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南国の道のり

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 外は大分薄暗くなってきた。このまま降り続けるならいい加減帰った方がいいかもしれない。ラウロたちも心配するだろう。
「ダリアさん、ちなみに傘ってありますか?」
「傘? いやあ、昔はあったが今は無いな。俺も親父も使わねえから」
 ですよね。親父さんがずぶ濡れで帰って来ると聞いた時点で予想は付いていた。傘が無いとなると走って宿まで行く羽目になる。この土砂降りの中で。厳しい。
「どうしようかな」
 思わず独り言が零れた。雨が恨めしい。外を睨みながら雨雲にどこか行け~と思念波を送った。
「なあ、うちに泊まってくか?」
「え?」
 急に言われて反応が遅れてしまった。ダリアさんは何か腹を決めたように息を吸って、もう一度同じことを言った。
「うちに泊まってけばいいだろ。狭い家だが三人くらいなら……泊まれると思うぞ」
「気持ちは嬉しいですけど、帰らないといけないんです。きっと心配してますから」
 ユリスに睨まれそうだ。こんな遅くまで何してた、とか怒られてしまう。私の身は貴重な魔力源なのである。一日帰らなければ探しに来る可能性は高い。普段から世話になってばかりだし、あまり余計な手間をかけさせたくなかった。
「しかしこの雨で……ん?」
「あれ?」
 私とダリアさんは同時に窓を見て、そして耳を澄ませた。静かだ。いつの間にか雨が止んでいる。 
 私は素早く立ち上がるとシルフィの肩を叩いた。
「い、今のうち! シルフィ、ごめん、起きてる?」
「うん……」シルフィは眠そうに目を擦った。
「ダリアさん、ありがとうございました! 服は近々お返しします! ハインツも立って! 急いで宿に戻ろう!」
「あ、お、おい……」
 ダリアさんは何か言いかけていたものの、私は慌てていたので最後まで聞かずに頭を下げた。濡れたジャージを手に外へ飛び出す。ハインツもシルフィも眠気に襲われていたらしく揃って目をしぱしぱさせていた。
 雲行きはまだ怪しい。今降り出してもおかしくなかった。私たちは小走りで宿へと帰った。


「セーフ!」
 何とかぎりぎりで宿に入れた。外は今また雨脚が強まっている。
 人気のない薄暗いロビーで息を吐く、と、人がいた。ラウロだ。私たちを見て訝し気な表情をしている。いきなり飛び込んできて驚いたのかもしれない。
「ごめん帰りが遅くなって。すごい土砂降りだったからダリアさんのところで雨宿りさせてもらってたの」
「そうでしたか。その服は借り物ですか?」
「うん。借り物」ラウロはどうやら私たちの服装に驚いていたらしい。「ダリアさんのを借りたの。全身びしょ濡れになっちゃったから……」
 情けない話だ。私が早く雨雲に気付いていればこんな事態にはならなかったのに。しかしラウロは呆れるでもなく、神妙な顔で頷いて言った。
「とにかく皆さんが無事で良かったです。今ちょうど探しに行くところでしたから。では部屋へ戻りましょう」
「心配をおかけして……と、ちなみにユリスはどこに?」
 小声で問う。念の為にユリスの所在を確認しておきたかった。別に怖いとかじゃないです、ただ気になっただけです。ラウロは何も言わず私をじっと見て、そして僅かに視線を上げた。
「え? 何、部屋にいるってこと?」
「ここだ」
「ぎえ!」
 背後からの低い声に、思わず汚い悲鳴を上げてしまった。口元を抑えながら振り向く。長い黒髪を上品に垂らしたユリスが私を見下ろしていた。
「わ、わあ~! こんにちは~!」
 言葉が出て来ない。私は今とても挙動不審である。頭の中は真っ白で、顔もまともに見れない。あたふたして後退った。
「その恰好は何だ」
 当然のユリスの疑問にも上手く答えられず委縮してしまう。代わりにラウロが説明してくれた。その間私は俯くことしか出来ない。
 ユリスは話を聞いても、興味が無さそうに息を吐いただけだった。そして一言。
「不用意にうろつくな」
「すみませんでした……」
 やっとの思いで謝罪する。元はと言えば私が砂浜で遊ぼうと言い出したのが悪かったのだ。すっかり旅行気分になっていたけど、私たちは遊びに来たわけじゃない。
「何だ召喚士」
「エコが怖がってる」
 シルフィが私を庇うように前に立っている。ユリスは鼻を鳴らして、私たちを通り過ぎると階段を上がって行ってしまった。私は一気に力が抜けた。シルフィに言う。
「ごめん、ありがとうシルフィ。でもユリスは別に悪くないからね。私がしっかりしてないのが悪いんだし。よし、部屋に戻ろう」
 しかし、ここで現実の問題に直面する。部屋のある五階まで階段を上らなければならないのだ。とてもきつい。この宿、昇降機はあるものの故障中で使えず。
 明かりが少ないロビー、ほぼ不在の宿の主、使える部屋は最上階のみ。何だかすごい宿だなここ。
 ハインツが目の前でしゃがんだ。私は首を傾げる。
「どうしたの? 体調悪い?」
「かっ、階段、大変だろうし、俺が背負うよ! どうぞ!」
「え!」一瞬心が揺らぐ。ハインツの広い背中が私を誘った。駄目だよ、駄目だって。そこまで甘えたら私はダメ人間になってしまう。
「い……いいよ、自分の足で行くよ」
 私は全力で目を逸らしながら言った。日中シルフィと遊んだり、ここまで走って帰ってきたりで疲労は溜まっている。階段を見ただけで眩暈がしそうだ。でも駄目だ。ここは自分の足で上るべし。私は勇んで一歩踏み出した。
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