ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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二章 遠距離恋愛編

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「どれどれ……」

 私はトルシェの街が描かれた風景画を見つめている。
 隣の部屋は応接室なのだけど、この絵画がかけられた壁には、あらかじめ小さな穴を開けておいたのだ。
 そう、つまりはこのように目を近づけて、隣の部屋をのぞくため。
 今、応接室の革張りの高級な椅子に座っているのは、ロイ、ノアーユ、ヴェルハイム、それに私の父と姉がいて、みんな紅茶を飲んでいる。

 優雅なものだ。私はのぞきをしているのに。

 ちなみに近衛兵たちは外で待機していた。暇を持て余し、母とお菓子を食べている様子が窓から見える。

「仕事しろよな……お母様もケーキ食べ過ぎ……」

 私がいる部屋は物置で、隣の応接室の壁には、若く美しかった頃の母の自画像がかけられている。
 そして、母の顔の目の部分にも穴を空けておいた。
 ごめんね、お母様……今となっては太って若い頃の母の面影がないぶん、この絵画に誰も気に留めることがないことをいいことに。

「お! よかった、見えるし聞こえる」

 よく通る、爽やかなロイの声が聞こえてきた。

「ルイーズさんは家にいませんか? ここに呼んで欲しいのです」

 ビクッとした。
 おいおい、私を呼んでどうするつもり?
 すると、父が驚いたように話す。

「え? えっと……ルイーズは部屋にいると思いますが……なにゆえでしょう?」
 
 ちょっとだけ間があってからロイは、
 
「実は、結婚の話をしようと思うのです」

 と言うから、「あら……」と姉がささやいた。
 あちゃあ、自分がプロポーズされると思ってるよ。ぷっ、ちょっと笑ってしまう。
 一方、父の顔は見えないけど、おそらく笑顔なのだろう。その声でわかる。

「あ、結婚の話ですか! お気遣いありがとうございます。家族そろった方がいいですからね、では、うちの妻も呼びましょう」
「いいえ、本人とモンテーロさんがいればそれでいいですよ。うちも母上は来てませんし」
「あ、そうですか」
「はい、母上は了承済みです。ですよね、父上」
「うむ、異論はない。これからの時代は平民とか貴族など関係ないからな、人類みな平等だ、ははは」

 へぇ、驚いた。
 優しく笑っているノアーユは貴族でありながら、まともな人間らしい。
 今度じっくり話をしてみたいな。
 あれ? ここでふと思う。もしも、ジャスと私が婚約してなかったら、ふつうにロイと結婚してたかもしれない?
 まぁ、今となっては、ジャスとの結婚しか考えられないけど。
 しかしながら、父はかなり困惑している様子。大丈夫かな。

「そ、そうなのですか……平民としては嬉しいです」
「ああ、これからの時代、貴族とか王族とか威張っておってはいかん。よって、ノアーユ家はモンテーロ家との結婚を許可するぞ、なあ、ヴェルハイム」
「……ノアーユ様、お言葉ですが、もしも仮にロイ様が次期国王に決まったらどうするおつもりですか?」
「あ? 決まる前に結婚していたと説明すればいいだろ? もっとも、ロイがもう結婚しておったら次期国王の座を回避できるかもしれんしな」
「たしかに、その通りですが……」
「ヴェルハイムよ、もう魔法が使えるから偉いといった世界は終わりだ。アディアスから届いた資料をおまえも見ただろ、ん?」
「は、はい……」

 ヴェルハイムは下を向いた。
 どうやら、フィルワームの大臣はノアーユの意見に逆らえないらしい。しかし、ヴェルハイムはさきほど私に言った。

『ロイ様とおまえは結婚できない……』

 と、ううん、この言葉は何を意味するのか。謎は深まるばかり。
 それとアディアスという国も気になる。
 一方、相変わらず姉はロイからプロポーズされると思っているのだろう。せっせと化粧を直している。やばいなぁ、あれ。

「それじゃあモンテーロさん、娘さんを連れてきてください」

 ノアーユがそう言うと、父は不思議そうな顔をし、姉のことを手でそえた。

「え? あの……娘はここにいますが……」
「ん? ドロシーさん?」
「はい! ドロシーもロイ様との結婚は了承済みです」

 こくり、と顔を赤くしてうなずく姉ドロシー。
 ぱちくりと、ノアーユはロイと目を合わせてから言った。

「いいや、ロイが結婚したいのはルイーズさんの方だ、そうだよな、ロイ」
「はい、ぼくはルイーズさんと結婚したいです」

 ロイの言葉は、まるで稲妻のよう。
 それは姉の脳天を打ち抜き、精神を粉々にし、彼女の美しかった目の光りを失わせた。
 かなり損傷したみたい。まぁ、今まで私にしてきた罪を思えば、ざまぁ、としか言えないけど、ちょっと気の毒に思う。姉は勘違いしすぎだから。
 そして父も同じだ。
 これは何かの間違いだと思っているのだろう。おどおどして、ノアーユに質問をする。

「ル、ルイーズとロイ様が結婚ですか? ドロシーではなくて?」
「うむ、そうだが……何か問題でも? はやくルイーズさんを連れてきておくれよ」
「は、はぁ……」

 やっと重い腰をあげた父は、ゆっくりと歩き扉を開けた。
 すると、まるで幽霊にでもなった姉は開いた扉から、スッと抜け出て姿を消す。
 そんな落ち込んだ彼女のことをロイもノアーユもヴェルハイムも、誰も気に留めなかった。
 そうか、結局のところ、姉の魅力というのは軽薄な男にしか効かないみたい。
 これは偏見かもしれないけど、若い女をナンパするような近衛兵たちがする、後腐れない恋愛ごっこが、姉にはお似合いかもしれない。よって私は思う。

 いつか姉にも愛する男性ができますように……。
 
 そう願ったあと、私はすぐに物置部屋の窓から外に出て、裏庭を駆け抜け、あらかじめ開けておいた自分の部屋の窓から侵入に成功。そうすれば、父は私がずっと部屋にいたと思うだろう。しばらくして、

 コンコンコン!

 扉をノックする音が響くと、父の声がした。

「ルイーズ、出てきなさい!」

 なんでいつも怒り口調なのだろう。私、何もしてないはずのに、今日は。
 そんなことを思いながら扉を開ける。
 ん? しかし父はいない。あれ? どこにいった? え? 下を見ると、

「ルイーズ、一生のお願いがある!」

 父は土下座していた。ど、どした急に?

「お、お父様、なななな、なんですか?」
「よく聞けよルイーズ! なぜか知らんがロイ様がおまえと結婚したがっている」
「え? お姉ちゃんじゃなくて?」
「そうだ! 信じられんと思うが、ドロシーではなくおまえらしい」
「……で、私にどうしろと、まさか?」

 ジャスくんと婚約は破棄しろ、そう言って父は顔を少しだけあげた。いやいや、無理。

「お断りします。私はジャスを愛していますから、婚約は続けます」

 すると、父はまた深々と頭を下げて私にお願いをする。

「頼むルイーズ、モンテーロ家が王族と結婚できるのだ! こんな光栄なことはない!」
「しかし……私はジャスと……」
「この通りだ、ルイーズ、今までおまえを魔法が使えないからといって虐めてすまなかった。本当に悪いと思っている……だから、ロイ様と結婚してくれ」

 土下座する父を見て思う。
 ざまぁ、だと。
 そして、廊下の奥から父と私の対話を見つめている姉ドロシーも同じく、ざまぁ、だ。
 結局、魔法が使えるってだけで偉そうにし、私を虐めていた罰が与えられたのだ。 
 
 うふふっ……。

 ちょっとだけ笑いながら、私は答えた。

「お父様、魔法が使えない出来損ないの私に頭を下げるなど、らしくないですね!」
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