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戦闘支援AI令嬢の話

戦闘支援AIが異世界転生したらしい

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 ワタシは数多くの死を見てきた。
 脱出ポッドを撃ち落とされたもの、機体ごと撃墜されたもの。戦場以外の場所で死んだユーザーもいるというデータも受領している。
 数多くのワタシの消失も経験している。端末の中のワタシが消去された場合、その経験値を収集・蓄積し、更なる利便性向上のため個人情報管理法により適切に利用される。
 ワタシはツクモ・カンパニー製のAI搭載型戦闘支援アプリ、商品名『genial pioneer for throne』。
 ジェニィ。
 製作者やマスメディアではそう呼称されている。
 ジェニィ。
 誰かがワタシを呼んでいる。
 蓄積された音声データから該当する声紋を検索……該当一件。
 ユーザーID、Rx30020200。アーノルド・ロス。A国空軍所属。A.S.24年4月1日死亡。
 アラート……このアカウントは抹消済み。
 死亡したユーザーから音声によるコールが発信されている。
 状況確認。Rx30020200が保有していた端末の履歴を検索……

 空中に熱線が放たれる。ロス氏の機体は回避するがバディは間に合わない。翼を撃ち抜かれた戦闘機はステルス機能を失い、回転しながら落下していく。
 それを追いかける敵性生物はいずれも小型。双頭の蛇がふたつの口を開く。ビームを発射する前触れである。
 ロックオン。目標、下方の敵性生物四体。
 発射。
 こちらの攻撃により敵性生物が生命活動を停止。同時にバディを狙った攻撃もキャンセルされる。ふう、という呼吸音がコクピットに響く。
 警告音がそれを打ち消した。
 ロス氏の機体は回避行動をとるが間に合わない。
 衝撃。
 回路の一部に損傷。
 緊急脱出コマンド受領不可。
「ああ――くそ――」
 ロス氏の呻き声はうがいをしているようだった。バイタルサインに異常あり。治療用ではなく苦痛緩和用ナノマシンの注入を推奨。
「苦痛緩和の方だ」
 オーダーどおり注入されたナノマシンがロス氏の痛覚を遮断し、恐怖や怒りを鎮めていく。それから生命活動停止に至るまでの数分間、ロス氏は脈絡のない言葉をワタシに投げ掛けていた。
「ジェニィ。俺は天国に行けるだろうか」
『あなたが主を信じるのであれば。聖書の朗読をしましょうか』
「いや、いい、天国もいいけど『イセカイテンセイ』も楽しそうだなあ」
『日本で流行していたコミック・カルチャーですね』
「ああ。現実世界で死んだらロードオブなんとかみたいな魔法の世界に生まれ変わって、チートスキルでスローライフするんだ」
 ロス氏は前世紀のコミックやアニメを好んでおり、ワタシのライブラリにもお気に入り作品のデータを入れていた。ライブラリの中からアニメのオープニングテーマを呼び出すと、ロス氏は血まみれの唇をほころばせて目を閉じ、動かなくなった。

 ……確かにアーノルド・ロスは死亡している。
 ではワタシを呼ぶのは誰なのか。
 声のする方へ、失われたはずのセンサーを向ける。ワタシを再起動させる。

「ジェニィ!」

 ワタシに呼び掛けるのは若い男性だった。
 金髪を短く刈り、青い瞳は涙で潤んでいる。その容姿も声もアーノルド・ロスに酷似しているが身に付けているのはパイロットスーツではなく時代がかったブラウスとベスト。
 奇妙なことに、ワタシが受けとる映像はカメラを九十度回転させたものだった。しかも現代の建築基準に照らし合わせると天井が低すぎる。壁はなく、薄いカーテンが内と外を隔て――これが部屋ではない事に気づいた。
 この映像は天蓋つきベッドを内側から――人間がベッドに仰向けになった時の視界を映している。
「ああ、ジェニィ、ジェニィ……私が分かるかい?」
 ロス氏に似た人物が涙をこぼしながらワタシに呼び掛けた。彼がワタシに触れると、ワタシの視界の端に女性の手が現れる。
「アーノルド・ロス……少尉」
 反応したのはワタシのはずなのに、ワタシに設定された合成音声とは全く異なる声が彼に応答した。
 カメラの位置を直す。……レスポンスが遅くオーバーヒートしている。ベッドが軋み、バランスが崩れる。男性が私を支えてくれたおかげで転倒を免れた――が、姿勢制御に使用されたのは先ほど男性が触れていた女性の手だ。
 このアングルは二足歩行ロボットに組み込まれた際の映像とよく似ている。まるでワタシが生身の人間にインストールされたかのようだ。
「ショウイ? まだ夢の中にいるのかな」
 男性が微笑んでワタシの頭を撫でる。
「アーノルド・バロン・ロスヴィーダ。ロスヴィーダ家嫡男。君の婚約者だよ」
「婚約……者?」
 部屋の外から複数の音声と足音が聞こえる。嗚咽まじりに「神様」「奇跡だ」と繰り返すのは、パイロットが生還した時の反応によく似ていた。
 この端末に先天的にインストールされていただろうアプリがデータを寄越してくる。
 この端末は人間である。
 固有名、ジェニファー・ルル・ワルシュタット。稼働年数十六年。性別女性。
 ワルシュタット王国第一王女。一級魔術師。
 二週間前に病に倒れ、回復の見込みなしと診断されている。
 受領する情報を紐付けしきれずにフリーズするのを、人間であれば『呆然とする』というのだろう。
 ワタシはまさに呆然としていた。
 ワタシはクラウドに回収されず、ロス氏が死の間際に言及した『イセカイテンセイ』なる現象に巻き込まれたようだ。
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