1 / 1
1
「ヴァン⋯?どうして⋯ここに⋯」
「シスリー、俺から離れるなと言ったはずだ」
「でも、それは、僕に責任を感じて⋯。だから、僕の事なんか忘れて、ヴァンには幸せになって欲しかったんだ」
「シスリーが笑っていないのに、俺が笑えるわけない。シスリーがいないのに、俺はどうやって幸せになればいいんだ」
◇◇◇◇◇
ヴァンと僕は、王都にある孤児院で育った。
まだ産まれたばかりだった僕たちは、ちょうど同じ時期に、孤児院に置き去りにされていたと聞かされた。
親が恋しいとか、親が憎いとか、そんな感情を持った事がなかった。
なぜなら、親というものがどういう存在なのかさえ、僕には分からなかったから。
それに、いつもヴァンと一緒だったから、寂しいと思った事も一度もなかった。
ヴァンがずっと傍にいてくれる、僕はそう信じていた。
でも、あれは僕たちが10歳の時だった。
子宝に恵まれず、養子にする子どもを探しているという伯爵夫妻が、孤児院を訪ねてきた。
夫妻は優しげな眼差しで、一列に並んだ子どもたちの前を、一言二言、言葉を交わしながら、ゆっくりと歩いていった。
「シスリー、どうした?緊張してるのか?」
「ヴァン⋯、う、うん、だって、貴族と話した事なんてないから」
「大丈夫だ、シスリー、俺がいるだろ?何があっても、俺が傍にいるから」
「本当?」
「ああ、俺たちは、いつも一緒だっただろ?だからこれからも、ずっと一緒だ」
「う、うん!」
コツ コツ
夫妻が僕とヴァンの前に来た。
僕がヴァンの手をぎゅっと握り締めると、ヴァンも力強く握り返してくれた。
「あなた、お名前は?」
頭の上から夫人の優しい声が聞こえて、ドキドキしながら僕がそっと上を向くと、伯爵夫妻の視線は、真っ直ぐにヴァンに注がれていた。
あっ⋯僕じゃなかった。
僕より背の高いヴァンの顔をちらりと見上げると、ヴァンは背筋をしゃんと伸ばし、伯爵夫妻から目を逸らす事なく、堂々と前を向いていた。
「ヴァンです」
「歳はおいくつかしら?」
「10歳です」
「まあ!もっと上かと思ったわ。随分しっかりしているのね。それに、なんて立派な体格なのかしら。ねえ、あなた」
夫人は伯爵に腕を絡ませ、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、この子なら申し分ないな」
伯爵は、夫人と目を合わせて大きく頷いた後、横に控えていた院長に声を掛けた。
「院長、今から時間は取れるだろうか」
「ええ、もちろんですとも。どうぞこちらへ」
院長はにこりと笑うと、右手を差し出して、奥の部屋を指し示した。
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
体の感覚が鈍くなり、どうやって息をしていたのかさえ分からなくなった。
ただ、冷たくなった僕の手が、小刻みに震えている事だけは分かった。
「待ってください」
その時、ヴァンの落ち着いた声が、塞がりかけていた僕の耳を通り抜けていった。
ヴァンは僕の手をぎゅっと握ったまま、伯爵夫婦を正面に見据えた。
「俺はシスリーが一緒じゃないと、どこへも行きません」
えっ⋯?
「なっ!?ヴァン!伯爵に向かって、何て口の利き方をするんだ!早く謝りなさい!」
「まあまあ、院長、友人思いで、しっかりした子じゃないか。民を大事に思う気持ちがなければ、貴族の務めは果たせない。そういう意味では、この子は私たちの希望通りの子のようだ」
伯爵は、目を細めてヴァンを見た。
「院長、2人とも私の邸に連れて行こう」
「えっ!?よろしいのですか!?」
「ああ、2人とも養子という訳にはいかないが、引き離すのは忍びない。まあ、とにかく、詳しい話が先だ」
「え、ええ、そうですね。こちらへどうぞ」
伯爵夫妻が院長に案内されて、奥の部屋へ入っていくのを、僕はぼんやりと見ていた。
それからしばらくして僕たちは院長から呼ばれ、伯爵夫妻がいる部屋へ入った。
その間、ヴァンが僕の手を離すことはなかった。
「シスリー、俺から離れるなと言ったはずだ」
「でも、それは、僕に責任を感じて⋯。だから、僕の事なんか忘れて、ヴァンには幸せになって欲しかったんだ」
「シスリーが笑っていないのに、俺が笑えるわけない。シスリーがいないのに、俺はどうやって幸せになればいいんだ」
◇◇◇◇◇
ヴァンと僕は、王都にある孤児院で育った。
まだ産まれたばかりだった僕たちは、ちょうど同じ時期に、孤児院に置き去りにされていたと聞かされた。
親が恋しいとか、親が憎いとか、そんな感情を持った事がなかった。
なぜなら、親というものがどういう存在なのかさえ、僕には分からなかったから。
それに、いつもヴァンと一緒だったから、寂しいと思った事も一度もなかった。
ヴァンがずっと傍にいてくれる、僕はそう信じていた。
でも、あれは僕たちが10歳の時だった。
子宝に恵まれず、養子にする子どもを探しているという伯爵夫妻が、孤児院を訪ねてきた。
夫妻は優しげな眼差しで、一列に並んだ子どもたちの前を、一言二言、言葉を交わしながら、ゆっくりと歩いていった。
「シスリー、どうした?緊張してるのか?」
「ヴァン⋯、う、うん、だって、貴族と話した事なんてないから」
「大丈夫だ、シスリー、俺がいるだろ?何があっても、俺が傍にいるから」
「本当?」
「ああ、俺たちは、いつも一緒だっただろ?だからこれからも、ずっと一緒だ」
「う、うん!」
コツ コツ
夫妻が僕とヴァンの前に来た。
僕がヴァンの手をぎゅっと握り締めると、ヴァンも力強く握り返してくれた。
「あなた、お名前は?」
頭の上から夫人の優しい声が聞こえて、ドキドキしながら僕がそっと上を向くと、伯爵夫妻の視線は、真っ直ぐにヴァンに注がれていた。
あっ⋯僕じゃなかった。
僕より背の高いヴァンの顔をちらりと見上げると、ヴァンは背筋をしゃんと伸ばし、伯爵夫妻から目を逸らす事なく、堂々と前を向いていた。
「ヴァンです」
「歳はおいくつかしら?」
「10歳です」
「まあ!もっと上かと思ったわ。随分しっかりしているのね。それに、なんて立派な体格なのかしら。ねえ、あなた」
夫人は伯爵に腕を絡ませ、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、この子なら申し分ないな」
伯爵は、夫人と目を合わせて大きく頷いた後、横に控えていた院長に声を掛けた。
「院長、今から時間は取れるだろうか」
「ええ、もちろんですとも。どうぞこちらへ」
院長はにこりと笑うと、右手を差し出して、奥の部屋を指し示した。
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
体の感覚が鈍くなり、どうやって息をしていたのかさえ分からなくなった。
ただ、冷たくなった僕の手が、小刻みに震えている事だけは分かった。
「待ってください」
その時、ヴァンの落ち着いた声が、塞がりかけていた僕の耳を通り抜けていった。
ヴァンは僕の手をぎゅっと握ったまま、伯爵夫婦を正面に見据えた。
「俺はシスリーが一緒じゃないと、どこへも行きません」
えっ⋯?
「なっ!?ヴァン!伯爵に向かって、何て口の利き方をするんだ!早く謝りなさい!」
「まあまあ、院長、友人思いで、しっかりした子じゃないか。民を大事に思う気持ちがなければ、貴族の務めは果たせない。そういう意味では、この子は私たちの希望通りの子のようだ」
伯爵は、目を細めてヴァンを見た。
「院長、2人とも私の邸に連れて行こう」
「えっ!?よろしいのですか!?」
「ああ、2人とも養子という訳にはいかないが、引き離すのは忍びない。まあ、とにかく、詳しい話が先だ」
「え、ええ、そうですね。こちらへどうぞ」
伯爵夫妻が院長に案内されて、奥の部屋へ入っていくのを、僕はぼんやりと見ていた。
それからしばらくして僕たちは院長から呼ばれ、伯爵夫妻がいる部屋へ入った。
その間、ヴァンが僕の手を離すことはなかった。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
見上げる先輩✕見下ろす俺
桜庭 葵
BL
高身長、秀才、イケメン、全てを兼ね備えた全女子の憧れの的、小永吉結蒼。そんな結蒼だが、一つ弱点がある。それを目の前にすると、いつものポーカーフェイスは崩れ落ち、ニコニコの笑顔になってしまうほど依存している。それは、結蒼の一つ上の先輩の平井乃愛琉。低身長でくりくりの瞳のベビーフェイス代表乃愛琉に、結蒼は一目惚れ。距離を縮めていくたびに見えてくる乃愛琉の性格に、結蒼は毎回心を奪われていく。
性格も年齢も身長も違う2人の甘~いBLストーリー!
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中