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番外編★あなたに本当の事「しか」言えない
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「ねぇ、ラウロ?何時になったら王都に帰るの?もう5年目なんだけど」
「そんなになったかぁ。サーシャも23歳になったんだなぁ」
「私の年齢はいいから!王都じゃなくても辺境になら1年行けるんじゃない?」
ビクッとラウロは肩を震わせて、瞳をフルフルのウルウルにして「1年も辺境に行けと?」サーシャに縋る。
「だってずっとそうだったでしょう?」
「だから、今は辺境よりサーシャを警備しないといけないんだよ」
「えぇぇ~。ラウロがいるから何時までもこの部屋に人を呼べないんだけど」
「誰を呼ぶんだ?言っておくが二足歩行する生き物は危険なんだぞ?」
どやっと言い放つラウロだが、それはラウロも同じだと言えば「見せようか?俺にはもう1本」と爆弾発言をしそうになる。
「だいたいだな。サーシャは男に対して警戒心ってものがないんだよ。この前だって近所の爺さんが転んだと手を貸してやってただろ?そういう時は先ず俺を呼べ?な?あの爺さん、婆さんの事は忘れてるのに未だにサーシャの事を覚えてるんだぞ?最近の記憶から忘れるんじゃないのかよ。全く色ボケジジィがっ!!」
「ラウロだって年を取れば私の事より若い子の方を言っちゃうかも知れないわよ?」
「俺は絶対に言わない!だからな?結婚しよ?」
「そんな気持ちのない言葉なんかいらな~い」
「そんな事言ってるとな?俺の我慢もここまでだ!って走り出すぞ?」
「はぃはぃ。その辺走って来ていいわ。行ってらっしゃい・・・っとっとっと忘れてた」
「どうしたんだ?」
サーシャは「はい!」とラウロに金一封と書かれた封筒を手渡した。
そんな物を貰う覚えがないラウロは封筒を透かしてみたり、厚みを指で計ってみたりと忙しい。
それはかつて王都でサーシャが市場の人たちに別れを告げに行った時、公害とも言える状態で酷い臭いを撒き散らしていた魚を加工品にした時に不要になったアラなどの処分方を提案した褒賞である。
副王都長から直々に表彰して手渡すと言われたのだが、ラウロが頑として断った。
なので市場長を通しサーシャを通せば受け取るかも?と金一封だけでもと言われて預かった。
加工場を養殖場の近くに移設し、加工品の水分を抜くために遠心力を使って脱水。その水はいけすに流れ込んで稚魚の養分となる。入れすぎは稚魚が死んでしまうため、環境のサイクルを考えて加工品の量を調整すると、それまで作る手間代もトントンだった加工品は供給量が減る事で原価と手間代、包装、輸送代まで見込める価格になった。
値段が上がれば買う人が少なくなると言われたが、生産量が限られていると「限定品」となり人々の購買欲を刺激し飛ぶように売れる。これもラウロの「余って廃棄するよりずっとマシ」という言葉から。
脱水したアラや骨は今度は天日干しにするか、竈の余熱でカピカピになるまで乾燥させて、服役をしている者達が細かく砕き、魚肥として売り出した。
刑期を終えたものが、それを荷馬車に載せて運んだり、原料となるものを輸送する事で安定して働ける場も出来た。
ミネラルもリン酸も窒素も含まれているために実は魚肥、加工品よりも高く売れるのである。
ただ、魚の腐った臭いはどうしてもつきものなので、やろうとする者がおらず自家栽培で自分が使用する分だけで一般には流通をしていなかったという強みもあった。
それまで服役をして刑期を終えても手持ちの金もなく、また犯罪に手を染める者が後を絶たなかったし、被害者にも支払われる金もなく、泣き寝入りをするしかなかったが、大きな金額で無くても毎月被害者に金も支払えて、倹しく生活をすれば生きていけるとなって再犯で捕縛される者の数も激減した。
副王都だけでなく、王都でも代理店として取り扱っている店がある。
店主はサーシャと同じ年齢の女性で名前は「カーラ」
リヒトの妹で5年前、リヒトは絞首刑の判決を受けたのだがカーラは修道院に入って神に奉仕する道ではなく、王都で犯罪を犯してしまった者が出所後に再犯しやすいと聞き王都でも同じ取り組みとしたいと申し出てきた。
まだコナー伯爵家の支援を受けながらの事業3年目ではあるが、元王女でもある母親の後ろ盾や、他の弟妹も手伝い、なんとか軌道に乗りそうとの知らせも届いている。
その魚肥を多く買い付けているのがサーシャの兄ファルコ。
エトナ男爵家の領地も決して肥沃な地とは言えず、連作が難しかったが多額の慰謝料の使い道として魚肥を買い付ける事にしたのだ。
以前のようにあくせくと働く事は無くなったが、エトナ男爵もファルコも「慰謝料で食う」というのは性に合わず、サーシャも「使い道は自由に」と告げていた。
金一封の封筒をラウロはそのままサーシャに手渡した。
「だから、これはラウロのなんだってば」
「そうだよ?だからサーシャに渡しとく。あのさ・・・サーシャ」
「なぁに?」
「俺が本当に辺境に警備に行くっていたらどうする?」
突然真面目な顔をしてラウロはサーシャに聞いた。
行け行けとは言っていたが、サーシャも本気ではない。直ぐには答えられなかった。
「サーシャには嘘はつきたくないから言っておく。辺境に行けば離れて暮らす事になるのは当たり前だけど、俺はそうなった時はもうサーシャに二度と結婚してくれとは言わない事にしてるんだ」
「どうして?」
「辺境の兵士に生きて帰れるという保証は何処にもない。万が一があった時、俺の為にサーシャに泣いてほしくないんだ。サーシャの事だから結婚をすれば再婚はしないと思うし、子供がいたらサーシャ1人に育児をさせることにもなる。死亡時の保証金なんて1年ほどしか生活できない金しかないし…。下手に負傷兵として戻る事になったらサーシャにもっと負担を強いることになる。サーシャは構わないと言うだろう。でも俺が嫌なんだ。今までがツイてたんだよ。でも次もツイてるなんて言いきれない。サーシャを愛しているからそうなっ――」
「ラウロの馬鹿!なんてこと言うの!そんなの何処にいたって一緒!私だって馬車に轢かれるかも知れないし、転んで打ちどころが悪い時だってあるでしょ!ホントは行って欲しくなんかないわよ!でもここにいてラウロが私の為に何か我慢してるんじゃないかって考えてしまうのよ。だって私が仕事しやすいように仕事だって常勤じゃないし、帰ったらご飯も用意してくれてるし!自分の事より私のことばかりだからラウロには自由にして欲しいだけよ!」
「違う!俺は何も我慢してない。やりたい事をしてるだけだ。サーシャが幸せならそれで――」
「そんなのちっとも幸せじゃない!私はラウロと幸せになりたいの!私だけ幸せなんてそんなのちっとも幸せじゃない!」
ラウロは堪らずサーシャを抱きしめた。
「サーシャの本音がやっと聞けた。ほんっとに可愛いな」
「なっ!嘘だったの?!酷い!」
「嘘なもんか。俺はサーシャに嘘は吐いてないって言うか吐けない。じゃぁ…」
ラウロは抱きしめたサーシャの腕を掴んで少し体を離したあと、屈んで目線を合わせる。
「サーシャ・エトナさん。俺、ラウロ・コッポと結婚してくれますか?死が2人を分かつとも俺と一緒に幸せになって欲しい。サーシャしか俺を幸せに出来る女性はいないんだ」
「はい。ラウロ・・・私、ラウロと幸せになりたい」
「サーシャ。俺・・・1つ幸せが増えた」
「私もよ。ラウロ」
ラウロはサーシャの唇にそっと唇を当てる‥‥当てる・・・当てる・・・角度を変えてまた当てる。気が付けばサーシャの足は床から浮いていて、足ではなく背が寝台のシーツに触れた。
「待って!待って!待って!早いわよ!!」
「遅いくらいだ(目がキラッ)」
サーシャとラウロが王都に長めの帰省をしたのはそれから更に5年後のこと。
ラウロはサーシャが務める市場の警備長となって揃っての休みが取れなかったこともあるが、王都に帰省するとなれば、4歳の長男、2歳の次男、8カ月の長女を連れての大移動は大変なのだ。
だけどサーシャの兄ファルコは時折聞こえてくる噂に何の心配もしていなかった。
副王都の市場には子供を背負ってお立ち台に立って場内整備をする警備長がいることを知らない者はいないし、その警備長が超では足らない愛妻家で母乳が出ない妻の為にヤギを飼い始め、手ずから乳しぼりをしている事も有名な話。
夫婦で1日に1杯飲む珈琲の豆を丁寧に挽き、仲良く飲んでいる事を知っているから。
★~★牢番日記★~★
彼の首には網目のような模様の痕があった。
絞首刑を言い渡された時、彼は静かに深く頭を下げた。
執行の日までも問題行動はなく「最期にして欲しい事はあるか」という問いかけに牢の掃除がしたいと言った。看守が見守る中、黙々と掃除を済ませ彼の牢は新築時のように綺麗になっていた。
が、最期の時を迎えるのに彼は早すぎたのか。神の悪戯なのか。
ロープは切れて彼は生きなければならなくなった。
刑は執行されたと記録されるため、彼は名を失った。
収監場の敷地内にある粗末な簡易寝台と1人用のテーブルセットのある小さな小屋で彼は1人静かに暮らした。
仕事は牢内の清掃で、その報酬は囚人と同じ食事を1日2回。
夏の暑い日も冬の凍えるような日も井戸から桶に水を汲んで、モップではなく不要になった布を素手で握り清掃していく。過去の彼と同じく絞首刑を言い渡された者の部屋は次の囚人を迎え入れるのに戸惑うほど汚れてしまうが、彼は何も言わずに磨き上げていく。
そして一介の牢番である私や囚人たちに「ありがとうございました」と深く頭を下げて小さな部屋に帰っていく。
彼は喜怒哀楽も前世に落としてきたと揶揄されるほどに感情が少なかったが、長く務める私は知っている。
64歳で生涯を閉じた彼。もう30年いや、35年になるだろうか。
副王都の事が書かれた広報を読んで涙を流していた事があった。
悲しみでもなく怒りでもなく、静かに流れる涙。
そしてその後10年ほど経って彼に一度だけ贈り物が届いた事がある。
公文書には死亡とされ、家族ですら彼の存在を知る者はいない筈なのに届いた贈り物。
袋に入っていたのは花の種で、彼はそれを花壇の片隅に植えた。
その種が芽を出し、中央が白く青い縁取りの小さな花を沢山咲かせた。
花はネモフィラ。
花言葉は「あなたを許します」だと教えてやると、声をあげて彼は泣いた。
花が終わり種が出来ると彼は手で丁寧に種を取り、翌年またその種を植えた。
彼は咲いた花に近衛騎士だけが行う騎士の礼を捧げた。
「貴方は騎士だったのですか?」と聞けば
「いいえ」と小さく首を振り「そうありたいですが今はまだ」と微笑んだ。
それは嘘偽りのない彼の言葉だが、私を通し誰かに伝えているのだと思った。
彼の心臓が拍動を止めた日。ネモフィラは満開だった。
私が「今日も綺麗に咲いていますよ」と棺の中の彼に語りかけると微笑んだ気がした。
私が退職をする日。
彼が世話をしていた花壇は囚人たちが自主的に世話をするようになっていた。
私が「今日も綺麗に咲いていますよ」と空に語りかけると優しい風が吹き抜けた。
FIN
長い話にお付き合い頂きありがとうございました<(_ _)>
「そんなになったかぁ。サーシャも23歳になったんだなぁ」
「私の年齢はいいから!王都じゃなくても辺境になら1年行けるんじゃない?」
ビクッとラウロは肩を震わせて、瞳をフルフルのウルウルにして「1年も辺境に行けと?」サーシャに縋る。
「だってずっとそうだったでしょう?」
「だから、今は辺境よりサーシャを警備しないといけないんだよ」
「えぇぇ~。ラウロがいるから何時までもこの部屋に人を呼べないんだけど」
「誰を呼ぶんだ?言っておくが二足歩行する生き物は危険なんだぞ?」
どやっと言い放つラウロだが、それはラウロも同じだと言えば「見せようか?俺にはもう1本」と爆弾発言をしそうになる。
「だいたいだな。サーシャは男に対して警戒心ってものがないんだよ。この前だって近所の爺さんが転んだと手を貸してやってただろ?そういう時は先ず俺を呼べ?な?あの爺さん、婆さんの事は忘れてるのに未だにサーシャの事を覚えてるんだぞ?最近の記憶から忘れるんじゃないのかよ。全く色ボケジジィがっ!!」
「ラウロだって年を取れば私の事より若い子の方を言っちゃうかも知れないわよ?」
「俺は絶対に言わない!だからな?結婚しよ?」
「そんな気持ちのない言葉なんかいらな~い」
「そんな事言ってるとな?俺の我慢もここまでだ!って走り出すぞ?」
「はぃはぃ。その辺走って来ていいわ。行ってらっしゃい・・・っとっとっと忘れてた」
「どうしたんだ?」
サーシャは「はい!」とラウロに金一封と書かれた封筒を手渡した。
そんな物を貰う覚えがないラウロは封筒を透かしてみたり、厚みを指で計ってみたりと忙しい。
それはかつて王都でサーシャが市場の人たちに別れを告げに行った時、公害とも言える状態で酷い臭いを撒き散らしていた魚を加工品にした時に不要になったアラなどの処分方を提案した褒賞である。
副王都長から直々に表彰して手渡すと言われたのだが、ラウロが頑として断った。
なので市場長を通しサーシャを通せば受け取るかも?と金一封だけでもと言われて預かった。
加工場を養殖場の近くに移設し、加工品の水分を抜くために遠心力を使って脱水。その水はいけすに流れ込んで稚魚の養分となる。入れすぎは稚魚が死んでしまうため、環境のサイクルを考えて加工品の量を調整すると、それまで作る手間代もトントンだった加工品は供給量が減る事で原価と手間代、包装、輸送代まで見込める価格になった。
値段が上がれば買う人が少なくなると言われたが、生産量が限られていると「限定品」となり人々の購買欲を刺激し飛ぶように売れる。これもラウロの「余って廃棄するよりずっとマシ」という言葉から。
脱水したアラや骨は今度は天日干しにするか、竈の余熱でカピカピになるまで乾燥させて、服役をしている者達が細かく砕き、魚肥として売り出した。
刑期を終えたものが、それを荷馬車に載せて運んだり、原料となるものを輸送する事で安定して働ける場も出来た。
ミネラルもリン酸も窒素も含まれているために実は魚肥、加工品よりも高く売れるのである。
ただ、魚の腐った臭いはどうしてもつきものなので、やろうとする者がおらず自家栽培で自分が使用する分だけで一般には流通をしていなかったという強みもあった。
それまで服役をして刑期を終えても手持ちの金もなく、また犯罪に手を染める者が後を絶たなかったし、被害者にも支払われる金もなく、泣き寝入りをするしかなかったが、大きな金額で無くても毎月被害者に金も支払えて、倹しく生活をすれば生きていけるとなって再犯で捕縛される者の数も激減した。
副王都だけでなく、王都でも代理店として取り扱っている店がある。
店主はサーシャと同じ年齢の女性で名前は「カーラ」
リヒトの妹で5年前、リヒトは絞首刑の判決を受けたのだがカーラは修道院に入って神に奉仕する道ではなく、王都で犯罪を犯してしまった者が出所後に再犯しやすいと聞き王都でも同じ取り組みとしたいと申し出てきた。
まだコナー伯爵家の支援を受けながらの事業3年目ではあるが、元王女でもある母親の後ろ盾や、他の弟妹も手伝い、なんとか軌道に乗りそうとの知らせも届いている。
その魚肥を多く買い付けているのがサーシャの兄ファルコ。
エトナ男爵家の領地も決して肥沃な地とは言えず、連作が難しかったが多額の慰謝料の使い道として魚肥を買い付ける事にしたのだ。
以前のようにあくせくと働く事は無くなったが、エトナ男爵もファルコも「慰謝料で食う」というのは性に合わず、サーシャも「使い道は自由に」と告げていた。
金一封の封筒をラウロはそのままサーシャに手渡した。
「だから、これはラウロのなんだってば」
「そうだよ?だからサーシャに渡しとく。あのさ・・・サーシャ」
「なぁに?」
「俺が本当に辺境に警備に行くっていたらどうする?」
突然真面目な顔をしてラウロはサーシャに聞いた。
行け行けとは言っていたが、サーシャも本気ではない。直ぐには答えられなかった。
「サーシャには嘘はつきたくないから言っておく。辺境に行けば離れて暮らす事になるのは当たり前だけど、俺はそうなった時はもうサーシャに二度と結婚してくれとは言わない事にしてるんだ」
「どうして?」
「辺境の兵士に生きて帰れるという保証は何処にもない。万が一があった時、俺の為にサーシャに泣いてほしくないんだ。サーシャの事だから結婚をすれば再婚はしないと思うし、子供がいたらサーシャ1人に育児をさせることにもなる。死亡時の保証金なんて1年ほどしか生活できない金しかないし…。下手に負傷兵として戻る事になったらサーシャにもっと負担を強いることになる。サーシャは構わないと言うだろう。でも俺が嫌なんだ。今までがツイてたんだよ。でも次もツイてるなんて言いきれない。サーシャを愛しているからそうなっ――」
「ラウロの馬鹿!なんてこと言うの!そんなの何処にいたって一緒!私だって馬車に轢かれるかも知れないし、転んで打ちどころが悪い時だってあるでしょ!ホントは行って欲しくなんかないわよ!でもここにいてラウロが私の為に何か我慢してるんじゃないかって考えてしまうのよ。だって私が仕事しやすいように仕事だって常勤じゃないし、帰ったらご飯も用意してくれてるし!自分の事より私のことばかりだからラウロには自由にして欲しいだけよ!」
「違う!俺は何も我慢してない。やりたい事をしてるだけだ。サーシャが幸せならそれで――」
「そんなのちっとも幸せじゃない!私はラウロと幸せになりたいの!私だけ幸せなんてそんなのちっとも幸せじゃない!」
ラウロは堪らずサーシャを抱きしめた。
「サーシャの本音がやっと聞けた。ほんっとに可愛いな」
「なっ!嘘だったの?!酷い!」
「嘘なもんか。俺はサーシャに嘘は吐いてないって言うか吐けない。じゃぁ…」
ラウロは抱きしめたサーシャの腕を掴んで少し体を離したあと、屈んで目線を合わせる。
「サーシャ・エトナさん。俺、ラウロ・コッポと結婚してくれますか?死が2人を分かつとも俺と一緒に幸せになって欲しい。サーシャしか俺を幸せに出来る女性はいないんだ」
「はい。ラウロ・・・私、ラウロと幸せになりたい」
「サーシャ。俺・・・1つ幸せが増えた」
「私もよ。ラウロ」
ラウロはサーシャの唇にそっと唇を当てる‥‥当てる・・・当てる・・・角度を変えてまた当てる。気が付けばサーシャの足は床から浮いていて、足ではなく背が寝台のシーツに触れた。
「待って!待って!待って!早いわよ!!」
「遅いくらいだ(目がキラッ)」
サーシャとラウロが王都に長めの帰省をしたのはそれから更に5年後のこと。
ラウロはサーシャが務める市場の警備長となって揃っての休みが取れなかったこともあるが、王都に帰省するとなれば、4歳の長男、2歳の次男、8カ月の長女を連れての大移動は大変なのだ。
だけどサーシャの兄ファルコは時折聞こえてくる噂に何の心配もしていなかった。
副王都の市場には子供を背負ってお立ち台に立って場内整備をする警備長がいることを知らない者はいないし、その警備長が超では足らない愛妻家で母乳が出ない妻の為にヤギを飼い始め、手ずから乳しぼりをしている事も有名な話。
夫婦で1日に1杯飲む珈琲の豆を丁寧に挽き、仲良く飲んでいる事を知っているから。
★~★牢番日記★~★
彼の首には網目のような模様の痕があった。
絞首刑を言い渡された時、彼は静かに深く頭を下げた。
執行の日までも問題行動はなく「最期にして欲しい事はあるか」という問いかけに牢の掃除がしたいと言った。看守が見守る中、黙々と掃除を済ませ彼の牢は新築時のように綺麗になっていた。
が、最期の時を迎えるのに彼は早すぎたのか。神の悪戯なのか。
ロープは切れて彼は生きなければならなくなった。
刑は執行されたと記録されるため、彼は名を失った。
収監場の敷地内にある粗末な簡易寝台と1人用のテーブルセットのある小さな小屋で彼は1人静かに暮らした。
仕事は牢内の清掃で、その報酬は囚人と同じ食事を1日2回。
夏の暑い日も冬の凍えるような日も井戸から桶に水を汲んで、モップではなく不要になった布を素手で握り清掃していく。過去の彼と同じく絞首刑を言い渡された者の部屋は次の囚人を迎え入れるのに戸惑うほど汚れてしまうが、彼は何も言わずに磨き上げていく。
そして一介の牢番である私や囚人たちに「ありがとうございました」と深く頭を下げて小さな部屋に帰っていく。
彼は喜怒哀楽も前世に落としてきたと揶揄されるほどに感情が少なかったが、長く務める私は知っている。
64歳で生涯を閉じた彼。もう30年いや、35年になるだろうか。
副王都の事が書かれた広報を読んで涙を流していた事があった。
悲しみでもなく怒りでもなく、静かに流れる涙。
そしてその後10年ほど経って彼に一度だけ贈り物が届いた事がある。
公文書には死亡とされ、家族ですら彼の存在を知る者はいない筈なのに届いた贈り物。
袋に入っていたのは花の種で、彼はそれを花壇の片隅に植えた。
その種が芽を出し、中央が白く青い縁取りの小さな花を沢山咲かせた。
花はネモフィラ。
花言葉は「あなたを許します」だと教えてやると、声をあげて彼は泣いた。
花が終わり種が出来ると彼は手で丁寧に種を取り、翌年またその種を植えた。
彼は咲いた花に近衛騎士だけが行う騎士の礼を捧げた。
「貴方は騎士だったのですか?」と聞けば
「いいえ」と小さく首を振り「そうありたいですが今はまだ」と微笑んだ。
それは嘘偽りのない彼の言葉だが、私を通し誰かに伝えているのだと思った。
彼の心臓が拍動を止めた日。ネモフィラは満開だった。
私が「今日も綺麗に咲いていますよ」と棺の中の彼に語りかけると微笑んだ気がした。
私が退職をする日。
彼が世話をしていた花壇は囚人たちが自主的に世話をするようになっていた。
私が「今日も綺麗に咲いていますよ」と空に語りかけると優しい風が吹き抜けた。
FIN
長い話にお付き合い頂きありがとうございました<(_ _)>
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きっかけは最悪だけど、リヒトはサーシャが初恋で本当に愛したのね。行動は褒められたものではない!サーシャへの気持ちを自覚した時に、全てを話してサーシャと向き合ってほしかったと思う。番外編を読んでると余計に…😢彼は生涯かけてサーシャ一筋だったのかな…番外編は少し泣いてしまいました!
コメントありがとうございます。<(_ _)>
軽い気持ちで始めた事でもリヒトはサーシャの事を本当に好きになってしまいます。
だけどどうすればいいのか判らないんですよねぇ(。-`ω-)ウーム
それまでリヒトは女性に対しても男性に対しても「好き」とかという感情が無く、他者を面白いかどうかっていう判断しかしてこなかったツケでもあります。
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結局リヒトは仲間を裏切れば仲間からサーシャにバラされるし、自分の口から告げて軽蔑されるのも嫌なので、両方にいい顔をしてやり過ごそうとして失敗します。
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サーシャは憧れの人から声を掛けられて舞い上がりますけども「釣り合わないよな~」っていう現実も見ている普通の女の子。
遊ばれていたんだと思うとリヒト達に対しての悔しさもありますが、舞い上がってしまった自分の情けなさも感じたり。
人の気持ちを弄ぶと間違いなく良い結果は生み出しません。
だけどそれでもリヒトは本当のことを言わなきゃいけなかったんですけどね。
相手が許してくれなくても直接謝罪が出来ると言うのはまだ恵まれていますかね。
リヒトは名前も失い、生きている事も抹消されていますので一生謝罪する機会さえ失います。
話を作ったワシとしては、リヒトは生涯サーシャ1人だけです(*^-^*)
花言葉を知った時は嬉しかったかと。サーシャへの感謝もあるでしょうけども、もうこの世にいない人となっていても見ていてくれる人は必ずいて、自分の力だけで得られた事がサーシャの思いを伝えてくれるというご褒美でもあったでしょうし。
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>
前半気分悪い展開なのに読了後、爽やかな風が吹く!ネモフィラが風で揺れているのが見えているようです。
最後まで読んで良かった〜
番外編秀逸です
コメントありがとうございます。<(_ _)>
秀逸だなんてっ(*ノωノ)ハズカシ
お褒め頂きありがとうございます!今夜は景気よくもう1本ビールあけさせていただきます♡
噓をついて、と言いますか最初から騙して翻弄される様を笑ってやろうという小賢しい集団の標的にされてしまったサーシャですけども、特に何が秀でている訳でもなくただ真面目に働く女の子。
それまで表も裏も使い分けて腹に何を思っているか判らない者たちばかりを相手にしてきたリヒトもサーシャによって心が綺麗になっていく気がしたかな(*^-^*)
騙す事に対して罪悪感を感じなかったリヒトなんですが、初めて罪悪感を感じてそれまでがそれまでなので、リヒトなりのやり方しか思いつかず、守るには至れませんでした。
悪い事をすればいつかは自分に返って来る。
あの中ではリヒトが一番長寿だったかも?ですけども、人として生きるという時間を過ごせたのもリヒトだけだったかな。後のメンバーは何と言いますかね‥獣のまま??(笑)
罪が重すぎる??とも思ったんですけども近衛騎士であるという事で、王族の一大事を思わせるような言動はクーデターにも繋がりますし、国が傾きますので重くしてしまいました(;^_^A
ですけども・・・名前はもう無くなった後のリヒト。
サーシャの事をここまで愛せる人っていうのも少ないかな~と(;^_^A
贖罪とは何か?って人によって違うとは思うんですが、永遠に結ばれない、会えない、伝えられない中でネモフィラの花に「許し」を知って、尚、思い続けるというのも1つの愛かなと(*^-^*)
前半の胸糞からラストまでは結構文字数あってイライラが続いたと思うんですけども、牢番日記まで読んで頂いて大感謝です!!
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>
凄いよかった。最初は胸くそ悪かったけど、終わり方がここまで納得できる、感動できるストーリーも中々ないと思います!
ちゃんとラウロとハッピーエンド迎えられてよかったです!
コメントありがとうございます。<(_ _)>
賭けをしていて、そこから始まる恋というのもありかな~なぁんて思ったんですけども、ただポヤポヤしていては面白くないと外道味にしてみたら、思いのほかムカとしたりイラっとしてしまったという(;^_^A
リヒトはそれまで誰かを本気で好きになった事がないという設定で、サーシャはありがちな女の子?って感じかな(*^▽^*)
見てるだけで幸せ~っていう高嶺の花?と言いますかね。女性でもアイドルとか俳優さんとか声優さんとか憧れちゃったりとかするので、そんな女の子にしてみました(*^-^*)
リヒトは嘘を吐くんですけども、賭けだったとは言えなくてどっちにもいい顔をして自分の思う着地点を狙うんですけども、善い行いも悪い行いもいずれは自分に返って来るもの。
ビアンカたちとの遊びで「失敗」をした事がないので超えてはいけない境界線を越えた事も気が付きません。仕事が近衛騎士というのも日常過ぎて判っているけど失念する感じです(;^_^A
リアルでも悪い行いってそれまでが完璧でも一瞬で吹き飛ぶし、ずっと言われ続けるんですけども、善い行いとか真面目にやる事って評価され難いんですよねぇ…( ̄ー ̄)トオイメ
だけど、誰かに認めて欲しいとかそういう事ではなく真摯に取り組んでいれば必ず誰かが見ていてくれて評価もしてくれる。
サーシャも違う道を歩き始めて子供も生まれて、ふと過去を振り返った時に名も失ったリヒトの事を知らされて考える事もあったかな~っと。
まぁ、これがね、〇人とかなら「許し」は無いと思うんですけども、サーシャの場合はリヒトとの事もあったから今があると受け止められたかな…とか???
リヒトもネモフィラの種を送られて、「騎士だったのか?」と聞かれて「今はまだ」と答えるのは、花言葉を知り、許されたと判ってもそこで終わりではなくその先も誠実であろうとする生き方をしようと新たなスタートに立った・・・って思って頂けるかなーとか(;^_^A
楽しんで頂けただけでなく、嬉しいお言葉もありがとうございます♡
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>