あなたに本当の事が言えなくて

cyaru

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VOL:8  メアリの飲み込んだ言葉

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観劇の翌日、サーシャはいつもと同じく海産物を扱う市場に仕事に向かった。
間もなく退職するメアリに事の次第を話すると、メアリの表情が曇る。


「そんな事だったらついて行けばよかったわ」
「うん…でもラウロさんのおかげでちょっとだけ楽になったわ。あ、お金。返すわ。使わなかったの」
「次があるかもでしょ?まだ持ってていいわよ。利息取る訳じゃないし」
「うぅん。いいの。リヒト様と次があるとも思えないし。きっと夜会も別の方を本当は誘うはずだったんだと思う事にしたの。だって…あり得ないでしょう?」


そう言ってメアリから借りた5万クルをサーシャは返した。
メアリはサーシャに言うべきか。少し悩んで2度目の誘いがあれば言おう。そう決めて飲み込んだ言葉があった。


前日までサーシャと一緒にワンピースに刺繍をしたりと気忙しかったメアリ。
サーシャが観劇の日には間もなく夫となる恋人と一緒に過ごしていた。

王都周辺の警備をする恋人も騎士。リヒトと違い扱いの悪い周辺の警護騎士だがサーシャがリヒトとデートなのだと言うと恋人は「大丈夫なのか?」とメアリの心配事とは意味合いの違う心配をしていた。

花形の近衛騎士とは騎士と言う大きなくくりでは同じ。
モテない男のやっかみが9割を占めるがリヒトには何人もの令嬢と噂があった。

自分に関係のない所で火遊びをするには問題ないが、最愛のメアリを介して関係してくるなら話は別だ。「確証はなく噂だが」と前置きしてリヒトには公になっていない噂がある事をメアリに告げた。

確証がないのは何処かで握りつぶされたとしても「遊ばれた」と声をあげる令嬢が1人もいないこと。泣き寝入りをしたのであれば漏れ聞こえてくるのだがそれも無い。
だから信憑性は薄いとしながらも、火のない所に煙は立たぬとも言う。注意をするに越した事はないという老婆心もあった。

その話を聞いた時、メアリも「やはり」と思いつつも、メアリ自身が知るリヒトの噂話も眉唾ものが多い。なんせリヒトほどの美丈夫。目が合っただけで妊娠したと騒ぎ立てる令嬢もいるのだから、すれ違っただけで恋人だと言うものがいてもおかしくも無い。

――サーシャは憧れの人だと言ってるし――

そう思いつつも夜会で声を掛けて来て、以前からサーシャの事が好きだったとも受け取れる言葉にどこか引っ掛かりを覚えたのも確か。

もし、本当にそうだとすればサーシャにはずっと特定の人はいなかったのだし、なぜもっと早くに声を掛けて来なかったのか。1つおかしなことに気が付くと怪しく思えてしまった。

メアリから見てもリヒトは美丈夫。それは間違いがない。
サーシャとは仲が良いが好きな男性のタイプは全く違う。メアリは恋人のような爬虫類を思わせる肌質で顔の側面にパーツが寄っている感じが大好物。35歳の恋人に猛アタックしたのはメアリ。

――よくぞ売れ残っててくれました――

神に感謝をしたほどだ。だからメアリにとってリヒトは見て楽しむには問題ない美丈夫だが恋愛感情は全く沸かないし、お呼びではない。サーシャと変に揉める事も無く万々歳。だから応援も出来た。

――でもサーシャが嫌な思いをするなら敵だわ――

「リヒトには注意しなさい」そう言おうとしたが言葉を飲み込んだ。
メアリの飲み込んだ言葉。
この時メアリは早くに言っておけばと後で後悔する事をまだ知らなかった。




先にメアリが退出し、午後の当番でもあったサーシャは事務室で経理の仕事を片付けた。
ぐっと背を背凭れに預けて体を伸ばしたのは終業時間を知らせる鐘の音が聞こえてから。


明日の早番に帳簿を引き継ぐために抜かりがないかをチェックし、その日の勤務を終えると荷物を持って市場の門をくぐった。


「エトナ男爵令嬢!!」


名を呼ばれたサーシャは声の主は直ぐに誰だか判ったが、何処から聞こえて来たのかと立ち止まって辺りを見回した。市場から家路を急ぐ人の群れに声を掛けてきたのはリヒトだった。
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