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第五章 温泉旅行の始まりでちゅよ~
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しおりを挟む「メルル、ちょっといいか?」
寝ているイヴを見つめながら、部屋でくつろいでいると扉の向こうから声がかかりました。
どうぞ、と私が答えると、ギィと扉が開かれます。
入ってきたのは、ナルシェ様でした。
「……俺の部屋と同じ間取りだな」
「ナルシェ様は、私の隣部屋でしたね」
「ああ、意外と質素なんだな」
たしかに、ナルシェ様の言う通り部屋はシンプルでした。
白を基調とした内装で、机、ベッド、ソファなどはすべて天然の木材でつくられており、自然の香りがして温もりがあります。
私は、窓の外を見つめて言いました。
「湖が綺麗ですね」
「ああ」
ナルシェ様は、うっとりと窓の外を眺めます。
美しい湖が見える窓は、いざとなったら人が出られるほどの大きさ。
今は開けられており、風に揺れるカーテンが気持ちよさそうに踊っていますが、ちゃんと内鍵があるので、夜になったら閉めておきましょう。
泥棒が侵入してきたら、いけませんからね。
と言っても、ガレーネ城のセキュリティは万全。
強そうな剣を装備した騎士たちの門番がいますし、二十四時間体制で執事がお城を巡回していますから、安全だとは思いますが……。
「……」
ふと私は、パイザックのことを考えました。
このようにガレーネ城は堅く守られているので、いくら闇魔法が使える彼でも、簡単には襲ってこないでしょうね。
それに、外ではお兄様が家をつくると言っていました。
土魔法を使って建築できるらしいのですが、後で見にいくつもりです。
「それでナルシェ様、私に何かようですか?」
ぼうと湖を眺めていたナルシェ様は、そのまま語り始めました。
「実は、モニカのことなんだけど……」
「はい」
「婚約破棄するからメルルもいっしょに来てくれないか?」
「え? なぜ私も一緒に?」
「……やっぱり、俺はメルルが好きなんだ!」
「!?」
「だから、モニカとの婚約を破棄する、そう彼女に言うためについて来てくれないか?」
「お断りします! ひとりで行ってきてください」
そこをなんとか! と言って頭を下げるナルシェ様。
私は、腕を組んで目を細めます。
しかしナルシェ様は、諦める様子はなく、ずっと頭を下げ続けました。
「頼むよ、メルル」
「あのですね、ナルシェ様」
「ん?」
「モニカさんの好きな人はナルシェ様ではありませんから、ふつうに婚約破棄して構わないと思いますよ」
「え、そうなの?」
はい、と私は断言して、さらに続けます。
「婚約破棄しても彼女にダメージを与えることはないでしょう」
「本当か……でもそれはそれで寂しいんだけど……」
「はやく行って来てください!」
私は、ナルシェ様の背中を押して部屋から追い出しました。
とは言え、私も乙女です。
モニカさんがどんな反応をするのかとても気になるので、ナルシェ様を追うことにしましょう。
寝ているイヴを起こさないよう、そっと抱っこすると部屋からでます。
ナルシェ様は、しぶしぶ歩いていましたが、モニカさんを発見するなり顔をあげました。
彼女は、玄関の外で大きな絵画を描いていますね。
私は、その描き方を見てびっくり!
──水魔法 アーティスティックアクア
なんとモニカさんは、水魔法を使って絵を描いていました。
なるほど、お城の外なら魔法が使えますからね。
その様子は、まるでオーケストラの指揮者のようで、彼女が手を振ると、色鮮やかに風景が描かれていきます。
魔法を使えば、高いところまで楽に描けますね。
私は、描かれている絵画にうっとりと見つめてしまいました。
湖に浮かぶガレーネ城、それに公爵と妻の間にティオ様の姿もあります。
どうやらティオ様には、兄弟姉妹がいないようですね。
両親に挟まれている彼は、楽しそうに笑っています。
うーん、もっと近くで絵画を見たいですが、これ以上近づくと見つかってしまいます。
私は、さっと草葉の陰に隠れて、ナルシェ様とモニカさんの様子を見ることにしました。
ナルシェ様は、ゆっくりとモニカさん歩み寄っていきますが、モニカさんはまったく意識していないようですね。
もっとも、ナルシェ様のことを無視しているのかもしれませんが、彼の性格は変わりました。誠意を持ってモニカさんに話しかけています。
がんばれ~。
「モニカ、聞いてくれ!」
「……」
ピタッとモニカさんの手が止まりました。
ですが、顔は絵画に向けられたまま、瞳を大きく見開いています。
「そのままでいいから……」
「なに? いま忙しいんだけど」
「俺たちの婚約のことだ」
「あれですか……どうぞ破棄してください」
「そんな簡単に、いいのか?」
はい、とモニカさんうなずきます。
するとナルシェ様は、わなわなと震え始めました。
「よくも騙してくれたな、俺のことを!」
「……!?」
「メルルは俺を追いかけてこなかったぞ!」
ああ、とだけ答えるモニカさんは、やっとナルシェ様を見ました。
「でも、よかったじゃない!」
「何がだ?」
「メルル・アクティオスはあなたのことが好きじゃない、と言うことがわかったでしょ?」
「……ぐっ」
「メルルのことは諦めなさい、わかった?」
くそっ! と言ったナルシェ様は、拳をつくって唇を噛みます。
かたやモニカさんは、何も悪いと思っていないようで、また水魔法を使って絵画を描き始めました。
しかし、ナルシェ様は納得がいかないようです。
「最後にひとつだけいいか?」
「なに?」
「モニカは俺のことが好きじゃないのに婚約した……なぜだ?」
「……」
「答えろ! モニカは俺と婚約したことでいじめられたらしいじゃないか、なぜそこまでして俺と婚約する芝居をした?」
「……」
「おい、何とか言えよ!」
うっせぇわ! と叫んだモニカさんは突然キレるとお城のなかに走り去っていきます。
かたやナルシェ様は、彼女を追いかけます。
とっさに私も、追いかけました。
ところがお城のなかに入ってみるとそこには、なんとナルシェ様しかいません。
え?
姿を消したモニカさんは、どこに行ったのでしょう?
魔法で透明人間になったとでも?
いやいや、お城のなかはジャマー石の効果で魔法が使えません。
と言うことは、何かトリックがあるはずですが……。
なんとも不思議な現象にナルシェ様は、首をかしげて途方に暮れています。
ただ、私はひとつだけ気になることを発見しました。
「風が吹いている……」
気になって、その風がする方に歩きました。
すると階段に突き当たります。私はその辺りを調べました。風が勢いが強くなったと感じ、床に手をかざします。
おや?
どうやら隙間があるようですね。
さらにじっと目を凝らすと、あ! 小さな穴が空いています。
私はその穴に指を入れ、力強く横に動かしてみました。
ギギィ……
床が動き、階段が現れました。
「なんだこれは?」
背後からナルシェ様が聞いてきます。
「降りてみましょう」
と私は言うと、階段に足を踏み入れました。寝ているイヴを落とさないよう慎重に……おや? ナルシェ様もついてくるようですね。
「大丈夫か?」
「はい。わずかに光があります。外と繋がっているようですね」
「ああ、やっと目が慣れてきた……ここはなんだ?」
「地下通路のようですね」
「向こうが出口みたいだな」
「きっとそうでしょう、行ってみましょう」
ああ、と返事をするナルシェ様は勇敢な少年のように私の前に出ました。ついてこいと言わんばかりに胸を張っていますね。カッコつけたいのでしょう。まったく、意味のないことをします。
「まぶしい!」
彼がそう叫んだ通り、出口を抜けると青い空が広がっていました。目の前には湖があります。そよ風が心地よく吹いており、木々が揺れ、まるで絵葉書のような綺麗な景色。
「ここは、湖の窪地のようですね、きゃあっ!」
「ど羽した?」
「水たまりに足が……」
「ああ、ぬかるんでいるな……抱っこしてやろうか?」
「え?」
「お姫様抱っこしてやるよ」
遠慮します、と私は断ってから足速に窪地の坂をあがっていきます。
「置いていくな!」
背後から変態の声が聞こえてきますが、無視しておきましょう。
私をお姫様抱っこできるのは……好きな人だけです。
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