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第十八話 給仕と抱擁 ③
しおりを挟む──まぁ、花嫁修業と思うならばそれもいい経験かな……少しだけ我慢しようかしら……小さい頃からお仕着せばかりで、ずっとお人形さんみたいに扱われてきたことはとても幸せなことだと思いたいのだけど、それはそれで一体どうなのよ? といつも思ってきたんだもの……
サイラスの寝室をノックして、ドア越しに朝食の準備ができたことを伝えて大広間に戻ってきたマーガレットは、給仕の支度を整えながら独りそんなことを考えていた。
「やぁ、おはよう、マギー──」
黒いガウンに身を包んだサイラスが、まだ少し眠たい目を擦りながら朝食を摂りにやって来た。
「おはようございます。ご主人様……」
──でも、わたしがサイラスをご主人様と呼ぶとか、やっぱりなんか抵抗を感じるわ……
マーガレットは、大きく長いテーブルの端にある椅子の背を引き、サイラスに席を促した。
「ありがとう、とても気持ちのよい朝だね──昨夜はよく眠れたかな、マギー? 」
サイラスは機嫌よくマーガレットに話し掛けた。
「い、いえ、そんなには……」
昨夜じっと見詰められた、サイラスのあの紫水晶色の瞳が再び頭に浮かんできて、マーガレットは思わずふるふると頭を振った。
「う~ん、そうか……やっぱり使用人のベッドじゃ固くてよく眠れなかったかな……」
「いえ、大丈夫ですわ……」
朝食の給仕を待つサイラスの左の背後に立ち、マーガレットは左手の平で支える銀のスープチューリンから、レードルで蕪のポタージュスープを一掬いすると、サイラスの目の前に据えられたスープ皿に注ぐため、恐る恐る馴れない手つきで腕を差し伸ばした。
「──ど、どうぞ、ご主人様……」
──慌てずゆっくりよ、マーガレット! ……これも花嫁修業……うちの使用人達もこんな感じで、さりげなくやってたわよね……
するとその時、マーガレットのレードルを持つ手がサイラスの二の腕を微かに掠めてしまった。
「──ひゃうぅっ! 」
女人に触れられたサイラスが、またしてもビクッと背筋を震わせるや、思わず脇へ突き伸ばした魔導師の肘がマーガレットの空いた右脇へと滑り込み、図らずもそれがマーガレットに肘鉄砲を食らわせる形となった。
──ボヨヨンっ!
エプロンの上からでもそれと分かる豊かなマーガレットの横乳が、その柔らかな弾む感触を確かに魔導師に伝えつつ、肘頭を柔らかく包みこんだ。
「──えっ? 」
「──きゃっ! やぁんっ! 」
胸を突然グイッと押し込まれ、マーガレットが慌てて身をすくませた途端、
──ボタボタボタボタッ!
「うわぁっ!! 」
──ガッシャァァン!!
「──きゃぁっ!! 」
手に持つレードルが傾き、熱々のポタージュスープがサイラスの袖に掛かったかと思うと、慌てたマーガレットが、片方の掌で支えていたスープチューリンを丸ごとゴロンとテーブルの上へひっくり返してしまった。
忽ちのうちにサイラスの膝へ、ドロドロと熱く滾るスープが溢れ落ちるだけではなく、それはマーガレットの着る服の袖口や裾にも跳ね掛かった。
「──あっつ! あっつ! あっつぅぅぅっ!! 火傷っ! 火傷するぅっ! 」
「やだっ! ご、免なさい! 今すぐ拭き……やん! 熱いっ!! 」
『──溢れたスープよ! 即刻消え去れぃっ!! 』
サイラスは堪らず片手を上げてパチンと指を鳴らした──
──だがしかし、咄嗟に掛けたこの除去魔法、とりわけ衣服に着いた汚れを落とすといった家事魔法に類する些細な魔法の力加減が、殊更に魔力の強いサイラスにとっては一番の不得手とするところであった……
次の瞬間、サイラスの放った強い魔力が、スープで濡れたテーブルクロスやチューリン、サイラスの着ていたガウンや下着、それから……マーガレットのメイド服と下着までをもスープと共に一瞬に消し去ってしまった。
エプロンだけを残し裸となったマーガレットはまだことの成り行きを把握し切れないまま、慌てて傍らのワゴンからナプキンを引っ掴むと、サイラスの濡れたガウンを拭こうと屈み込んだ。
「──なっ、何?! きゃあぁっ!! 」
マーガレットがサイラスの股間に目を移すや、生まれて初めてみる殿方の『秘めたるもの』の異様がその目に飛び込んできた。
新米メイドの目と鼻の先には、春の彩り溢れる穏やかな野原からニョッキりと顔を覗かせたような、ほんのり桃色に色づく男性の『土筆』んぼの頭が飛び出していた。
「──うぉぉぉっ!! ヤバッ! 自分の服まで消しちまったっ! ──」
『ぬ、布よ! 直ぐ来いっ! 我が身を隠せっ!! 』
サイラスは慌てふためきながらそう唱えて再び片手を上げ、パチンと指を鳴らした。
すると……喫驚から口を両手で覆い、くるりと背を向けその場から逃げ去ろうとするマーガレットの身体に唯一張り付いていた白いエプロンが、魔力によってサイラスの方へとグイグイと引っ張られていく。
「───あわわわぁぁぁっ! 」
──あれっ?! やだっ!! わたし、いつの間に裸に!?
エプロンが発する強力な引力に負け、マーガレットは後ろによろけながら、再びくるりと反転させられた。
エプロンの紐が解け、メイドの身体からハラリと白い布地が外れる……
マーガレットはとうとう身体のバランスを崩し、サイラスの下半身に向かってばったりと倒れ込んだ──
──や、やぁん!
次の瞬間気がつくと、魔導師が座る股間にマーガレットの顔が埋もれていた。その滑らかな桃色の筆先がグニュりとマーガレットの小さな唇にねじ込まれた。
「──むぎゅぅっ……きゃぁぁんっ!! 」
「──ひゃうぅぅぅっ!! 」
慌てて立ち上がろうとするマーガレットと同時に、椅子から飛び上がったサイラスの脚が再びもつれ合う。
背を反らせるサイラスが体勢を崩し、身を強ばらせるマーガレットに慌ててしがみつくと、勢い余って彼女ごと床に押し倒す形になった。
「──っ!! 」
倒れ込む寸前、サイラスはくるりと身体を反転させて自らの身を呈した。
腕の中でメイドをしっかりと抱きしめ、かばうように魔導師は背中から崩れ落ちた。
──ドスンっ!
「痛ぁっ! 」
裸の二人は抱き合ったまま床に転がった。
舞い上がった白いエプロンが後から遅れて、ふわりと二人の上に覆い掛かった。
「……あぁん」
永い一瞬、男女のそれぞれの身体の凹凸がぴったりと密着し合い、二人は互いの肌の温もりを感じ取った。
「「──っ!! 」」
「──うぉぉっっ! 」
「──きゃっ! やだぁっ!! 」
二人は慌てて離れ、互いに背を向けて叫ぶ。
「マ、マギー、き、気を付けてくれよ! 」
「もぉっ! エッチ! こっち見ないでぇっ!! 」
「サ、サイラス! 何て破廉恥なものをわたしに押し付けてっ! それに………わたしの胸を触って……抱きつくなんて! 」
「──い、いや、違うっ! あれは熱くて咄嗟に……君の方こそ、俺のを見ただけじゃなく……俺のを口で……」
マーガレットの脳裏にもはやしっかりと焼き付いてしまった、弾力のある殿方の『先っぽ』の感触が再び甦ると、マーガレットはかぁっと頭に血が上り、顔を真っ赤にして反論する。
「──やっ! 止めてよ!! 変態サイラスっ! あなた、やっぱりわたしにわざとエッチなことばかりしてるんでしょう? 今度は魔法を悪用して! 」
「そ、そうじゃないさ! 俺は魔力が強すぎて……家事魔法は俺にとっては力の調整がすごく難しくてだな……それに……俺は君のご主人様なんだぜ、マギー? 」
「ふ~~ん……本当にエッチなご主人様よね……これってセクハラよ! わたしが下女であることをいいことにして! 」
「いやいや! 絶対わざとじゃないし……これは事故であってセクハラとかじゃないぞ! 」
朝から騒々しく二人が口論を繰り広げていると、エイダがよろよろと広間に入って来た。
「おんやぁ! なんぞ騒がしゅうてのぉ……一体どうしましたで? ほぉっ!! おんやぁ?! こりゃあ、たまげた!!──オッホッホッホッ! 」
二人が背を向け合って裸で口論している様子をみて、エイダは遠慮もなく大笑いした。
「こりゃこりゃあ! ──オッホッホッホッ! 二人して裸ん坊でまぁ! 仲よろしいこってのぉ……ワシの若い頃を思い出すでよぉ……ホッホッホッホッ!! 」
「──ち、違うの! エ、エイダ! これは──」
「スープがガウンにかかってだな──」
二人共それぞれに身体の大事な箇所を手で隠し、口々に老魔女に言い訳を試みる。
「ほんにやれやれじゃのぉ……」
エイダは首をすくめて杖を振るうと、廊下から直ぐにすぅっと二人の衣類とバスタオルが飛び込んできた。
「──助かったぁ、ありがとう、エイダ──だって、聞いてよ……サイラスがわたしの胸をね、それから……」
マーガレットは急いで着るものを着ながら顔を少し赤らめるが、エイダは冷ややかな目線をマーガレットに送った。
「じゃがの、マギー……旦那様に粗相がないようにと言ったじゃろうに! ──よいかな、マギー? 旦那様はマギーのご主人様なのじゃよ! どんな時も口答えは絶対しちゃならんのじゃ! さあ、着替えたら黙って給仕を続けるのじゃ! スープの代わりは直ぐに寄越すよって……」
「はい、はぁ~~い……」
「『はい』は一回じゃ! マギー! 」
「ご、ごめんなさい……」
エイダが厨房に下がるとサイラスは再びテーブルに着いた。
二人それぞれに無言のまま朝食とその給仕を続けたのだった。
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