BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

61.アーガス・デ・フレグマ

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 ◆

「ですから言ったのです。グラン城にお向かいになられたほうがいいと……」

 逃げ惑う群衆の波をかき分け、前線へと躍り出たカイルが剣を片手にそう叫ぶ。
 このときルメロたちの視界に映っていたのは、そこかしこで兵士と魔物が戦う様子と、異常な大きさのクローリーニードルから逃げるように避難してくる群衆の姿だった。
 町の南西から侵入したクローリーニードルが建物をなぎ倒しながらルメロたちが居る北側の大通り付近まで接近していたからだ。

「いまさらだよ、カイル。それに兵士たちが必死に戦ってるんだ。僕だけが城の中に逃げ隠れしているわけにはいかないさ。自分の身ぐらい自分で守れるしね」
「ですが――」
「今はそれどこじゃない。カイルは住人の避難を優先してくれ。これは命令だよ。僕のことはそんなに心配しなくてもいい」
「……ッ。わかりました」

 ルメロの言葉にそう頷いたカイルだったが、その顔にはどこか不満げな様子が浮かんでいた。
 生粋の武人であるカイルからすればこうした主君の豪胆な性格を好む一方で、王族としてはいささか不用心過ぎるきらいがあるように思えたからだ。

 市井で長く暮らしてきたせいか、王族としての自覚が足りないような気がする。
 現在のような非常事態においては、アンドリュース伯爵やその息子のデニウスのように城の中で指揮を取るというのが貴族の在り方としては普通のように思えるし、臣下としてもそのほうが安心できるというもの。
 そうはいっても今は諫言かんげんしているような場合ではなく、王族として率先して戦場に立つ行為がそれほど間違っているとも思わなかったが。
 とにかく今はルメロの命令どおり、住人の避難を優先するしかない。それこそルメロの言葉どおり、それどころではなかったのだから。

「急ぎ、北門近くの広場へ避難しろ。建物の中には隠れるなよ。いつ何時、倒壊するともかぎらないからな」

 カイルが大声でそう叫ぶ。
 カイルがそう指示したのは、一斉に住人たちがグラン城に流れ込んでしまうと戦闘の邪魔になってしまうと思ったからだろう。
 それに現時点での魔物の進路を見ると、向かっている先はおそらくグラン城。
 今からグラン城のほうに避難するとなると、途中で魔物と鉢合わせしかねない。それよりもこの辺りに留まったほうが安全だとカイルは判断したのだろう。
 ただ、そんな言葉もパニックに陥っている住人たちの耳にどれほど届いたものか。カイルの言葉に従っている住民はそう多くない様子だった。

 そうこうしている間にも、北門付近にまでちらほらと魔物の姿が見え始めていた。
 といっても、変異種のクローリーニードルだけは建物と建物の隙間を通るにはその大きな図体が邪魔になるらしく、ほかの魔物に比べたらずいぶんゆっくりとした歩みだったが。

「城のほうに魔物を向かわせるな。何としてでもこの辺りで魔物を食い止めるんだ!」

 ロイド隊長からそんな檄が飛ぶ。
 ただちに重装歩兵が大盾を並べて魔物の侵入を防ぐと、横合いからは別の兵士による大槌が振り下ろされ始めていた。

 硬い外殻を持つ虫系の魔物には、剣や槍なんかよりも槌のほうがよほど効果が高いように見える。
 ぐしゃりと嫌な音を奏でながら、魔物たちの頭部や胴体が次々と潰されていく。
 その光景だけを見れば、魔物との戦闘も兵士たちのほうが優位にたっているように思えたことだろう。
 だが、それはあくまで通常の魔物の話であって、変異種にはまったく攻撃が通じていない様子。
 城壁の上から放たれる矢など変異種は微塵も気にした様子がなく、迂闊に近付いた兵たちはまるでうるさい蠅でも振り払うかのように長い前肢で薙ぎ払われている有様だった。
 むしろ周りに集まってくる兵士などほとんど気に留めていない様子で、建物を破壊しながら悠々とグラン城のほうへ向かっていた。

「魔法部隊の準備が整ったようだぞ! 変異種の近くに居る兵士は一旦後方に退避しろ!!」

 城壁の上から、不意にそんな叫び声が届く。
 その言葉を耳にしたからか、戦闘を繰り広げている最中の兵士たちも魔物の隙を見て少しずつ後退し始めていた。

 町の上空に真っ赤な玉が浮かぶ。
 直系5メートルはありそうな大きさの火の玉だった。
 その真下では兵たちに守られた5人の魔法使いが揃って詠唱をしている姿も見受けられた。
 ただし、かなりのコンセントレーションを必要としているのか、焦点もろくに定まらず、両手を真上にあげ無防備に立ち尽くしたような状態。

 ――アーガス・デ・フレグマ。
 大規模殲滅魔法、或いは融合魔法とも呼ばれ、複数人の魔法使いによって形成される炎の魔法術式だ。
 
 その威力もさることながら、密集した敵陣にマグマのような炎の塊を放つことで大混乱をもたらす炎の魔法。
 ただし、本来ならば戦争のときに使われる対人用の魔法でしかない。それ以前にこんな街中で大規模な炎の魔法を使えばどうなるものか。
 建物自体は石造りが多いのでそれほど燃え広がることはないにしても、周辺の建物にはまだ逃げ遅れた住人が隠れていることも考えられる。
 そんな状況で炎の魔法を放てば、同士討ちが起きてもおかしくはない。
 まあ、現在被っている変異種や魔物による被害に比べれば、少ない被害で済むと考えただけなのかも知れないが。

「こんな街中で大規模魔法を使おうとするなんて。いや、もうそんなことも言っていられない状況か……」

 ルメロの口からそんな呟きが漏れる。
 だが、亜人やジェネットの町の住人、それに兵士たちは上空に浮かんだ火の玉を見て、その場ではっと息を呑んだだけだった。
 そもそも兵士たちはそれどころではなかったし、亜人やジェネットの町の住人に関しては大規模殲滅魔法自体これまで見たことがあるかどうかも怪しいレベル。
 あれが味方の魔法だということはわかっても、どうなるのかなんてことは理解していなかったに違いない。

「来るぞ!!!」

 誰かがそう言った瞬間、上空に浮かんだマグマのような塊が変異種のクローリーニードルに対して一直線に向かっていった。

 ◇

「炎の魔法か……」

 現在、ホログラムモニタの中央には真っ赤な炎が大きく映し出されていた。
 おそらくマヤ視点の映像だろう。
 前回リアード村のそばで見た魔法とは少しばかり違うようだが、これも魔法の一種であることはすぐに気付いた。
 何もない空間が突如燃え始めたように見えたし、炎がどうやって浮かんでいるのかも謎だったからだ。

 ただし、現象としては取り立てて変わったところもなく、意外性はあまり感じなかったが。
 満を持して魔法使いが登場したわりには肩透かしもいいところ。
 人類が宇宙に進出する以前の旧文明と呼ばれる時代ですら、炎単独での浮遊現象の再現はともかく、これと似たような現象を科学的に作り出すことが可能だったはず。

「どうやって浮遊させているのか、それと中央部分に存在すると思われる可燃性物質が何なのか謎ですが、それほど高温ではないかと。炎の色が赤いことからすれば、酸素不足で燃焼速度も遅く、不完全燃焼している状態でしょう。正直あれなら簡単に対処できそうです。こう言っては何ですが、特筆すべき点はほとんど見当たりませんね」
「期待外れとまでは言わないが、こちらが脅威に感じるほどじゃないのは確かだな。あとは攻撃対象の身体に直接発火できるか否かだが……」
「さすがにそれは不可能ではないかと。それが可能ならば、直接あの異常個体を燃やせば済む話ですので」
「それはそうだろうな。距離的な問題があるのか、或いは空間的な問題なのか。いずれにせよ、魔法の発現場所にはある程度の制約があるとみていいのかも知れん」
「それと、もしこの現象が一般的な燃焼現象と同じであると仮定すれば、防御シールドは透過できないはずです。一応、試しにマヤにあの魔法を受けさせてみることも可能ですが?」
「いや、それはいい。この後ルメロに取り入る計画に支障が出ても困るからな。マヤにはそのまま静観するように指示してくれ」

 そんな考察をふたりで交わしながら、食い入るようにモニタを見つめる。
 そのモニタ上にもようやく動きがあったようで、これまで魔法使いの真上に浮かんで動かなかった炎の魔法が突如動きを見せたかと思うと、大型のクローリーニードルのほうに勢いよく動いていった。

「やったか?」

 思わずそんな声が漏れる。
 モニタ上では、炎の魔法が大型のクローリーニードルに見事命中していた。
 現在大型は真っ赤な炎に包まれており、周りにいた魔物までもが巻き添えになっていたほど。
 魔物といえど火には弱いはず。そこまで高温ではないといっても、それはあくまで防御シールドに対する影響がどれほどあるかの話であって、生身の生物が耐えられるとは思えなかった。

 が――、
 まるで魔法の効果が掻き消されでもしたかのように火が鎮火し始めると、その中からあまり攻撃が効いた様子のないクローリーニードルの姿が現れていた。

「どうやら駄目みたいですね」

 プスプスと黒煙が立ち昇る。
 魔法の炎は今もなお、周囲に燃え広がっている最中だった。
 だが、大型のクローリーニードルに燃え移った炎はすでに消えており、外殻の表面に大きな焦げ跡を残していたものの、致命傷にまでは至らなかったことがわかる。
 バルムンドが駄目だという判断を下すまでもなく、今の魔法に決定打となり得る殺傷力がなかったことは一目瞭然。
 もしかしたら俺たちの見立て以上のダメージを与えているのかも知れないが、行動不能どころか、あの大型を怒らせただけのように俺には思えた。

「まだ何か奥の手が残されているといいんだがな。まあ、多分あれで打ち止めなんだろうな」

 俺は極力手を貸さないつもりでいた。
 自分たちにとってメリットがあるかどうかももちろんあったが、それ以前にこの世界の問題はなるべくならこの世界の住人がかたを付けるべきだと考えていたからだ。
 だが、そうも言っていられない状況。さすがにこれ以上放っておくのは色々とマズい。
 大型の進行方向途中には、ラァラが居る天翔けるアヒル亭だって建っている。
 まあ、ジェネットの町や天翔けるアヒル亭がどうなろうとも、グランベルが警護しているラァラだけは大丈夫だと思うが、ここら辺で助け船を出したほうがよさそうな感じだった。

「いかがなされますか?」
「仕方ない。アケイオスを動かすとするか」

 ふうっとため息をひとつ落とす。
 俺は少しだけ悩みながらも、バルムンドにそんな指示を与えていた。

 ◆

「大規模殲滅魔法の直撃を喰らって、まだ生きているとは……。クソっ! 何人か付いてこい。変異種と相対して、気を惹くぞ。再度、魔法部隊の準備が整うまでの時間を何としてでも稼がねばならん!!」

 魔法の炎に包まれた変異種を見て一瞬歓喜の表情が浮かんだ住人や兵士たちの顔が、再び失意に沈む。
 そんな中、ひとり気を吐いていたロイド隊長の怒鳴り声だけが周囲にこだましていた。

「殿下。私はアンドリュース伯爵の兵たちに加勢いたします」
「カイル。僕も行くよ」
「なりません。殿下は安全な場所に隠れていてください。殿下が今しなければならないことはこのようなことではないはずです」
「くっ……」

 そう言い放つなり、ルメロの返事も待たずに慌ただしく前線へ飛び出していくカイル。
 ルメロのそばを片時も離れようとしなかったカイルが突然そんな行動に出たのは、現在の状況がそれだけマズいと判断したためだろう。
 城側の兵も少しずつ前進をし始めており、双方向から変異種を挟み撃ちしようとする姿がルメロの目には映っていた。

 だが、グラン城側の重装歩兵は地表に燃え移った炎とその熱気のせいで、今のところ近付くことができていない。
 後方から接近したロイド隊長が引き連れた兵たちも、怒り狂った変異種の攻撃に遭い、手出しできていない状況。
 城壁の上から降り注いだ矢は、相変わらず硬い外殻に弾かれ、その場にポトリと落ちていただけ。
 ただひとりカイルだけが、変異種とかろうじて対峙できていると言っていい様相だった。

 とはいえ、そのカイルですら変異種の攻撃をまともに喰らっていないというだけだ。隙を見て多少斬り込んでいる様子があるものの、まともな傷は与えられていないように見える。
 誰の攻撃も通用していないことは、少し離れた場所から戦況を見守っているルメロや住人たちの目にも明らか。時間稼ぎという点では成功していると言えなくもなかったが。

 ――と、そのとき。
 
「危ないっ!」

 突然、ルメロの耳に届いた女性の叫び声。
 ルメロがその叫び声に気付いて、後ろを振り向いたときには、地面の上に倒れ込んだマヤと、胴体の半分ぐらいが焼けただれた魔物の姿があった。

 といっても、たまたまルメロの背後にマヤが居て魔物に襲われたわけじゃない。
 ルメロのほうもすぐに、自分がマヤにかばわれたことを察したぐらいだ。周りの住人や亜人の目には、ルメロに襲い掛かろうとする魔物との間に、マヤが割って入る様子がしっかりと映っていた。
 
 すぐに近くに居た兵士が駆け付け、魔物に対して大槌を振り下ろす。
 だが、鎧カマキリの鎌のような前肢による一撃で、マヤの背中は大きく斬り裂かれていた。
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