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第一章
第一章 ~『やっぱりここは異世界でした』~
しおりを挟む少年は、ゆっくりと体を起こし、波打ち際に座り込む。濡れた金髪が陽光にきらめき、澄んだ赤い瞳がリサをじっと見つめる。
「僕は……ハンス。グレムート公爵家の者だ」
「グレムート……公爵家……?」
リサは思わず復唱する。火を吹く虎に加え、公爵家の少年の出現だ。予想が確信に変わる。
(これで異世界であることに疑いはなくなりましたね……)
ただ公爵家の人間が、なぜこの島に流されてきたのか。その疑問が顔に現れていたのか、ハンスは微笑む。
「僕がここにいる理由が気になるんだね」
「それはまぁ……」
「グレムート公爵家は交易と外交で知られる名門貴族でね。王国の経済の多くを支えている。特に東方諸国との貿易は、我が家の生命線とも言えるほどに重要だ」
そこまで話すと、ハンスは少し息を整えてから続ける。
「僕も将来家を継ぐために、交易船に同行して、隣国との貿易交渉を学ぶ予定だったんだ。ところが……航海の途中で突然嵐に巻き込まれてね。船はどうすることもできずに沈没してしまった。必死に泳いで、何度も波に呑まれそうになりながら、気づいたらここに打ち上げられていた」
「大変でしたね……」
「君だって、同じだろう?」
ハンスの問いに、リサは曖昧な笑みを返す。飛行機事故にあって、この島に不時着したと、異世界人である彼に理解してもらうのは手間がかかる。今するべきことではないと判断したためだ。
「ハンス様はこの島について、何か知っていますか?」
「名前は知らない。でも、噂では聞いたことがある」
「噂ですか?」
「この辺りには無人島がいくつも点在していてね。普通、人は近づかない。なぜなら――」
「恐ろしい魔物が棲んでいるから。ですよね?」
リサが自然と言葉を引き取ると、ハンスは目を見開いた。
「察しがいいね。その通りだよ。王国では禁忌の地とされていて、船乗りたちは絶対に近づかない。偶然でも上陸した者は、誰一人生きて帰れなかったと聞く」
「……では救助は?」
「期待できないだろうね」
「そうですか……」
しばらく沈黙が続く。波の音だけが、二人の耳に響く。
「もう……オシマイだな」
ハンスが力なく笑う。その言葉に、リサはぴしゃりと言い放った。
「絶望するのは勝手です。でも、私を巻き込むのはやめてください」
「君は諦めないのか?」
「私は生きて帰ります! だって……私はまだ慰謝料でのバカンスを楽しんでいませんから!」
「……慰謝料?」
「ブラック企業と戦って勝ち取った大事なお金です! それでハワイ旅行を楽しむはずだったんです……」
リサが悔しそうに唇を尖らせると、ハンスは笑みを零す。意味を理解できなくても、リサが前向きなことだけは理解できたからだ。
「君は凄いな……僕も頑張らないと……」
ハンスは砂浜に目を落とし、やや恥ずかしそうに笑うと言葉を続ける。
「これから仲良くしてほしい。一人で無人島はさすがに寂しいからね」
ハンスは照れたように肩をすくめた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
リサはぺこりと頭を下げる。たとえ相手が異世界の貴族だろうと、今は対等なサバイバル仲間だ。
「それで……これから、どうしようか?」
「寝床は……あの飛行機がありますから。雨風は凌げると思います」
「飛行機?」
「あっ、ええと……私が乗ってきた船みたいなものです……」
「なるほど、確かに頑丈そうな船だ」
ハンスは飛行機の機体をちらりと一瞥すると、大きく頷いた。
「次に必要なのは、水ですね」
「……確かに、飲み水がなければ長くはもたないからね」
「布や食器を使えば、雨水を集めることができます。他にも、葉っぱを使って朝露を集めたり、地面に穴を掘って水分を集めたりする方法もあります」
「随分と詳しいね」
「テレビのサバイバル特集が好きだったので……」
「テレビ?」
「あー、こちらの話です。気にしないでください」
リサは苦笑しながら手を振る。ハンスは首を傾げたままだったが、無理に詮索することはしなかった。
「寝床と水が何とかなるなら、次は食料かな」
「ですね」
「獲物を狩るしかないのかな……」
ハンスが冗談めかして言ったが、リサは即座に首を振る。
「無理です。今の私たちの戦力で、怪物の潜む森に挑むのは危険すぎます」
「はは、だよね……」
ハンスは肩をすくめて苦笑する。
だが森に入れないなら別の食料を得る手段が必要だ。リサは思考を巡らせ、ある一つの考えに至る。
「あっ、もしかしたら飛行機の中に、乗客用の食べ物が残っているかもしれません!」
「本当かい!」
「はい。機内で配られる食事や、販売されるスナック、お菓子、お土産用のクッキーとか……それに私の記憶が確かなら飛行機には、災害時や災害時や長時間救助が来ない場合に備えて、保存性の高いビスケットや、栄養を補給できるゼリー飲料、乾パンみたいなものが備蓄されていたはずです。何年も保つように作られているので、たぶん今でも食べられると思います!」
「それはすごい!」
ハンスの顔がぱっと明るくなる。二人は急いで飛行機へと移動し、手分けして機内を探し始めた。
シートポケットを覗き込み、荷物棚をひっくり返すリサ。ハンスも座席の間に手を伸ばし、必死に食べ物を探した。
しばらくして、リサが小さく叫ぶ。
「ありました! クッキーやチョコレート、それに乾燥スナックも!」
「こっちには甘い匂いのする液体があったよ!」
ハンスはジュースのペットボトルを掲げる。
戦果を得た二人は嬉々として機内の座席に腰を下ろし、さっそくお土産用のクッキーを開ける。
リサが一枚、そっと口に運ぶと、小気味良い音が響く。
「美味しいですよ。ハンス様もどうぞ」
「ありがたく頂くよ」
勧められるがまま、ハンスも一口食べて、目を丸くする。
「こんなに美味しいもの、食べたことがない……」
「でしょう? 日本のお菓子はすごいんです」
「日本?」
「あっ、えっと……私の故郷の名前です」
リサは慌てて苦笑いしながらごまかす。二人はしばし、甘いクッキーとジュースを楽しみながら、束の間の安らぎを味わう。
だが楽しい時間はそう長く続かない。リサは手にしていたクッキーの袋を見つめ、ふと真剣な表情になる。
「でも……これも、いつかはなくなります」
「そうだね……今のうちに食料の確保は必要だ」
ハンスもクッキーを手にしながら、神妙な面持ちで頷く。
「やっぱり、僕が森に行くべきかもしれない」
「えっ、でも危ないですよ……」
リサが反射的に声を上げると、ハンスは落ち着いた声で続けた。
「大丈夫。僕は火の魔法が使える。弱い魔物なら、戦える自信があるんだ」
「……魔法ですか?」
異世界ならばあっても不思議ではない。
リサが期待で目を輝かせると、ハンスは静かに右手を掲げる。そして集中するように目を閉じると、手の平から、小さな赤い火球がふわりと現れる。その火球は、温かな光を放ちながら、ゆっくりと空中に漂っていた。
「これが魔法ですか……」
リサは思わず息を呑む。超常の力に驚きを隠しきれなかった。
「それ……私も、使えるのでしょうか?」
「適性があればね。例えば僕は火の適性持ちだ」
ハンスは意識を集中させ、全身から魔力の光を放つ。淡い赤の光は夕日のように美しい色味を帯びていた。
「魔力の適性は色を見れば一目瞭然だ。リサが炎を扱えるかどうかも、魔力を放出すれば判断できる。興味があるなら教えようか?」
「是非、お願いします!」
リサの願いに応えるようにハンスが微笑むと、リサの肩にそっと手を置く。
「まずは意識を集中して、自分の体の奥底に眠る力を感じるんだ」
そっと目を閉じると、静かな波音だけが耳に響く。指示通りにリサが自分自身の内側を探ると、胸の奥底に、かすかに煌めく光があるのを感じとる。
(これですね!)
その光をそっと手繰り寄せるように意識を向ける。すると、リサの体が淡い黄金色に輝き始めた。
「これは……凄いよ、リサ!」
「え、何か、変でしたか?」
「逆だよ! 君の魔力は黄金色。これは、万能適性を持つ者の証なんだ!」
「万能魔法ですか?」
「そう。火、水、風、土、雷、光、闇……すべての属性に適性を持つ、めったにいない希少な存在なんだよ」
「本当に……私が?」
リサは自分の両手を見つめる。ごく普通だったはずの指先に、ほんのりと黄金色の魔力が滲んでいる。
自分に特別な才能があるとは俄には信じられないが、ハンスが嘘を吐くはずもない。リサはそっと深呼吸して、彼を見据える。
「森へは……二人で行きましょう。私が魔法を完璧に使いこなせるようになってからでも、遅くはありませんから」
ハンスは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「そうだね。焦って無理をするより、確実に力をつけてから行動する方がいい」
生き残るための希望を手にした二人の顔は明るい。笑顔を零しながら、残ったクッキーに舌鼓を打つのだった。
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