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第一章 ~『カレーとスパイス』~
しおりを挟むあやかし古書店を後にして、家路に付く頃には日が沈んでいた。月明りの下、自宅へ帰宅すると、勢いよく玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり、姉ちゃん。ご飯できているぞ」
「わー、私の大好きなカレーね」
机の上には白い器に注がれたカレーライスと、脇に添えるように小鉢のキャベツ煮、そして彼女が愛してやまないバナナもデザートとして並べられていた。
椅子に腰かけ、カレーライスに手を伸ばす。甘さと辛さが調和した旨味が口の中一杯に広がった。
「味はどうだ?」
「とっても美味しいわ! 最高よ!」
「だろ。今回はスパイスにこだわったからな。それに隠し味も入れてあるんだ」
「ほんのり口の中に残る甘さ……もしかしてリンゴ?」
「正解。加えて蜂蜜と黒糖も入れてある。甘党の姉ちゃんにはたまらないだろ?」
「うんうん。素晴らしいわ。さらにバナナも入っていればパーフェクトね」
「いれるかっ!」
胃の中に流し込むように食事を進める。その豪快な食べっぷりに、作り手の夏彦が微笑んでいると、いつの間にか皿は空になっていた。
「ご馳走様。美味しかったわ」
「どういたしまして。それで、呪いの本は売れたのかよ?」
「いいえ、売らなかったわ」
「どうしてだ?」
「実はね、本屋さんに西住くんがいたの」
「西住……あいつが……」
夏彦は西住の名を聞くと、不機嫌そうに眉を顰める。
「西住くんからね、私に憑いているあやかしは善狐さんだって教えてもらったの。善狐さんは野狐と違って、私を幸福にしてくれるそうなの」
「ね、姉ちゃん……」
夏彦が美冬の肩をガッシリと掴む。真剣な表情で視線を交差させる。
「姉ちゃんは西住の奴に騙されているんだ」
「私は騙されてないわよ」
「いいや、騙されている。西住については以前から噂を聞いているが、顔が整っているだけの変人として評判は最悪だ」
「それは噂だけなの。西住くんは優しい人よ」
「……まさかと思うが西住と付き合っているのか?」
「ま、まさか。そんなはずないわ。私と西住くんじゃ、釣り合わないし……」
「ふ~ん、まぁいいけど。とにかく姉ちゃんは騙されている。それを証明してやるよ」
「……どうやって証明するのよ?」
「これを使う」
夏彦は戸棚からトランプを取り出すと、慣れた手つきでシャッフルする。
「トランプを使って、姉ちゃんが如何に騙されやすいポンコツかを証明してやる」
「私、ポンコツじゃないもん!」
「それもすぐに分かるさ。一枚、この中から引いてくれ」
「見てなさいよ。吠え面をかかせてやるんだから」
トランプの束からカードを一枚引く。夏彦に見えないように確認したカードには『スペードのキング』が記されていた。
「そのカードをトランプの山に戻してくれ」
「一番上に置けばいいのね」
「ああ」
言われるがままに、引いたカードを山札の上に置くと、夏彦は慣れた手つきでシャッフルを始める。その手際の鮮やかさは、見惚れてしまうほどだった。
「姉ちゃんの引いたカードはこれだろ」
夏彦は山札の一番上を捲り、『スペードのキング』を示す。引いたカードを言い当てられたことに、驚きで目を見開く。
「凄いわね。どうやったのかしら?」
「フォールスシャッフルって技を使ったんだ。華麗な手の動きでシャッフルしているように見せかけているが、実際にはカード位置がそのままになる。だから姉ちゃんの札は変わらず山札の一番上にいたんだ」
「へぇ~まるでマジシャンみたいね」
「初心者向けマジックの一つだからな……カードを一番上に戻すことを拒否したり、シャッフルを注意深く観察したりすれば、簡単に看破できる子供騙しさ。つまりだ、姉ちゃんみたいな騙されやすい奴にしか通じないマジックなんだよ」
「うっ……た、確かに私は騙されやすいかもしれないけど、西住くんは優しい人よ。それにあやかしの姿もこの目ではっきりと見たもの」
銀髪の美青年がニコニコと笑みを浮かべる姿は脳裏に焼き付いている。あの光景が偽物のはずがないと美冬は主張するが、夏彦はそれを認めようとしない。
「あやかしなんてこの世にいるはずがないだろ」
「でも……私は……」
「それこそ今見せたマジックと同じさ。タネさえ知れば子供騙しだと分かるが、何も知らない者からすれば超能力に見える。銀髪の美青年とやらもVR映像か何かに決まっている。姉ちゃんを騙すために西住の奴が用意したのさ」
「に、西住くんはそんなことしないもん!」
「いいや、するさ」
「うぅ~夏彦の馬鹿っ!」
西住を侮辱されたことに耐えられなくなり、逃げるように自分の部屋へと立ち去る。電気も点けずに布団の中に潜り込むと、湧き出る怒りを抑え込むように枕を強く抱きしめた。
「夏彦の……馬鹿……っ」
愚痴を零すが、夏彦に対して本当に怒っているわけではない。彼が西住を侮辱したのは、彼女の身を心配してのことだと分かっているからだ。
「私がもっとしっかりしていれば……」
頼り甲斐のある姉であれば、騙されているかもしれないと心配させることもなかったはずだ。自分の不甲斐なさが悔しさと怒りに変わる。
「姉ちゃん、入るぜ」
扉をノックすると、夏彦は美冬の部屋へと足を踏み入れる。彼女を慮り、電気は点けないままベッドへと近づく。
「西住のことをよく知らないのに、疑うようなことを言って悪かったな」
「…………」
「俺には姉ちゃんを守る義務があるんだ。だからさ、心配なんだよ。でも姉ちゃんの気持ちも分かる。大人なのに口煩くされると鬱陶しいよな」
「そんなことないわ……夏彦は私を心配してくれていただけだもの。その気持ちはとっても嬉しいわ」
「姉ちゃん……」
「だから仲直りしよっか」
「ああ。それでこそ姉ちゃんだぜ」
美冬がベッドから起き上がると、互いに小さく頭を下げる。仲違いしなくて良かったと、二人は小さく笑みを浮かべるのだった。
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