あなたへの愛は時を超えて

cyaru

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ジークハルトが立てない理由

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「ジークハルト様、苦しいです。ひっく…」
「まだ涙が止まっていないから。俺は今、涙を止める包帯の役目を全うしているんだ」
「ひっく…なんですか、そのお役…ひっく‥めって…」
「言い返す気力があるなら少しは大丈夫って事か」

出る前に洗濯や掃除をした事もあって、空が赤く夕焼け色に染まりだした。
騎士団そのものは24時間営業ではあるが、団長がいれば問題ないだろうとジークハルトは帰りに騎士団によって結婚したと言う届けを出そうと考えた。

ジークハルトは平民のため「戸籍」というものはないが、平民も「お披露目」の意味で結婚式を挙げる事はある。あくまでもお披露目なので夫婦になったという事を証明する手立てはない。
平民は言ってみれば生涯独身とも言える。
子供が生まれれば、「〇〇の息子(娘)」と言われるだけで出生した事も届け出る必要はない。

ただ騎士団は軍隊でもあるため、戦死や負傷兵となった時に届けを出して置けば寡婦として扱ってもらえ、万が一があっても恩給が出るのだ。

時間をも飛び越えて出会ったのであれば、これが自分の運命であり、生涯の伴侶としろという神の導きなのだろうと思うと、ジークハルトは少し笑った。

エヴェリンの事は確かに好きだったし、愛していたかと聞かれれば愛していたのだろう。友人の紹介で付き合いだしたが、考えてみれば自分が幸せにしてやらなければならないと一方通行だったような気もする。
辺境に行く時に、エヴェリンが行かないと言った時も、行かないなら行かないでいいかと思えたのだ。比べるのは良い事だと思わないが、コレットなら辺境行を止めたか、無理にでも連れていきそうな気がする。

何より、自分が幸せにしてやらないといけないとは感じるが、同じくらい「一緒に幸せになりたい」のだ。

エヴェリンとの決別という経験ががあったからかも知れないが、こんな時なのにジークハルトは腕の中にコレットがいる事に幸せを感じた。


「泣いてるから、笑いましたね?」
「いいや。コレットが泣いても笑わないよ。今、ちょっと幸せなのかも知れないと思っただけだ」
「幸せですか…」
「なんか、幸せだな。そんな気がするんだ」
「酷いです。私はこれからどうしようかと思っているのに」
「俺の嫁さんで良いじゃないか」


ジークハルトは抱きしめた背中をポンポンと叩きながら「大事にするから」と髪にキスを落とした。

「考えておきます。ワザノーシ教授の所のお仕事もありますし」
「そうそう。ゆっくり考えろ」
「それにもう…帰れないし…」
「俺の家に帰ればいい。問題解決だ」
「山積みです。あんなに洗濯物があったら仕事に遅れてしまいます」
「でも、洗濯機を回すのは楽しいだろう?」
「うっ…知ってたんですか…面白かったです」
「よし、元気が出て来たな。帰ろうか」
「はい」

ジークハルトとコレットは立ち上がって歩き出した。
行き先は先ず騎士団である。





「ちぃーす…」
「どうした?出勤は明日の夕方だろうが」

愛妻弁当で夕食をとる団長の前にジークハルトはコレットを連れて並ぶ。

「どうした?迷子か?」
「嫁です。名前はコレットです。結婚報告に来ました」
「え・・・」

団長はフォークで刺したミニトマトをポトリと落とした。

テッテッテ…こてっ…。

トマトが床に転がる。3秒ルールはもう適用できない。硬直して動けない団長はミニトマトが刺さっていないままフォークだけを口に入れた。

ガチっとフォークを噛んだ団長はミニトマトがない事にやっと気が付いた。
足元を見ると転がったミニトマトが目に入る。サッと拾い上げて「フッフッ」と息を吹きかけ、弁当箱の蓋を受け皿にして水筒の茶でミニトマトを洗うとパクっと食べた。強者である。

「お前‥‥拾い食いでもしたのか?」
「拾い食いしたの、団長です。12秒経過していましたよ」
「ミニトマトだけは15秒ルールが適用される。問題ない」
「勝手にルールを変えないでくださいよ」
「愛妻弁当のお残し。これは夫婦間に激震が走るんだ。ルールなんか守れるか」

団長の奥様はもったいない精神の塊である。
お残しをしたのだろうと言うのは翌日の弁当を見ればわかる。

パセリが嫌いな団長が「飾りだろ?」なんてパセリを残そうものなら翌日の弁当箱はサイズが変わる。3段の重箱になり全ての段に「チェリーブラッサム餅」という異国の食べ物がぎっしりと詰まっている。

可愛いピンクのモッチライスというもので小豆の餡子を包んだ食材である。
塩味の桜の葉っぱで包まれていて、綺麗に剥がれないとモッチライスまで葉っぱと剥がれてしまう。基本は葉っぱと食べるのであるが、量が重箱に3段。

1段目は笑いながら、味を楽しんで食べられる。
2段目は言葉を発する機能が失われ、茶による流し込みが始まる。
3段目になると視点が1点に固定をされて何も映さないまま黙々と食すという苦行に変わる。


団長は一度、もう食べられない!っと数個を残してしまった。

翌日は更なる試練が待ち受けていたのだ。
5段の重箱になり全ての段に「カッシーワ餅」という異国の食べ物がぎっしりと詰まっていた。
こちらの葉っぱは消化にも良くないが全て食べきらねばならない試練が与えられるのだ。

騎士団の隊員は団長を筆頭に似たようなモノである。

「ミニトマトの件は見なかった事にします。では結婚報告でした」

くるりと体の向きを変えて出て行こうとするジークハルトを団長は呼び止める。
弁当をテーブルの隅に寄せて、向かいに2人を座らせ、煙草に火を点けた。
中高年のオヤジらしく、威厳の見せ方が間違っている。

しかし!コレットが反応した。
コレットはボソっとジークハルトの耳元で囁いた。
それがジークハルトの試練の始まりである事は、ジークハルトしか知り得ない。

「ジークハルト様、団長さんは魔法使いなのですか?」

男、30超えて身綺麗だと魔法使いになるという噂はある。
だが、ジークハルトは25歳。魔法使いの道のり半ばで妻を娶るのだ。
今日、明日ではないかも知れないが、魔法使いへの道は絶たれたも同然。
だが、ジークハルトは「はて?」と首を傾げた。

目の前の団長が食べていたのは愛妻弁当だ。団長には子供もいる。

――魔法使い失格じゃないか!――

そもそもが間違っている。
生殺与奪の権利を妻に握られている魔法使いは存在しない。
いや、妻に握られているのは財布と、ピー!ピピー!。放送禁止だ。以下略。

「ハッハッハ。俺は魔法使いではないぞ。妻と言う猛獣使いだがな」

――団長。人類史上最なビッグマウス発言です――

「なんで魔法使いだと?」
「先程、火を付けましたわ…お伽噺で昔読んだのです」
「火?あぁ…これか」

魔法使いと言われた団長はピーチ印のマッチを手に取った。
今朝、ジークハルトも竈に火を入れる時にマッチは使ったのだが、コレットにはジークハルトの手元は見えなかったのだ。
コレットは今まで火打金と火打石を打ち合わせて消し炭や燃えやすい乾燥した藁を揉み解した物などに火花を散らして火をつけるのが普通だと思っていた。

「マッチは便利だぞ?竈に火を入れるにも簡単になったしな」
「マッチ…」
「よし、結婚祝いだ。奥方にこのマッチを進呈しよう」
「よろしいのですか?こんな貴重な物を…」
「構わない。飲み屋に行けば大量にあるし、店名の入ったものは持ち帰れない」

さりげなくこの場にいない団長の愛妻に気を使う団長。
だが、タバコでもなく、竈でもなく、火が点いた男がいた。

耳元で囁かれると、敏感な耳に少なからず息が吹きかかる。
瞬間湯沸かし器の如く、モジ男になったジークハルトがそこにいた。
太ももがぴったりとくっ付いている状況は座っている間はまだバレない。
しかし、立ち上がると、違う意味でも勃ち上がっているため不自然な体勢になるのだ。

「そうか、ジーク、しっかりやれよ」
「はい」
「結婚休暇をやらねばならんな。明日は出勤しなくていい。2週間休め。足腰の鍛錬をしていてよかったな」

――クッ!こんな時に煽るような発言は止めてくださいっ!――

「結婚に関する手続きはしておくから、今日は初夜か…懐かしいな」

――今そのワードは止めてください!――

「どうした?早く帰らないと夜が明けてしまうぞ?ウッヒッヒ」

勃っているばかりに立ち上がれないジークハルト。
職場で素数を数える事になるとは入団以来思いもよらなかったのは言うまでもない。
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