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翌日①
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――ピピピピピ
スマホのアラームが鳴り響き画面をタップした。ものすごくスッキリとした目覚めだ。隣を見ると、全裸の彼がいて昨日のことは夢じゃなかったんだと実感する。気持ちよかったな。もう味わうことはないあの快感が少し恋しい。
「起きて下さい」
体を揺すって彼を起こすが、なかなか起きない。困った。とりあえず顔洗うか。立ち上がろうとした僕は腕を引っ張られて布団に倒れ込んだ。顔を彼の方に向けると目があった。
「おはよ」
「おはようございます」
「よく眠れた?」
「おかげさまで……」
「良かった」
そう言って彼は笑った。笑顔がとても眩しい。
「用意をしないといけないので」
「うん、俺も起きるよ」
着替えて忘れ物がないかチェックを行う。
「朝飯食べないの?」
「早く食べすぎるとお腹空いちゃうんで、職場で食べます。バイト先の人がいろいろくれるし」
「なるほどね」
「そろそろ出たいんですけど」
「オッケー」
靴を履いて家を出る。彼ともここでお別れだ。
「それじゃあ」
「いってらっしゃい」
「……いってきます?」
あれ、何か変な別れ方。ありがとうとか言うんじゃないの?手を振って歩き出す。
バイト先は最寄り駅の近くにあるオフィスビル。6時半から15時半までここで清掃員として働く。
タイムカードを押して更衣室に向かい、着替えを済ませた後は朝ご飯を食べるために休憩室へ行く。
「おはよう、歩ちゃん」
「おはようございます」
「はい、これ食べて」
こんな感じで毎日誰かしらが僕に朝ご飯をくれるからありがたく頂戴する。6時半になる前に更衣室を出てゴミの回収に回る。就業時間前に終わらせなければならないから一番バタバタする。それが終わったら一人で黙々とトイレや階段、会議室を掃除していく。
お昼ご飯は地下にあるレストランで食べる。半額で食べることができるというありがたい食事手当がついているのだ。自分で作るよりも安く済む。
お昼休憩後はまた同じように清掃をして、15時半に退勤。残業なんてものはない。
以前は工場で働いていた。時給は今よりも良かったけれど、リーダーが体育会系で馴染めず辞めた。人と関わるのがしんどかったというのもある。それに比べてここは天国だ。僕は当然1番若くて、僕くらいの年齢の人は珍しいらしく、みんな可愛がってくれる。自分が喋らなくても、お喋りなおばさま達がどんどん会話してくれるから僕は笑って相槌を打つだけでいい。ほとんどの時間を一人で過ごせる事も魅力的なのだ。
退勤したあとは一旦家に帰る。直接向かいたいけれど早すぎるから仕方がない。
ブブブとスマホが震えた。
『今月分振り込んだよ。お母さんも心配しているから一度帰っておいで』
嘘ばっかり。浮気して家を出た父親にそっくりな僕を母さんは嫌っている。義父は何かと心配して連絡を寄こしてくれたりお金を振り込んでくれたりするけれど、母さんからそういったことをされた事は一度もない。
『ありがとう。また時間ができたら帰るね』
定型文のようなメッセージを返してため息を付く。家に帰るなんてありえない。親がいなくても僕はやっていける。
布団シーツを買ってから帰宅した。さすがにあのシーツで今夜も眠るのは嫌だ。早速新しいシーツを取り付ける。何となく防水タイプにしてしまったのは、昨日のことを思い出してまたしたくなってしまいそうな自分がいたから。もう会うことはないからなのか、彼のことが気になってしまう。準備していた鞄を持って家を出た。
1限目は17:20から始まる。その10分前。教室に入ると人が疎らに座っている。基本的にどこに座ってもいいことになっていて、僕はいつも窓際の3列目に座る。しばらくすると唯一の友人である榊原くんが入ってきた。大柄で顔が厳つい彼は、みんなから一目置かれている存在だ。二人一組にならなければいけないときに余り物同士ペアを組んだのがきっかけで、彼とは一緒に過ごすようになった。寡黙で、僕も話す事が得意ではないから無言な時間が多いけれど、お互いにそれで良しとしているから彼と過ごすのは楽だ。
「よぉ」
「やぁ」
彼はいつも僕の後ろに座る。なぜか立ち止まった彼が僕の顔をマジマジと見てきた。
「何?」
「いや、今日は顔色がいいな」
「そうかな?」
「なんかあった?」
「うーん、よく眠れた……かな?」
「ふーん」
そう言って後ろの席に移動した。いつも顔色が悪いんだろうか。そんな事気にしたことがなかった。
1限目が終わって給食を食べるために食堂に移動する。30分しかないから結構急いで食べないといけない。トレイを持って榊原くんと向かいあって食事をとる。ざわつく食堂の中、ここだけは静かだ。
「松田って彼女いたっけ?」
「いないけど」
「そっか」
「どうして?」
「いや、なんでもない」
「気になるな」
「隠れてるけどさ」
「うん」
「ここに跡ついてるから」
そういって肩の後ろ辺りをトントンと指さした。
「跡?」
跡というのが何を差しているのか分からなくて問いかけると、は?という顔をされた。
「キスマーク」
「キスマーク?」
「この季節に虫刺されはないだろ」
「そうだね?」
「まぁ、いいや」
キスマーク……その言葉を反芻してギョッとする。赤い跡だというそれは肌に吸い付くとつける事ができるものだという認識がある。昨日あの人がつけたのか。いつの間に!?
「なるほどね」
なぜか納得したというように呟いてまた箸を動かし始めた。
「いや……あの」
彼女がいるわけでもないのにこんな跡をつけている僕。遊び人と思われたかな。まさか男につけられたなんて思いもしないだろうし。まぁ、いいか。僕が遊んでいようがいまいが彼にとってはどうでもいい事だろう。時計を見ながら急いでご飯をかきこんだ。
授業が終わって帰り支度をしている時にふと跡の事を思い出した。跡ってどれくらいで消えるんだろう。別に誰も見ていないけど、銭湯行きづらいな。個室でシャワー浴びる事ができるところはないかスマホを取り出して検索してみる。
「帰んないの?」
「いや、帰るんだけど調べ物したくて。ごめん、先に帰ってもいいよ」
「別に急いでないから」
「そっか」
「何調べてんの?」
「個室でシャワー浴びれるところないかなと思って」
「ああ、風呂ないんだっけ?」
「うん」
おっ、漫画喫茶にシャワールームあるじゃん。これ、いいかも。
「俺の家来る?」
「え?」
「俺の家なら気にせず入れるだろ?」
「申し訳ないよ」
「別に遠慮することない」
「うーん」
「泊まってもいいし」
「そんな甘えられないよ」
「そうか」
こころなしか残念そうな顔をされて、「じゃあお風呂貸してもらおうかな」と口に出していた。「おぉ」という彼の顔は嬉しそうで、なんだか友達っぽい交流をしているかもと心の中でひっそり思った。
スマホのアラームが鳴り響き画面をタップした。ものすごくスッキリとした目覚めだ。隣を見ると、全裸の彼がいて昨日のことは夢じゃなかったんだと実感する。気持ちよかったな。もう味わうことはないあの快感が少し恋しい。
「起きて下さい」
体を揺すって彼を起こすが、なかなか起きない。困った。とりあえず顔洗うか。立ち上がろうとした僕は腕を引っ張られて布団に倒れ込んだ。顔を彼の方に向けると目があった。
「おはよ」
「おはようございます」
「よく眠れた?」
「おかげさまで……」
「良かった」
そう言って彼は笑った。笑顔がとても眩しい。
「用意をしないといけないので」
「うん、俺も起きるよ」
着替えて忘れ物がないかチェックを行う。
「朝飯食べないの?」
「早く食べすぎるとお腹空いちゃうんで、職場で食べます。バイト先の人がいろいろくれるし」
「なるほどね」
「そろそろ出たいんですけど」
「オッケー」
靴を履いて家を出る。彼ともここでお別れだ。
「それじゃあ」
「いってらっしゃい」
「……いってきます?」
あれ、何か変な別れ方。ありがとうとか言うんじゃないの?手を振って歩き出す。
バイト先は最寄り駅の近くにあるオフィスビル。6時半から15時半までここで清掃員として働く。
タイムカードを押して更衣室に向かい、着替えを済ませた後は朝ご飯を食べるために休憩室へ行く。
「おはよう、歩ちゃん」
「おはようございます」
「はい、これ食べて」
こんな感じで毎日誰かしらが僕に朝ご飯をくれるからありがたく頂戴する。6時半になる前に更衣室を出てゴミの回収に回る。就業時間前に終わらせなければならないから一番バタバタする。それが終わったら一人で黙々とトイレや階段、会議室を掃除していく。
お昼ご飯は地下にあるレストランで食べる。半額で食べることができるというありがたい食事手当がついているのだ。自分で作るよりも安く済む。
お昼休憩後はまた同じように清掃をして、15時半に退勤。残業なんてものはない。
以前は工場で働いていた。時給は今よりも良かったけれど、リーダーが体育会系で馴染めず辞めた。人と関わるのがしんどかったというのもある。それに比べてここは天国だ。僕は当然1番若くて、僕くらいの年齢の人は珍しいらしく、みんな可愛がってくれる。自分が喋らなくても、お喋りなおばさま達がどんどん会話してくれるから僕は笑って相槌を打つだけでいい。ほとんどの時間を一人で過ごせる事も魅力的なのだ。
退勤したあとは一旦家に帰る。直接向かいたいけれど早すぎるから仕方がない。
ブブブとスマホが震えた。
『今月分振り込んだよ。お母さんも心配しているから一度帰っておいで』
嘘ばっかり。浮気して家を出た父親にそっくりな僕を母さんは嫌っている。義父は何かと心配して連絡を寄こしてくれたりお金を振り込んでくれたりするけれど、母さんからそういったことをされた事は一度もない。
『ありがとう。また時間ができたら帰るね』
定型文のようなメッセージを返してため息を付く。家に帰るなんてありえない。親がいなくても僕はやっていける。
布団シーツを買ってから帰宅した。さすがにあのシーツで今夜も眠るのは嫌だ。早速新しいシーツを取り付ける。何となく防水タイプにしてしまったのは、昨日のことを思い出してまたしたくなってしまいそうな自分がいたから。もう会うことはないからなのか、彼のことが気になってしまう。準備していた鞄を持って家を出た。
1限目は17:20から始まる。その10分前。教室に入ると人が疎らに座っている。基本的にどこに座ってもいいことになっていて、僕はいつも窓際の3列目に座る。しばらくすると唯一の友人である榊原くんが入ってきた。大柄で顔が厳つい彼は、みんなから一目置かれている存在だ。二人一組にならなければいけないときに余り物同士ペアを組んだのがきっかけで、彼とは一緒に過ごすようになった。寡黙で、僕も話す事が得意ではないから無言な時間が多いけれど、お互いにそれで良しとしているから彼と過ごすのは楽だ。
「よぉ」
「やぁ」
彼はいつも僕の後ろに座る。なぜか立ち止まった彼が僕の顔をマジマジと見てきた。
「何?」
「いや、今日は顔色がいいな」
「そうかな?」
「なんかあった?」
「うーん、よく眠れた……かな?」
「ふーん」
そう言って後ろの席に移動した。いつも顔色が悪いんだろうか。そんな事気にしたことがなかった。
1限目が終わって給食を食べるために食堂に移動する。30分しかないから結構急いで食べないといけない。トレイを持って榊原くんと向かいあって食事をとる。ざわつく食堂の中、ここだけは静かだ。
「松田って彼女いたっけ?」
「いないけど」
「そっか」
「どうして?」
「いや、なんでもない」
「気になるな」
「隠れてるけどさ」
「うん」
「ここに跡ついてるから」
そういって肩の後ろ辺りをトントンと指さした。
「跡?」
跡というのが何を差しているのか分からなくて問いかけると、は?という顔をされた。
「キスマーク」
「キスマーク?」
「この季節に虫刺されはないだろ」
「そうだね?」
「まぁ、いいや」
キスマーク……その言葉を反芻してギョッとする。赤い跡だというそれは肌に吸い付くとつける事ができるものだという認識がある。昨日あの人がつけたのか。いつの間に!?
「なるほどね」
なぜか納得したというように呟いてまた箸を動かし始めた。
「いや……あの」
彼女がいるわけでもないのにこんな跡をつけている僕。遊び人と思われたかな。まさか男につけられたなんて思いもしないだろうし。まぁ、いいか。僕が遊んでいようがいまいが彼にとってはどうでもいい事だろう。時計を見ながら急いでご飯をかきこんだ。
授業が終わって帰り支度をしている時にふと跡の事を思い出した。跡ってどれくらいで消えるんだろう。別に誰も見ていないけど、銭湯行きづらいな。個室でシャワー浴びる事ができるところはないかスマホを取り出して検索してみる。
「帰んないの?」
「いや、帰るんだけど調べ物したくて。ごめん、先に帰ってもいいよ」
「別に急いでないから」
「そっか」
「何調べてんの?」
「個室でシャワー浴びれるところないかなと思って」
「ああ、風呂ないんだっけ?」
「うん」
おっ、漫画喫茶にシャワールームあるじゃん。これ、いいかも。
「俺の家来る?」
「え?」
「俺の家なら気にせず入れるだろ?」
「申し訳ないよ」
「別に遠慮することない」
「うーん」
「泊まってもいいし」
「そんな甘えられないよ」
「そうか」
こころなしか残念そうな顔をされて、「じゃあお風呂貸してもらおうかな」と口に出していた。「おぉ」という彼の顔は嬉しそうで、なんだか友達っぽい交流をしているかもと心の中でひっそり思った。
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