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ディッドの日記
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ワザノーシ教授にイチゴで釣り上げられてしまったコレット。
ワザノーシ教授に連れられてジークハルトと共に【普通は行かない部屋】に連れて行ってもらえることになった。写本した本の原本が保管されている部屋である。
人の出入りすら制限をされている部屋には発掘をされたり、ベルトニール帝国が成果として記載した記録書などが保管をされている。
「ほとんどはベラン王国が侵攻によって滅亡する前後50年のものばかりなんだがね。時折文官や次官と言った王宮の職員をしていたものが、焼失を免れるためにベラン王国でも古書となった記録書を持ち出したと考えられているものも地方で見つかったりしているんだ」
ワザノーシ教授が研究そのものを中止を言い渡された時、起死回生の一手となった欅の木。このヒントをもたらしたのは、ベルトニール帝国に留学をしていた生徒の実家が買い取った【古い台帳】が発端だった。
林業の大国となっていた国の貴族子息だったが、骨董品収集を趣味とする父親が蚤の市で900年~1000年前のものとされる商人の売上台帳を見つけたのだ。
蚤の市でそれを売った店主は「古い紙だし100年は経ってるだろう」というアンティーク扱いで並べたモノだったが、これが突破口になったのである。
その国は他国に侵略などを受けておらず、比較的文字や言葉の変化も他国から比べれば緩やかな国で、その国の言葉で書かれていたため、現在でもつかっている名詞や言い回しが記述されていた。
だからこそ店主はそんな大昔の物と思わずに気軽に陳列をしたのだ。
数冊目となる台帳のようで、売り上げの金額だけでなく開いているスペースに日記のように書かれた走り書きがあったのだ。
『欅の種を彼に手渡※た。※※妻はまだ※※…』
「ベラン王※の教会に住※※※彼はまた笑え※※※」
「欅※芽が※※連絡があっ※※まだ妻は見つかってい※※※」
ところどころ虫に食われていて抜けてはいるが、どうやら商人はベラン王国にいる「彼」に欅の木の種を渡し、その欅が発芽したと連絡があったのだろうと推測された。
そしてその「彼」は妻を探しているのだろうか。
これが何時書かれた物なのかは、他のページにバッタの虫害が3年連続であったと記載があった事や、西側の国で石炭が発見されたと噂があるとの記述があった事からこの手帳は1年間の記載だが914年~917年前に書かれたものだと考えられた。
ワザノーシ教授はその欅の木を探した。ヒントは近くに教会があったはずだと言う事。
その教会は既に取り壊されているが場所は特定が出来た。
ベルトニール帝国公園がその教会の跡地だったのである。
人々の記憶は曖昧で公園の欅の木は樹齢500年と言う者もいれば1000年だと言う者もいる。ワザノーシ教授は樹皮や木の幹回り、枝の数など木の専門家も交えて協議をしたのだ。
正確なのは木を切って年輪を数える事だが、幹の中が空洞になっているわけでもなく立派な枝に葉を茂らせている。何より500年ほど前の皇帝がこの欅を切る事は禁止すると法に定めており伐採は出来ない。
『樹齢850年から950年というところでしょうかね』
だとすれば年代にも一致する。
ワザノーシ教授はこの公園を整備する計画に合わせて発掘作業をしたのである。
「いろいろと出てきてね。教会のステンドグラスやチャーチチェア、祭壇も出て来た。そして数冊。修道士か修道女が書いたと思われる日記や寄付の記録も断片的に出てきたんだ」
厚さがさほどない箱にそれぞれが収蔵されている。
ワザノーシ教授はその箱の鍵をじゃらりとテーブルに置いた。
「長時間は無理だが、書かれている文字を読む事が出来れば当時の生活が解るかと思ってね。ただ土の中から出てきたので状態は良くないんだ。見つけた時も触れただけで紙が崩れてしまったんだ。その中で比較的…えぇっとどれだったかな。‥‥あ、これだ」
幾つかの重ねた箱を横にどかしながらワザノーシ教授は1つの箱だけをテーブルに残して残りはまた鍵のついた棚に戻した。
「この日記の持ち主が商人の手帳にあった【彼】じゃないかと私は考えているんだ。幾つも文字が解読出来ている訳ではないが、ペドラー、種、妻が一致するんだよ」
ワザノーシ教授はゆっくりと箱をあけると、湿気取り用の紙をはらりと取った。
半分以上は朽ちてしまったのだろうし、枚数としては10枚もないが裏と表に文字が書かれていた。
「見てもいいよ。少しの間だけどね」
コレットはその言葉に、一歩前に踏み出し覗き込んだ。
「ヒュっ!!」
堪らず息を飲んだ。
そこにあったのは見紛うはずも無いディッドの書いた文字。
そして途中から朽ちて紙そのものがなかったが・・・。
【コレット、今日はあの日のような雨で】
【奉仕の後に行ってみたけれど君はいな】
【会いたい会って謝りたい。愚かな私を】
【50歳を超えても忘れられないのは、】
【行商人から貰った欅の種は芽を出して】
ディッドの文字は癖があって、右に行くにしたがって小さくなっていく。
怖くて次の紙や、裏側の文字を読む事など出来ない。
コレットにとって、それは昨日の事なのに、どうしてこんなに歳月が経ってしまったような古書に書かれているのか。
コレットは言いようのない恐怖と孤独を感じた。
人が生きていられる時間を何が原因かはわからないが自分は飛び越えてしまった。
ベラン王国の事すらこうやって文字を解読せねばならないなんて!
この世界に自分は独りぼっちで、それまでの人生を理解できる人など一人として存在しない事を認めるしかなかった。
「どうした?」
ジークハルトは真っ青な顔色になったコレットを覗き込んだ。
小さく震える唇と指。そっと指を大きな手で包むように握るとワザノーシ教授に箱を仕舞うように頼んだ。
「大丈夫か?コレット?」
コレットは小さく頷くと、ジークハルトの手を振りきって廊下に走り出てしまった。
「すみませんっ。また来ますのでっ」
「あ、あぁ…」
呆気にとられたワザノーシ教授に一礼をするとジークハルトはコレットを追いかけた。
部屋を出て廊下を右左と見ても姿はない。しかし、直ぐに見つかった。
扉の直ぐ隣に小さくしゃがみ込んで丸くなっているコレットがいたのだ。
ジークハルトは何も言わずに隣にしゃがみ込んだ。
どれくらいそうしていただろう。しゃがみ込んで直ぐにワザノーシ教授が部屋を出てきたが、小さく頷いてそのまま立ち去った。ジークハルトはコレットの言葉を待った。
「‥‥なの?」
俯き、くぐもった声が小さく聞こえた。
「どうした?」
声をかけたジークハルトだが、コレットは堰が切れたように言葉を発した。
しかし、それは全てベラン語でジークハルトには言っている意味が理解できない。
『なんで…浮気して家族を押しつけてたのにあんな事っ』
「コレット??」
『知らない女と如何わしい宿屋から昼間に出てきてキスしてたのよ!』
「えぇっと…コレット?」
『なのになんで会いたいとか謝りたいとか!なんで謝るような事をするのよ!』
コレットはポロポロと涙を溢す。
『ディッドなんて大っ嫌い!嘘吐き!浮気者!卑怯者っ!なのになんで謝るの!!しかも手紙?!どうしてそれがあんなにボロボロになって発掘なんてされるのよ!おかしいでしょう!なんでよ!なんでなのよ!!』
何を言っているかはわからないが、ジークハルトには1つだけ解る事があった。
あの発掘された文書を書いたのは【ディッド】という人間。コレットが言った【王都第三騎士団のディッド】なのだろう。そのディッドはコレットの夫である。
――やはりコレットは過去から何かの弾みでこの時代にきたのだ――
ジークハルトもまた、コレットが物理的にも科学的にも過去から来たと言う夢物語を立証する術のない立場にいる事を認めねばこの状況を理解できない事を悟った。
「泣くな。俺がいる。ずっと側にいる。だから泣くな!」
『ディッドなんか大っ嫌いよ!二度と会いたくないっ会いたくないのになんでよ!なんで私だけ独りぼっちなの!うわぁぁぁん』
遂に本気で泣き出してしまったコレット。
ジークハルトは、手を伸ばし触れる手前で一旦その手を止めたが、グッと拳を握ると一気にコレットを引き寄せて抱きしめた。
ワザノーシ教授に連れられてジークハルトと共に【普通は行かない部屋】に連れて行ってもらえることになった。写本した本の原本が保管されている部屋である。
人の出入りすら制限をされている部屋には発掘をされたり、ベルトニール帝国が成果として記載した記録書などが保管をされている。
「ほとんどはベラン王国が侵攻によって滅亡する前後50年のものばかりなんだがね。時折文官や次官と言った王宮の職員をしていたものが、焼失を免れるためにベラン王国でも古書となった記録書を持ち出したと考えられているものも地方で見つかったりしているんだ」
ワザノーシ教授が研究そのものを中止を言い渡された時、起死回生の一手となった欅の木。このヒントをもたらしたのは、ベルトニール帝国に留学をしていた生徒の実家が買い取った【古い台帳】が発端だった。
林業の大国となっていた国の貴族子息だったが、骨董品収集を趣味とする父親が蚤の市で900年~1000年前のものとされる商人の売上台帳を見つけたのだ。
蚤の市でそれを売った店主は「古い紙だし100年は経ってるだろう」というアンティーク扱いで並べたモノだったが、これが突破口になったのである。
その国は他国に侵略などを受けておらず、比較的文字や言葉の変化も他国から比べれば緩やかな国で、その国の言葉で書かれていたため、現在でもつかっている名詞や言い回しが記述されていた。
だからこそ店主はそんな大昔の物と思わずに気軽に陳列をしたのだ。
数冊目となる台帳のようで、売り上げの金額だけでなく開いているスペースに日記のように書かれた走り書きがあったのだ。
『欅の種を彼に手渡※た。※※妻はまだ※※…』
「ベラン王※の教会に住※※※彼はまた笑え※※※」
「欅※芽が※※連絡があっ※※まだ妻は見つかってい※※※」
ところどころ虫に食われていて抜けてはいるが、どうやら商人はベラン王国にいる「彼」に欅の木の種を渡し、その欅が発芽したと連絡があったのだろうと推測された。
そしてその「彼」は妻を探しているのだろうか。
これが何時書かれた物なのかは、他のページにバッタの虫害が3年連続であったと記載があった事や、西側の国で石炭が発見されたと噂があるとの記述があった事からこの手帳は1年間の記載だが914年~917年前に書かれたものだと考えられた。
ワザノーシ教授はその欅の木を探した。ヒントは近くに教会があったはずだと言う事。
その教会は既に取り壊されているが場所は特定が出来た。
ベルトニール帝国公園がその教会の跡地だったのである。
人々の記憶は曖昧で公園の欅の木は樹齢500年と言う者もいれば1000年だと言う者もいる。ワザノーシ教授は樹皮や木の幹回り、枝の数など木の専門家も交えて協議をしたのだ。
正確なのは木を切って年輪を数える事だが、幹の中が空洞になっているわけでもなく立派な枝に葉を茂らせている。何より500年ほど前の皇帝がこの欅を切る事は禁止すると法に定めており伐採は出来ない。
『樹齢850年から950年というところでしょうかね』
だとすれば年代にも一致する。
ワザノーシ教授はこの公園を整備する計画に合わせて発掘作業をしたのである。
「いろいろと出てきてね。教会のステンドグラスやチャーチチェア、祭壇も出て来た。そして数冊。修道士か修道女が書いたと思われる日記や寄付の記録も断片的に出てきたんだ」
厚さがさほどない箱にそれぞれが収蔵されている。
ワザノーシ教授はその箱の鍵をじゃらりとテーブルに置いた。
「長時間は無理だが、書かれている文字を読む事が出来れば当時の生活が解るかと思ってね。ただ土の中から出てきたので状態は良くないんだ。見つけた時も触れただけで紙が崩れてしまったんだ。その中で比較的…えぇっとどれだったかな。‥‥あ、これだ」
幾つかの重ねた箱を横にどかしながらワザノーシ教授は1つの箱だけをテーブルに残して残りはまた鍵のついた棚に戻した。
「この日記の持ち主が商人の手帳にあった【彼】じゃないかと私は考えているんだ。幾つも文字が解読出来ている訳ではないが、ペドラー、種、妻が一致するんだよ」
ワザノーシ教授はゆっくりと箱をあけると、湿気取り用の紙をはらりと取った。
半分以上は朽ちてしまったのだろうし、枚数としては10枚もないが裏と表に文字が書かれていた。
「見てもいいよ。少しの間だけどね」
コレットはその言葉に、一歩前に踏み出し覗き込んだ。
「ヒュっ!!」
堪らず息を飲んだ。
そこにあったのは見紛うはずも無いディッドの書いた文字。
そして途中から朽ちて紙そのものがなかったが・・・。
【コレット、今日はあの日のような雨で】
【奉仕の後に行ってみたけれど君はいな】
【会いたい会って謝りたい。愚かな私を】
【50歳を超えても忘れられないのは、】
【行商人から貰った欅の種は芽を出して】
ディッドの文字は癖があって、右に行くにしたがって小さくなっていく。
怖くて次の紙や、裏側の文字を読む事など出来ない。
コレットにとって、それは昨日の事なのに、どうしてこんなに歳月が経ってしまったような古書に書かれているのか。
コレットは言いようのない恐怖と孤独を感じた。
人が生きていられる時間を何が原因かはわからないが自分は飛び越えてしまった。
ベラン王国の事すらこうやって文字を解読せねばならないなんて!
この世界に自分は独りぼっちで、それまでの人生を理解できる人など一人として存在しない事を認めるしかなかった。
「どうした?」
ジークハルトは真っ青な顔色になったコレットを覗き込んだ。
小さく震える唇と指。そっと指を大きな手で包むように握るとワザノーシ教授に箱を仕舞うように頼んだ。
「大丈夫か?コレット?」
コレットは小さく頷くと、ジークハルトの手を振りきって廊下に走り出てしまった。
「すみませんっ。また来ますのでっ」
「あ、あぁ…」
呆気にとられたワザノーシ教授に一礼をするとジークハルトはコレットを追いかけた。
部屋を出て廊下を右左と見ても姿はない。しかし、直ぐに見つかった。
扉の直ぐ隣に小さくしゃがみ込んで丸くなっているコレットがいたのだ。
ジークハルトは何も言わずに隣にしゃがみ込んだ。
どれくらいそうしていただろう。しゃがみ込んで直ぐにワザノーシ教授が部屋を出てきたが、小さく頷いてそのまま立ち去った。ジークハルトはコレットの言葉を待った。
「‥‥なの?」
俯き、くぐもった声が小さく聞こえた。
「どうした?」
声をかけたジークハルトだが、コレットは堰が切れたように言葉を発した。
しかし、それは全てベラン語でジークハルトには言っている意味が理解できない。
『なんで…浮気して家族を押しつけてたのにあんな事っ』
「コレット??」
『知らない女と如何わしい宿屋から昼間に出てきてキスしてたのよ!』
「えぇっと…コレット?」
『なのになんで会いたいとか謝りたいとか!なんで謝るような事をするのよ!』
コレットはポロポロと涙を溢す。
『ディッドなんて大っ嫌い!嘘吐き!浮気者!卑怯者っ!なのになんで謝るの!!しかも手紙?!どうしてそれがあんなにボロボロになって発掘なんてされるのよ!おかしいでしょう!なんでよ!なんでなのよ!!』
何を言っているかはわからないが、ジークハルトには1つだけ解る事があった。
あの発掘された文書を書いたのは【ディッド】という人間。コレットが言った【王都第三騎士団のディッド】なのだろう。そのディッドはコレットの夫である。
――やはりコレットは過去から何かの弾みでこの時代にきたのだ――
ジークハルトもまた、コレットが物理的にも科学的にも過去から来たと言う夢物語を立証する術のない立場にいる事を認めねばこの状況を理解できない事を悟った。
「泣くな。俺がいる。ずっと側にいる。だから泣くな!」
『ディッドなんか大っ嫌いよ!二度と会いたくないっ会いたくないのになんでよ!なんで私だけ独りぼっちなの!うわぁぁぁん』
遂に本気で泣き出してしまったコレット。
ジークハルトは、手を伸ばし触れる手前で一旦その手を止めたが、グッと拳を握ると一気にコレットを引き寄せて抱きしめた。
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