62 / 124
第四章
煌びやかな館の一室にて
しおりを挟む貴族区画にある煌びやかな館の一室。そこには一匹の豚――失礼、一人の男が頭を抱えていた。男の名前はコルドール・マウル。伯爵の位を持つ貴族であり、この城塞都市ディギルの都市長である人物だ。
普段は部下に仕事を押しつけてばかりの彼が、何故今更仕事をしているのか……それは、部下からの信頼を集めるためでも、自分の堕落さに嫌気が差し、変わろうとしているのでもなく、自分の不始末の露呈を恐れてのことだった。
「ぐうぅぬ…………」
しかし、いつも仕事を部下に押しつけ、怠けるばかりだった男がいきなり仕事をしようとして上手く行くはずがない。
賄賂を渡して融通を利かしてくれていた騎士達は帰ってこず、こちらの命令に背いて傭兵を向かわせる平民上がりの部下。
自分の思い描いた理想図と全く違う結果になってしまったことに頭を抱えていた。
「何でこんなことにっ……くそ!! これも全てあいつが命令を聞かないからっ」
全ては自身の判断ミスが招いたことであるが、そんなことを棚に上げて、上手く行かないのを他人のせいにし始める。そして、言ってしまえば、彼が黒竜の血を投与した騎士を手駒にしようと画策し、失敗してしまったせいである。
失敗の原因は、見張りが彼らを押さえつけるだけの力を有していなかったこと。
上手く適合できた者は、元の人格を有しながら戦闘能力の向上に五感の強化がされていると言う。流石にそんな者は手に入らないと分かる。だから、肉体や五感を強化できたものの、感情や理性がなくなった失敗作をいくつか流して貰ったのだ。
破棄される失敗作など誰も気にも止めない。そう考えて手に入れたにも関わらず、想像以上の凶暴性に手が付けられなかった。
特注で作らせた鎖は難なく引きちぎられ、その場にいた見張りを殺し、地下へと潜っていった怪物達。
そのせいで苦労して手に入れたにもかかわらず、自分が苦労する羽目になっている。
もし、こんなことが皇帝の耳にでも入ってしまったら、地位を剥奪されるばかりか、地下牢に繋げられるかもしれない。
「ぐうぅ……」
最悪の可能性を想像してしまい、薄くなった頭を抱えてますます縮こまる。
聞けば、イリウスは依頼した傭兵に怪物を持ち帰るように言っているらしい。もし、討伐されれば、怪物の正体に気付くはず。オーディス王国に攻め込む際に前線に投じられた兵器として、それは帝国の一部の者は知っていることだ。
そして、帝都で開発されていると言われているものを横流しできる人物はこの街では自分だけ。
依頼を達成されれば自分の正体に辿り着かれてしまう。そう思うと脂汗が大量に出てきて止まらない。
少しでも気分を紛らわせようと菓子類を鷲づかみして頬張るが、喉が渇いて上手く通らない。
「せめて、誰に依頼したのかを把握しなければ……」
机の上に乱雑に置かれた書類の中から、依頼を受けた傭兵達のリストを探し出す。
日が傾き始める時間帯、コルドールの作業はまだまだ続いた。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる