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111 さくっと山頂

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例の空間に飛ばされたけれど、今回は『古文書を全て読んで、会いに来て』と声が聞こえただけだった。

すぐに戻ったせいか、今度は倒れていない。そして、ミミズクはミミズクのままだった。
「今度は何をされた?アキ。」
Dがすかさず聞いてくる。
「今回は古文書を読んで、会いに来て欲しいって言われただけ。特に何かされた感じはないかな。」
アップデート不要という事は順調ということか。皆はまだ私の様子を多少警戒しているようだった。
「ところでストラスは変身しないの?」
「ええと、とりあえず、山の方々に会ってもらえますか?理由はその時に…」
なんだろうと思ったけれど、ついでに回れるならありがたい。
山は魔の力がみなぎっているから、ナツとフユのレベルでは足を踏む入れるのは難しい。更に聖の塊みたいなカークも行けないらしい。ここら辺が魔人や聖人とモンスターの違いなのかもしれない。三人は家に帰ってもらって、Dとハルを連れてストラスと共に山のモンスターに会いに行くことにした。ナツとフユはあまり納得していなかったけれど。

魔力に満ちた山というイメージとは裏腹に、連れてこられた所は童話の森の中か何かのようだった。色とりどりの花に澄んだ水を湛える池。山とは思えない柔らかな日差しに、美しい者達…モンスターはハーピー、ニンフ、人魚、それにケットシーという猫の精霊など、谷の人達とだいぶ毛色が違った。一応メデューサや、でっかい黒狼とかの強そうな感じの者もいるけれど、全体的にモフモフ&女子会。ケットシーは喋るから人でカウントできるけど、黒狼はワンワンしか言わない。そして人数が数十人はいる。手のひら大のフェリーの羽なんて、虹色に輝いてキラッキラ。

ストラスが無難な挨拶をしたが、彼女達は少し怯えたような遠慮がちな反応だ。ストラスのどこが怖いかね、と思ったけれど、その視線はよく見ると無愛想なDに注がれている。イケメンだけど確かに彼は怖そうな雰囲気を持っている。
私達と彼女達の間を、グループのまとめ役と思しきメデューサが悠然と歩いて来てくれた。
「皆が失礼しちゃって悪いねぇ。男が苦手な子が多いんだ。いつもはいい子達なんだけどね。」
「こちらこそ突然すみません。谷と同じようなモンスターの住む所と聞いていたもので…。彼も本当は優しい人なんですけど。」
後半は小さく、メデューサにだけ聞こえるように言ったけれど、Dはジロリと睨んだ。そして、メデューサ以外の娘っ子達は縮み上がる。

「ごめんなさい。」
「あはは。難しいね。あたいの事はデューって呼んで。あたいは雇われ者だけど、ほとんどの子達は召喚されてここにいるんだ。それで、世界が滅んだ時に、人や動物や植物を守り育ててるんだよ。ま、あたいは皆んなにちょっかいかける不届きものを排除する役割だけど。あと、その黒犬はこの世界でモンスターになっちまった子をここで保護してる。うちらに主がいるとは聞いていたけど、ずっと現れないからさ、嘘かと思ってたよ、いよいよこの世界が変わる時が来たんだね。」

貫禄のある明るい声は肝っ玉母ちゃんか姉御と言ったところか。こちらの事情を説明すると、「あたいもレベルアップのお手伝いしたいもんだねぇ。」といって、腰に結わえた細い剣の鞘に触れた。

「…谷の奴らには会ったんだね。奴らは元気かい?」
優しげな目元に、明るい声、ついでに石化付きな所が、谷で同じくリーダーっぽい事をしているバースになんとなく似てる気がする。
「はい。お知り合いですか?」
「昔の仲間だよ。あたいはあいつらと違う理由でここにいるんだけどね。…きっと姿も前とは違うだろうね。」
谷の方を見てふっと笑う彼女は懐かしさを浮かべながらも会いたいとは言わなかった。力が満ちた時は下山可能なはずだけれど、今まで会ったことは無いようだ。魔力の関係で物理的に会えないのか、それともお互いの姿の事で逢えないのか。

黒狼に何故か懐かれて、ベロベロ舐めまわされる私にストラスは説明した。
「この仔犬はもう亡くなっているんです。」
「なくなってる?」

いや、めっちゃ尻尾振ってますけど。そしてこのサイズなのに仔犬?
「はい。元は黒毛の仔犬で、魔人同士の闘いに巻き込まれて亡くなりました。その魂のかけらに、負けて死んだ魔人の怨みが巻いちゃって、魔力を引き寄せてこんな体に。魂のかけらに残った犬の習性で動いていますけど、いわゆる心はほとんど無いんです。あっても快とか不快程度だと思います。けれど、かけらがここにあるせいで本体も輪廻に戻れなくて困っています。」
「可哀想。」
「でしょう?」
私の漏らした言葉にストラスは大きく首を縦に振って激しく同意した。
「私は貴女と契約しましたし、お仕事はします。けれど、それ以外の時間はこの仔犬を解放する方法を探したく思います。それで、私はオスなのでこのコミュニティにいる間はこの姿のままでいたいのです…。」

ストラスは、なんかめっちゃいい悪魔だった。
人型に慣れて、ついうっかりで人型になったまま、こちらのコミュニティに来てしまうと無駄に彼女達にもストレスをかけるからね。人型になってもらわないと困る事は今は無い。

本音はダヤンの営業の人手になってくれればとはちょっと期待してたけど、そもそもストラスと契約したのは管理者に会うためだし、そんな話聞いたら頑張ってください、としか言いようがないし。

いいよね?と目でDに確認をとる。
「…、分体はアキと共に家に来い。うちには資料があるから何かヒントはあるかもしれない。その代わり、どうしても人手がいる時は人型になってもらう。まぁ、トリの方が部屋は節約になるだろう。」
「いや、私は谷のように聖力が強すぎるところには行けないのです…。」
「家の中は聖力も魔力も低濃度に調整してある。アキから力の供給があれば問題なく動けるはずだ。」
「普通の魔人と聖人も生活してるけど、カークもいるよ。」
Dのツンデレな優しさにストラスは目を輝かせて喜んだ。
D、ケモノ系好きよね。

やることやったので、今日はさっさとDを連れてお暇する。次来る時はフユが作った甘味を持って癒されに来るんだ。

予想外にスムーズに終わったので、浮かれ気味に家に帰ったけれど、リビングではナツとフユが深刻そうな顔で座っていた。カークはウンザリした顔で寝っ転がっている。
「嫌だわ。こんな辛気臭い。カビちゃう。お風呂入ってこよーっと。」
私達が帰ると同時にカークはそう言って部屋から出たけれど、私達が帰るまではここで何かあったって事だろう。お仕事関係かな?
「どうかしたの?山の方はうまくいったよ?」
「ダヤンの人手、増やしてええか?」
私の問いにナツは少し思いつめた感じで質問で答えた。
なんだなんだ、突然。頭の中でタービンをビュンビュン回して考える。
思い当たる事といえば、山のモンスター達に会いに行くのに置いてけぼり食らわせた事ぐらい。置いてけぼりを食らった理由は?言ってないけど、レベルが低すぎる事くらいは察しているだろう。つまり、レベルアップのための修行がしたいが時間がないって事かしら?
「人手かぁ、増やしたいけど信頼できる人って難しいし、ここの収容人数もそんなには増やせない、よね?」
Dに話を振って見たが、珍しく彼は真剣な表情でナツを見つめたままだった。
「使令使おかと思て。」
使令?ハルみたいなの増やせばいいのか、と思ってすぐに疑問が湧いた。ハルとの契約はDとの特別製契約書で取り交わしているし、カークやストラスも同様。そもそも彼らはみな人語を理解していて知能が高い。私の記憶だと、ハトみたいなのが指令のはずだ。人型が簡単に取れる使令が一般的なら、世の中にもっと人型の使令がいてもいい気がする。

「フユ、ハル、ついでに3号、ついて来い。」
ナツに結局何も言わずに、Dは皆んなを連れて出ていってしまった。なんなんだ?
「あの人には敵わへんな。」
そう言ってちょっと笑った顔もぎこちなく見える。
仕方ないから、ナツの横に座って私は聞いた。

「それで、Dが二人きりにさせようと思うような話って何?」
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