテ王女の目も輝いている。
こうしてお茶会は、和やかに始まったのだった。
これこそがお茶会の正しい姿だと、思ったのは私だけなんだろうか……。
テオドル大公が『簡易型転移措置』で王宮に戻って行ったのを見送って、ユリア夫人が軽く両手を合わせて歩き出す。
「シャルリーヌ嬢以外は、初めてでしょう? 色々と手を加えてあるから、見た目にも楽しめると思うのよ」
期間限定とはいえ、こちらもアンディション侯爵夫人から大公夫人に戻っているのだ。
イデオン公爵邸でパーティーをした時と、所作が変わっているのは当たり前……というか、すぐに切り替えられるところがさすがと言えた。
もちろん、とミルテ王女を振り返って軽く片目を閉じる。
「殿下が夫にリクエストして下さっていた、ルーネベリタルトもご用意してますのよ?」
「!」
分かりやすく、ミルテ王女の顔がパッと輝いた。
何だかちょっと、初めて会った頃のミカ君のようだ。
『さすが、バリエンダール側のヒロイン……』
シャルリーヌのこの呟きは、日本語だろうか。
小声とはいえゲームの話を仄めかせてくるあたり、多分そうなんだろう。
『自分だってギーレン側のヒロインじゃない』
そう返す私に、シャルリーヌは不本意そうに『……元、ね』とだけ呟いた。
確かに王女が可愛いのは否定しない。それはもう、スチルそのままの美少女だ。
ただシャルリーヌは、エドベリ王子とのハッピーエンドシナリオを自力で破り捨てているし、その影響はじわりとミルテ王女のシナリオに及んできている。
何かちょっと……まだ純粋培養中、みたいなこの王女様をギーレン国に輿入れさせていいのかと思わなくもないのだけれど、以前話していた時には、シャルリーヌは「真っ新だからいいのよ」と、言っていた。
エヴェリーナ妃とコニー夫人が、手取り足取り教育するだろうから、と。
(確かに、生理的に無理! なんてレベルにまでなっていたら、もうどうしようもないものね……)
それにエドベリ王子と王女の相性云々より、エヴェリーナ妃のあの、大国の正妃としての姿勢は間違いなくミルテ王女の今後の糧になる。
「……サイアス様がお認め下さるといいんだけど」
私がじっと王女の背中を見つめていることに気付いて、シャルリーヌがそんな呟きを洩らす。
声のトーンが変わったということは……アンジェス語に戻ったのだろうか?
サイアス・ラハデ公爵。
ギーレン国筆頭公爵家当主であり、エヴェリーナ妃の実弟。
なかなかの強面……なことはさておき、大貴族としての責任感が人一倍あるように見える。
厳しさの中に優しさをこめるタイプ。
王妃教育が辛かった頃、シャルリーヌはかなり救われたのだと言っていた。
今回、ラハデ公爵をアンジェスに呼べないかと言った時、むしろ嬉しそうに動いていた事を思えば、ちょっとファザコン入っているんじゃないかと思わなくもない。
「連絡ついたの?」
私は相手の言葉に合わせることしか出来ないので、言葉が戻ったのかどうか、そこは想像するしかない。
とりあえず肝心なことを質問すれば、シャルリーヌは「ええ」と、頷いた。
「レイナのギルドカードがなければ、即日配達なんて離れ業出来なかったでしょうけどね」
「商会で取り扱いたい商品の話を書いたのだから、別に違法じゃないわよ?」
私にはギルドの配達システムを利用する権利がある。
とはいえ返信がフォルシアン、イデオン両公爵邸に届くのも色々と危険を孕むため、返信はギルドに留め置いて貰う形にして、私の委任状を持ったボードリエ家の家令が、それを受け取りに行ったのだ。
そうすれば、中にシャルリーヌ個人に宛てた手紙がもしあったとしても、当事者以外に知られることはない。
実際にそんな手紙があったかどうかも、私は聞かない。
知りたいのは、ラハデ公爵がこの話に乗って、来てくれるかどうかということだけなのだ。
ここまで、ラハデ公爵が来る前提で動いてきているものの、いざOKとなればエドヴァルドに連絡をして、ギーレンからの転移によって〝真判部屋〟に飛ばされることがないよう、手を回して貰わなくちゃいけない。
「……それで?」
更に声を低くして聞けば、返ってきたのは片手で小さく作られたOKのサインだった。
「そう、良かった」
予想していたとはいえ、それでも心配ではあったので、私はホッと息を吐き出した。
「明後日の午前中になるって。それでもこなされている公務を思えば異例だと思うわ」
「でしょうね」
高位貴族ほど、何ヶ月も前から予定が組まれるのが当たり前となる。本来なら一蹴されてもおかしくない話だったのだ。
シーグリック兄妹が国内に居ない今、エドベリ王子とベルトルド国王の情報収集能力は落ちている可能性がある。けれどエヴェリーナ妃は、そうじゃないはず。
ひょっとすると、どこかで三国会談の噂を聞き及んでいて、実弟としてのラハデ公爵が探りを入れに来る可能性だってあるのだ。
(会談自体は、もう潰せない。サレステーデの自治領化も確定事項。ギーレン側が今から出来ることは限られている。そう思ってくれればいいのだけど)
ベルィフとサレステーデの間で成立している縁組も、サレステーデ側の相手がどうなるにせよ、縁組自体は既に公表されている。その情報が、このまま手をこまねいていてはギーレンは孤立すると思わせることの後押しになっている可能性も高い。
商品の輸出入の話がカムフラージュになるのは、恐らくお互い様だろう。
「!」
どのくらい歩いたのか、庭へと続く扉が開いたのだろう。不意に微風が頬を撫でた。
私もシャルリーヌも、そこで口を閉ざして進行方向に視線を向けた。
「うわぁ……」
秋の庭。
樹木や花の種類は私にはさっぱりだ。
それでも目の前に広がる色彩豊かなその景色には、感嘆の声を上げざるを得なかった。
「奥はね、湖に続いているのよ。この前フェドート公爵邸に行ってから、釣り……って言うのかしら? あの人、ハマってしまったみたいで、周辺整備させようとしているみたい」
奥に広がるのは、森。
それはイデオン公爵邸を思わせる景色ではあるものの、ここは更に奥に湖があるらしい。
さすが代々、公務を退いた王族の住まう所である。
しかも予想通り、バリエンダールでフェドート元公爵と楽しんでいた釣りを、大公殿下は気に入っていたのだ。
キャッチアンドリリースを忘れず、湖の魚を全滅させないよう祈るばかりだ。
「凄いです、ユリアお祖母様! とても綺麗なお庭です!」
思わず遠い目になった私をよそに、庭を見渡したミルテ王女がこちらもはしゃいだ声を上げている。
「ふふ。気に入って頂けまして?」
「はい!」
テオドル大公とが祖父と孫のようなら、こちらも祖母と孫のよう。
当然、ユリア夫人はまずミルテ王女をガゼボの椅子に案内し、私とシャルリーヌは自分達で空いた椅子に腰を下ろした。
テーブルには既に、夫人お手製のルーネベリタルトを始め、様々なお菓子が並んでいる。
一口サイズ、カラフルなお菓子が多い事を思えば、特にミルテ王女が楽しめるようにとの思いがそこには込められているのだろう。
四人全員が腰を下ろしたタイミングを見計らって、侍女がティーポットとカップの乗ったワゴンを運んで来る。
(年配の使用人が多い……?)
気付けば団欒の間からここまで、20代30代といった使用人を全く見ていない。
何か理由があるのだろうかとじっと見ていれば、それを察したらしいユリア夫人がふわりと微笑んだ。
「邸宅の主が、おじいちゃんとおばあちゃんですもの。しかも周りに娯楽施設もない。若い子には酷ですわね」
時折、研修の一環で使ってくれと他家から頼まれて置いていることはあっても、常時雇用されているのは、ここを最後にと思っている使用人がほとんどらしい。
「護衛もですか?」
「意外と侮れないものでしてよ」
マトヴェイ外交部長を思い浮かべてみるよう言われれば、それもそうかと頷いてしまう。
元領防衛軍の重鎮でも居ようものなら、ポッと出の盗賊なんて確かにあっという間に蹴散らされそうだ。
「私も夫もここを気に入ってますし……しばらくは王宮住まいと言われておりますけど、いずれまた戻るつもりですもの。使用人たちは基本、動かしませんわ」
王宮住まいの王族がフィルバート一人になってしまう間は、大公夫妻として王都にいなければならない。
それは分かっていても、夫妻は王宮を終の棲家とするつもりはないらしい。
「またぜひ、秋以外の季節にもいらして下さいな」
私とシャルリーヌを見ながら、そう笑いかけたユリア夫人は、最後にミルテ王女の方を向いた。
「さ、紅茶の飲み時を逃してしまわないうちに、お茶会を始めましょう? 夫から、ミルテ様がお持ちの茶葉があると聞いておりますけれど、まずはこちらからおもてなしさせて下さいまし」
「……っ、はい!」
目の前に並ぶお菓子はもちろんのこと、また一人紅茶にアドバイスをくれる貴婦人が増えたことに、ミルテ王女の目も輝いている。
こうしてお茶会は、和やかに始まったのだった。
これこそがお茶会の正しい姿だと、思ったのは私だけなんだろうか……。
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