田中さんと僕

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新しい生活2

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 ない……。
 また鍵がない。
 目が覚めてリビングに来た僕は愕然とする。
 昨日もらうの忘れてた……。

 進藤さんに電話をかけるけど繋がらない。
 今日は夕方から予約が入ってるのに。
 開けっ放しで出ていってやろうかな……。

 しかもこの家食料ないし、また食べそこねちゃうじゃん。
 とりあえず何か飲もうと思って冷蔵庫を勝手に開ける。
 
「あれ??」

 昨日は飲み物しかなかったのに、食材がいろいろ入っている。

「一晩で何が起きたの??」

 訳がわからないけれど、ご飯の心配はなくなった。
 念の為、棚も開けてみると調味料とかいろいろなものが追加されていた。
 いつ入れたんだよ。
 進藤さんって謎すぎる。

 僕は見つけたパンを食べることにした。

 昨日は余裕がなかったけど、外の景色ってどんな感じだろう。
 窓を開けてバルコニーに出る。

「ヒッ……」

 眼科に広がる景色に感動できない。
 僕はそそくさと部屋の中へ戻った。
 高いところは苦手だと思っていなかったけれど、実は苦手だと判明した。
 もう近寄らない。
 
 スマホが震えた。

「進藤さん?
 鍵がまたないんですけど!!」

「ごめんね、昼過ぎに一旦帰るから
 お昼ごはん一緒に食べよう」

「分かりました
 待ってます」

 よかった、仕事には行けそうだ。

 宣言通り進藤さんは戻ってきてくれて、ご飯を食べたあと一緒に家を出た。

 家まで送るよと言ってくれたからお願いした。
 今日は山本さんか。
 辞めるって言ったら驚くかな。
 いつ切り出そうかな。
 色々とシミュレーションしてみるけれど、流れに任せることにした。
 
「あっ、近いんでここでいいです」

「そっか、じゃあ気をつけてね」

「ありがとうございました」

 僕は久しぶりに自分の家に帰った。

「ばあちゃん、ただいま」

 ばあちゃん、聞いてよ
 田中さん覚えてる?
 前に話したでしょ?
 あの人実はすごい人だったんだ。
 されでさ、全部知った上で僕のこと好きだって言ってくれたよ。
 嬉しかった。
 仕事辞める事にしたよ。
 心配させてたよね、ごめんね。
 早く次の仕事見つかるといいんだけど

「あっ、ヤバい、準備しなきゃ」

 慌てて準備をして、家を出た。

 山本さんには、食事をしているときに辞めることを伝えた。
 今までありがとうと言ってくれた。
 僕の方こそありがとうございましたとお礼を言った。

 いつも通りホテルに行く。
 山本さんはセックスをしない人で、僕が一人でしているところを見たがる。
 最初は恥ずかしかったなーと思い出して少し感傷に浸る。
 今日もいつも通り、僕がイクところを眺めていた。
 最後だからといってもやることはいつもと変わらない。
 時間が来て、山本さんと別れた。
 
 家までの道のりをゆっくりと歩く。
 何か最後って気がしなかったな。
 あまりにもこの生活に慣れすぎて、辞めたあとの自分が想像出来ない。
 仕事見つけられるかな。
 この仕事しかしてこなかった自分を雇ってくれるところなんてあるのだろうか。
 急に不安になってくる。

 電話がかかってきた。
 進藤さんだ。
 声を聞きたいと思っていたタイミングでかかってきたから嬉しい。

「もしもし、そういちくん?
 終わった?」

「はい、今帰ってるところです」

「迎えに行ってもいい?」

「迎えに?」

「今日も僕の家に来てくれないかな」

「分かりました、お願いします」

 進藤さんに会いたくて、すぐにお願いしますと言ってしまった。
 生活費を出してもらうわけにはいかないって思っているけれど、心の何処かで甘えてしまいたくなっている自分がいて、そんな自分がとても嫌だ。

 進藤さんの車が見えた。
 車を停めて、僕のところに歩いてきてくれた。

「進藤さん、ハグしてくれませんか?」

「いいよ、おいで」

 ギュッと抱きしめてもらう。
 
「どうしたの?」

「なんだか不安になっちゃって」

「不安?」

「この仕事しか知らない僕を雇ってくれるとこあるのかなって」

「あるよ?」

「即答ですか?
 どんなところですか?」

「僕がいるじゃん」

「なんですか、それ」

「言ったでしょ、何もしなくていいからただ側にいてほしいって」

「言ってくれたけど、そういうわけにもいかないです」

「とりあえず一緒に暮らさない?
 辞めさせるのは僕なんだし責任取るよ
 ごめんね、不安にさせて」

「謝らないで下さい
 いつか辞めようとは思っていて、それが今になっただけなんですから」

「しばらくの間だけでもいいから僕のところに来ればいい
 これからの事はゆっくり考えたらいいんじゃない?」

 甘い誘惑に抗えなくて、僕は首を縦に振った。

「じゃあ、そろそろハグはおしまいにしようか
 ……ちょっと理性が保てなくなってきた」

「何か言いましたか?」

 僕が見上げると、進藤さんが天を仰いだ。

「あぁ、ヤバい
 上目遣いはダメだ
 可愛すぎてヤバい」

 進藤さんが小さな声で何かを呟いているのだが聞き取れない。

「進藤さん?」

「とりあえず帰ろう」

 勢いよく体を離して進藤さんは歩き出した。

「あっ、はい」

 慌てて追いかける。
 僕は進藤さんの車に乗り込んだ。
 車はこれから住むことになるマンションに向かって走り出した。

 僕は最低限必要なものだけ家から運んで、進藤さんの家で暮らし始めた。
 ばあちゃんにも来てもらった。

 進藤さんは、仕事をしたいと言わなかったらずっと僕をここから出さずに住まわそうと思っていたらしい。
 僕宛の荷物は、僕が暮らすのに必要になるかもしれないと思っていろいろ買ったものだと白状してくれた。
 進藤さんの思惑通りに僕はここに住むことになったわけだ。
 届いた物はありがたく使わせてもらうことにしたのだが、量が多くて『買い過ぎです』と一応言っておいた。
 1つだけ進藤さん宛のものが紛れ込んでいて、開けちゃだめと慌てて没収された。
 何だったんだろう。

 最近の進藤さんは、放っておいたらすぐに僕に物を買ってきて貢ごうとするからちょっと困っている。
 もういらないって言ってるでしょ?と言っても怒ったそうくんもかわいいと言って聞いてくれないからため息をつくしかない。
 
 仕事の日は進藤さんの機嫌が悪くなる。
 それでも何とか予約してくれているお客さん達と会って、辞めることを伝えた。
 会えなかった人達にはメッセージを送った。
 こうして僕は悔いを残すことなく仕事を辞めた。

 シオンにも直接伝えようと思ったのになかなか連絡が取れない。
 NO1様は忙しいみたいだ。

 今日は店の幹部をしている人が来てくれて、買い物に連れて行ってくれることになった。
 進藤さんが信頼している人らしい。
 
「はじめまして、藤原です」

「中村です」
 
 真顔で知っていますと言われた。
 銀縁の眼鏡をかけていて、公務員ですと言われる方がしっくりくる風貌。
 本当に風俗店の幹部なんだろうか。

「あなたがそういちくんですか
 一度お会いしてみたかったので嬉しいです」

 本当かな……?
 感情が読めない。
 サイボーグみたいだ。
 
 大量の食料を買い込みマンションに戻る。
 料理を作ることができるなんてすごいですねと感情のこもっていない声で言われる。
 褒められたのかな……?

「あっ、藤原さん
 コーヒー淹れますね
 座ってて下さい」

 僕はトレイに二人分のコーヒーを載せてリビングに向かった。

「今日はありがとうございました
 あっ、お菓子買えばよかった
 すみません、気が利かなくて……」

「いえ、お構いなく」

 会話は続かない。

「あなたは進藤さんのことが好きなんですか?」

 突然の質問にコーヒーを零しそうになった。

「そうですね……好きです
 まだ伝えていませんが」

「本当に?」

「本当です」

「それは良かった
 会うたびにそういちくんに好かれるにはどうしたらいいのかと聞かれて鬱陶しかったので」

「進藤さんがそんな事を?」

「あなたの事になるとあの人は人格が変わりますからね
 いつも気持ち悪いくらいデレデレしていますよ」

「そうなんだ」

「そういえばあなたにコーヒーを淹れてもらって喜んでいた事を思い出しました」

「田中さん時代ですね」

「そうそう田中さん……」 

「いまだに田中さんって呼びそうになります
 藤原さんは何でも知ってるんですね」

「心配しないでくださいね
 あの人とは腐れ縁で無駄に付き合いが長いだけなんで」
  
 僕そんなに気になるって顔してたかな。
 恥ずかしい。

「ふふ、あなたが本当に好きなんだって分かって安心しました
 進藤さんはあなたへの愛が強すぎて少し暴走しがちですが、大目に見てやってください
 早く気持ちを伝えてくださいね
 本当に鬱陶しいんで
 気持ちを伝えたら伝えたで鬱陶しそうですが……」

 藤原さんが遠い目をした。

「ハハハ、藤原さんっていい人ですね
 また買い物付き合って下さいよ」

「えぇ、喜んで」

 初めて微笑んでくれた
 藤原さんはめちゃくちゃ優しい人だった。

 進藤さんにまた藤原さんと買い物に行くと伝えると、あいつばっかりずるいと言って拗ねていた。
 じゃあ、今度一緒に行きましょうと言うと目をキラキラさせて喜ぶからかわいい人だと思って、少し笑った。
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