あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第19話  天敵の従兄弟

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「幸せはぁ~歩いてこない、だっから前進、前進、また前進~♪」

拾った木の枝を指揮棒にして奇妙な歌を歌いながら、街道から外れた枯草の茂みを歩く男が1人。彼の名はプロテウス。

座右の銘は「歩いた後ろに道が出来る」なので、そろそろ春の新芽が芽吹く2か月後には草ぼうぼうだが、今はまだ枯草が茂る道なき道を歩いている。

王都を出て2つ目の宿場町までは馬を引いていたのだが、流行る心は軽いステップを踏む足取りにも表れていて、常に駆け足、常に競歩な速度に馬がバテてしまったのだ。

プロテウスには嘘のような噂がある。

傾斜角67度と言う断崖絶壁にしか見えない険しい山。
3.5トンある魔力砲を1人で引っ張り上げたという逸話である。

勿論公爵家の生まれなので王族に匹敵する魔力もある。全てが人力ではないものの、通常は余りの力自慢に盛りに盛って噂は広がるが、プロテウスに至ってはその逆で本人の「馬鹿力と思われると恥ずかしい」そんなちょっぴり照れ屋で謙虚な気持ちから多少削られての噂。

実際は馬と一緒に引っ張り上げていたのだが、途中から馬に掛け声をかけるのが面倒になり馬を背負って魔力砲を引っ張り上げた。が正解。


いつもなら両親の「結婚しろ~」「見合いしろ~」には一目散に逃げだしてしまうのだが、今回は少し違う。

池が出来そうなくらい冷や汗を流したプロテウスだったが、両親、特に母親に任せておくと権力をもってしてコーディリアそしてウーラヌス伯爵家に「否」の返事を許さず取り込んでしまうので「自分で申し入れる」と啖呵を切って屋敷を出てきた。

プロテウスは兄のトリトンの様な優男にはどんなに忖度してもなれない。
長く肺を患った兄トリトンは体の線が細く、例えるなら深窓の令息。金髪碧眼で儚げなその佇まいは男性なのに女神と言われる事もある。

大してプロテウス。食べるもの、飲むもの、吸う空気、全てが栄養になったようで結果的に騎士団に身を寄せたが10歳の誕生日には父の背丈を追い越し、前の月に仕立てたシャツは着るだけで裂けていく恵まれた体躯の持ち主。

「パンは飲み物、ボタンは飛ばすもの」

公爵家の庭には弾け飛んだボタンが今でも色んなところから発見されている。

18歳を過ぎた時、ネプトヌス公爵家にはプロテウスが屈まずに通れる扉は無くなった。

「こんな俺が良いなんて言ってくれる筈がない」

恵まれ過ぎた体躯ゆえに魔獣に襲われて泣いている子供を慰めようと微笑んだら、確かに泣き止んでくれた。但し、「ゴーレム」と呟き失神したので泣くに泣けなかっただけである。


「可愛かったな~。もう一度姿が見られて、お断りと言えど声も聴けるなら思い残す事はないな」


街道を通れば徒歩で片道3か月の道のりでも、地図上に引いた直線通りに道なき道を進むプロテウスは2週間で「この山を越えればウーラヌス領」な場所までやってきた。

「むぅ。難所だな」

目の前には高く聳え立つ山。マージカル王国でもNO.1の高さを誇るケェトゥ山は標高8200m超え。アップルス連峰の中でもひと際存在感のある山である。

プロテウスは鼻歌を歌いながら登頂を開始した。

「アップルス一万尺、小槍の上でぇ♪」

お子様2人1組で行う手遊び。
1人で手をパンパンと打ち鳴らし、前に突き出すと空気を押し出すようにしか見えない。ついでに腰に手を置いて足を軽快に左右に振りだすスキップでランララララン。

周囲の村では不気味な地鳴りに「何事?!」家財道具を纏め荷車に載せ始める者多数。
軽く迷惑行為になっていたのをプロテウスは知らない。


★~★

そんなプロテウスは空気の薄さもモノともせずに逸る気持ちから火照る体で山を越えると「小槍の上で踊るの忘れた!」小さな後悔と共にコーディリアの家にやってきた。

「この家だよ。今は羊毛の洗浄小屋に行ってると思うから留守じゃないかな」

「この家で間違いないのか?」

「あぁ、間違いないよ」

「むぅ、領主の家にしては小さい気もするんだが」

「兄さんが大きいだけだよ。この辺じゃ一番大きな家だしね」

玄関前に立ったプロテウスの顎のあたりに玄関扉の上枠。
小人の家とは思わないが、ドアノブは回しただけで砕けそうだし、ドアノックは指先でそぉーっと引っかけないと今にも取れそうになっている。

じっと待っていても仕方がないとプロテウスは案内をしてくれた農夫に羊毛の洗浄小屋は何処だと問うた。

「この道をずっと真っすぐさ。古い小屋だけど行き過ぎると大きな樫の木が道の真ん中にあるから引き返せばいいよ」

「そうか。では行ってみるとしよう」


農夫と話をするプロテウスの声はツリーハウスの中で葦を編んでいたロベルトの耳にも聞こえてきた。

「客かな?」とは思ったのだが、聞こえてくる声には妙に聞き覚えがある。
ゆっくりとツタで編んだ梯子を下りて、コーディリアの家の方を見たロベルトは立派過ぎる体格の男を見てギリリと歯ぎしりをした。

その男はロベルトの天敵とも言えて、年齢は1歳しか違わないが従兄弟の関係にある。

従兄弟、従姉妹の数はそれなりに多いが、その中で「いるだけで存在感」を放つのがプロテウス。
乳母の娘であるレティシアといつもツルんでいたロベルトを見かけると鼻で「フフン」と笑う嫌な奴だ。

「なんであいつが?事業はトリトン殿だろうが!」

ロベルトは既に結婚し、子供もいるトリトンならコーディリアに惚れる事もなく純粋に事業の話なのだろうと思っていたが、プロテウスとなれば話が違う。

嫌な緊張感がロベルトを包んだのだった。
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