ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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三章 プリンセスロード編

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 ぴこぴこ、と残りの魔力を示すメーターが点滅している。

「そろそろ魔力が無くなりそうだ……」

 車を運転する俺は、そう妹のセリーナに告げた。
 彼女は、うーんと背を伸ばす。アディアスから出発して、すでに数時間。道はゆるやかな平原で、あたりでは馬などの動物が、むしゃむしゃと風にゆれる草を食べている。

 ぷすぷす……。

 あ、止まった。
 ここからは自力でいくしかない。俺たちは車から降りた。そしてセリーナは、さっと手を振って、車を次元空間に収納してから、

「お兄様、これを使って飛んで行きましょう!」

 と言って、魔道具を取り出す。

 “飛行用アーマー”

 これは、風魔法を利用して空を飛ぶことができる。

「ああ」

 と俺は答え、それらを手と足に装備し、宙に浮かんだ。
 ふわりと飛びあがる俺のことを見て、にやにやと微笑むセリーナ。

 な、なんだ? 俺の顔に何かついている?

 彼女も、ふわりと浮かぶ。手と足には同じく飛行用アーマーが装備されている。妹はたしか風魔法が使えなかったよな。ちょっと質問してみよう。

「セリーナ、自然魔法は何が使える?」
「土と水が少しだけ使えます」
「そうか……」
「お兄様は?」
「俺は、火、水、土、風、光、闇、すべて使える。だからこのようなものは必要ないんだけど……でも、やっぱり便利だな魔道具は!」

 飛行速度をあげた俺は、青空と遊ぶ。
 となりで笑いながらついてくるセリーナは、風のなかで話しかけてきた。

「たしかに便利ですけど、魔道具に頼りすぎるアディアス国民の魔力が、年々減少しているのは問題です……」
「そうなのか」
「はい、このままいくと、いずれ純粋な魔法使いはいなくなると博士は言っていました」
「なるほどな……」

 俺は少しだけ考えてから質問した。

「もしや、その問題を解決するために、セリーナは結婚するのか?」
「察しがいいですね、お兄様」
「ふふっ、わがままなセリーナが簡単に結婚するとは思えないからな」
「ちょっとぉ、失礼ですね……わたしはセピア社の令嬢です。国民のためなら結婚くらいしましょう」

 ここで俺は疑問に思った。
 セリーナって結婚するって意味がわかっているのだろうか?
 彼女の話は続く。

「フィルワームという国は魔道技術が発展していなくて、古き良き時代が続いているそうです」
「なぜ?」
「どうやら大臣の陰謀によって、魔法のクリスタルの使用が禁止されているようです。信じられませんよね?」
「ああ、まるで独裁国家だな……」
「しかもですよ、その大臣はアディアスと戦争しない条件として、私と王子が結婚することを提示してきました」
「……セリーナ、ちょっといいか?」
「なんですか?」
「フィルワームの軍事力は強いのか? 魔道技術がないなら弱そうだが」

 いいえ、と首を振るセリーナは苦笑いを浮かべた。

「問題はフィルワームではなく、魔物に人類が滅亡されることです。最近、コアから魔力を吸い取る魔物が産まれているらしく、そこで私たちアディアスはフィルワームと協力しあって……あれ?」

 ん? セリーナの飛行速度が落ちていく。
 そして俺もだ。ふと下を見ると、どうやら俺たちは、もうすでに魔物の巣がある森の上を飛行していたようだ。

「まさか、魔力が吸い取られている?」

 そう質問しながらセリーナの顔を見ると、急に青くなっていた。
 
「お兄様っ! なんかついてます!」

 あわてる彼女は手や足を払った。
 よく見ると、飛行用アーマーに羽のある虫がついている。どうやら、この小さな魔物が魔力を吸い取ったのだろう。

「お、落ちる!」

 セリーナと俺は、ぐんっと空から急降下していく。
 このままいけば地面に落ちて即死だ。俺は自力で風魔法を使って飛びあがる。
 そしてセリーナを抱きかかえ、ふわりと着地した。あたりは鬱蒼した森のなか、不安そうにする彼女の頭を、俺はそっとなでながら、風魔法を使って身体にバリアをはる。虫に刺されないためだ。

「大丈夫だ、俺のそばにいろ」
「は、はい……」

 俺はセリーナと離れないよう手をつなぎ、これからのことを考えた。
 とにかくすぐに西に向かおう。太陽の位置は真昼だ。魔物の動きが活発になる夜になる前に、なんとか森から抜けたい。
 よし、ここは魔力を消費してもいいから風魔法で飛んでいくか……ん?
 ふと妹を見ると、顔が赤い。どうした? 何かあったのか?
 
「セリーナ? 大丈夫か?」
「……な、な、なんでもありません」
「ん?」
「それよりお兄様、虫に魔力を吸い取られましたね」
「ああ、あれに身体を刺されたら終わりだ、バリアを張っておこう」
「ありがとう」
「俺から離れるなよ、セリーナ」

 はい、と言って抱きついてくる彼女の体温が温かく、俺に伝わってくる。
 こんなに抱きつく必要はないのだが、どうしたセリーナ?
 不思議に思っていると、ん? どこからか殺気を感じた。 

「お兄様、どうしました?」
「魔物だ……どこかにいる」

 わなわな、とセリーナは身体を震わせている。
 魔物との戦闘は初めてなのだろう。社長は訓練していると言っていたが、それは魔道具を使った仮想空間でやったものにすぎない。実戦はまず匂いが違う。魔物が殺気を放つ匂いは、肉が焼けたように焦げ臭い。

 ガサガサ!

 草葉から何かが出てきた。魔物だ。
 ゴブリンでもない、オークでもない、それは見たこともない異形で、虫で言うところのカマキリに近く、その大きさは人間の子どもくらい。
 
「きゃぁぁあぁぁ!」

 セリーナが悲鳴をあげると、カマキリは俺たちを襲ってきた。両手を振って、その鋭い鎌で切り裂いてくるつもりだ。
 
「いくぞ、セリーナ!」

 俺は妹の手を引っ張って走る。
 だが、いきなりその手が離れた。え? 

「うぉおぉぉぉ!」

 なぜか叫びながら戦闘態勢に入る彼女の瞳が、きらりと光る。そして何もない空間から魔道銃を取り出して、構え、その銃口をカマキリに向けた。

 ダダダダダダッ!

 躊躇なく引き金を引くセリーナは、魔道の砲弾をカマキリにめがけて放つ。
 ばんっと頭を打ち抜かれたカマキリは、その場で手と足だけになって動かなくなった。あたりには緑色の魔物の血が、おびただしいほど飛び散っている。
 ううむ……セリーナの戦闘を初めて見たが、どうやら妹は興奮すると男らしくなるらしい。ちょっと、怖いかも……。

「セリーナ、すごい射撃だな……」
「魔物との戦闘は訓練済みですから」

 カチャッと銃を肩にかけるセリーナ。
 綺麗なスカートドレスの衣装とは裏腹に、やってることが残酷すぎて、ギャップ萌えするどころか、エグい。
 あはは、と俺は苦笑いを浮かべていたが、ここは魔物の巣がある森のなか、危険がいっぱいだ。
 
「きゃっ! また虫ぃっ!」

 ダダダダダッ!

 と砲弾を放つセリーナだが、虫は小さいから当たることはなく、気づけばびっしりと銃に虫がついていた。
 
「きゃぁぁ!」

 とっさに彼女は銃を離す。
 きらきらと青白く光る虫たちは、どうやら魔力を吸い取り終えたようで、プーンとどこかへ飛んでいく。
 よく見ると、虫のお腹が大きくなっていた。ひょっとして魔力という栄養を巣に持ち帰っているのだろうか? 何とも言えない恐怖感が、俺のなかに生まれた。

「セリーナ、戦闘は控えよう」
「わ、わかりました……」
「風魔法で身体には虫がつかないようにバリアを張っておくが、さすがに魔道具までは守れない。それに俺の魔力が尽きたら……」
「どうなるのですか、私たち?」

 ごくっと俺は唾を飲み込んでから、肝心なことを話した。
 
「虫に刺されたら俺たちは、魔物の栄養になるかもしれない」
「やだぁぁあぁぁ!」

 よしよし、と興奮するセリーナを抱いた俺は、さっと飛びあがる。
 風魔法で飛行すると、大量に魔力を消費するから避けたいのだが、はやく森を抜けるためだ、仕方ない。

 びゅーっ!

 まるで鳥になったみたいに、俺たちは空を切り裂く。
 全速力だ。とにかく魔物の巣は危険すぎる。

「……ふぅ、ここまできたら虫はいないな」

 なんとか森を抜けて、俺はセリーナを地面に降ろした。
 ここはのどかな草原。だが、ゴブリンやオーク、スライムなど、お馴染みの魔物たちが闊歩している。まだまだ、油断はできないな。
 俺はセリーナの手をつなぎ、草に隠れながら移動していく。

「日没までに街にいくぞ、セリーナがんばれ」
「……え? 野営したいです」
「ダメだ、魔物がいてのんびり野営なんてできない」
「そ、そんなぁ……楽しみにしてたのに、お兄様といっしょにテントで……ああ!」

 すごく残念そうにするセリーナ。

 なに言ってんだ? 妹は……。
 
 そんなことを思いながら、うろつく魔物に注意しつつ草原を歩いていると、おや? 

「た、助けてくれー!」
「うわぁぁ!」
「死にたくない! 死にたくないぃぃぃ!」

 どこからか、男たちの悲鳴が聞こえる。
 旅人が魔物の巣の近くまで来るなんて自殺行為だな。どれ? 
 ふわりと浮かび上がり、あたりを探ってみる。俺から手を離されて、セリーナが悲しそうにしていたが、ちょっと理解できない。

「お兄様っ! なぜ手を離すんですかぁぁ!」
「ごめん、旅人が魔物に襲われているみたいだ……あ! あそこか」
「ちょっとぉ! お兄様ぁぁーっ!」

 びゅん、と飛行する俺は、次元空間から弓と矢を取り出し、構え、旅人を襲う魔物に狙いをつける。
 魔物は1体のゴブリン。狙ったところはヘッドショット。

 ばしゅんっ!

 勢いよく矢を放ち、魔物を倒した。
 命拾いした旅人たちは、へなへなとその場で膝から崩れ落ちた。かなり恐怖だったのだろう。腕を怪我し、血を流している者もいる。よし、セリーナに回復させよう。

「セリーナ! 怪我人がいる、癒しの杖を使ってくれ!」
「わかりましたー!」

 ぽんっと癒しの杖を取り出したセリーナは、すぐに駆け出して怪我人のもとに急ぐ。
 かなり訓練をしたようだ、彼女は速く走ることができるし、血を見てもビビることなく治療していく。
 怪我人は、癒しの青白い光りに包まれ、みるみる傷口が塞いでいく光景を見て、びっくりしていた。
 どうやら、魔道具を使って回復することが初体験だったようだ。

 この旅人たち、もしかして……。

 他の旅人たちも、セリーナが持つ魔道具を見つめ、なんとも不思議そうな顔をしている。

「ポーションを切らしてたんだ……命を助けてくれてありがとう」

 セリーナに感謝する髭の男性が、すっと立ちあがった。

 ポーションとは、なんだろう?

 切らすと言っていることから、傷を回復する道具なのだろうか?

 俺は、先ほどから疑問に思っていることをぶつけてみた。

「あなたたちは、フィルワームの人たちか?」

 はい、と答える髭の旅人。
 そして、自己紹介をした。

「貿易商をしているモンテーロです」
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