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第一章 遺産
10: 仮想空間での現場検証
しおりを挟む岩崎は五年ほど前の、自分の身体に入ったニードル弾の摘出手術の麻酔の事を思い出していた。
CUVR・W3に接続された瞬間は、犯罪者から打ち込まれたニードルガンの無数の細かなニードルを摘出する為に使用された麻酔薬がもたらす感じとよく似ていた。
自分の身体が無数の泡になったような感覚。
そして、全ては闇の中にあるのに、意識は比較的はっきりしていて身体の自由はまったくきかない。
「岩崎さん。聞こえますか?返事をして下さい。」
岩崎は口が利けるならとっくの昔に叫びだしたい所だと思いながらも、その声に向かって返事をしようと努力した。
信じられないことに、口は動かなかったが、言葉は出た。
「見崎君か?」
「良かった。第一段階はクリアだ。貴方はいけるかも知れない。次は視覚ですね。」
「冗談じゃない。身体が動かないんだ。」
「CUVR・W3の中では現実的な肉体は必要ありません。現に貴方は、口を動かさずに私に話しかけている。私は今、貴方の右隣に立っている。気配を感じるでしょう?右手を少し挙げて、私の腕に触れられるはずだ。」
岩崎は言われたとおりにした。
自分の右手が何かなま暖かいものに触れた。
その部分を見ようとした途端、唐突に視界が戻った。
真っ暗な空間の中に岩崎とイマヌェル見崎が突っ立ている。
服装は、岩崎の方がくたびれたスーツ姿、イマヌェルはネクタイ姿の上に白衣を羽織っている。
彼らの見慣れた通常の姿だ。
「姿は戻ったが周りが見えない。しかし私は服を脱いでいたはずだ。」
岩崎の声にやや普段の平常さが戻りつつある。
「最初の内は、一番、自分らしい姿でイメージが固定化されるんです。プラグなしでこの第一レベルで、自分の姿をここまで確定できるあなたは、さすがと言わざるをえないでしょうね。」
イマヌェルが嬉しそうに言った。
「しかしこのままでは、どうしようもない。」
「心配せずに。もうすぐ、第一レベルの世界像が貴方に送り込まれて来るはずだ。でも気を付けて下さい。いつも、安全な場所に我々が出現できるとは限らない。場合によっては空の上であったり、海中であったりする場合もあるのだから、慌てない事です。私の指示に従って。」
「聖痕現象というやつか。」
聖痕現象。
市警はアッシュの死の原因を聖痕現象と捉えていた。
つまり岩崎は今はじめてアッシュ事件の『現場検証』を行おうとしているのだ。
「そうです。架空の出来事であってもこの世界で肉体は正直に反応する。逆に言えば、意識をしていればそれらはなんとでもコントロールできる。」
突然、岩崎の全視覚が戻った。
岩崎の目の前に陰鬱な空が広がる。
その下に高山の山脈が広がっている。
風が彼の足下から激しく吹き上げて来る。
「下を見ないで!目を閉じなさい!」
イマヌェルが激しく言った。
しかしその命令は少しだけ遅かった。
岩崎は自分が断崖絶壁の極めて少ない足場に立っている事を把握したのだ。
膝が震えていた。
目は言われなくとも恐怖で堅く閉じられている。
「状況を説明しましょう。すこしは気が楽になるはずだ。」
「あまり聞きたくはないが頼む。」
「今、私たちは、山頂に立てられた古城の物見塔の、崖側の壁の出っ張りに背向けてへばりついている。出っ張りは十五センチほどだ。バランスを崩すと目の前の谷に落ちてしまう。谷底から吹き上げてくる風は突風だ。背後の壁から身を離さないで。」
「君の説明の方が余程怖い。」
しかし岩崎の言葉には幾ばくかのユーモアがあった。
イマヌェルの理知的な説明が岩崎を多少なりとも落ち着かせたからだ。
「ええ、そうですね。それでは、これからの予定を言いましょう。貴方は、壁にへばりついたまま、左に移動していく。すると、物見の窓に出会うはずだ。ここは打ち捨てられた古城で、その窓には、窓枠も、ガラスもない。鉄格子もない。とにかく貴方の行方を阻むモノはなにもない。窓にであったら、身体を入れ替えて、その中に飛び込む。良いですね。」
「よく判るな?」
「私は、目を開けていますからね。」
「私もこの目で確認したい。いいかな?」
イマヌェルは暫く黙ったまま、考え込んでいた。
岩崎が目を開けた途端、恐怖心から、崖に滑り落ちてしまうとでも考えているようだった。
「いいでしょう。でもその前にこれだけは覚えて置いて下さい。貴方が、この崖から滑り落ちる様な事があっても、私が貴方を助ける事が出来る。私はこの世界では空も飛べるんですよ。」
それは現実世界ではあり得ない見事な暗示であり保険だった。
岩崎は目を開けた。
風景は何も変わっていなかった。
彼は相変わらず断崖絶壁の上にある。彼は続けて左右を見る。
イマヌェルが言ったとおりだった。
彼の少し離れた右手には、岩で創られて少し湾曲した壁際にイマヌェルがへばりついており、2メートル若回り込んだ
左手には窓が持つ庇らしいモノが壁か突きでていた。
崖の下はかすんで見えないが、恐らくその距離は数千メートルに達するだろう。
岩崎は右足を横にずらそうとするのだが、圧倒的な恐怖心で身体が言うことを効かない。
「駄目だ。君が私を助けてくれるイメージだけでは、恐怖心に勝てない。」
「貴方は賢明な人だ。もうこの世界の基本原理を掴みかけている。それでは、もう一つ教えておきましょう。なぜ我々がここに送り込まれたか?この古城は今は亡きアッシュ・コーナンウェイ・ガタナが作り出したものなのですよ。ここは彼の故郷にある風景なのではありませんか?貴方は、それを何処かで知っていて憶えている。そして貴方の調査への深い思いが、ここに我々を導き、貴方の抜きさきならない状況が、こんなシュチエーションを生み出している。」
「、、わかった。ベストを尽くそう。私が、ここから滑り落ちたら、君が天使の羽根を広げて、空中でこの私を抱き留めてくれればいい。」
しかし、その必要はなかった。
岩崎は、おのが任務を再認識することで、無事に古城の物見の部屋の一室に、到着する事ができたのである。
部屋の中に飛び込んだ岩崎は尻餅をつき、その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいたのであまり格好良くはなかったのだが。
そしてその逆にイマヌェルは、何事も無かったように、窓からその長身を滑り込ませて来た。
「急ぎましょう。我々に残された時間は後数分だ」
「ちょっと待ってくれたまえ。CUVR・W3内の時間流と、日常の時間とにはそれほど差がないと昨日の会議で説明を受けた。それなら、私は後、三日間ここで調査が出来るはずだ。」
「三日は合わせてという事です。普通なら一度目の接続の時間はもっと短いのですよ。なおさら貴方は第一レベルに、しかもプラグなしで接続しているんだ。」
「わかった。ここでは君が私のボスだ。」
イマヌェルは、埃だらけの岩崎のスーツを手で払いながら、彼を立ち上がらせてやった。
「主のいなくなったこの城の調査は後回しでいいでしょう。取り合えずCUVR・W3の第一レベルの世界の一端をご案内しましょう。」
岩崎は、早速、ガタナの殺害場所を見つけ出し、早く捜査に取りかかりたかったが、ここは別世界だった。
今はイマヌェルの指示に従う事がベストだと思えた。
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