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3 黒猫

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 バレンシアを恨みたくなる日々が続く。

 教科書や教材はあるが、肝心の家庭教師が来ない。
 編み物をしているヘレンの前で、文字レベルの低い本を毎日1時間読まされて同じ文字を延々と書かされ、繰り返し1から1000まで数を数えさせられる。

 教育なんて受けさせる気も無く、ヘレン自身の教育レベルも低いのだろう。
 疲れた態度を見せると『馬鹿な子!愚図!』と容赦なく掌を叩かれる。

 マナー教育は最悪でカップの持ち方など、気に入らないと熱めのお茶を頭から掛けられた。
 刺繍は不出来だと針でチクリと刺される。

 二人のメイドは無関心なロボットのように淡々と仕事をこなしていた。


 唯一緊張が解けたのが、週に一度の魔法の訓練だ。指導は温厚な白い顎鬚のオーハン先生。
 この時だけ外の庭に出られる。

 土から小さなゴーレムを作り出す魔法が面白くて、夢中でやっていると「ふむ、やっと本気を出してくれましたな、ほっほっほ」と嬉しそうに笑った。

「面白い、もっといろんな魔法を習いたいです」
「では次からはもう少しレベルを上げましょうか」

 だが次は無かった。私が楽しそうなのが気に入らなかったのだろう。魔法訓練を嫌がっているとヘレンが虚偽の報告をし、オーハン先生は来なくなった。

 ピアノも初級レベルが終了すると、同じ理由で強制終了された。
 嫌味な先生だったけど、曲を弾くのは楽しかったのに。


 空いた時間をひたすら刺繍や編み物の手芸をさせられた。上手に仕上げるとまた取り上げられるので態とヘタに仕上げる。もちろん針で刺されたり、掌を叩かれた。

 なんたる児童虐待。心底あたまにくるが、背の高い大柄なヘレンには勝てる気がしない。
 勝ったところで、何が変わるんだろう、忌み子のバレンシアには味方が一人もいないのだ。


 交代して2か月以上過ぎていた。
 妖精に生まれ変わったのに妖精たるチートが何もなく、ただのバレンシアの身代わりとして生きている。
 一体バレンシアはどうしているのか。餓死していないだろうか。

 閉ざされた離れ屋の中でストレスだけが溜まっていった。


     ***


 誕生祝いも無く13歳を過ぎた夜に、窓から空を見上げると青と白い月が輝いていた。

 背後に何か感じて振り返ると、壁の丸い鏡がほんのり薄く光って、近づいて鏡に触れると私は鏡の中に吸い込まれていった。

「やった!鏡の中に戻れた!」

「にゃぁ~」足元に黒猫がいる。

「猫ちゃん?・・・貴方が私を呼んでくれたの?」

 鏡の中の世界は全てあべこべの不思議な世界。

 扉には鍵がかかっている。
「窓から外に出られるかな。・・・ここは2階だった」

「ニャン」
 黒猫が前足で影に触れると影が伸びて、鍵穴にスーッと入り込みカチャッ!と音がした。

「開錠出来たの?ありがとう」
「ニャン!」
 扉は開いた。只の猫ではないようだ。

 家の中に人の気配はない。ヘレンもメイドも居なかった。
 暗い廊下を進んで、私は外に飛び出した。

「ああ、夜の匂いがする。外の空気が気持ちいい」
 庭を駆け回り、芝生の上に寝転んだ。

「猫ちゃんバレンシアを見なかった?」
 声を掛けると黒猫は歩き出したので魔法のライトを照らし追いかけた。

 結構な距離を歩くと、お城のような屋敷が見えてくる。
 ハサウェイ公爵家の母屋、本邸宅だ。

 中に入ると広々としたエントランスに豪華な装飾品が並んでいる。
 黒猫を見失ってウロウロしていると調理場についた。

「お腹が空いた、鏡の中に食べ物はあるかな」
 クッキー缶が目に入り、リンゴジュースもあって満腹になるまで食べ、ポケットに残りのクッキーを詰め込んで私は調理場を離れた。

 2階への階段を上っていると途中の踊り場に黒猫がいた。

「バレンシアが見つからない。ここって鏡の中よね?」
「ニャン」
 踊り場の壁に鏡がはめ込まれて薄く輝いている。触れると現実の世界に引き戻された。

「本邸に出てきた?鏡の中を通り抜けて移動できるんだ」


「ルナシア?」

 声が聞こえて見上げると薄暗い階段上に少年が立っている。
 慌てて鏡の中に戻ろうとしたら呼び止められた。

「待って!」

 一瞬体がゾワッとして慌てて逃げた。誰だろう、家族の名前はルナシアしか知らない。

 黒猫の後を追っていると自室に戻って来た。
「ニャァ~」
「猫ちゃん、今日はもう疲れちゃった。また会おうね!」

 現実の自室に戻るとポケットにクッキーは入ったままだった。鏡の中の物を現実世界に持ち出せるのか。これは有難い。
 運動して疲れた体を横たえ、私は朝まで熟睡したのだった。


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