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10:辛い事実

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テレンスが自身の執務室に戻るとそこには項垂れたクロフォード。その背を撫でるメリーア夫人。そして唯一テレンスに立ち上がって礼をしたトレッドがいた。


「クロ。待たせちゃったね」
「ちゃったね、じゃないだろう。早く帰りたいんだ」
「そう言うなよ。とっておきの情報があるんだ」
「とっておき?マジョリーの事以外なら殴り飛ばすぞ」
「やぁん。テレたん。怖ぁい」
「殴る前に刺されたいか?」


顔を上げたクロフォードはギロリとテレンスを睨みつける。
これ以上の冗談は冗談では済まなくなるとテレンスは姿勢を正した。
学院でクロフォードはテレンスの親友だった。
気の置けない仲はその後も続いている。
関係が変わらぬよう祈るような気持ちでテレンスは言葉を発した。


「情報はマジョリー嬢の事だ」

ふざけた声色から真面目な声色に変わったテレンスにクロフォードは掴みかかる勢いで間にあるテーブルに手を突いて身を乗り出してきた。


「何故それを陛下の元で言わない!」
「おいおい。ちょっと待てって。こっちにも事情があるんだ」
「事情?知った事か。王家にもうマジョリーを振り回させる事はしないぞ」
「判ってる。判ってるって。でも…ちょっとだけ?な?」
「断る。もうお前との付き合いも止めようと思っている」
「それは待ってくれ。私はクロを心の親友だと思っているのに」
「ハッ!口では何とでも言える。で?早く言え!」


テレンスはクロフォードの肩を押して腰をソファに降ろさせた。
フン!と不機嫌さを隠さないクロフォードだがたった1日でも目は落ちくぼみいつもの精悍さは見る影もない。

「私がマジョリー嬢を預かっている」

<< はっ? >>

クロフォードだけでなく、メリーア夫人もトレッドも目を丸くした。
今度は3人がテーブルに手を突いてテレンスに詰め寄った。


<< どういう事?! >>

「まぁまぁ、座って、座って。そんなに至近距離に顔を寄せられたらお口の息が気になって仕方ない」

メリーア夫人はハッと口を手で覆って腰を下ろす。
トレッドも若干腰を引いたがクロフォードだけは変わらない。


「覚悟して欲しい事があるんだ」
「まさか…」


クロフォードの目に涙がブワっと溢れ出た。最悪を想像したのだろう。


「違うって。良いか悪いかは別。別な?」
「判ってる。どんな状態でも構わない。もうマジョリーは外に出さない」
「いや、出して貰わないと困るんだ。いいか?」
「なんだ?」「なんですの?」「なんですか?」

「マジョリーは発現している」

<< えぇっ? >>

「過去の文献も確認をした。今までの救世主はもれなく発現をすると身体の何処かに変化が現れる」

「まさか尻尾が生えたのか?」
「なんて事!猫耳になってしまったの?」
「体中に鱗が出来たんですか?!火を噴く?」


全員が思わず想像をしてしまった。
全身を鱗で覆われたマジョリーが猫耳と尻尾がある姿で火を噴く。


「ニャオン?ガォォォ?いやいや、違うから!どうして獣人化させるんだ。小説の読み過ぎじゃないのか?変化は髪だ。髪。あと…」

「あと?なんだ。構わない言ってくれ。オヤジ化してたって愛娘に変わりはない」

「嫌だろ?加齢臭のする髭の生えたムキムキマッチョな娘だったら」

<< 問題ない! >>


さらに詰め寄ったクロフォードはどんな姿でも構わないと言った。
テレンスはそんなクロフォードはじめ後ろの2人にも言い聞かせるように告げた。


「人格が変わっている。おそらく…家族の事も何も覚えていない」

「なにも?そんな…」


どさりとソファにクロフォードの体が沈み込んだ。
発現をすればなんらかの変化はあるとは聞いていたがクロフォードの予想を超えていた。今までの救世主に何の問題もなかったわけではない。

家族の事を忘れてしまうという事は既婚者なら生涯を誓い合った相手の事も、その時に子供がいればその子供の事も忘れてしまう。それまでどうやって生活をしてきたか。日常が完全に変わってしまうのだ。
それがある日突然訪れる。

救世主の中にも心を病んだものは多い。今まで生きてきた環境が全て覆される現実に瞬間で向き合わねばならないのだ。家族には「変化がある」とだけ伝えられる。それも酷な話だ。どこまで「変化」をするのかは告げられず、「変化」がある事だけを告げられるのだから。ただ変わらない家族には心構えをさせておくだけの事である。

曖昧にぼかしておかないと発現までに救世主を連れて他国に出国をしてしまう事例や救世主を手にかけてしまう事例もあったと文献には記載をされている。出国や悲惨な最期を防ぐために国が取った措置。
救世主とは、救世主とその家族以外が幸せになるための生贄。
テレンスはそんな風にこの「残酷な優しさ」を持つ措置、救世主だと位置づけていた。

だからこそ救世主が発現をすれば、手を差し伸べようと決めた。
それが一番の親友の愛娘だった事もあるし、王族としての贖罪だった。


「それまでの人格がまるっきり消えて別人のようになる。過去の救世主にも共通している事だが、おそらくは…数件の文献にあるから原因は…言い難いがマジョリーは何らかの理由で亡くなったと思われる。そこに召喚の儀で出来た人格の器に異世界人の魂が入った。そう考えて欲しい」

「体だけがマジョリーで…魂は別人だと?」

「判りやすく言えばそうだな。魂が入り込み死者から生者と完了することで身体に変化が現れる。私はそう考えている。過去にも髪色が変わった救世主もいるし、欠損した体の部位が復元した者もいる」

「マジョリーは死ぬ運命だったと言いたいのか!」

今度こそクロフォードはテレンスの胸ぐらを掴みあげた。
クロフォードの手をテレンスは振り解こうとはしなかった。愛する者を失う憤りと辛さはテレンスも知っている。テレンスも数年前に娘を暗殺された。まだ11歳だった。

親として我が子が生まれた事が「死ぬ運命」だったなど認めたくもない。
子供の死を受け入れられないクロフォードの気持ちがテレンスには痛いほどに判る。理由は違ってもテレンスも娘の死は何年経っても受け入れられるものではなかったからだ。


「構いません」

メリーア夫人が言葉を発した。
その声にクロフォードは「何故」と呟きメリーア夫人を見た。

「構いません。マジョリーはマジョリー。私達の家族です。私の娘です。忘れているのならこれから培っていきます。どんな姿になっていても…わたっ…娘っ…変わりませんっ」


クロフォードの手から力が抜けてテレンスから離れ、だらりと落ちていく。
テーブルに突っ伏しクロフォードは大きく慟哭した。
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