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確信した気持ち

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 私は宣言通り、こーちゃんが眠りに付くまで見守った。
 
 風邪の影響か少し興奮状態だったこーちゃんだが、お腹の満腹感と私とのやり取りでの疲労感でか、寝息を立ててぐっすり眠っている。
 顔も体も私が知っている時よりも大人びて、逞しくなっても寝顔は変わってない。
 こーちゃんを見てると、まるで昔に戻った様な気分だ。

「…………そろそろ帰らないと」

 栄養が摂取できる御粥を食べさせ、風邪に効く薬も飲ませたなら、後は安静に眠るだけ。
 少し部屋が汚いけど、掃除で物音を立てて起こす訳にはいかない。
 なら、ここに残り続ける理由もないから、帰るしかない。

 最後に私は、温くなったタオルを氷水に入れて冷やし、それをこーちゃんの額に乗せる。
 私個人の感覚だけど、市販の額に貼るタイプのよりも、氷水で濡らしたタオルの方が気持ちいい。
 まあ、あれって意外にも高いってのも理由の1つなんだけど……。

 私は最後に眠るこーちゃんの髪を軽く撫で。

「そろそろ帰るね。じゃあね、こーちゃん」

 まるで子供の時の様な別れの言葉を言い、私は部屋を出て玄関に向かう。
 そして私は玄関のドアノブに手を掛けた時、ふと、こーちゃんの言葉を思い出す。

『初体験どころかファーストキスもまだな程、小心者の俺がそう易々と出来るかよ』

「……ファーストキスもまだ、か。やっぱり知ってるはずがないよね」

 今日、どこかこーちゃんは今回のと昔の出来事重ねた様な言動を言った。
 砂糖入ってないよな……あれは、私がこーちゃんに初めて料理を作った時のことかな。
 今回みたいに風邪を引いて、私が御粥を作ったんだけど、塩分補給で入れるはずの塩と間違えて、砂糖を入れた……こーちゃん、あの時のこと、覚えてたんだ……。

 けど、こーちゃんは知らない。あの、こーちゃんが風邪を引いた時、私がこーちゃんにしたことを。

 小学生の頃、風邪には無縁と思っていたこーちゃんが風邪を引き学校を休んだ日。
 私は朝にこーちゃんのお母さんから今日こーちゃんが学校を休むと聞いていた。
 そして、もし良かったら見舞いに来てくれないかとも頼まれ、私はこーちゃんの家の鍵を借りた。
 
 学校が終わり早足で帰宅した私は自宅でお母さんが持つレシピ本を借りて一人で御粥を作り、こーちゃんに届けようとした。

『ふふん♪ 上手にできた。こーちゃん。喜んでくれるといいな』

 後々にその御粥は塩と砂糖を間違えるという古典的なミスを犯しているのだが、初めて食べて貰う料理に私は不謹慎ながらにウキウキしていた。
 こーちゃんの部屋の前に行った私はいつもはノックしないけど、こーちゃんが病人だから事前に確認とノックする……が返事は無かった。

『……こーちゃん、入るよ~』

 声と音を潜めて私が部屋に入ると、こーちゃんはぐっすり寝ていた。
 寝ているのなら黙ってた方がいいかと思ったけど、こーちゃんのお母さんから薬を頼まれていたから、飲ませないと思い、私は足音を立てずに部屋を歩く。
 ぐっすり眠るこーちゃんは私の存在に気づいていない。
 一旦お盆に乗った御粥をテーブルに置くと、私はこーちゃんの顔を観察する。
 
 今朝は高熱を出したと言っていたが、時間が経過して少しは下がったのか顔色は少し良かった。
 私は揺らしてこーちゃんを起こそうとしたが、その手は止まり。

『……濡れたタオルがあった方がいいよね……』

 私のお母さんが私が熱を出した時によく、氷水で濡らしたタオルを私の額に置いていた事を思い出した私は、無許可でお風呂から洗面器と水を冷蔵庫から氷を持ちだし、それでタオルを濡らして、こーちゃんの額に乗せようとした……が、私は寸での所で手が止まる。

『……こー……ちゃん』

 私はこんな無防備なこーちゃんを間近で見るのは初めてだった。
 いつもは起きている間に顔を近づけても距離を取られたりしていた。
 大人になった今なら分かるけど、多分、あの時の反応は思春期前の恥ずかしさだったのかもしれない。
 けど、この頃にはこーちゃんを一人の男性として意識していた私は、嫌われているのではと不安だった。
 だからか、こんな間近に顔を近づけた私は……少し理性が可笑しくなったのか、

『……ごめんね』

 謝りながら私は………こーちゃんの唇を自らの唇で奪ったのだ。
 風邪を引いて弱っている相手の寝込みを襲う様な真似で、今となっては黒歴史だけど……あの時の私は気持ちを押さえられなかった。
 起きている相手に気持ちを伝えられない臆病者で、相手から気持ちを伝えて来てもらいたいと思う卑怯者だけど、私はこーちゃんの事が好きだった。

 正直、あの時のキスの事は寝てて当たり前だけど、覚えてない事に対して少し残念な気持ちがある。
 けど……それでいいのかもしれない。

 ファーストキスの定義は曖昧で、キスをした時点で失うのか、それとも本人が覚えていなければノーカンなのか。今は後者が良いと思う。
 私なんかでファーストキスが無くなっていたなんて分かれば、こーちゃん、傷つくだろうな。
 こんな先生と性交をして、子供を孕んで逃げた女なんかにファーストキスを奪われてたなんて。
 ……だからこれは、私が墓の下まで持っていくつもりだ。こーちゃんはまだ穢れてないのだから。

 けど、そう思うにつれて私は後悔の感情が込み上げる。
 もし、私が道を間違えず、自分から想いを伝えて、交際していたのなら、この思い出はもっと輝いていただろう。もっと……大切に思えただろう。

 今日、私はこーちゃんと会って、1つ……確信した事がある。
 
 私は……こーちゃんに未練がある。
 もっと一緒にいたい。もっと傍にいたい。もっと時間を共有したい……その想いが強くなる。
 本当は他の女性と付き合って欲しくない。出来る事なら私がこーちゃんの奥さんになりたい。
 
「……なんてこと、言える訳がない……。本当は今でもこーちゃんが好きだって、言えるわけがない……。私は一度こーちゃんを振った、私を好きでいてくれたこーちゃんを私は裏切った……。そんな女が—————今更好きでしたなんていえるわけが、ない……よ」

 涙で霞む視界、ポタポタと涙は落ち、私は冷たい鉄の扉で顔を隠す。
 
 私は矛盾をしている。
 こーちゃんの幸せの為に私はこーちゃんとの関係を断ちたいと思っている。
 けど、再会した幼馴染で初恋の相手に恋心を抱いて、傍にいたいと思っている。
 私の心の天秤は……今、どっちに傾こうとしているのか、自分でも分からないでいた。
 
 私は涙を袖で強引に拭って止め、扉のドアノブに手をかける。

「……ごめんね、こーちゃん。馬鹿な女が……幼馴染で」

 私は彼に聞こえぬ言葉を呟き、初恋の相手の家を出る。









「…………独り言なら、誰にも聞こえない様に言えよ。……馬鹿女」
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