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魔界へ(その3)

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 朝だ……翌日になったぞ。
昨日は散々だったな……。
まさかこの国であんなことが行なわれているなんて……!
魔族の女性たちが性奴隷にされて、商売の道具になっていたのだ。
しかも貴族と王族も顧客らしいじゃないか!
そして他の国の王族さえも……!
合法……なんだな。
解決できないもどかしさに辛い気持ちが続いていた。

 そんな気持ちの中、朝方にグリトラル王国の兵士が宿屋に来た。
お城に呼び出されたぞ。
国王が宣言した通り、緊急会議により早めに結論を出したということだろうか?
果たして、グリトラル王国はスワン王国と提携するのかどうか……。

 というわけで、お昼前にグリトラル城に訪れた。
俺とケーミー、そして新たに加わった2人の仲間を連れているぞ。
目の前にいるのはグリトラル王国の国王……グリトラルIII世。
この男は、あんな所業を許しているのか。
もしかしたら、この国王自身が魔族の女性をオモチャにして楽しんでいるのかもしれない。
ああ、俺の嫌な気分はまだ治らないぞ……。
ただ、支配人が言った『人間を苦しめてきた魔族』というのは事実だ。
人間側にも魔族への恨みはあるだろう……。
けど、だからと言ってあんなことをして良いとは、俺は思わない……!

「勇者アキストよ……! この文書をスワン王国に持って行ってくのじゃ! この文書に、この国とスワン王国との協定条件が書いてある。魔法陣を使って魔界に向かうのじゃ……!」

 やはり緊急会議が終わったようだな。
話が早くまとまって良かった。
このまま、この文書をスワン王国に持っていけば、俺たちの希望通りになる。

「さぁ、スワン王国へ!」
「魔王城にて決戦だ!」
「勇者アキスト! 地上の命運はお前にかかっている……!」

 ああ……なんか国王様も大臣達も立派な感じで命令してくるけど、俺はイライラしてきたぞ。
国王の顔を見ていたら、怒りが増大してきたのだ。
ここで俺が『あんな事業は止めてくれ』って言ってもな……。
国王様を怒らせちゃうと、勇者の聖剣を回収されてしまうかもしれないし。
選抜された新しい仲間2人も、『やっぱりナシじゃ!』……ってことになってしまうかもしれない。
この人達は、俺のことをボロクソ言うからな……。
周囲の大臣達、そして王女様達は俺に厳しい視線を向けているぞ。
相変わらずだなぁ……。
あの事業の文句を言える雰囲気ではない。
このまま、魔族を性奴隷にしているお店を放っておくしかないのか。
うぅっ……俺はなんて無力なんだ。
心苦しいけど、このことは保留にするしかないのか……!


---


 俺とケーミー、そしてマインドとゴーリーは、グリトラル王国を後にした。
再び草原を歩く。
行ったり来たり大変ではあるが、最短で魔界に行けそうで良かった。

 その夜、いつも通り野宿をした。
みんなが寝静まった頃、こっそりケーミーに話しかけた。

「ゆ、勇者様……? 夜遅くになんの用ですか……? 夜這いは許しませんよ? マジで」

 ケーミーが俺をニラみつける。

「ち、違うんだ! ケーミー……じつは、グリトラル王国でヒドい事実を知ったんだよ」

 俺はモヤモヤした気持ちに耐えられず、ケーミーに打ち明けた。
もちろん、例の店のことだ。

「ゆ、勇者様……風俗街をフラついてしまったんですね……」

  ケーミーが若干ではあるが引いている。
考え事をしていて、偶然そのエリアに入ってしまったって説明したんだけどな……。

「私、その話は知ってますよ。冒険者とか傭兵、賞金稼ぎの間ではけっこう有名です」

 おお……知っていたか。
ケーミー、さすが情報通だな。
俺はあんま人と話さないからな……。

「そうか……俺はこれまで修行ばっかりしていたからな。知らなかったよ」

 修行後は勇者の力に目覚め、魔王討伐の旅をしていたんだ……。
エッチなお店に行ったことはなかった。
そもそも、そういうお店に行く勇気はない。
情報収集も苦手なんだよね……。
毎日、掲示板をチェックしたり、新聞を読んだりしていたほうが良かったよな……。
まぁ、そんな公的なものに風俗街の話は書かれていないだろうけど。

「勇者様……人間が魔族を性奴隷にしていることが、気になって仕方がないんですね? 心が綺麗過ぎですよ。今に始まったことじゃないですから」

 ケーミー……けっこうドライだな。
彼女は眠そうな顔をしながら話を続ける。

「他国では、人間の奴隷を売買することだってありますからね。グリトラル王国だって怪しいですよ」

「確かに……そうだね」

 最初の魔王討伐の旅で世界各地を回ったが、そういう話を聞いたことがあるぞ。

「勇者様1人が動いても、この状況は変えられないと思います。まずは魔王軍の討伐ですよ。勇者様はそれができるんですから」

 確かに……そうだよな。
あの店のやっていることが合法である以上、何もできない。
俺は勇者としての立場を守らないといけない。
俺には使命があるのだ。
グリトラル王国に目をつけられて勇者の聖剣を回収されてしまう訳にはいかないんだ。

「そうか……そうだよな……。ありがとう、ケーミー。少し落ち着いた」

 完全に気持ちを整理できた訳ではない。
俺がやらなきゃいけないこと……それも分かっていた。
でも、納得できないんだ……。
とは言え、ケーミーに相談できて何だか楽になった。
……俺にも相談できる人ができたのは嬉しいぞ。

「いえいえ。……あの、勇者様。せっかくなので今、聞いておきます」

 ケーミーの眠そうな顔が真剣な表情に変わった。

「……このまま魔法陣ですんなり魔界に行けるとして、スカーレンさんと戦うことになると思います。そうなったら……勇者様はどうするんですか?」

「うっ!?」

「うっ!? ……じゃないですよ」

 痛いところを突いてくるぜ。
ただ、避けては通れない問題だ。
これは……大事なことだ。

「……いや、正直ね。俺はスカーレンと戦いたくないよ」

 俺の言葉を聞いて、ケーミーが深くうなずく。

「……ですよね。スカーレンさんも望んでいないと思いますよ。彼女は今、恋する乙女ですから」

「そ、そうなのかな……?」

「え……鈍感勇者ですね……」

  ケーミーがジト目だ。

「あと、思っていることはまだある。俺は魔王を殺したくはないんだ」

「え? 魔王も……ですか!? この前、スカーレンさんが来たときの話を聞いて思ったんですけど、魔王とも仲良くなっちゃいました? それとも、もしかして……あわよくば魔王とも恋仲になろうって考えですかぁっ!?」

「い、いやいや! 恋仲にはなり得ないって! まぁ、距離感は近くなったけどね。かなり……近くなってしまった。カリバデスに負けてヘコんでいるところを、魔王には応援してもらったし」

 そのときもエッチなことをされたんだけど、その事実については黙っておこう。

「やっぱり魔王とも仲良くなっているわけですね。本当に勇者様は……優しいというか、穏やかというか……甘っちょろいというか……」

 そう言うと、ケーミーがうつむいて何かを考え始めた。
その後で再び口を開く。

「けど、勇者様はあくまでも『勇者』ですから! 魔王を倒さないとダメです! 殺さずとも、魔王を捕らえて地上に連れて帰ってくればいいんじゃないですか?」

「……それも考えたんだけどね。あのお店を見てさ、魔王や……スカーレンが性奴隷として売られたりしたら……って思うとさ……。あのお店は王国とも繋がっているわけだし」

「……その話に繋がるわけですね。う~ん……悩ましいですね。だったら、いっそ殺すしかないですかね? 少なくとも魔王軍のトップである魔王だけでも……殺すしかないですよ。そもそも、これまで人間は甚大な被害を受けてきたんです。しっかりケリをつけなきゃ、地上の平和は訪れませんよ」

「ケ、ケーミー……」

 意見がはっきりしているな。
そうだよな、魔王軍のせいで命を落とした人間だってたくさんいるわけだから。
俺は魔王と会話を重ね、判断がおかしくなっているのかも……。

「スカーレンさんと決着をどうつけるのがベストなのかは、私には分かりません……」

 ケーミーが再び俯く。

「そうだよね……。ありがとう」

「いや、そんな……お礼なんて……。私は私の考えを言っただけです。勇者様……本当に大丈夫ですか?」

「ああ。ちゃんと考えて、本番までに決心するよ」

「勇者様……。スカーレンさんが魔王を守るようだったら……どうしますか?」

 き、厳しい質問だ!
でも……当然、考えておかなきゃいけないことだよな……。

「うん……それも含めて、覚悟を決めるよ」

 つ、つらい……。
俺が……地上で評価されないのはこういうところか?
人間達を苦しめてきた魔王軍に情をもつなんて……。
とくに最初の旅で世界各地を訪れ、人間達が苦しい目に遭っているのを目にしてきたじやないか……!
けど、人間は人間で魔族にヒドいことをしているんだよな。
魔族を性奴隷として扱っているのは、この目で見た。
間違いないんだ……。
しかも、俺が目にしたのは氷山の一角かもしれないよね。
うぅ……!
こんなことばかり考えていては、魔王を討伐して地上に平和をもたらすという目的を達成できないぞ……!!
ケーミーには『本番までに決心する』、『覚悟を決める』と言ったが、結論を出せる自信が全然ない!
あ、ケーミーが『勇者様、大丈夫かなぁ……?』って思っていそうな目でこちらを見ている……。
俺は……勇者として、しっかりしなくてはいけない!


---


 ケーミーに悩みを打ち明けた翌日、俺たちはスワン王国に到着した。
もうお昼過ぎである。
ケーミーと話したことをずっと考え続けていたので眠いぞ。
寝不足である。
……とは言え、そんなことは言ってられない。
早速、国王様に謁見するためにお城に向かった。
預かった文書をちゃんと渡さないとね。

「国王様! グリトラル王国から、この文書を預かってきました。お受け取りください」

 国王様は俺が渡した文書を読み始めた。
読み終わると、隣にいる大臣に渡したぞ。
大臣達は文書を読み回している。

「なるほど。得られた報酬は折半か。……まぁ、条件は妥当と言えば妥当か。グリトラル王国にしては随分と控えめな要求だな……」

 国王様は少し不思議がってはいるが、納得したようだ。
おそらく……グリトラル王国は、スワン王国から新しい勇者が出てくることを恐れているんじゃないかな?
提携だけでもさっさとしておきたいのだろう。
緊急会議をする前に大臣たちが話していたのはそんな会話だったはずだ。
まぁ、こんなことをわざわざここで言う必要はないか。
あ……文書を読んだ大臣達も頷いているぞ。

「そうですね、いいでしょう」
「なかなか良い条件だと思います」
「一時はボルハルトのせいでどうなることかと思いましたが、魔王討伐に向けて追い風が吹いてますね……!」
「これは本当に……勇者アキスト殿の働きが大きいですよ!」

 なんか嬉しいことを言ってくれているぞ。
たしかにボルハルトも名誉挽回って感じか。
やはりこの国の人達は、グリトラル王国の人達よりは話を分かってくれるみたいだ。
 大臣たちの意見を聞いた国王様が再び口を開く。

「……ということだ、勇者アキスト。ボルハルトに魔法陣の使用を命じておく」

「ありがとうございます!」

「出発は2日後だ。それまでは魔王討伐の準備を整えながら、城下町の宿屋で待っていてくれ」

 よし……良い感じだぞ。
すごい勢いで話が進んでいく!
ただ、その前に俺は……覚悟を決めなくてはならない。
どのようにして魔王と決着をつけるべきなのかを……!!
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