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触れてはならない絶対禁断領域
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帰路、既製品の服ばかりを扱う店に寄り道をしようと話をする2人。
途中で路上に出ていた屋台から冷たい果実水を買って、飲む前にカップをハンカチに包んでコレットの頬にあてるジークハルト。コレットの目元はそうやって冷やしたおかげで涙の痕は目立たなくなった。
入っていた氷がコランと涼し気な音を立てて形を変えた。
「何の音です??」
「ん?あぁ、氷が少し溶けたんだな」
「氷?氷って雪を氷室で固めて作るあの氷ですか?山なんか何処にもないのに」
「いや、氷は発電機を持ってる業者なら製氷機で作る筈だ。氷が作れるようになって鮮魚も港から氷を入れた箱で運べるようになって…今夜は魚でも焼くか」
ハッとしてコレットは周りを見渡した。
氷などコレットの時代には山にある洞窟を氷穴として雪を運び入れ、暑い季節になれば領民達が国王に献上をしていた品である。それが作れるというのにも驚きだが、よく思い出してみれば図書院に行く途中で川がなかった。
朝、洗濯をする時もジークハルトは「川は遠い」と言ったが確かに川を見なかったのだ。
「どうしたんだ?」
「川って遠いんですか?」
「そうだなぁ、ここからなら2時間程歩けば行けると思うが。だが、川から引いた水路ならあるぞ。そこから水を水車で汲みあげているんだ」
背伸びをしても見えるはずがない。
コレットは改めて、全く知らない世界に来てしまったのだと実感した。
街を行き交う人が歩いているのは以前と同じでも、着ている服は全然違う。
ジークハルトは「木の靴」に驚いたが、それまで「木の靴」以外は素足か動物の皮をなめした物だった。
何より、人の通る道に時折大きな音を立てて「オート三輪」は走っているが馬車は走っていない。
尤も、コレットの時代の馬車は振動が凄くて乗った事のある者達は口が血だらけだった。貴族でさえ石畳の上だけを走らせていたのだ。凸凹道になるような場所にはそもそも移動しない。
馬やロバに道具を背負わせるか荷台を引かせて、人は歩いていたのだ。
「本当に知らない所に来ちゃった」
「そうだなぁ。でもこれから覚えて行けばいい。コレットはもっと食って肉を付けて大きくなるんだ。一緒に覚えて行けばいいよ」
「え?もう上背は伸びませんよ。まだ成長をしていたら大変な事になります」
コレットは痩せぎすで、どちらかと言えば身長も低く顔も童顔である。
対してジークハルトは幼い頃から騎士になるため体を鍛えてきて、周りの人よりも若干背は高く、がっちりとした体つき。顔は超美丈夫とは言わないが無骨さがマイルドな仕上がりである。
「コレット、まさかと思うが年はいくつだ?17?18?」
「何を言ってるんです?25歳です(ぷんぷん!)」
「フェェェェェっ?!」
何故驚く。コレットの目がそう言っている。
女性の年齢を聞いて驚くのは大変に危険な行為である。
実年齢を基点として、あまりにも若く年齢を口にすると「なめとんのか?」と一触即発の臨戦態勢を取られてしまう。
かと言って1歳でも上の年齢を口にしてしまうと厳しい視線と「無言」という圧がかかる。
基本としては、化粧が厚ければ厚いほど見た目で感じる年齢から7歳を引き、そこにプラマイ2をどうするかで命運を分けると言って過言ではない。
ある程度の年齢になると、顔と首で色の変化が顕著に見られる。
首にはファンデーションと言う魔法の粉をパタパタしない者が多いからだ。
後は経験値を積んで首回りを観察すると言う方法もある。
手の甲は昨今、「お肌が焼けちゃう」と手袋でガードされており目視で確認が出来ないのだ。
長く一緒に住んでいれば化粧台の前にいる時間で推測も可能だが、ジークハルトはまだコレットと出会って24時間を経過していないのだ。圧倒的な経験値不足!
――俺は何を間違った?――
触れてはならない禁断の絶対領域「年齢」にいつものウッカリ発動でざっくり踏み込んでしまったジークハルト。人はそれを【棺桶に片足を突っ込んだ】とも言うし【絶体絶命】とも言う。
ジークハルトはコレットの事を多分18歳か19歳だと思っていた。
そこに【飲み屋の女との会話心得】からちょっと差し引いただけなのだ。
だが!こちらも経験不足だった。
酒を好んで飲まないジークハルトは【綺麗どころ】が隣に付いてくれるような飲み屋に行くとすれば、団長や副団長を交えた2次会以降である。
同期同士ではその重厚な扉を開く勇気はない。
扉の向こうには鬼が出るか蛇が出るか。怪しげな夜の蝶が鱗粉を撒き散らす禁断の聖域。
ご利用は30超えて肩書が付いてから
お約束である。
そうでない者は基本は安く上がる立ち飲みか大衆酒場、既婚者であれば「お前が思ってるほど俺はモテない」という自虐にならない自虐を言い訳に宅飲みを常とするのだ。
ジークハルトはむくれるコレットを宥めるように言った。
「安心しろ。俺も26歳だ」
「は?」
コレットの低く地を這うような疑問符付きの回答が返ってきてジークハルトのヒットポイントは削られていく。まるで「痛恨の一撃」を浴びたようだ。
一定年齢よりも世代が異なる場合、25歳と26歳には雲泥の差がある。
それは煌びやかなモミの木祭りのケーキに由来するものである。
コレットの時代では20歳を過ぎると売れ残りと言われ、賞味期限ではなく消費期限が25歳と言われた時代である。ジークハルトの言った「俺も26歳」は起爆装置をカチっと押してしまったも同義。
「もう!18歳とか馬鹿にして!その上26歳?!」
「ちっ違うんだ。若くて可愛いと言いたかっただけなんだ!」
女性の年齢に触れてはならない。そう言い残した先人は偉大だった。
ジークハルトは心の中で感謝を捧げた。
10枚ほどコレットの服を買い、雑貨を買い揃えた。硬貨預り所に預けた荷物を引き取り指の力が限界点を迎える寸前まで幾つもの買い物袋を抱えて家路につく。
「あ、忘れてた。あそこに寄っていこう」
ジークハルトが言ったのは青果店。
そこで箱に4パック入ったイチゴを買った。
「おばちゃん、そのコンデンスミルクもつけて」
「あいよ」
イチゴを見て、コレットの表情がぱぁぁっと輝いた。
――よし!掴みはOKだ!――
家に戻ってイチゴを水洗いし、コンデンスミルクを垂らしコレットがパクリ。
どんな顔をするんだろうなぁ。
ジークハルトは涎を溢しそうな顔をコレットに見られている事に気が付かなかった。
途中で路上に出ていた屋台から冷たい果実水を買って、飲む前にカップをハンカチに包んでコレットの頬にあてるジークハルト。コレットの目元はそうやって冷やしたおかげで涙の痕は目立たなくなった。
入っていた氷がコランと涼し気な音を立てて形を変えた。
「何の音です??」
「ん?あぁ、氷が少し溶けたんだな」
「氷?氷って雪を氷室で固めて作るあの氷ですか?山なんか何処にもないのに」
「いや、氷は発電機を持ってる業者なら製氷機で作る筈だ。氷が作れるようになって鮮魚も港から氷を入れた箱で運べるようになって…今夜は魚でも焼くか」
ハッとしてコレットは周りを見渡した。
氷などコレットの時代には山にある洞窟を氷穴として雪を運び入れ、暑い季節になれば領民達が国王に献上をしていた品である。それが作れるというのにも驚きだが、よく思い出してみれば図書院に行く途中で川がなかった。
朝、洗濯をする時もジークハルトは「川は遠い」と言ったが確かに川を見なかったのだ。
「どうしたんだ?」
「川って遠いんですか?」
「そうだなぁ、ここからなら2時間程歩けば行けると思うが。だが、川から引いた水路ならあるぞ。そこから水を水車で汲みあげているんだ」
背伸びをしても見えるはずがない。
コレットは改めて、全く知らない世界に来てしまったのだと実感した。
街を行き交う人が歩いているのは以前と同じでも、着ている服は全然違う。
ジークハルトは「木の靴」に驚いたが、それまで「木の靴」以外は素足か動物の皮をなめした物だった。
何より、人の通る道に時折大きな音を立てて「オート三輪」は走っているが馬車は走っていない。
尤も、コレットの時代の馬車は振動が凄くて乗った事のある者達は口が血だらけだった。貴族でさえ石畳の上だけを走らせていたのだ。凸凹道になるような場所にはそもそも移動しない。
馬やロバに道具を背負わせるか荷台を引かせて、人は歩いていたのだ。
「本当に知らない所に来ちゃった」
「そうだなぁ。でもこれから覚えて行けばいい。コレットはもっと食って肉を付けて大きくなるんだ。一緒に覚えて行けばいいよ」
「え?もう上背は伸びませんよ。まだ成長をしていたら大変な事になります」
コレットは痩せぎすで、どちらかと言えば身長も低く顔も童顔である。
対してジークハルトは幼い頃から騎士になるため体を鍛えてきて、周りの人よりも若干背は高く、がっちりとした体つき。顔は超美丈夫とは言わないが無骨さがマイルドな仕上がりである。
「コレット、まさかと思うが年はいくつだ?17?18?」
「何を言ってるんです?25歳です(ぷんぷん!)」
「フェェェェェっ?!」
何故驚く。コレットの目がそう言っている。
女性の年齢を聞いて驚くのは大変に危険な行為である。
実年齢を基点として、あまりにも若く年齢を口にすると「なめとんのか?」と一触即発の臨戦態勢を取られてしまう。
かと言って1歳でも上の年齢を口にしてしまうと厳しい視線と「無言」という圧がかかる。
基本としては、化粧が厚ければ厚いほど見た目で感じる年齢から7歳を引き、そこにプラマイ2をどうするかで命運を分けると言って過言ではない。
ある程度の年齢になると、顔と首で色の変化が顕著に見られる。
首にはファンデーションと言う魔法の粉をパタパタしない者が多いからだ。
後は経験値を積んで首回りを観察すると言う方法もある。
手の甲は昨今、「お肌が焼けちゃう」と手袋でガードされており目視で確認が出来ないのだ。
長く一緒に住んでいれば化粧台の前にいる時間で推測も可能だが、ジークハルトはまだコレットと出会って24時間を経過していないのだ。圧倒的な経験値不足!
――俺は何を間違った?――
触れてはならない禁断の絶対領域「年齢」にいつものウッカリ発動でざっくり踏み込んでしまったジークハルト。人はそれを【棺桶に片足を突っ込んだ】とも言うし【絶体絶命】とも言う。
ジークハルトはコレットの事を多分18歳か19歳だと思っていた。
そこに【飲み屋の女との会話心得】からちょっと差し引いただけなのだ。
だが!こちらも経験不足だった。
酒を好んで飲まないジークハルトは【綺麗どころ】が隣に付いてくれるような飲み屋に行くとすれば、団長や副団長を交えた2次会以降である。
同期同士ではその重厚な扉を開く勇気はない。
扉の向こうには鬼が出るか蛇が出るか。怪しげな夜の蝶が鱗粉を撒き散らす禁断の聖域。
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お約束である。
そうでない者は基本は安く上がる立ち飲みか大衆酒場、既婚者であれば「お前が思ってるほど俺はモテない」という自虐にならない自虐を言い訳に宅飲みを常とするのだ。
ジークハルトはむくれるコレットを宥めるように言った。
「安心しろ。俺も26歳だ」
「は?」
コレットの低く地を這うような疑問符付きの回答が返ってきてジークハルトのヒットポイントは削られていく。まるで「痛恨の一撃」を浴びたようだ。
一定年齢よりも世代が異なる場合、25歳と26歳には雲泥の差がある。
それは煌びやかなモミの木祭りのケーキに由来するものである。
コレットの時代では20歳を過ぎると売れ残りと言われ、賞味期限ではなく消費期限が25歳と言われた時代である。ジークハルトの言った「俺も26歳」は起爆装置をカチっと押してしまったも同義。
「もう!18歳とか馬鹿にして!その上26歳?!」
「ちっ違うんだ。若くて可愛いと言いたかっただけなんだ!」
女性の年齢に触れてはならない。そう言い残した先人は偉大だった。
ジークハルトは心の中で感謝を捧げた。
10枚ほどコレットの服を買い、雑貨を買い揃えた。硬貨預り所に預けた荷物を引き取り指の力が限界点を迎える寸前まで幾つもの買い物袋を抱えて家路につく。
「あ、忘れてた。あそこに寄っていこう」
ジークハルトが言ったのは青果店。
そこで箱に4パック入ったイチゴを買った。
「おばちゃん、そのコンデンスミルクもつけて」
「あいよ」
イチゴを見て、コレットの表情がぱぁぁっと輝いた。
――よし!掴みはOKだ!――
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