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第五章 温泉旅行の始まりでちゅよ~
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しおりを挟む「ここでいいか?」
ガレーネ城の玄関前で、お兄様が私に問いかけました。
「はい……」
私が返事をすると、お兄様は抱いていたナルシェ様をおろします。
横たわる彼の顔は綺麗で、死んでいるのが嘘のようですが、首から流れている血が、もうすでに彼がこの世にいない現実を教えてくれました。
はやく治療してあげないと……。
そう思いますが、彼女の存在がとても気になります。
私は、チラッと絵画を描いているモニカさんのことを見つめます。まったく、いい度胸をしていますね、彼女のメンタルは鋼鉄ですか?
モニカさんは、こちらを見ることもなく筆を走らせています。描いているのは両親に挟まれ微笑んでいるティオ様。ああ、彼は絵になってもカッコイイですね。
ん?
彼の肖像画に注目して見ると、片方の耳にだけ例のピアスをしていました。そう、恋結びのピアス。このことをティオ様は気づいていないでしょうね、きっと……。
「アルト先輩、イヴをお願いします」
「……わかった」
私は、イヴをアルト先輩に渡すと腰を落とします。そして手を伸ばし、ナルシェ様の首筋に触れました。
「ヒール!」
まずは傷口を治療して出血を抑えます。
よし、まだ細胞は生きているようですね。みるみるうちに傷口が綺麗になくなりました。しかしながら、問題なのは止まっている心臓を再び動かすことです。うーん、なにかいい魔法がないでしょうか? 探してみましょう。
「ウィンドウ!」
私は、光魔法の一覧を開いてみます。ものすごい数の魔法が記載されていますが、このなかで心肺蘇生できるものは……。
「……ありました!」
──光魔法 心肺蘇生
すかさず両手をナルシェ様の胸に当てた私は、光魔法を唱えました。
キラキラキラ……
まぶしい光がナルシェ様を包み込み、身体が温まっていきます。すると突然!
ドクンッ!
ナルシェ様の身体が震え、ドクンドクンと心臓が動き出しました。
さらに嬉しいことに、口元に手を当てて見ると呼吸も確認できます。ああ、よかった。人工呼吸はしなくても良さそうですね。
「生き返ったのか?」
お兄様は、おそるおそる聞いてきます。イヴを抱っこしているアルト先輩も心配そうな顔をしていますね。
一方、ティオ様は手を合わせて祈りを捧げていました。心から、ナルシェ様が生き返らせることを望んでいるようですね。本当に優しい人。
「はい……」
そう答えた私は、スッと立ち上がると、ある方向をにらみます。
モニカさんです。
彼女は、驚いた顔をしていました。まさかナルシェ様が生き返るなんて予想していなかったのでしょうね。私の光魔法を舐めないでもらいたい。
「さて……ナルシェ様を起こしてみましょう……ナルシェ様! ナルシェ様!」
ん、んん……。
わずかに反応を示したナルシェ様は、うっすらと目を開けていきます。
私は、チラッとモニカさんを見ます。
あらあら、顔色が悪いですね。
しばらくすると、ナルシェ様が身体を起こしました。
「……ここは?」
元気なようですね。首を振ってキョロキョロと周りを見ていました。
「ナルシェ様? ここは都市アグロスのガレーネ城です」
「……」
ぼーとしているナルシェ様。
まさかとは思いますが、脳が止まっていたので記憶が曖昧に?
「ナルシェ様?」
「ん? なんだメルルか……ここはどこだ?」
「ふぇ?」
「とぼけた声を出してマヌケめ……ここはどこだと聞いている? 何回も言わせるな」
「えっと、ここは都市アグロスですが……あのぉ、ナルシェ様ですよね?」
「ああ、いかにも我はナルシェ! パシュレミオン侯爵の後継者だぞ! メルル、俺の婚約者なのに何をとぼけたことを言っている?」
「……あらら」
私は、空いた口が塞がらず、しばらくぼんやりしていました。
「くだらん、我は家に帰るぞ!」
ムクっと起き上がったナルシェ様は、首をコキコキと鳴らして歩き出します。
お兄様、アルト先輩、ティオ様、それにモニカさんが目を丸くしてこちらを見ていました。
私は、とっさに話しかけます。
「ナルシェ様! 記憶がないのですか?」
立ち止まった彼は、顔だけこちらを向けました。
「記憶? なんのことだ? 平民の戯言に付き合っておれぬ」
ふんっ、と鼻を鳴らしたナルシェ様は、スタスタと歩き去っていきました。
何の根拠もないのに自信満々なあの態度。
どうやら、彼は昔に戻ってしまったようですね。
っていうかあの人、お金も持っていないのに、これからどうするつもりでしょう?
パシュレミオン侯爵の名を使って、また借金をするかもしれませんね。
「あちゃあ……」
私は、肩を落としてなげきます。
近寄ってきたお兄様が質問してきました。
「どういうことだ? メルル」
「心肺が停止したことによって、ナルシェ様の脳にしばらく血液や酸素がめぐらなかったのでしょう」
「えっと……つまり、どうなる?」
「そのせいで記憶障害が起こったようです……」
「まじか、光魔法を使って治療できないのか?」
「ウィンドウで調べてみないとわかりませんが……」
「どうした?」
「ナルシェ様の記憶が、私を婚約破棄する前に戻っているようです……」
「な、なんだって!」
「最悪です……」
「だが、家に帰ってびっくりするだろうな、質素になった公爵家を」
うふふ、と私は笑いました。
その一方で、ほっと胸をなでおろしているティオ様が、本音を漏らしました。
「よかった……うちの城で殺人事件が起きなくて……」
うむ、とガレーネ伯爵がうなずきました。
「ああ、メルルさんのおかげだ……どうもありがとう」
深々と頭を下げるガレーネ城の当主。
私は、手を振ってあたふたします。
「あわわ、頭をあげてください」
ニコッと笑うガレーネ伯爵は、さらに続けました。
「ところでメルルさん」
「はい」
「なぜお連れの方が殺されなければならなかったのか? そのあたりの事情をご存知ならお聞きしたいのですが?」
「……そうですよね、気になりますよね」
うむ、とうなずくガレーネ伯爵。
隣からティオ様が口を挟んできました。
「メルルさんは犯人がわかっているのでしょう?」
「……ええ、まぁ」
「教えてください! あの部屋は密室でした……どうやってナルシェくんを殺したですか?」
「わかりました、教えましょう。ですが、ひとつだけ条件があります」
「なんでしょう?」
「ナルシェ様は生きていますので、犯人に罪を咎めないこと、いかがでしょうか?」
わかりました、とティオ様は了承してくれました。
「うむ、犯人の動機が知りたいところだがな……まぁ、いいだろう」
ガレーネ伯爵がそう言ったので、私はおほんと咳払いをしてから推理したことを語り始めます。
「まず、あの部屋は、密室ではありません」
「え? 部屋の扉や窓は施錠されていましたよ!」
ティオ様がそう反論します。ですが、ガレーネ伯爵は、なにか知っているようですね。髭を触りながら目を上にして、うなり声をあげました。
「ううむ……」
「お父様? どうされたのですか?」
「お前にはまだ話していないことがある」
「なんですか?」
「ガレーネ城のことだ。じつはこの城は土魔道士が建設したので、思うように活躍できなかった風魔道士の仕掛けがあるのだ」
なんですって、と狼狽えるティオ様。
「じゃあ、犯人はその仕掛けを利用してナルシェくんを殺害した、そういうことですか?」
はい、と答えた私は、手を伸ばしてお城を示します。
「さて、もう一度殺害現場を見てみましょう」
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