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Ωの不幸は蜜の味(4)
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その後も彼が何かごちゃごちゃ話していたと思うが、記憶がない。
テレビやスマホの画面でしか見たことがないような高級スポーツカーに乗せられ、どう育ったらこの仕上がりになるのだろうと思うほど気取った客しかいない店で家具やファブリック類、生活用品を揃えた。
最後に、値引き後でも普段俺が行くスーパーの2倍の価格帯で食品を売ってる店で夕飯の材料を買って帰宅した。
雪哉の料理の腕はプロ並みで、出された料理の味も絶品だった。
レストラン以外で人の作った物を食べるのが久しぶりで、なぜだか涙が滲み出てくる。
「うまいよ、ほんとに」
「え、泣くほどですか!?」
雪哉は焦って俺の涙を拭きにくる。俺も自分の涙腺に何が起こっているのかわからない。
だが、散々な目に遭ったのに家族はおろか友人オメガですら慰めてくれなくて、誰も味方なんていないと思っていたから――。こんな自分に手料理を振る舞ってくれる人間がいるなんて。
こんな、人の男を奪って呪われたオメガに――……。
気づいた時には俺は立て板に水を流すような勢いで自分の不幸な過去を話していた。好きでもない友人と寝たこと。それが結果的にもう一人の友人から彼氏を寝取ることになったこと。
そのせいでオメガとしての大切な能力を失い、それからずっとろくでもない恋をしてきたこと――。すると雪哉が真面目な顔で俺の肩を掴む。
「望さんは自分から進んで悪い恋をしてきたんじゃないですか。罪悪感で普通の恋ができなかった――」
「なんだって?」
そんなことを言われたのは初めてで、俺は動揺した。
「自分が不幸になるような恋をしたらそのベータのご友人に許されると思ってるんじゃないですか? ろくでもない男としか付き合わず、悲劇の中に身を置くことで過ちを懺悔しようとしてきた」
そんなことはない。俺はただ、たまたま相手を見る目がないだけで――。
「あなたには幸せになる勇気がないだけです。でももうそんなの時効ですよ。わかってるでしょう。そろそろ目を覚ましましょ?」
「目を、覚ます……?」
そんな、簡単に言うなよ。
「俺がどれだけ彼女に憎まれていると――」
いや、違う。彼女は俺のことなんてもう覚えてもいないだろう。あの時寝てしまった友人でさえ俺のことを思い出すこともないはずだ。
俺だけが、うなじに刻まれた火傷の痕を自らえぐることで罪を忘れないようにしてきた。
「ええ。目の前にいる俺のことを見て下さい。あなたを幸せにする気満々の男がここにいるんですから」
「でも――」
中学生以来久々に会った後輩にこの俺が何を期待しろって言うんだ?
「俺はこのチャンスを逃しませんよ。手に入れたい物は必ず手に入れます」
「だけど、俺はアルファとつがいにはなれない。お前の望むような関係にはなれないんだよ」
「つがいにならなくたって、ベータの夫婦たちも幸せになってますよ。知らないんですか?」
まるで中学生の男子が友達を揶揄って馬鹿にするような言い方だった。俺が昔雪哉に向かって「お前そんなことも知らないのか?」と偉そうに言っていた記憶が蘇り羞恥心で顔が熱くなる。
「ああ……知らなかったよ。自分が幸せになるなんて、俺は……無理だと思ってた」
「じゃあ思い知らせてあげます。あなたに、これからたっぷりとね」
雪哉はナイフで肉を切り分け、血の滴るそれを口にした。
ゆっくり咀嚼してそれが喉元を過ぎるのを俺は見つめる。
「望さんもどうぞ」
雪哉からじわじわとフェロモンが香ってきた。とても甘く、全身が動けなくなりそうなほど強いムスクの香り。
「ああ、いただくよ」
肉を口に入れると甘い血が彼のフェロモンと共に鼻腔と口腔内を満たした。目を閉じてそれを堪能する――彼の家族計画に自分が飲み込まれていくのを本能的に感じながら。
テレビやスマホの画面でしか見たことがないような高級スポーツカーに乗せられ、どう育ったらこの仕上がりになるのだろうと思うほど気取った客しかいない店で家具やファブリック類、生活用品を揃えた。
最後に、値引き後でも普段俺が行くスーパーの2倍の価格帯で食品を売ってる店で夕飯の材料を買って帰宅した。
雪哉の料理の腕はプロ並みで、出された料理の味も絶品だった。
レストラン以外で人の作った物を食べるのが久しぶりで、なぜだか涙が滲み出てくる。
「うまいよ、ほんとに」
「え、泣くほどですか!?」
雪哉は焦って俺の涙を拭きにくる。俺も自分の涙腺に何が起こっているのかわからない。
だが、散々な目に遭ったのに家族はおろか友人オメガですら慰めてくれなくて、誰も味方なんていないと思っていたから――。こんな自分に手料理を振る舞ってくれる人間がいるなんて。
こんな、人の男を奪って呪われたオメガに――……。
気づいた時には俺は立て板に水を流すような勢いで自分の不幸な過去を話していた。好きでもない友人と寝たこと。それが結果的にもう一人の友人から彼氏を寝取ることになったこと。
そのせいでオメガとしての大切な能力を失い、それからずっとろくでもない恋をしてきたこと――。すると雪哉が真面目な顔で俺の肩を掴む。
「望さんは自分から進んで悪い恋をしてきたんじゃないですか。罪悪感で普通の恋ができなかった――」
「なんだって?」
そんなことを言われたのは初めてで、俺は動揺した。
「自分が不幸になるような恋をしたらそのベータのご友人に許されると思ってるんじゃないですか? ろくでもない男としか付き合わず、悲劇の中に身を置くことで過ちを懺悔しようとしてきた」
そんなことはない。俺はただ、たまたま相手を見る目がないだけで――。
「あなたには幸せになる勇気がないだけです。でももうそんなの時効ですよ。わかってるでしょう。そろそろ目を覚ましましょ?」
「目を、覚ます……?」
そんな、簡単に言うなよ。
「俺がどれだけ彼女に憎まれていると――」
いや、違う。彼女は俺のことなんてもう覚えてもいないだろう。あの時寝てしまった友人でさえ俺のことを思い出すこともないはずだ。
俺だけが、うなじに刻まれた火傷の痕を自らえぐることで罪を忘れないようにしてきた。
「ええ。目の前にいる俺のことを見て下さい。あなたを幸せにする気満々の男がここにいるんですから」
「でも――」
中学生以来久々に会った後輩にこの俺が何を期待しろって言うんだ?
「俺はこのチャンスを逃しませんよ。手に入れたい物は必ず手に入れます」
「だけど、俺はアルファとつがいにはなれない。お前の望むような関係にはなれないんだよ」
「つがいにならなくたって、ベータの夫婦たちも幸せになってますよ。知らないんですか?」
まるで中学生の男子が友達を揶揄って馬鹿にするような言い方だった。俺が昔雪哉に向かって「お前そんなことも知らないのか?」と偉そうに言っていた記憶が蘇り羞恥心で顔が熱くなる。
「ああ……知らなかったよ。自分が幸せになるなんて、俺は……無理だと思ってた」
「じゃあ思い知らせてあげます。あなたに、これからたっぷりとね」
雪哉はナイフで肉を切り分け、血の滴るそれを口にした。
ゆっくり咀嚼してそれが喉元を過ぎるのを俺は見つめる。
「望さんもどうぞ」
雪哉からじわじわとフェロモンが香ってきた。とても甘く、全身が動けなくなりそうなほど強いムスクの香り。
「ああ、いただくよ」
肉を口に入れると甘い血が彼のフェロモンと共に鼻腔と口腔内を満たした。目を閉じてそれを堪能する――彼の家族計画に自分が飲み込まれていくのを本能的に感じながら。
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