竜殺し、国盗りをしろと言われる

大田シンヤ

文字の大きさ
91 / 124
第五章

石の囲みの中で

しおりを挟む
 
「それでは、貴方達は王国の者ではないのですね」
「あぁ、そういうことになるな。不満か?」

 蝋燭の炎の灯りが部屋を照らす。炎が揺らめくたびに、影が揺れる。それはまるで、幽鬼が忍びよって来るような動きに似ていた。
 子供ならばこの不気味な部屋に入れられただけで泣き出していただろう。しかし、ここにそんなことで泣き出すような者はいない。
 そもそもシグルドもガンドライドも幽鬼程度に後れを取るようなものではないし、レティーはここに住み慣れているため、見慣れた光景なのだ。ちなみに、ミーシャは用件を伝えた後、早々に奥の部屋に引っ込んでいる。

 この部屋にはシグルドとガンドライド。そして、二人を値踏みするかのように観察するレティーしかいない。時折何処から入り込んだのか鼠が姿を現すが。揺らめく陰に驚いて直ぐに身を隠している。

「殿下が選んだ方々です。私から貴方方には言うことはありません」
「……そうか」

 奥へと続く扉を背に、質問に答えていそうで答えていない回答を無表情で口にする。
 お前達に言うことはないが、ミーシャにならある。それは、お前達に聞かせることはない。何故なら信用できないから。
 そうとも聞こえるような内容だが、特に追及はしない。自国出身でもない者が王族の近くにいるのだ。警戒されるのも不信感を募るのも仕方がない。むしろ、よく邪険に扱わないなと思うほどだ。
 自身の感情を隠し、どんな存在に対しても礼を尽くすように見せる。それは簡単のようで難しい。それを可能にするのは、国に対する忠誠心故だろう。
 そのことに敬意を抱いて口を閉ざすシグルドだが、レティーのことが気に食わず、喧嘩を売る者が一人。

「おいコラ、そこどけや。お姉様の所に行けないだろうが」

 案の定ガンドライドである。
 お前はどこのチンピラだと言いたくなるような態度でレティーに詰め寄るガンドライド。後少しだけ静かにしていられないのだろうか。

「お姉様? 殿下に妹君はいられなかったはずですが? それに、どう見ても貴方の方が年上のように見えます」
「関係ない。お姉様はお姉様だからお姉様なんだよ」

 他人には訳の分からない理論を振りかざし、前に行こうとするガンドライド。粗暴な行動にレティーの眉がピクリと上がる。
 例え、異国の素性のハッキリしない者でも礼儀を尽くすレティーに対し、自身の欲望に忠実なのがガンドライドだ。上手く粗利が合わないのも無理はない。
 二人の間で火花が散る前にシグルドはグイッ――と襟首を掴んで引き寄せる。

「止めとけ。今はアイツも疲れてるんだ。一人でゆっくりさせてやれ」
「離せ、私はお姉様の所に行きたい」
「後で時間作って貰うから今は我慢しろ。お前にここで暴れられると空間ごと潰されちまう」

 説得――などできたこともないが、努力するシグルド。だが、その程度でガンドライドが止まるはずもない。他人の迷惑だろうが何だろうが関係なくミーシャか自身の欲望を優先するのがガンドライドだ。
 最初からシグルドの言葉などに耳を貸すことがあれば、脇腹を貫かれることもなかっただろう。
 首根っこを掴まれた状態から抜け出せないと分かるとスキルを発動させ、肉体を水に変換しようとする。

「せいっ」

 だからこそ、最終手段に出る。
 肉体を水へと変えて脱走を図ろうとしたガンドライドの首筋に向けて手刃を落とす。首を痛めない程度、しかし、確実に気絶する力加減で落とされた手刀は首経由で頭部を揺らし、脳震盪を発生させる。

「無理やりですか」
「残念ながら、こいつを止められるほど俺は弁舌に長けてる訳じゃないからな」
「……貴方の言葉でも止まらないのですか。殿下と出会う前はお二人で何を?」
「傭兵であっちこっちに流れてた。と言っても俺一人だけだ。こいつはミーシャと出会ってから合流したんだ。だから、二人で旅をしていた訳じゃない」

 白目を剥いたガンドライドを床に外套をひいてその上に寝かせる。瞼を閉ざすことも忘れない。女性を冷たい床に寝かせたり、白目を剥かせたまま寝かせることは一人の男としてできないのだ。…………例えどんなに粗暴でも。

「そうですか。なら、今後はしっかりと手綱を持って貰いたいものですね」
「努力はする――が、こいつは鋼の手綱でも引きちぎりそうなんだがな」

 そう言ってシグルドは一つ溜息をつく。勿論唯の比喩表現だ。本気で縛ろうとするつもりはない。だが、それだけ大変なのだと知ってほしかったのだ。
 ガンドライドは暴れ馬に近い。それも相当巨大な。むしろ、ミーシャが持ってくれた方が喜んで従いそうなのだが、本人が嫌がりそうだなとお仕置きをしても喜んだ姿にドン引きするミーシャを思い出す。
 どうしたものかと考えていると緩んだ空気を締め直すかのようにレティーが口を開く。

「それで――貴方はどんな覚悟をしているのですか?」
「それは、帝国を敵に回すと言う意味か? それなら俺はとっくにしているさ。あのの泣き顔を見た瞬間からあの娘のために戦うって決めている」

 あの時叫ばれた言葉――命だけは助けるという同情染みた助けなどではない。そんなものをやったとしてもあの娘の傷は埋められない。もし、逃がすことに手を貸していたら自分は惨めに生きていただろう。
 あの時のシグルドの行動は絶壁で震えて動けない子供に安全な場所からロープだけを吊るして昇ってくるのを待っているようなものだ。安全策を用意して自分は付き合わない。そんな行為だ。そんなことをしていた当時の自分に唾を吐き付けたくなる。声を掛けるだけで終わるな。助けるつもりなら覚悟を決めて自身の手を伸ばせ。それができないのならば戦士を名乗るな。

「だから、心配は無用だ。俺は最後まであの娘のために戦うよ」

 戦士として胸を張れるように――。未だに戦士としての活躍などできてはいないが、ミーシャという少女を助けることに関しては迷うことはない。そうシグルドは言い切る。

「――――貴方の目からは強い決意が見て取れる。嘘ではないようですね」

 間者として、長く人を見てきたレティーがミーシャという少女のために戦うことは嘘ではないと判断する。

「……随分、あっさりと信じてくれるんだな」
「誤解がないように。私は貴方の覚悟を嘘ではないと判断しただけです。貴方を信用したわけではありません」
「なるほど。つまり、今見極めている最中って訳か」
「そうなります。できれば言葉遣いから口出ししていきたい所ですが、そんな時間はありませんしね。精々、認められるように振舞って下さい」

 まるで家庭教師。眼鏡があれば、キラーン!!と光っていたに違いない。もしかして姉もこんな感じではなかったのではないだろうかと思いながら、苦笑いをする。
 言葉遣い……確かに意識をすることはなかった。
 ミーシャからも最近は特に言われなくなっていたので、気にしていなかったが、やはり王族なのだから礼儀は必要かと今更ながらに思う。
 ふと、視線を感じる。顔を上げてみれば、レティーが目を細めてこちらを凝視していた。

「……何か、あるのか?」
「いえ、不躾な視線を向けてしまい申し訳ありませんでした」

 他に聞きたいことでもあるのだろうかと問いを投げるが、何でもないと首を振り、頭を下げられる。
 その綺麗な所作を見てメイド服であればしっくりきただろうなぁと思っていると、奥の扉が開くのが目に入った。
 レティーも気付いたのだろう。扉が開く瞬間に振り返り、奥から来るであろう人物を迎え入れるために頭を下げる。

「…………何でガンドライドが寝ているんだ?」
「部屋に突撃しそうだったから――」
「なるほど、分かった。もういい」

 ガンドライドが気絶することになった原因を少しだけ話すと先を予想が出たのかミーシャが止める。
 そして、もう興味がなくなったのかミーシャは二人へと向き直る。レティーに出会ってから出ていた弱弱しい雰囲気はもうそこにはない。いつも通りの強気にものを言うミーシャがいた。

「ガンドライドが起きないのなら後で言うだけだ。まずは、レティー。情報を貰いたい。協力してくれるか?」
「殿下の命であるのならば、直ぐに――では、まずはこの街の地理から話を始めましょう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

処理中です...