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9:婚約破棄、但し王家の有責

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「さて、兄上。私に何か御用が?」
「テレンス。聞きたい事があるのだ」

国王の執務室。ソファに向かい合う兄弟は既に形成が逆転している。
身を小さくする兄の国王。ふんぞり返って長い足を組んでいる弟テレンス。

先に城に戻ってきた者からの報告は「学院で何があったか」を知らせるもの。
「救世主」と自らが認定をしているキングル伯爵家のマジョリーに第二王子アレックスが告げた言葉は国王にも勿論報告をされている。

その文言も大問題ではあるが、さらに国王の顔色を悪くしているのはマジョリーが見つかっていないという事である。貴族の子女を誘拐する事例は多くあるが取引に応じても生きて戻されるのは2割に満たない。
その2割すらそれまでと同じ生活が送れるようになるかと言えば否。

完全な皆既日食があって、行われた召喚の儀。以降は大きな災害には見舞われていない。人々は「救世主」が召喚されたからだと口を揃え、覚醒の時期を待っている。その「救世主」が覚醒前だとは言え誘拐されたとなれば反発は必至。反発で済めばまだいい。暴動すら起こり内乱になる危険性も孕んでいるのだ。


「認めればいいのではないか?」
「認めるとは何を…何を言ってるんだ。テレンス」
「アレックスは迷っている。背を押してやればいい」
「どういう意味だ?私はマジョリーの事を――」
「救世主はミッシェル」
「は?」
「アレックスはどちらが本物か悩んでいる」

兄の言葉を遮り、テレンスは告げた。
国王の顔色が更に悪くなっていく。
理由は簡単である。自身が認定した事を覆されるからである。

テレンスは国王を見てほくそ笑む。
昔からそうだった。言った事が覆ると兄は何かに当たり散らす。
自分には間違いがない。間違うはずがないと信じているからである。

そんな兄が面倒でテレンスは早々に継承争いから身を引いた。
どんな時も優位に立ちたい兄は粘着質で嫌味の権化と化す。

確実なものしか認可をしないため、富めるはずの国は未だに鳴かず飛ばす。
新しい事を認可して失敗する事を嫌うのでやっている事業も父である先王の時代から変わっていない。変わったのはそれを引き継ぐ人間だけである。


第一王子が即位をすれば国は変わっていくだろう。だがその時にこの兄によく似たアレックスが王弟となる事は避けたい。年が少し離れているがアレックスの下にはまだ王子も王女もいる。
好色な兄は3人の側妃を抱え、毎晩励むからである。
テレンスはそれも嫌悪していた。

神の前で何度も別の女に愛を誓えるほどテレンスは面の皮の千枚張りではない。
愛を誓うのは生涯を共にする1人で充分だからである。


「ミッシェルは予言をするそうだ。ただそれが今までの救世主とは異なる物であるのは確か。仮にミッシェルが救世主だったとして見抜けなかったのは誰のせいでもない。なんせ神殿からキングル伯爵家の別邸の途中にはレード公爵家の別邸もある。ミッシェルはそこにいたんじゃないか?レード公爵もきっとそう言うだろう」

救世主が我が娘だとすれば野心家のレード公爵はそこにミッシェルがいた事実を作り出すだろう。例えいなくても約10年も前の事だ。数日のズレなど人の記憶は曖昧になりやすい。
「いたかもしれない」という者に「そこにいた」と錯誤させれば済むだけの話。


「アレックスは学院でもミッシェルとは…まぁ男と女の付き合いだからな。発現だとすれば原因は未だに不明。今までの救世主もそうだった。吃逆が起因となった者、躓いて派手に転んだのが起因の者。破瓜が起因となっても否定は出来ない」

「やはりそうなのか。学院の中までは影も間者も付けられない。だとすれば報告は上がっていたが確証とならないために婚約解消には応じなかったがキングル伯爵には悪い事をした」

「留置いた事に慰謝料を支払う。どの道何度もキングル伯爵から解消についての打診はあったのでしょう?ならもう手を離してやればいい。認定も間違ったわけじゃないかも知れない。そもそもでミッシェルは予言するというし、マジョリーには現時点で何もないのだから」


テレンスがそう言って足を組み替えると執務室に客が到着したと従者が告げる。
客とはキングル伯爵夫妻。
あと3カ月もすればアレックスもマジョリーも学院を卒業する。
その後に行われる成婚の儀までなら半年を切っている。その為帝国のリーフ子爵家から妻を迎える嫡男のトレッドも同席をする。マジョリーの成婚にあわせて伯爵家の家督を継ぐためである。


「申し訳なかった。捜索は続ける。だが婚約は…王家の有責で破棄でいいだろうか」

「兄上、それでは如何にもマジョリー嬢が無傷では帰らないと言うようなものではないか?」

「そんなつもりはない。無事に戻るように手は尽くす。なんなら新しい婚約者もこちらで用意しよう。マジョリー嬢はただ王家に10年もの月日を拘束されただけだ。アレックスの所業に於いて王家の有責として婚約破棄という意味だ。他意はない」


「そんな事で呼ばれたのですか…てっきり何か手掛かりがあったかと急ぎ駆け付けたのですよ?」

キングル伯爵家当主クロフォードは憔悴しきった顔で小さく返事を返した。
夫人も期待していた内容とは違う事に項垂れる。
ただ一人トレッドだけは国王を睨むように声を出した。

「婚約破棄、しかと承りました。ですがお忘れなく。妹の捜索は続けてください」

「それは勿論だ。全力を尽くす事を約束しよう」

「では、こちらにそれぞれ署名を。これで王家とキングル伯爵家は10年前の関係に戻る。以降キングル伯爵家には王家から婚姻による縁を持たない事も明記してある。宜しいか?」

「それはっ…いや、当然だな。判った」


書類に国王、そしてキングル伯爵が署名を済ませるとテレンスは従者に神殿へと持たせる書面とともに手渡した。従者が部屋を出て行くと、両足の間で手を組み合わせたテレンスはにっこりと微笑む。


「クロ。少し時間はあるかな?」

怪訝そうな顔でテレンスを見たクロフォードは「ない」と呟いた。
マジョリーの手がかりが何もない今、むやみに走り回っても意味がない事は判ってはいるが我慢の限界だった。屋敷で報告を待つよりも一軒一軒家探しをしてでも娘を探したい。その一心だった。

そんな中、扉を大きく音を立てて開けてアレックスが入ってきた。
トレッドが拳を握りしめて立ち上がろうとするのをクロフォードは遮り首を横に振った。トレッドは顔を背け小さく舌打ちをした。

「では、私達はこれで」

立ち上がったクロフォードに続きメリーア夫人、トレッドも立ち上がる。
テレンスは自分の執務室に向かえとトレッドに手振りで示した。トレッドの頷きを見てテレンスはまた微笑んだ。

部屋から出て行くキングル伯爵家の3人の姿を横目で見て、アレックスは父である国王の向かいに腰を下ろした。従者から「王家有責の婚約破棄が行われている」と聞き、走って来たのだ。

「どういう事なのです?王家有責だなんて!」
「その事か。いいではないか。懇意にしているレード公爵家の令嬢が救世主なのだから」
「えっ?ミッシェルが?に、認定をされたのですか?」
「アレックス!良かったなぁ!!」


大きな声を出したテレンスにアレックスが顔を向けた。
テレンスはここ最近で一番の笑顔でアレックスに続けた。

「レード公爵家の令嬢と婚約となればお前の未来も安泰だ」
「いいんですか?」

国王は身を乗り出したアレックスに対し面倒そうに答えた。

「救世主を側妃などとする事は出来ない。第三王子のレオナルドはまだ3歳。お前しかいないだろう。但し神殿の手続きもある。婚約を解消した同日に新しい婚約などと醜聞だ。せめて1か月は婚約締結も時間を置く。救世主だという事はお前の成婚の儀にあわせて発表をする」

顔色の悪い国王とは真逆に、アレックスとテレンスは顔が火照るのを感じた。
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