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二章 遠距離恋愛編
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しおりを挟む季節はあたたかい春を迎えている。
魔法学校を卒業した私は、19歳になった。就職先は以前から考えていたとおり、祖父が経営する道具屋にし、今日も朝から箒を持って、店の掃除に精を出す。
「ふぅ……」
学校に通っているときは気づかなかったけど、道具屋は朝日がのぼる午前中がもっとも忙しい。
「いらっしゃいませー!」
ひっきりなしに冒険者が来店してくる。
私はカウンターに立って、元気よく、明るい声で接客をする。
一方、祖父は店の奥で、ポーションの瓶を袋に詰める作業をしていた。
冒険者のみんなが欲しいのは、やっぱりポーションだ。
旅に出て、魔物との戦闘になったら怪我はつきもの。そのため回復が欠かせないのだけど、回復魔法が使える魔法使いは貴重な存在で、ほとんどが女性。
そんな彼女たちは聖女と呼ばれている。
しかし、聖女はトルシェの街にはいない。魔法学校でも、ひとりも回復魔法を会得できる者はいなかった。
だから冒険者にとって、祖父が作る回復薬ポーションが、旅には欠かせないのだ。
「ここのポーションすごいぜ!」
冒険者たちが噂している。
聞き耳を立てると、どうやら王都で売られている値段の高いポーションよりも、祖父の作ったものの方が大幅に回復できるらしい。よって、トルシェの街まで買いに来るのだと。ふぅん、なんだか鼻が高い。
それにここは魔物が出現する森に行くための通り道。商店街には私がいる道具屋のほかに武器屋もあれば防具屋もある。素敵な宿屋もある。つまり私たちが住む街は小さいながらも冒険者たちの拠点であり、憩いの場所なのだ。
「20ワムのお釣りです」
私は、筋肉モリモリの戦士のお兄さんに金貨をわたす。ワムと言うのは、お金の単位だ。ちなみにポーション1個、100ワムで売っている。
さっき戦士が買ったのは、80ワムの煙幕。手のひらほどの丸い球で、投げて衝撃を与えると煙が出て、魔物の目を撹乱させることができる。これは手強い魔物との戦闘のさい、逃げるときに使う。もしも私が旅をするのなら、この煙幕は100個あっても足りないだろう。
「きみかわいいね、またくるよ」
「……あ、ありがとうございました~」
軽やかに口説いてくる戦士は店を去った。
私は笑顔で接客する。学校ではこんなに笑顔になったことはなかった。ああ、祖父の道具屋は居心地がいい。魔法が使えなくても、誰も私を虐めないから、ふつうに自然体でいられる。そう思っていた。だけど……。
「お、本当にルイーズがいるぞ!」
「おい見ろよ、ふりふりのワンピース着てやがる! かわいいじゃねぇか!」
「まじで女らしく髪を伸ばせよ、ルイーズ!」
うわ、きた……。
いつも魔法学校で私を虐めていた男子たち。冒険者の装備をしている。3人とも剣士になったようだ。卒業したら二度と会うこともないと思っていたのに、ポーションが有名なところから情報を得たのか、私の就職先を知って来店したのだ。くそ、朝っぱらから最悪だ。
「おい、ルイーズ、剣はあるか?」
坊主頭の剣士が注文してくる。
どうやらこいつがリーダーらしい。背も低いし、平凡な顔だ、でもなんで道具屋で剣を買うのか? と不思議に思った。こいつ無能か。
「……えっと、ナイフならありますけど、生活用ですよ? 魔物と戦闘のための剣なら武器屋にいったほうがいいかと」
「うるせー! 俺はルイーズから剣を買いたいんだよ!」
店内に怒声が響き、他の客たちから、
「なにあれ?」
と、変な目で見られる。学校ならなんとか耐えられたけど、私の店まで来て虐めてくるなんて、どうしよう。ふつうに接客するしかないか。
「大きな声を出さないでください、他のお客さんに迷惑ですから」
「あ? 俺らだって客だぞ? いいからそのナイフをくれよ」
わかりました、と私は言って、棚からナイフを出した。祖父が製作したもので、切っ先はとても鋭い。その用途は、ちょっとした木材の彫刻や、肉や野菜や果物など調理に使ったりするものだ。とても戦闘には向いていないけど、ふと過去を思い出す。
ジャスと森にキャンプに行ったときのことだ。彼は、突然襲ってきたゴブリンに、このナイフを投げつけて倒していた。おそらく、最強の剣士なら、どんな物でも武器にしてしまうだろう。
「500ワムです」
「おお、なかなかいいナイフじゃないか! 釣りはいらねぇ」
え? 坊主の剣士は500ワム金貨で支払った。もともとお釣りなんてない。
「……」
「じゃあ、またくるからな、ルイーズ!」
店から去っていく男子たち。もう来るな! と私は心の中で叫んでいた。
お昼になり、私は店から出た。
今日はジャスが王都フィルワームに出発する日なのだ。
私は風のように商店街を小走りして、待ち合わせの場所に向かう。
ごーん、ごーん、と正午の時間を知らせる、大きな鐘の音がする鐘楼のもとに、婚約者はいた。
ドキッとした。
かっこいい鎧、兜、腰には大剣を装備している。見るからに、最強の剣士だと思う。
こんな人と私は結婚するのか……なんだかニヤけてきて、すぐに近づけない。
「お~い、ルイーズなにしてんだ? こっちに来いよ!」
「あ、ごめん、ジャスがあまりにもカッコよすぎて……」
ふっと鼻で笑う彼は、満更でもなく嬉しそうだ。
「じゃあ、王都に行ってくる」
ぽん、と私の頭に触れたジャスの手は、とても大きかった。このたくましい手ともしばらくお別れかと思うと、急に泣けてきた。
「ううう、ねぇジャス、住むところが決まったら手紙ちょうだい」
「わかった」
「あと、どのくらいの頻度でトルシェに帰ってくる?」
「うーん、どうだろう……月に一回くらいかな? 親に金を渡したいし」
「ジャスは親孝行だね」
「まぁな」
「でも1ヶ月も会えないのかぁ……寂しすぎるよぉ」
思わず、私は泣き出してしまった。笑顔で送り出してあげたかったのに、何をやってるんだ私は……ジャスを困らせるだけじゃないか。
「ルイーズ……俺も寂しい、でも、Aランク冒険者になったら結婚できるだろ? それまで頑張ろうぜ!」
「うん」
涙は出るけど、なんとか笑顔でうなずいた。
そして、ポケットのなかにあるものを出した。私が作った特製のポーションだ。
「これ、持っていって……」
「ありがとう、ルイーズ」
小さな青い瓶をジャスに渡す。それを受け取った彼は、道具袋にしまった。なんだか私の分身が彼と一緒に旅をするみたい。そう思えてきて、ちょっと嬉しくなる。よし、もう笑顔で送り出せそうだ。
「帰ってくるときは手紙で教えてね! ポーションを作っておくから!」
「ああ」
笑顔になるジャス、だけど何か私に言いたそうで、もじもじしている。な、何? なんか可愛いんだけど。
「ルイーズ、しばらく会えないからさ……ちょっと抱きしめてもいいか?」
「え? ここで?」
私は、キョロキョロとあたりを見回す。
ここはトルシェの街で有名な鐘楼がある場所だ。昼間だということもあり、観光客で賑わっているし、街の人や冒険者たちの姿もちらほら見かける。抱き合うくらいなら、いいけど、そのさきはちょっと……。
「なぁ、いいだろ?」
「あっ」
私は何も返事してないけど、ジャスは抱きしめてきた。
3ヶ月ぶりだ、こうやって抱きしめてくれたのは、やっぱりとても気持ちがいい。もっとやって貰えばよかったと、今更ながら後悔してきた。そうかと思えば、彼の顔が近づいてくる。これは、きっと私にキスしたいのだろう。
「……」
ふと、脳裏によぎるのは、無理やりされたロイとのキスだった。
私を牢屋から脱出させたロイは、気でも狂っていたのだろう。私のことを好きだと告白し、唇を奪った。突然すぎて、顔を横に向けて拒否することができなかった。
だけど、今のジャスとなら、どうだろう。とてもゆっくり顔を近づけてくるから、私は、つい……。
「ごめん……」
と言って、顔を横に向けてしまった。
恥ずかしそうにするジャスは、ぽりぽりと頭をかく。
「あ、俺の方こそ悪い、キスは結婚してからだよな、ふつう……あはは」
「……う、うん」
こくり、と私は首を縦に振るけど、とんでもない嘘つきだと思った。
だって現実は、私はロイからキスされてしまっている。婚約者でもないのに、なんてことだ。だけど、ジャスにそのことを言ったら、おそらく喧嘩になるし、未来は暗いだろう。ここは黙っておいた方がいい。ロイとのキスは墓場まで持っていくと、私は誓った。
「結婚したら、キスして……」
「わかった! 絶対にAランク冒険者になるから待ってろよ、ルイーズ!」
うん、と私は笑顔で答え、手を振ってジャスと別れた。
そして私は教会の扉を開けて、鐘楼を目指して駆けのぼる。大きな鐘がある頂上は、天気が良くて見晴らしは最高だった。目を凝らし、王都フィルワームへと続く道【プリンセスロード】を歩いているジャスの姿を探す。
「いた……」
彼が小さくなって見えなくなっても、私は遠くにある王都の景色を眺めるのだった。両手の指を組んで、胸にあてて、祈りを捧げるように。
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