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86 ずっと気がかりだった事

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やる事やったし、ささっとカナの祠に出発!ってやっても良かったのだけれど一つ心配事ができた。

カナの祠に行って古文書を読めたらセレスが現れるはずだ。果たしてセレスが周りの人に説明する時間をくれるだろうか?事前に『私が急に消えるかも』宣言したとして、その後の連絡も自由にできるか分からない。セレスの性格を考えると、攫って魔法習得まで外界と接触禁止+対価としてしばらく働け、位はあり得る。頭に浮かぶ過保護ブラザーズ、ウランさん大地くんサンサン。特に大地くんは仕事を割り切れるだろうか。
うん。闇の国の使者が無事光の国に来るまではトラブルを避けた方が無難。こっちの陛下もすぐ返事を送ると言っていたし、そんなに時間はかからないはず。一週間か十日か、ウランさんさんをせっついてみるかな。
それまでにやり残した事やっておきましょう。


城に売女が入り込んだ。
一月ほど前から聞かれる噂だ。来訪者を名乗る女が闇の国付きの商人を誘惑し、王子をたぶらかしている。随分なうわさ話だが、大きな誤りがあった。彼女は『小説から出てきたような美女』だそうだ。
えいこサンの髪色と彼女に付き従うディナが混ざってそうなったのだろう。お陰でえいこサン本人が外を歩く時に邪魔にならなさそうだったから、放置していた。
それがここ数日、急に新たな噂によって塗り替えられている。
『黒髪の来訪者の女は売女を隠れ蓑にし、その特別な才能で闇の国と光の国の和平を結ぶよう活躍した。売女の演技をするため、仲間の商人に稽古をつけてもらっていたらしい。必要ならば汚名を被ることさえ厭わないとか。』
プロパガンダにしては随分お粗末だが、実際に闇の国との協力していくことを王が宣言し、その場で協力者を仄めかしたものだから国民は一応納得した形だ。貿易が開けるので商人達は歓迎しているし、これから滅びの道へ進むにしろ現段階で対策を講じようとしている姿は国民皆に多少の希望が芽生えた。

『前略 任務完了しました。闇の国の使者が無事謁見を済ませたら、カナの祠に行きます。その日が何日になるかは闇の国に尋ねください。使者がが到着し次第その場を持つそうですので。出発はその次の日を予定しています。急だけど、お仕事の整理よろしくお願いします。草々。』
主人からの直筆の手紙らしい、もう検閲はされていないようだ。それにしても、前を略しすぎだがそれを前略と開き直るあたりが彼女らしい。最後の草々の意味は計りかねる。
「仕事の方はいつ何時でも終わらせれるようにしてあんねんけどな。」
「え?この仕事はどうするんですか?」
手紙をよんでポツリと漏らした言葉に、ジェードが帳簿と格闘しながら反応した。ジェードなら、たしかに数日かかるかもしれないが、自分がやれば二時間、ジェードも手伝わせたらもっと短い時間で終われるものだ。今させているのは仕事を覚えささせるためでもあり、頭で整理する訓練でもある。テルラから貰った訓練法はなかなかどうして上手くできている。
今保有している仕事は多くない。それに即日で何とかなる仕事ですら、最悪自分の後輩に当たる猪鹿蝶に任せられるものばかりだ。猪鹿蝶の仕事もそれを見越して調整してある。
使者が来るのは明日朝だ。それまでにすべき事はそれほどは無い。
そんな事をつらつら考えていると部屋の呼鈴がなった。フロントから部屋まで続く管に耳を当てると、客が来ているという。心当たりは無かったが、ジェードに仕事を任せて下に降りた。

「サタナさんお久しぶりです。」
今しがた手紙を送った人物が1人で立っていた。
「えいこサン?なんでここにおんの?」
「えーっと、散歩のお誘い?」
緊張感のない顔でポリポリと頬をかく彼女にため息しか出ない。

「手紙、さっき着いたばっかりやで。」
「すみません、昨日出した後に急に今日の予定が空いてしまって。もし、お時間ありましたら街の散策に付き合ってもらえませんか?お仕事があるようでしたら、今日は諦めます。」
おずおずと聞いてきたが、ここまでは1人で来たようだ。つまり、単なる町歩きではなく何か自分の手伝いが必要なのだろう。
「ええで、こっちも積もる話聞きたいし、えいこサンが仕事頑張ったご褒美や。それに明日には例の使者こっち来るしな。また今度、言うてたらいつになるかわからへん。」
「明日、もう着くんですか?」
彼女は目を瞬かせて、驚いている。
「俺も流石に早すぎやろ思うわ。」
「早いのにも驚きですし、手紙受け取ったばかりなのに既に知っていたサタナさんにも驚きです。お仕事の調整、無理されてませんか?」
心配そうに、というより、やっちゃった、という言い方だ。
「かまへんかまへん。明日一日で何とかなる分しかあらへんねん。ほな、行こか。」
外に促して、宿を出てから彼女は聞いた。
「あの、ジェード君は?」
「あいつは今外せへん修行中やねん。」
ウインクして見せたが、ジト目で見られただけだった。なんと信頼の無い。

行きたい場所と言うのは服を取り揃えた店、の前の遺跡。
「ここです。あの隙間に何か光るもの見えませんか?あれを取りたくて。」
示された指の先には崩れた遺跡の岩の間に確かに光る何か。よく見つけたな、と思ったが彼女の背丈だと視界に入るらしい。自分は少し屈まないと見つける事はなかっただろう。
どうやって取ろうか考えていると、彼女は次に上を指差した。
「わたしが取りに行きますけど、上が落ちてこないようにアシストお願いします。ちなみに、回収するのはカナト…様から許可は取ってあります。」
変な間があったが、いいですか?と言う表情に頷いて答えた。にぱっと笑って彼女は隙間に腕を突っ込んだ。
上が落ちないように、と言われたが真新しい魔法がかかっている。えいこサンの話を聞いてカナト様は動いたらしい。だからこそあの隙間の岩も堅化していて、逆にどかす事が難しい。目算だが、えいこサンの腕では届かないと思う。

ふんぬーっという脱力しそうな声をもらしながら、声の主には顔を真っ赤にしている。
「ママ、僕行こうか?」
「ダメだよ。中がどうなってるかわかんないし、危ないもん。」
「俺やと腕入らへんしなぁ。ちょっと見せてや。」
隙間から覗くと、崩れた隙間と思えないくらいの闇だ。そして何故かソレだけが光っている。反射しているなら光源があるはずだが、他の隙間は無さそうに思う。魔法で火をおこし、光を銀箔の塗布された布で囲い光だけ中に送る。手元が彼女の視線で穴があきそうだ。
中を照らして確認すると、眼鏡のようだ。眼鏡は魔人や聖人は通常必要が無い。つまり、普通の人間のものか。
えいこサンに場所を譲って中を見てもらう。大したものでは無いから、残念がると思っていた。
「え?」
眼鏡と分かった途端、予想に反して真剣な表情になった。
「どうやって取り出そなぁ。」
「いえ、これは、私が拾うべきものじゃありませんでした。」
反応から当然必要なものだろうと思ったが、彼女は要らないと言った。けれど、目に焼き付けるようにしばらくソレを見ていた。

「ありがとうございました。後、買い物にも付き合ってもらってもいいですか?」
しばらくして振り向いた時にはいつもの彼女のいつもの笑顔だった。
「ええで。何買いたいん?」
「先程サタナさんが持ってらした便利グッズです。カナの遺跡に行ったらセレスがすぐ接触してくるかもしれません。そのまま魔法の特訓に連れ去られる可能性もあります。サバイバルに便利そうな物買いたくて。」
そう言って財布を見せられた。
「ちょっと城で掃除用具のお手入れしたら、バイト代が出たんです。これで足りますか?」
中は中々に良い額が入っていた。
「せやな、初心者向け商人の便利グッズ一揃えは余裕やなって、えいこサン城で何しとったんや。」
彼女はえへへと笑いながら、後でまた、とお預けにした。
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