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終幕 其の参
長い時を経てようやく想いを通わせる
冬に里で一仕事終えた記念にと開かれた宴で、秋也は静かに酒を飲んでいた。宴の最中というのに秋也の顔は浮かない様子であることに気づいた夜萩は、秋也の傍の空の徳利を交換する振りをして耳打ちする。
「頭領、どうした。そんなに嬉しくなさそうな顔をして。嫌なことでもあったか?」
秋也は首を横に振ると酒を飲む。そして前の方でどんちゃん騒ぎしている者達に視線を向けた。
「影縄と出会った日から京に行くまでのことを思い出してな。我ながら情けない様を随分晒したと」
「まあ、確かに。だが、元服したての頃だし気にするなよ。そういや、あの時は先代がかなり恐ろしかったなあ」
夜萩はしみじみと頷く。振り返ってみると、夜萩とは長い間一緒にいたものだ。あの時から25年も経ち、私は次代から頭領となり、夜萩も私の片腕として支えてくれている。
「懐かしいなあ。あれから比べれば頭領も貫禄という物がついたか」
近くから声がして視線を向けると、健吾が笑みを浮かべている。久しぶりに年下を見るようなその眼差しにむず痒くなった。
「貫禄もつかねば情けないというものだ。……しかしあれから長い年月が経った」
あれから土御門とその祖先であるあの方に術師として鍛えられ何とか力量をつけることができた。その後貴族であった晴子を駆け落ちのようなことをして嫁に迎え入れ、愛する子供達三人と出会えた。そして……留守中に起こった外法師による襲撃で晴子と長女を亡くし、長い間その死を受け入れることが出来なかった。……そう去年までは。
健吾は一旦立ち上がると、どかっと座って私の肩に腕を回す。
「嬉しくない顔と言ったって、ここ数年よりはマシだろ。去年の秋まで頭領ってば能面のような仏頂面してたからな」
去年といえば丁度、長男である時雨と腹を割って話すことができた時期。そして彼と想いを通わせたのである。
「そんなに表情が変わるのか? いや待て、頭領に向かって仏頂面とは何だ」
「そうですよ。健吾ったら頭領に遠慮がないんですから」
健吾の横に座っていた凪人が溜め息をつく。凪人と健吾は私が頭領になった途端、恋仲になって同棲し始めた。まあこの里にはそのような者達が何名もいるので構わないし、評定衆としてこの里を支えてくれるのだから助かっている。
「ただ頭領の顔が変わったというのは同感ですね。むしろ奥方様がいらっしゃった頃のような穏やかな顔に戻った気がします」
凪人は穏やかな顔で私に笑いかける。表情が変化した自覚はないが、昔のように幸せを享受出来るようになったのは確かだ。秋也は少し離れた席で夜萩の息子達と仲良く話している時雨と桃香を一瞥する。そして部屋に入ってきた彼に視線を向けると目を細めた。
「本当に私は変わったのかもしれぬな」
秋也は誰にも聞こえぬ声で、ぽつりと呟いた。
宴も終わり、秋也が部屋で一息つく。そこにいつものように湯呑みと急須を載せた盆を影縄が運んできた。影縄に注いでもらった茶を飲むと、秋也は影縄に穏やかな眼差しを向けた。
「いつも影縄の茶は美味いな。ありがとう」
「主様にそう仰っていただけるなら何よりです。ところで主様は評定衆の皆様とどんな話をされていたのです?」
ああ、あの事か。別に隠す理由もないと秋也は口を開く。
「お前に会った日から里を出るまでのことを思い出してな。丁度25年前の今日だったであろう? あの頃は私がお前と恋仲になるとは思いもしなかったよ」
影縄は目を瞬かせると柔らかく微笑んだ。
「確かにそうですね。懐かしいです。まさかあの時の若造がこのような殿方になるとは思いもしていませんでしたよ。ですが、貴方の変わらぬ部分に私は惚れたのかもしれませんね」
影縄がそっと近寄ると、秋也は影縄の肩を優しく抱いて引き寄せる。秋也の布越しの体温が伝わってきて、影縄はうっすらと頬を赤く染めた。
「影縄、お前に出逢わなければ私の今は無かったと思う」
「私も、貴方に出逢わなければ、幸せを感じることも出来なかったと思います」
秋也は影縄と目を合わせると照れくさそうに頬が赤くなる。そんな主の様子にくすっと影縄は笑うと主の唇に己のそれを重ねた。触れ合うばかりの口付けを終えると、秋也はしっかりと影縄を見据えた。
「影縄、お前を愛している」
「はい……秋也様、私も貴方を愛しています」
秋也は愛しげに影縄を抱き締めると、影縄も秋也の背中に腕を回す。何度肌を重ねたが、こうやって抱き締め合うだけでも互いの胸が幸せで満たされるのだ。
長い間仕え続けた主に愛されるようになった大蛇は、その秋の如き優しいぬくもりに抱かれて幸せそうに目を細めた。
《終》
冬に里で一仕事終えた記念にと開かれた宴で、秋也は静かに酒を飲んでいた。宴の最中というのに秋也の顔は浮かない様子であることに気づいた夜萩は、秋也の傍の空の徳利を交換する振りをして耳打ちする。
「頭領、どうした。そんなに嬉しくなさそうな顔をして。嫌なことでもあったか?」
秋也は首を横に振ると酒を飲む。そして前の方でどんちゃん騒ぎしている者達に視線を向けた。
「影縄と出会った日から京に行くまでのことを思い出してな。我ながら情けない様を随分晒したと」
「まあ、確かに。だが、元服したての頃だし気にするなよ。そういや、あの時は先代がかなり恐ろしかったなあ」
夜萩はしみじみと頷く。振り返ってみると、夜萩とは長い間一緒にいたものだ。あの時から25年も経ち、私は次代から頭領となり、夜萩も私の片腕として支えてくれている。
「懐かしいなあ。あれから比べれば頭領も貫禄という物がついたか」
近くから声がして視線を向けると、健吾が笑みを浮かべている。久しぶりに年下を見るようなその眼差しにむず痒くなった。
「貫禄もつかねば情けないというものだ。……しかしあれから長い年月が経った」
あれから土御門とその祖先であるあの方に術師として鍛えられ何とか力量をつけることができた。その後貴族であった晴子を駆け落ちのようなことをして嫁に迎え入れ、愛する子供達三人と出会えた。そして……留守中に起こった外法師による襲撃で晴子と長女を亡くし、長い間その死を受け入れることが出来なかった。……そう去年までは。
健吾は一旦立ち上がると、どかっと座って私の肩に腕を回す。
「嬉しくない顔と言ったって、ここ数年よりはマシだろ。去年の秋まで頭領ってば能面のような仏頂面してたからな」
去年といえば丁度、長男である時雨と腹を割って話すことができた時期。そして彼と想いを通わせたのである。
「そんなに表情が変わるのか? いや待て、頭領に向かって仏頂面とは何だ」
「そうですよ。健吾ったら頭領に遠慮がないんですから」
健吾の横に座っていた凪人が溜め息をつく。凪人と健吾は私が頭領になった途端、恋仲になって同棲し始めた。まあこの里にはそのような者達が何名もいるので構わないし、評定衆としてこの里を支えてくれるのだから助かっている。
「ただ頭領の顔が変わったというのは同感ですね。むしろ奥方様がいらっしゃった頃のような穏やかな顔に戻った気がします」
凪人は穏やかな顔で私に笑いかける。表情が変化した自覚はないが、昔のように幸せを享受出来るようになったのは確かだ。秋也は少し離れた席で夜萩の息子達と仲良く話している時雨と桃香を一瞥する。そして部屋に入ってきた彼に視線を向けると目を細めた。
「本当に私は変わったのかもしれぬな」
秋也は誰にも聞こえぬ声で、ぽつりと呟いた。
宴も終わり、秋也が部屋で一息つく。そこにいつものように湯呑みと急須を載せた盆を影縄が運んできた。影縄に注いでもらった茶を飲むと、秋也は影縄に穏やかな眼差しを向けた。
「いつも影縄の茶は美味いな。ありがとう」
「主様にそう仰っていただけるなら何よりです。ところで主様は評定衆の皆様とどんな話をされていたのです?」
ああ、あの事か。別に隠す理由もないと秋也は口を開く。
「お前に会った日から里を出るまでのことを思い出してな。丁度25年前の今日だったであろう? あの頃は私がお前と恋仲になるとは思いもしなかったよ」
影縄は目を瞬かせると柔らかく微笑んだ。
「確かにそうですね。懐かしいです。まさかあの時の若造がこのような殿方になるとは思いもしていませんでしたよ。ですが、貴方の変わらぬ部分に私は惚れたのかもしれませんね」
影縄がそっと近寄ると、秋也は影縄の肩を優しく抱いて引き寄せる。秋也の布越しの体温が伝わってきて、影縄はうっすらと頬を赤く染めた。
「影縄、お前に出逢わなければ私の今は無かったと思う」
「私も、貴方に出逢わなければ、幸せを感じることも出来なかったと思います」
秋也は影縄と目を合わせると照れくさそうに頬が赤くなる。そんな主の様子にくすっと影縄は笑うと主の唇に己のそれを重ねた。触れ合うばかりの口付けを終えると、秋也はしっかりと影縄を見据えた。
「影縄、お前を愛している」
「はい……秋也様、私も貴方を愛しています」
秋也は愛しげに影縄を抱き締めると、影縄も秋也の背中に腕を回す。何度肌を重ねたが、こうやって抱き締め合うだけでも互いの胸が幸せで満たされるのだ。
長い間仕え続けた主に愛されるようになった大蛇は、その秋の如き優しいぬくもりに抱かれて幸せそうに目を細めた。
《終》
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