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第2章 ファック・パペットの憂鬱

18: シーメールのメイクの秘密

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 不覚にも口内射精されてしまった。
 ・・・と、ゑ梨花は洗面所の鏡の自分に向かって語りかけた。
 けれども、それは自分自身への言い訳、見栄のポーズ、あるいは、幻のリクに飲み込まれそうになる自分への警告だったのかも知れない。

 本当は、決して「不覚」などではなかった。
 男が発射する予兆はあったし、ゑ梨花はその兆しを察していた。
 けれど、そのまま男を昇天させ、噴出した精液を一滴も余さず飲みこんでしまっている。
 うがいを繰り返して、口中をきれいにしても、あのネバネバが歯茎や舌にこびりついているような触感だ。
 胃の腑に流れこんだザーメンは気持ち悪くて吐気がおさまらない。
 そのくせ、ゑ梨花のペニスは屹立したままなのだ。
 ヨーグルト状の汚濁した精液が食道を通るとき、ゑ梨花の勃起したペニスがあやうく暴発し、漏らしてしまいそうだった程だ。

 ゑ梨花は、コスメポーチを取り出して顔を直しにかかった。
 パフでパウダーをはたく。
 そして、口唇だ。
 赤く濃く、ケバくエロく。
 グローリーなエナメルの赤がぬめぬめと輝く。
 あのブタ男を悩殺する淫らな唇でなければならない。
 ゑ梨花は、紅筆を使って入念に口唇を赤く塗りはじめた。

 ここから後のシナリオは、ふた通り用意してある。
 相手の出方によって、ゑ梨花がどちらを選択するか決まる。
 ゑ梨花自身は、成り行きがどちらに転んでもかまわない。
 ここで、この爛れたゲームを終了してもいいし、もっと爛れた深泥に溺れてもいい。
 それは、あのブタ男次第だ。
 ゑ梨花はメイクを終えて、鏡の中の年若い妖女を眺めた。
 エリカ、一体、お前は何者?
 目元はグレーのシャドウと濃いアイラインで強調し、口唇はくっきりと鮮烈に赤い。
 ふふふ……、と小悪魔な笑みを浮かべてみる。
 男を惑乱させる嬌態も完ぺきだ。
 魔女。

 ゑ梨花が戻ると、男はベッドの枕板にもたれたままだった。
「ふふふ、女に飲んでもらったことなんて、ないんでしょ?」
「ああ、はじめてや」
「もう一度、あそこに入れたい?」
「、、、」
「あそこの中に出させてあげるわよ」
 艶然と笑みを見せて、男をじっと見つめる。
 男の顔は戸惑った表情になっているが、ペニスは反応してきた。
 放出し終えたばかりで萎え垂れていたペニスがムクムクと鎌首をもたげてきたのだ。

「おまえのペニスは正直ね、ふふふ、、」
「、、、」
「一発やるのも、二発やるのも、値段は同じだよ」と言ってやると、男の顔に安堵の色が浮かぶ。
 やはり、お金の心配をしていたようだ。
 情けない男だ。
 容姿がブタなら、中身もそれに比例してる。
 女を買って遊ぶのに、財布の中身を考えながらびくびくしているのだ。
 ゑ梨花は普段そんな事を気に掛けるタイプでもないのだが、今夜はそれどころか、哀れみの感情さえ一切わいてこないほど、相手を切り捨てている。

「ルージュを塗りなおしてきたのよ、わかる?」
「、、、、」
「この赤い口唇、いいでしょ?」
「ああ」
 こういう男は、女からは相手にされない。
 たとえ相手が娼婦であっても、女心をくすぐるような褒め方をして楽しく遊ぶというような粋な配慮ができない。
 自分の目の前の欲望を満たす事だけで精一杯。
 そういう意味で、こいつはやっぱり、ブタだ。

「この口唇でしゃぶってあげるわよ」
「、、、、」
「そのあとで、あそこに中出しさせてあげる」と、言いながら、ゑ梨花はコートのボタンを外していった。
 そして、男が生唾を呑みこむ表情を見つめながら、コートの前を、ぱっ、と開いた。

「、、お、おとこ、、、」
 まさに晴天の霹靂、いきなり強烈なパンチを見舞われた表情を浮かべている。
 ゑ梨花はコートを脱ぎ、足元にすべり落とした。
 コートの下は、黒いシースルーのビスチェ、ビスチェからのガーターで黒網ストッキングを吊っている。
 この格好の上に、コートを着て、夜の街にやってきたのだ。
 コートの下に何を着ているのか、すれちがう人にはわからない。
 けれども、娼婦になりきるためのエロ下着の上にコートだけ、というスリリングさがたまらない。
 そんなふうに、リクの不在が、ゑ梨花を煽っていた。
 すでにパンティは脱いでいるので、太腿の間に垂れているゑ梨花のペニスに男の目が釘付けになる。

「ニューハーフだったのか?」
 男が自分に言い聞かせるようにつぶやいているのを見て、騙されるおまえがバカ、と軽蔑の視線を向けたが、それはほんの一瞬の眼差しにすぎなくて、ゑ梨花は、女の艶然とした笑みを浮かべた。
 そして、黒レース地に透けて見える悩ましい胸のふくらみに手を入れて、持ち上げ、男に見せつけてやる。
「ふふふ、ちょっと残念だったわね。ニューハーフじゃないわ。シーメールよ、これは、お仕事でやってるわけじゃないし、、まあ、その差は判んないだろうけど、、」
 ゑ梨花は、男のほうに近づいていった。
 洗面所を出るときにパヒュームをたっぷり使っているので、媚艶メイクと黒いエロチックなランジェリーの視覚効果に加えて、嗅覚にも撹乱的な刺戟を、男に与えているはずだ。
「ふふふ……、珍しい若い淫売女を買ったと思ってたのにね」

 このあたりがターニングポイントだった。
 男は、怒り狂って帰ってしまうのか?
 それとも、ゑ梨花が男だとわかっていても、美人女装の青年の虜になってしまうのか。
 男が立腹しているようすはない。
 けれど、ゑ梨花がコートを脱ぐ直前までは、勃立していた男のペニスは萎えてしまっている。

 ゑ梨花はベッドにあがり、男に添い寝して胸にしなだれかかっていった。
 男は嫌悪を見せて引く気配がない。
 悩殺香水のむんむんの匂いに包みこまれて痴痺してしまっているのか。
 ゑ梨花は、男の顔に、自分の完璧メイク顔を近づけていった。
 まるで顔だけが生きている美しい仮面のようだ。

 男の汗の臭いが鼻を衝く。
 ブタ顔に浮き出た皮脂のギトギトが醜悪だ。
 さらに接近して、真っ赤なキトキトルージュのリップを男の口唇に重ね合わせてやる。
 男は引かない。
 蜘蛛の巣に絡めとられても逃げようとはしない。
 つまり、ゑ梨花の虜囚になってしまったのだ。

 口唇を離し、「ほら、確かめてみれば」と、ゑ梨花は男の手首をとって、自分の下肢に導いた。
 ゑ梨花のペニスもいったんは、しぼんでいる。
 けれど、このブタ男を意のままに繰ることによって、それは又、痛いほど勃立してくるはずだった。
 男の手がおそるおそるゑ梨花の男の証に触れた。
「まちがいなく、ペニスでしょ?」
 と、言いながら、再び、男の口唇に軽くキスしてやる。
 こうして、ゑ梨花は自分の女郎蜘蛛の糸を男に絡みつかせてゆくのだ。

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