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婚約中◆ 【そこにある幸い】
しおりを挟む高校時代の思い出は、晴れた空と屋上、悪友たちの声で占められている。
あのころ、特に何をするわけでもなく、俺たちは気ままに集まってはどうでもいい話をしていた。
どうでもいい話ができる相手がいる幸運を、知らないまま。
我ながら可愛いげのなかった子ども時代、俺には無邪気に遊べる友人はいなかった。いたのは南条に都合のよい人形を育てるための教育役に、下僕候補の子どもたち、一番身近な存在である一つ下の弟は、競争相手で敵だった。
無知なまま育つことができたのなら、良かったのか。
違和感を抱えたまま幼児期を過ごし、その時期に伯母の夫となる来生氏と知り合ったことで、俺は真っ当な心を持つ人間が存在することを知った。
更には、大人になった今でも苦く引きずることになった出来事が、俺を南条の操り人形ではなく確固とした自我を持つ俺にしたのは、何の皮肉かと思う。
祖父や父親の敷いたレールに乗るものかと手始めに中学受験をすっぽかし、義務として入学した公立中学で、俺は初めての友人を手にした。
何も突出したところはない普通の少年だった彼は、俺のバックボーンを意識せず、目の前にいる南条史鷹個人を見るという点で、ある意味普通ではなかった。
彼や来生の伯父や鈴鹿という例を思うにつけ、相手が誰であっても自然体でいられるタイプが、俺は好みなのだろう。
自分から進んで「友人」だと言える唯一の相手だったその錦野が、高校に入学してすぐ揉め事と一緒に連れてきたのが筧だった。
当時から見た目通りの熊だった筧だが、中身は草食動物そのもので、気の優しいところが災いし荒い奴らにしつこく絡まれていたようだ。
そこへお節介やきな錦野が間に入って納めるどころか引っ掻き回し、どういうわけか面倒をこちらにぶん投げてきたのだ。
ケンカを売るだけ売っておきながら、あとは「ささ、南条クン、やっちゃってー」などと言う錦野にイラッとしつつも、対象が気にくわない輩だったこともあり、念入りにお相手して差し上げましたが。
口で言い負かしたところに通りすがりの愉快犯平生が首を突っ込み再び火を興し一触即発、焦った筧が幼馴染みである嵯峨に助けを求めて何故か乱闘になり――全員仲良く生徒指導室行きになった。
それぞれの最初の接点は成り行きの巻き込まれといったものだったが、何故かうまく噛み合った俺たちは、それ以後の時間を長く共に過ごすことになる。
「高一の夏に進路決めるとか早くねー?」
ホームルームで全クラス一斉に配られた進路希望用紙を振り回し、筧がぼやいた。
「二年次に進路によっての組変えがあるからだろ?」
「今決めても卒業するころに絶対変わる自信あるぞ!」
つるりと正論を述べた平生に、錦野が胸を張る。
「自信満々に言うな」
「みんな文系ー? 理系ー?」
お前はどこぞのスタントマンか、猿か、というアクロバティックな動きで床を跳ねながら嵯峨が訊いてくる。
「南条は特進に振り分けられるんじゃないの」
「それを言うなら平生もだろ」
「頭いいやつは選択肢多くていいよなー」
「へえ? 進学率上げたい教師どもに志望を指図され頷くまで付きまとわれたいとは、いい趣味だな」
「ごめんなさい」
あの年で将来を見越している者がどれくらいいただろう。
一人は能力を活かせることがしたいと真っ当だが本人の能力を考えると物騒なことこの上ない望みを言い、もう一人は自分がどこまで行けるか試したいと挑戦的に言い、あとの二人はまだそこまで考えていないがとりあえず進学、と一般学生の多数が答えるであろう無難な答えを出していた。
俺は。
南条を捨てるか滅ぼすか、まだ決めかねていたので、ただ曖昧に笑った。
例えば十年後、自分はどう生きているだろうか。
底無し沼からからくも逃れ、思うままの自分になれているだろうか。
それとも、流れる血には逆らえず、あの男のコピーとして定められた道を進むだけになっているのか。
この友人たちと、いつまで共に笑っていられるだろうか――
****
「フミタカさんSNSやってたんだ?」
俺の背後から肩越しにちょろりと顔を突きだした鈴鹿が、開いていたPCの画面を覗き込む。
「ほとんど登録してあるだけだがな。ツレとやり取りするのに便利だから」
自身もアカウントを持っているらしい鈴鹿が、どーして教えてくれないのと言いたげな視線を送ってくる。ネットを通すより直接話した方が早いだろうが。
「でも意外だね、こういうの好きじゃないと思ってた」
「登録させられたんだよ。多人数で同時に会話するのに楽だからって」
メンバー以外は見られない場所での会話だから、情報漏洩もないだろうと。
メインのサーバーがやられたらどうしようもないが、そういった対処はあらかじめしている。
流れるログを眺めながら答えると、内容は目に入れていないのか「ふうん」と気のない返事が返ってくる。
プライバシーを尊重しているのかどうでもいいと思っているのか判断がつかない反応に、俺は一石を投じた。
「ちなみに今、結婚するぞ報告をして奴らを混乱の渦に叩き込んだとこ」
「うぇっ?」
自分に関係がないと思ったら当事者だったことを知り、鈴鹿はなんとも言えない表情になった。
プロポーズしてから二ヶ月だ。
俺が鈴鹿を手にいれるために画策したいろいろの内容が頭に過ったのだろう、首をかしげた。
「言ってなかったの?」
同期には根回ししていたがゆえの疑問に、今度は俺が微妙な顔になる。
「あー。お前を口説くって、わざわざこいつらに教えることでもないから」
学生時代の友人たちは、俺の屈折した内情を知り尽くしている。若気の至りのアレコレもだ。
それだけに、本気で惚れた女が出来て、しかも口説くのに一年かかってるなどと知られたら――
ニヤニヤしながら心境の変化を根掘り葉掘り聞き出そうとしたり、ひたすら正気を疑ったり、槍でも降ってくるんじゃないかと空を不安げに見上げたりするだろう。ウゼエ。
できれば先送りにしたくて、黙ってたとは言えない。
「あたしもさあ、招待状送る前に幼なじみたちにはと思って連絡したんだけどさー」
手にした携帯を鈴鹿は不機嫌に睨み付けた。
「エイプリルフールは四月だぞとか、暑さにやられたかとか、見栄張るなら妄想彼氏程度にしとけとか、しっつれーなことしか言ってこないんだよ!」
笑える立場ではないのは重々承知の上で、噴き出してしまった。
似たり寄ったりのことを、目の前でも言われているだけに。
――結婚決まったから。式は十一月末。なるべくなら出席してほしい。
――ん?
――???
――なんぞ
――遅いんだよもっと早くから徐々に準備するもんなんだよ皺寄せはこっちにくるんだよちくしょーご来店はいつですか!
――筧がなんか知ってんぞー
――どゆこと?
――……一年前からウチのこの時期の予定を押さえられていました……
――いちねんまえ
――でも、前に言ってた見合いはポシャったんだろ?
――待て、それよりも問題なのは南条が俺らに出席をねだった事実だ
――天変地異の前触れか……!
――なんとでも言いやがれ。
――ちょっとみなさんお聞きになりまして?
――あの南条さんちの史鷹くんが、覚醒いたしましたわよ……!
――アカウント乗っ取られたとか、
――ふざけていられるお前らはいいよなー! 俺なんか式までこれに付き合わないといけないんだぞ……
開き直りに等しい一言を打ち込めば、一瞬のラグのあと、やかましくメッセージが行き交う。
俺も含めてもういい年をしているというのに、騒ぐ様子はあの頃と変わりがない。
「なんかすごいスピードでメッセージ流れてない?」
「バカばっかりなので」
「フミタカさんと仲のいいひとたちだもんねー」
背中合わせに凭れかかってくる最愛からは、全面の信頼と愛情を寄越されて、触れ合う体温に心地よさを覚える。
そして俺の薄暗い懸念などかまわずに、彼らはずっと近くにあり続けてくれた。
今も他愛のないやりとりができる、それを笑っていつものことだと思っていられる、考えもしていなかった幸福を受け入れている十年後以上の自分に、少し笑った。
(初出:2014/07/04サイト拍手SS)
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