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110 ボクっ子じゃなかった

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営業が忙しくなってきたので、マニュアル化してきた普通の取引についてはハルにもやってもらうことになった。
私達の状況を知ったDから、「お前らアホか。」という言葉をもらいつつも、手伝ってもらえる事になったのが大きい。Dは営業は向かないから、バース達のところで魔法陣を描く係である。各祠に送る魔法陣を作成してもらうから、かなり数がある。
なんとなく、Dはバース達がいらない記憶を私に話さないか監視のために手伝ってくれる気になった気もするけど、理由はなんでもいいんです。当たり前だけれど、Dが魔法陣描くのが一番早いし、ハルを聖の力がみなぎる谷で人型化させておくのはコスパが悪かったし。
私は調整役で、私のしもべのはずのカークは営業兼、プリン味見係という名の組み立て現場の賑やかしになった。

プリンの味見係を名乗るようになったのは、私の作ったプリンもどきの報告を受けたフユが、アレンジして毎日色々プリンを作ってくれるようになったからだ。初めはあんなだった料理の腕は、今は私の遥か上。バニラに似た香料やクリームを使ってとろけるプリンを作ったかと思えば、フルーツプリンにゼリーまで作り始めた。
「カークを動かすには一番手っ取り早い方法なので。」と言っているけれど、私は知っている。作ってる時の表情が生き生きしていることを。この、スイーツ男子め。ありがたいです。

作業をしながら、バース達が彼らの話を聞いた。彼らはここに来る前、とある世界のとある国で王様に仕えていたそうだ。彼らはその王様を非常に敬愛していた事が言葉の端々から伺える。多分、彼らがここに居るのはそこらへんが関係するのだろう。

そして、フレンドリーな彼らはなんとそのノリでDを籠絡した。つまり、「お前は家で家事をしておけ。」と帰されたわけです。まぁ、家事もね、魔法の鍛錬になるからね、いいけどね。3号すら仕事で忙しい中、ハウスキーピングに勤しんだ。なお、メニューの設定とメインディッシュの最後の味付けはフユ担当。あれ?なんだろう。この下っ端感、気のせい?

それでも疲れて帰ってくる皆んなを笑顔で迎えて、暖かいご飯とお風呂と綺麗な服を用意していると、なんだか妙な気持ちになる。これってあれよね。
大家族のお母さん。キャラが濃くても、息子と娘達だと思えばなんのその。

しかし、大きな誤解があったことをこの後知ることになった。

「アキさんはやっぱり地毛は黒なんですね。」と差し入れを持って行った先でバンに言われて、根元がプリンになりつつある事に気がついた。染め直さなきゃな、と思いながらもこれ以上やると禿げるんじゃなかろうかと心配になる。
「あら、じゃあ、あたしがやってあげよっか?」
悩んでいると、カークがマイスプーンを加えながら、上機嫌で立候補してくれた。今日のかぼちゃプリンは確かに美味しい。
「あっちの世界の染めるやつ使えばいいんでしょ?成分とか分かるわよ。それに後ろや根元は他人がした方が綺麗にできるし。…そうだ、後、毛先も切っちゃおう!」

カークは見た目のチョイスといい、普段の服装から察するに美的センスは悪くは無い。現代日本なら確実に浮くけれど。
浴場は先日完成したし、お風呂女子会でもするかな、と思ってバスソルトを用意した。そういえば、ハルともここに来てからお風呂を一緒に入ることもなくなった。使令だから、洗わなくてもいいのだけれど、いつのまにか気がついたら入浴が済まされているのだ。
準備が出来て、食堂でまったり過ごしていたカークとハルにお風呂一緒に行こうと誘ったら、その場にいたDとナツが凍った。
「ぼ、ぼぼぼくはいい!やめとく!」
とハルが拒否したので残念だけどカークだけ誘う。洗髪の匂いは確かにキツイから嫌だったのかな?
そう思っていた私に、お茶をすすりながらフユが爆弾を投下した。

「我が君、カークの性別はオスですよ?」

「おす?」
「そうだよ!アキ!だから、カークと一緒に入るのダメ!」
「まぁ、性別は確かにオスだわね。でも、それをゆーとハルだってオスでしょ?」
え?
「アキ、ハルはマリスのβ種だ。β種は短命だからか外生殖器は退化している。今はお前と一部融合して健康になった。つまり、「わー!わー!わー!」
Dの説明にハルが慌てている。
え?ハルは男のコ?マリス時代、アレが無いから女の子だと思ってました。つまり、今は男の娘…
「ごめん、ハル、私てっきり…ただの僕っ子かと。」
「ううん。いいの。初めは頑張って僕って主張してたけど、まさか健康体になれるとも思ってなかったし。」
そう言いながらも、ハルはちょっと涙目だった。

「で、あたしと一緒にお風呂、行くの?」
うふふ、と笑われて念のため聞いてみる。
「念のため聞くけど、人間と交配不可?」
「交配可♡」
「大変申し訳ありませんでした。私の観察力なさのために多大なるご迷惑をおかけしております。この度のお話は無かったことにさせていただきたく存じます。」
最敬礼で謝罪する。
「あはは。面白いわねぇ。でも、髪は何とかしたげるから、汚れてもいい服着てからまた声かけなさいな。」
「はい…お願いします…、あれ?ナツ?」
ふと見たナツは、かつて無いくらい落ち込んでいる。
「俺としたことが、ええツッコミ入れられへんだ。フユに、負けてもうた。あかん、しばらく再起不能や。」
いや、貴方はつねにボケ担当ですから。やっぱりこの人達の母にはなれそうに無かったわ。

カークに任せた髪はとても良くなった。色は赤茶けて斑らだけど、髪の艶が復活。こちらの世界では単色じゃ無い人は結構いるので、とても自然な感じになった。毛先のどうにもならない部分も切ってもらって、斬新なショートというかボブというか漫画のキャラクターみたいなフォルムになったけれど、地味顔の私に意外と似合う仕上がりだ。不思議なことに短くなったのに前より女の子っぽい。
染める時間も思ったよりかからなかったし、香りもフローラルで良かった。マッサージされるように揉み込まれだけど、頭皮も傷まず。任せて良かった。『あっちの世界のやつ』の正体は不明だが、とりあえず日本の染髪剤では無い事だけは分かった。

「あたし、マジ天才じゃない?」
というカークに、様子を見に来たハルが絶賛している。私もよくよく褒め称えた。

が、うちの男らしい組の男どもの反応は塩対応。
セレスは私の容姿問題は完全スルーで、原理に食いついた。フユはハルの頭を撫でて「良かったな。」と微笑み、ナツは一応「お、髪も切ったんやな。」で終了。つまらん。

素早さがアップした体に多少慣れたけれど、カークが期待していた『ついでに武術もアップ』が絶望的だと分かって、渋々山の主に突撃する事にゴーサインがでた。
メンバーは前回+カークとナツがいるから、私は心配していない。作戦はもちろん前回と同様。


山の主は闇の国の奥、オランの祠に居る。Dは抜かりなく転送円を近くに既に設置済みだった。ただし、今回は祠の外。外観はカナの祠とほぼ同じであるオランの祠に、まずは触れて見た。

『世界を癒す者は乙女のみである』

うんうん、でしょうね、という文だ。
カナの祠と同じように、更に奥へと続く道がある。さて、どうするか。
「カナの祠の崖ってわざわざ崩したの?」
「あたしじゃないわよ。崩れたから見に来たんだもん。」
カークは首をすくめて見せた。
「正確に言えば、俺でもないな。」
「あえて、正確に言えば、と言ったその心は?」
「管理者ならやりかねないとは思っていた。」
「管理者ゆうんは、前ゆっとったこの世界の意思っちゅうやつやんな?せやったら、アキを邪魔する理由はあらへんはずや。」
ナツはそう言いながらも、私の側を離れるつもりは無さそうだった。
今回は最悪カークというすごい使令がいるから切り離されても大丈夫だけれど、ハル、D、フユ、私、ナツ、カークの順で道を進んだ。
「たのもーってのはやめてよ。」
カークに言われて、「すみませーん。お邪魔しまーす。」と声をかけながら奥に進んだけれど、お目当ての人は現れない。
しばらく行って、少し開けた場所に出た。
「やっぱり、『たのもー』って言った方がわかりやすくない?」
「いやよ、道場破りみたいじゃない。モサいわ。」
「道場破り…?ナツは知っているか?」
「武術の他流試合の様式っちゅーか、喧嘩っちゅーか…」
「ねえねえ、モサいは?モサいって何?野菜?」
「カーク、標準語で話せ。」
「カークさんは昔からお変わりがないです…」
「え?カークって昔から昭和な感じだったの?」
「常に少し前の流行を追われていました…」

気がつくと、王冠を被った赤目のミミズクが輪に加わっていた。

「ちょっと!あんた、ストラスじゃん!久しぶりじゃない!てゆーか、あんたが山の主なの?」
「カークさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです…。まさか、カークさんが谷の方にいらっしゃるとは。それに…」
ストラスはカークにぺこりとお辞儀した。
「人間を血染めにされずに側に置くなんて、驚きです。」
「ここに縛られたせいか、渇きは感じなくなったの。だから今は嗜む程度。ついでに、そこのちんちくりんに仕えてるの。丸くなったでしょ?それより、あんた何でこんなとこにいんのよ?」
カーク、思った以上にやばい人でした。人じゃないけど。
「あ、はい。普通に召喚されました。」
ストラスの返答にカークは「そういや、あんたお手軽悪魔だったわね。」とため息混じりにこぼした。
ぽりぽりと頭をかいてから、ストラスはこちらを見回した。
「ええと、この中で乙女は貴女だけですね。本来ですと力を示して頂くのですが、貴女なら、まぁ、いいでしょう。私をお召しください…」
拍子抜けだ。そして、こうなる心当たりが無い。
「何故ですか?理由を聞いてもいいですか?」
「力はすでに示して頂いたからです。秋穂。」

不意に名前を呼ばれて体が硬直した。
「こいつは今、アキ、だ。」
Dから殺気が立った。けれど、ストラスは動じない。
ハルナツフユは私が名前をたくさん持っていても今更と言った感じだろう。
何故知っているのか問いたいような、けれどしらを切る方が良いのかわからなくて、私は返事ができなかった。

「それは失礼しました。以前の記憶は一部しか無いのでしたね…。私を覚えてらっしゃらないのは少々悲しく思いますが、そういう事もありますでしょう…」
「私は前にストラスと会ったの?」

 秋穂の時にストラスに遭遇した覚えなんて無いし、そもそもあり得ない。だから、えいこの私がストラスに会って秋穂の話をした、もしくは無くした記憶の中で秋穂と名乗っていたかのハズ。
 でも、私がどうやってストラスに会ったのだろうか?まさか一人でここを攻略出来るわけないし……。

「まぁ、いいんじゃない?指令になってくれるなら万々歳だわ。」
カークに仕切られる形でDから契約書を受け取り、私は気を取り直してストラスに触れた。
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