私のお猫さま 25歳を迎えて猫又さまになりました

月見こだま

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第一部

07:猫又さまの健康診断

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 近所の動物病院の待合室は、独特の空気。
 数年前から予約優先の受付になっているので、電話で呼ばれるまでは車で待機する人も多い。

「ミケ、喋っちゃだめだよ。しっぽも出しちゃダメ」
「……にゃ」

 わたしは受付表に名前を書いて、すっかり顔なじみとなっている動物看護師さんに健康手帳を渡す。

「花屋敷さん、ミケちゃんの様子どうですか? この前はあまり遊ばなくなったって言ってましたけど」
「今はもうすごく元気です! ありがとうございます!」
「そう、よかった。でもワクチンのあとはよく見てあげてくださいね」
「はい!」

 前回の会話を覚えていてくれて、嬉しい。もう二十五歳。いつお別れがきても不思議じゃないし、と不安をこぼしていた。
 もぞっと背中のミケが動いた。少しだけ喉がゴロゴロ言っているのが振動で伝わってくる。

「背中の子はお子さんですか?」

 背中のミケに気付いた看護師さんが、優しく微笑む。

「あ、はい。今日は連れて来ちゃいました。立って待たせてもらいますね」

 待合の椅子には、猫用のキャリーが何個か並んでいて、飼い主さんはほとんど立ってる。見慣れた光景だ。

(そうそう、地べたなんて冷たいもんね)

 わたしは背中のミケを撫でながら、キャリーを待合の椅子に置かせてもらった。いつもそうしているので、やらないと不自然だからだ。
 その時、病院の自動ドアが開き、一人の老紳士と、立派なキャリーに鎮座する一匹の大きな黒猫が入ってきた。

(うわあ……。威厳のある猫……)

 毛並みは美しい濡羽色で、瞳は深海のような青。
 老紳士はキャリーを抱き、椅子に座った。大きな黒猫は重いだろうに、大切な宝物を抱え込むようにしてニコニコとしている。
 ミケは黒猫の存在を感じ取り、モゾモゾと動いた。

「……んにゃ」
「こら、ミケ。静かに」

 その黒猫は、ミケを(正確には、わたしの背を)一瞥すると、まるで人間のように、ふ、と鼻を鳴らした。
 そして、低い声で呟いた。

「……新入りか。浮足立っておる。お前、自分のことを何も分かっておらぬな」

 その声は、人間のわたしにも聞こえた。え、今、この黒猫……喋った?

「にゃ!?」

 驚いたミケがおんぶ紐から飛び出そうとする。

「ミケ、ダメ!」
「花屋敷さーん。花屋敷ミケちゃーん。診察室へどうぞー」

 最悪のタイミングで名前が呼ばれた!
 わたしは『は、はい!』と返事をし、老紳士と黒猫に会釈して診察室へ向かった。


「まったく、騒がしい三毛じゃ」
「こら、クロ」

 背後で、そんな会話が聞こえた気がした。


 わたしとミケは奥の個室に通された。
 猫は診察中に脱走することも多いので、基本的には個室に通される。

「先生呼んできますのでこちらで少々お待ちください」
「はい。……よし、猫にもどって」
「ふみゃ」

 もふん、と音がして背中が軽くなる。ミケは猫に戻ってわたしの肩によじ登り、診察台の上に乗った。ミケの上に持ってきていたタオルを乗せて、もしゃもしゃと身体を撫でる。
 ……ちょっと体重増えてるような気がするな。
 さて、ここに猫又の黒猫が来てたってことは……。

(多分先生はしっぽが増えたぐらいじゃ気付かない!)

 看護師さんさえクリアしてしまえば、あとはなんとかなりそうだという結論をだした。

少しして、シルバーヘアーを上品に整えた獣医師がドアをノックした。いつもミケを診察してくれる神崎先生だ。

「ミケちゃん、元気戻ったって? よかった」
「はい、おかげさまで。あ、今日は五種ワクチンお願いしてもいいですか? それとお願いがあって……今日は先生だけに診察してもらいたくて」
「――うん? 構わないけど。じゃあ先に体重測定――五キロ。前回より少し体重増えたかな。ちょっと触るよ……うん、しこりもない。耳も綺麗だし、歯も大丈夫だね。胸の音は――うん、大丈夫。次はお熱測りますね――。ミケちゃん、おしりちょっと気持ち悪いけど我慢してね」

 いつものようにゆったりとした喋り方で、診察する。タオルを被せたままでもツッコミがない。ハラハラと見守っていると、先生は体温計に袋を被せた。
 さすがにしっぽは見せられないと、わたしはミケのしっぽを上手くまとめて持ち上げて、おしりが見えるようにする。

「んにゃう!」
「ごめんね。ちょっと我慢してね――うん、熱はないね。花屋敷さん、ミケちゃん高齢だし、血液検査はどうする? 二か月前の血液検査の数値も悪くなかったけど」

 先生は、流れるように体温計から袋を取り外した。

「あ。……そうですね。次回以降にお願いします」

(……なんかわかってるような言い方するなあ、先生)

「それじゃ、今回は体温計の袋についた便で便検査して問題なかったらワクチン打とうか。他に気になることはない?」
「あ、ノミ予防のお薬、スポットタイプをひと箱買って帰りたいです」
「じゃあそれも用意してもらうけど、シャンプーは出来ないから注意してね」
「はい、ありがとうございます。注文してたフードも今日一緒に持って帰りますね」
「重いから気を付けてね。無理なら発送も出来るから」
「大丈夫です! 普段運動不足なのでこれぐらい!」

 ミケを撫でながら、元気に答える。
 タオルの上からなのは少し物足りないけど。

「――ミケちゃん、元気戻ってよかった」

 先生は、撫でられてゴロゴロいっているミケを見て、優しく目を細めた。
 ミケが子猫の頃からお世話になっていて、ずっと見守ってくれている。お別れなんて来ない方がいいと言ってくれてるみたいだった。

「はい!」

 わたしも嬉しくなって、大きく頷いた。




「終わった――!!」
 
 ワクチンも無事に打てて、買うべきものも買えた。先生が退出した時にミケは人の姿になって背中に戻ったし、思っていたより順調に健康診断が終わった。
 すると、病院を出るまで我慢していたミケが急に叫んだ。

「あの黒いの! 無礼千万にゃ!」
「ミケ、もしかして、あの黒猫さんも……」
「しっぽは一本だったにゃ! でも、わたしの猫又センサーが『同類』だと告げているにゃ! 許せん!」

 ミケはすっかりご立腹だ。
 わたしも、あの老紳士と、『クロ』と呼ばれた黒猫のことは気になっていた。
 あの黒猫、しっぽは一本だったけど、確実にミケより『先輩』だ。

「……ミケ。あのおじいさんと黒猫さん、また会えるかな」
「会って文句を言ってやるにゃ! わたしの猫又としての誇りを賭けて!」

 ミケの闘志は、どうやら別の方向に向かってしまったようだった。

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