あなたに本当の事が言えなくて

cyaru

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VOL:20  ハゼーク侯爵夫人の怒り

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ハゼーク侯爵夫人は夫とアベルを床に座らせて、閉じた扇を手のひらにぺちぺちと当てて音を出す。息遣いさえ聞こえない部屋には扇が手のひらに当たる音だけが響く。


「アベル、この際だからしてきた事を洗い浚い吐いてしまいなさい」

ラウロとは違う威圧感のある侯爵夫人。
アベルは正妻であるこの女性が苦手だった。

が、もう腹を括るしかない。アベルはぽつりぽつりとアベルの主観を交えながら言葉を吐き出した。



幼い頃は「お父様は御用があるの」と寂しそうにしていた母を気の毒にも思っていたが、行動範囲が広がるとハゼーク侯爵家の事実も目で見る事で理解をした。

アベルの母親は所謂「妾」でありアベルと同じ境遇の子供は広い屋敷に点在する離れに何組が住んでいた。そのうちの一人がエルサだった。エルサは年下で何でも言う事を聞くアベルの従僕代わりとして側に置いた。

正妻の子とは何をするにも与えられるにも差をつけられていたが、10歳を過ぎた頃に正妻に全員が呼び出された。実力次第では妾の子の中から次期当主を選ぶ。正妻はそう言った。

その年は男女1人づついた正妻の子。男児の方が流行病で亡くなり、女児の方は既に嫁ぐ事を前提とした婚約も調っていてハゼーク侯爵家に後継がいなかったという真実を知ったのはかなり後のこと。

ただ、アベルは「頑張れば父の後を継げる」ことは嬉しかった。
自分が当主になれば「お父様は来ない」と泣きながら母が眠る事もない。なにより結果で色々と買ってもらえるのもアベルの原動力だった。

厳しい教育にも耐えていたある日、母親が父ではない男と子供を作る行為をしているのを目撃してしまった。母親の「メス」な部分を見たアベルはショックを受けたが、エルサは「どの母親もしている」とあっけらかん。
その頃からエルサとも体の関係を持った。


「貴方たち・・・異母兄妹なのよ…正気?」
「兄妹ってのは貴女達から見ればでしょう?僕にとってエルサは性欲処理の人形と大差ない」
「そんな・・・私は裏切られていたと言うのか…お前達にも・・・」

性交は神から新しい命を授かる行為とされていて、夫婦となるもの同士、なった者同士だけが2人きりで行なう行為。結婚に純潔は必要ないとなったが、血縁者に後を継がせるのが当たり前の貴族ではまだ処女性も重んじられていた。

複数で行為を行えばどの種かも判らない、血を重んじると言っても親子や兄弟姉妹での行為も禁忌。アベルの告白にハゼーク侯爵と夫人はエルサと関係を持っていた事に大きく落胆した。

が、この後アベルはビアンカ、フランク、リヒトも加わって5人で関係を同時に持っていた事も告白し、夫人は扇を壁に投げつけた。扇は壁に突き刺さり大きな穴が開いた。
ハゼーク侯爵も妾は何人もいるがアベルとエルサの行為に最後は食べたものを戻して床を汚してしまった。

アベルの告白を受けて夫人はアベルとエルサを屋敷の中にある窓のない部屋に幽閉した。
そしてセニーゼン公爵家、フレキ侯爵家、コナー伯爵家にそれぞれ手紙をしたため4家が集まる場を設けるよう執事に命じた。

夫が囲っていた妾には夫の私財から手切れ金を渡し、泣いて縋る妾達を屋敷の外に放り出した。


夫が妾を作るのは政略結婚でもあり、夫人の父もそうだったため「当たり前」だと容認した。が、1人目の妾を囲ってから夫と閨を共にした事はない。
潔癖症ではないけれど、同時進行で他の女性とも関係がある事に「複数同時」と錯覚し受け入れられなかった。そのため正妻は男児と女児を1人づつしか子がいなかった。

正妻が政略で決められてしまい親に逆らう事も出来ずに結婚をしたハゼーク侯爵は子が2人出来た後は妾を囲った。容姿が好みの女性ばかりを6人。しかしアベルの話から間男を引き入れていたと知り、「何不自由ない生活をさせてやったのにとんだ裏切りだ!」と彼女たちを追いだした。

間男との間に子が出来なかった事だけが救い・・・ハゼーク侯爵はそう呟いたが全部で8人いる妾の子たち。ハゼーク侯爵の子であるという証明など出来るはずもないのにと夫人は冷めた目で夫を見た。


夫人はハゼーク侯爵と離縁をするつもりはない。
夫との間に愛と言う感情はとうの昔に消え去っているけれど、夫人なりに自由に生きている。
生きるには金が必要だし、今更侯爵夫人と言う立場を捨てて出戻ったところで実家に居場所はない。ならばこれを機に夫の首に縄をつけて操るほうが得策。そのために侯爵家を傾かせるのは得策ではない。

ハゼーク侯爵は夫人に強く出る事も出来ず、従うしかなかった。




ハゼーク侯爵家から手紙を受け取った3つの家。

セニーゼン公爵家ではおよそそんな物だろうとビアンカの姉は冷ややかに受け取っていて、茶会に出向いているビアンカの帰りを待った。

苛立つセニーゼン公爵に向かって長女は静かに茶を飲みながらポツリと呟いた。

「あの子の為に、修道院に寄付してまで預けなきゃいけないなんて」

ピクリとセニーゼン公爵の肩が跳ねる。
公爵令嬢が修道院となれば「問題あり」な家だと周知するようなもの。
黙らせようと寄付金を積み上げた所で話は何処かから洩れてしまうもの。

「嫁がせた方がいいんじゃなくて?遠方に幽閉される子息か、言いなりの息子か。あちらの家が「嫁」として躾をしてくれるわ」

長女の言葉は臭いものに蓋をするのではなく、臭いもの同士を一緒にしておけばいいと言うもの。
前者はアベル、後者はフランク。どちらも体面を第一にする侯爵家だから嫁がせればビアンカが表舞台に出てくることは二度とないだろう。

「私のめいとして決めるしかないようだな」
セニーゼン公爵はそれもやむ無しと頷いた。

「表舞台どころか陽の光さえも届かないかも知れないけど。ふふっ」

セニーゼン公爵に長女の最後の言葉は聞こえなかった。



蜂の巣をつついたような騒ぎになったのはフレキ侯爵家だった。
フランクはビアンカたちにベタベタ纏わりつかれるのが嫌で父について執務をしていたのだがハゼーク侯爵家からの手紙に父親が激怒し、傭兵あがりで婿養子だった父の鉄拳を何発も食らった。

このままではフランクが死んでしまうと使用人が7人掛かりで侯爵を抑え込み、フランクは医療院に運ばれた。
顎の骨と全ての歯、鼻の骨は砕けていて、顔だけで8カ所合計59針を縫う大けが。

話す事も出来なくなり、病床に横たわるフランクに母親の夫人は「話し合い次第で治療費は払わない」とフランクを突き放した。
母親が病室を去った後、ひょこっと顔を出した弟のジーク。
「棚ぼたサンクス」とフランクの額にデコピンを1発入れるとフランクの体が跳ねた。



コナー伯爵家では母親がその場で卒倒し倒れた先にあった調度品に頭をぶつけ出血騒ぎ。
リヒトは出仕している時間帯だったため、こちらもリヒトの帰宅待ち。セニーゼン公爵家やフレキ侯爵家のように騒ぎは起きなかったが、コナー伯爵は直ぐリヒトの弟を領地から戻すように執事に言いつけた。

そして引き出しから真っ白い紙を1枚取り出すと近衛隊への退団届・・・とペンを走らせた。


どの家も貴族としてこの先も生きていかねばならない。
法や規則、モラルにマナー。雁字搦めの中にも小さな自由はある。制約が多いからこそ食べるにも着るにも寝るにも困らない生活が送れる、それが貴族。

ビアンカ、アベル、エルサ、フランク、そしてリヒト。代わりは幾らでもいる。足元を掬われたら終わりとばかりに実子であろうと切り捨てるのも貴族。

ビアンカたちもそれは理解していて、法に触れないように「愉しんで」いたのだが、合法と違法すれすれのところで遊んでいると「当たり前」の事が見えなくなり、年齢的にも「知りませんでした」は通用しない。
破滅はすぐそこまで迫っていた。
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