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酔っぱらう騎士②
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「金が必要なんだ」
3年前、ジークヴァルトはそう言って単身で辺境警備に志願をした。
金が必要になったのは、当時付き合っていた恋人と結婚をする為だった。
命の危険もある辺境警備は兎に角貰える給金が帝都勤務の3倍近かった事もあり、結婚資金とその後の生活費を工面するために21歳のジークヴァルトは帝都に許嫁を残して辺境に旅立った。
2年半の間、娼館にも行かず、酒も飲まず支給された給金を許嫁エヴァリンに送り、貯めたはずだった。
帝都でも騎士はそこそこに給料があり、4、5年真面目に働けば小さい家も変えるほどの高給取りの部類である。それが収入3倍の辺境に2年半も行けば、使用人すら雇えるくらい貯まっている筈だった。
しかし、帝都に帰ってきたジークヴァルトを待っていたのは間もなく産み月を迎える許嫁エヴァリンだった。
「ごめんなさいっ」
泣いて詫びる許嫁だったエヴァリンの隣には長兄ハルステット。
長兄ハルステットは1年前、5年連れ添った妻と離縁をしていた。その妻との間にもうけた2人の男児は妻が連れて実家に戻りセコダリー侯爵家との縁を切っている。
ジークヴァルトが辺境に結婚資金とその後の生活費を稼ぎに行っている間に、エヴァリンは事もあろうかハルステットと不倫。そこで身籠った事でハルステットは妻と離縁。その後も結婚をしないまま関係が続いていたのだ。
ジークヴァルトはハルステットが離縁した事は知っていたが、貴族でも離縁は珍しい事ではなかったし政略結婚で元々仲睦まじいかと聞かれれば「それなりじゃないか?」と答える程度の夫婦仲。男女ともに愛人を作って離縁する者もいれば、4、5年で性格の不一致として離縁する者もいる。
既に両親も亡くなって兄弟2人だったために原因は「浮気」とは聞いたものの、まさかその相手が自分の許嫁だったとは露とも思わなかった。
まして、単に体の関係があっただけでなく子供まで作っていたとなればジークヴァルトはエヴァリンとハルステットに謝罪をされたところでどうなるものでもない。
「なら、俺の金を返してくれ」
当然のようにジークハルトは言った。しかし、送られてくる配送物の受取人はエヴァリンである。受け取った後は言わずもがな。2年半も贅沢三昧に前妻への慰謝料、そして間もなく迎える出産費用に充てていれば無い袖は振れない。
小銭すら残っていないだけでなく、エヴァリンがハルステットと結婚をしていなかったのは、エヴァリンの許嫁がジークハルトである事が大事だったのである。
ただの婚約者同士なら金貸しは金を貸さないが、給金の入った配送物を受け取るほどの中となれば既に生計同一、夫婦とみなして金貸しは「夫は騎士ジークハルト」という担保に対して金を貸す。
毎月送られてくる200万ほどの給金は一般の給金が20万前後である事からすると約10倍。しかし使えばなくなるのは当たり前で、前妻への慰謝料を支払った時にそれまで使えた額が使えないとなると、生活のランクを落とさねばならない。
贅沢に慣れたエヴァリンはそれが出来ずジークハルトの名前で借金をした。
1回目を借りてしまえば後はなし崩し。
足らなければ借りれば良い。
そこそこの家を使用人付で買えて、次男だから爵位は無くともエヴァリンを働かせずにも済む生活が出来るはずだったジークハルトは、辺境から帰ってみれば借金を背負ってしまっていたのだ。
ハルステットに代わりに返済を求めたが、こちらも無い袖は触れなかった。
両親から受け継いだ領地すら担保に金を借りており、生家であった侯爵家すら土地も屋敷も抵当を打たれていたのだ。エヴァリン以上にハルステットから回収する事は不可能な状態だった。
回収が出来なくてもジークハルト名義の借金の返済はしなくてはならない。
ジークハルトは貴族院に申し立てをしたが、どちらも返事は「民事不介入」であり、ジークハルトが出来る事と言えばエヴァリンを相手に不貞行為を理由に婚約関係を解消、成人している年齢ある事からセコダリー侯爵家から貴族籍を抜いて平民となる事だけだった。
同僚から「許嫁だからと宛先をそこにしたのが不味かったんだよ」と忠告をされたのは事後。その同僚もジークハルトの件があり許嫁宛に仕送りをやめたのは笑えない話だ。
セコダリー侯爵家から籍を抜いた事で平民となったジークハルトは近衛、第一、第二騎士団には入団できなくなった。もう一度辺境で金を稼ごうとしたが経歴はあっても貴族籍のないジークハルトは辺境警備でも騎士扱いではなく傭兵扱いとなり給金は辺境でなんとか食べていける程度にまで落ちてしまう。仕方なく、腕さえあれば!の最高峰、いや頭打ちである第三騎士団に拾ってもらえたのは僥倖だった。
3年前、ジークヴァルトはそう言って単身で辺境警備に志願をした。
金が必要になったのは、当時付き合っていた恋人と結婚をする為だった。
命の危険もある辺境警備は兎に角貰える給金が帝都勤務の3倍近かった事もあり、結婚資金とその後の生活費を工面するために21歳のジークヴァルトは帝都に許嫁を残して辺境に旅立った。
2年半の間、娼館にも行かず、酒も飲まず支給された給金を許嫁エヴァリンに送り、貯めたはずだった。
帝都でも騎士はそこそこに給料があり、4、5年真面目に働けば小さい家も変えるほどの高給取りの部類である。それが収入3倍の辺境に2年半も行けば、使用人すら雇えるくらい貯まっている筈だった。
しかし、帝都に帰ってきたジークヴァルトを待っていたのは間もなく産み月を迎える許嫁エヴァリンだった。
「ごめんなさいっ」
泣いて詫びる許嫁だったエヴァリンの隣には長兄ハルステット。
長兄ハルステットは1年前、5年連れ添った妻と離縁をしていた。その妻との間にもうけた2人の男児は妻が連れて実家に戻りセコダリー侯爵家との縁を切っている。
ジークヴァルトが辺境に結婚資金とその後の生活費を稼ぎに行っている間に、エヴァリンは事もあろうかハルステットと不倫。そこで身籠った事でハルステットは妻と離縁。その後も結婚をしないまま関係が続いていたのだ。
ジークヴァルトはハルステットが離縁した事は知っていたが、貴族でも離縁は珍しい事ではなかったし政略結婚で元々仲睦まじいかと聞かれれば「それなりじゃないか?」と答える程度の夫婦仲。男女ともに愛人を作って離縁する者もいれば、4、5年で性格の不一致として離縁する者もいる。
既に両親も亡くなって兄弟2人だったために原因は「浮気」とは聞いたものの、まさかその相手が自分の許嫁だったとは露とも思わなかった。
まして、単に体の関係があっただけでなく子供まで作っていたとなればジークヴァルトはエヴァリンとハルステットに謝罪をされたところでどうなるものでもない。
「なら、俺の金を返してくれ」
当然のようにジークハルトは言った。しかし、送られてくる配送物の受取人はエヴァリンである。受け取った後は言わずもがな。2年半も贅沢三昧に前妻への慰謝料、そして間もなく迎える出産費用に充てていれば無い袖は振れない。
小銭すら残っていないだけでなく、エヴァリンがハルステットと結婚をしていなかったのは、エヴァリンの許嫁がジークハルトである事が大事だったのである。
ただの婚約者同士なら金貸しは金を貸さないが、給金の入った配送物を受け取るほどの中となれば既に生計同一、夫婦とみなして金貸しは「夫は騎士ジークハルト」という担保に対して金を貸す。
毎月送られてくる200万ほどの給金は一般の給金が20万前後である事からすると約10倍。しかし使えばなくなるのは当たり前で、前妻への慰謝料を支払った時にそれまで使えた額が使えないとなると、生活のランクを落とさねばならない。
贅沢に慣れたエヴァリンはそれが出来ずジークハルトの名前で借金をした。
1回目を借りてしまえば後はなし崩し。
足らなければ借りれば良い。
そこそこの家を使用人付で買えて、次男だから爵位は無くともエヴァリンを働かせずにも済む生活が出来るはずだったジークハルトは、辺境から帰ってみれば借金を背負ってしまっていたのだ。
ハルステットに代わりに返済を求めたが、こちらも無い袖は触れなかった。
両親から受け継いだ領地すら担保に金を借りており、生家であった侯爵家すら土地も屋敷も抵当を打たれていたのだ。エヴァリン以上にハルステットから回収する事は不可能な状態だった。
回収が出来なくてもジークハルト名義の借金の返済はしなくてはならない。
ジークハルトは貴族院に申し立てをしたが、どちらも返事は「民事不介入」であり、ジークハルトが出来る事と言えばエヴァリンを相手に不貞行為を理由に婚約関係を解消、成人している年齢ある事からセコダリー侯爵家から貴族籍を抜いて平民となる事だけだった。
同僚から「許嫁だからと宛先をそこにしたのが不味かったんだよ」と忠告をされたのは事後。その同僚もジークハルトの件があり許嫁宛に仕送りをやめたのは笑えない話だ。
セコダリー侯爵家から籍を抜いた事で平民となったジークハルトは近衛、第一、第二騎士団には入団できなくなった。もう一度辺境で金を稼ごうとしたが経歴はあっても貴族籍のないジークハルトは辺境警備でも騎士扱いではなく傭兵扱いとなり給金は辺境でなんとか食べていける程度にまで落ちてしまう。仕方なく、腕さえあれば!の最高峰、いや頭打ちである第三騎士団に拾ってもらえたのは僥倖だった。
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