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浮気の言い訳
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夕刻近くなるとヴィアナは侍女達を連れて離宮を出て行った。
チェザーレの宝石箱から拝借したであろうブローチや指輪を身に着け、シャルノーの不用品であるグリーンのドレスを胸元に詰め物をして優雅に微笑む。
勿論淡いイエローのドレスも夜会で万が一汚れてしまった時の着替えなのだろう。お持ち帰りする事を忘れるようなヴィアナではない。
「いいんですか?窃盗ですよ…あの指輪。側妃様のです」
「良いんじゃない?殿下の妹だもの。側妃様も解ってくださるわ」
「絶対、ブチキレると思います」
「家族間戦争は勝手にやって頂くもの、それよりお兄様は遅いわね」
サウスノア王国は非常に空気が悪い。その上、シャルノーとて汲んだばかりの水を飲んでいる訳ではない。リンドベルトは従者と共に妻はイーストノア王国に置いてやってきたのだ。
シャルノーは招待状の返事を出した通り、チェザーレにエスコートをしてもらうつもりだったが予定が変わった。リンドベルトの従者が菓子を持って来てくれた時に、リンドベルトにエスコートを頼むと伝えたのだ。
チェザーレとヴィアナにはまだ関係がないのは判った。
もし、その関係があればこれだけ堂々と喧嘩を吹っかけてくるのだ。
出戻りの伯爵令嬢が王子妃に喧嘩を仕掛けてくるとなれば相当頭が飛んでいるか、病んでいるかである。何か勝算はあるのだろうが、それは子が出来る行為をした事ではないだろうと感じた。
行為をしていればこれで済むはずがない。ここで一緒に暮らすと言い出すだろう。
誰かに心を寄せる事はないと思っていたが、少しだけチェザーレの懸命さにシャルノーの心は傾きかけていた。お互いが初めての相手だったからかも知れない。
ここ数日は心にヴィアナを思っていたとしても、この先、子供が生まれればヴィアナへの気持ちは変わるかも知れないとさえ思ってしまっていた。
チェザーレが国王として民の前に立った時、法の整備が出来るまで次期国王となるであろう子供と共にチェザーレの為に働こうとも考えていた。
さっき、ヴィアナから返されたハンカチは安静で床の住人となった時に刺繍をしたものだ。シャルノーは刺繍は得意ではない。だから20枚以上失敗をした。何度も指に針が刺さり赤い玉が出来た。
手渡したのは最後に刺繍をした満足の出来る1枚だったのだ。
そのハンカチを返された時、国に帰れとチェザーレに言われている気がした。
――ハンカチもわたくしも返品と言う事ね――
あれだけ何度も「すまない」と事あるごとに謝罪をするチェザーレなのだから、話をすれば知らない事実があるのだろうとは思ったが、やはり元婚約者で好いた女性には勝てないのだと自嘲した。
リンドベルトと共にサウスノア王国を離れるという方法もある。
だが、それは出来ないと首を横に振った。
どうしようもない国で、どうしようもない夫だが、夫は変わりがいても王子妃の立場になれば「民」の代わりはいない。王子妃である間は民の為にこの身を捧げる。
そして、チェザーレが国王になるか、臣籍降下をすれば役目を辞し国に帰ろうと。
ヴィアナは自分よりは若い。
確かチェザーレより1つ年下だと聞いた覚えがある。
彼女となら子が出来るだろう。
思い合った2人が結ばれれば神様もこんな悪戯ではなく子を授ける。
ならばこの腹の子も一緒にイーストノア王国に帰ろう。
吹っ切れたようで吹っ切れていないこの気持ちはきっとチェザーレがヴィアナを長く思っていた気持ちだと思うと、今まで誰かを切実に望んで、欲した事がないシャルノーは嬉しくもあった。
――わたくしにこんな感情があったなんて――
「殿下に感謝しなければ」
小さく呟いてシャルノーは迎えに来たリンドベルトの手に手を添えた。
舗装はされて歩きやすくなった小道。
歓迎の宴の帰りも誰にエスコートされる事もなかった。
そして初めての夜会。
結婚したのに、まさか兄にエスコートされることになるとは思いもしなかった。
「シャル、どうした?」
「んん?何でもない。歩きやすいなと思ったのよ」
「そうか。辛かったらもう国に帰ってきてもいいんだぞ」
「まだよ。この国でやる事があるの。法を作るのよ」
「無理をするな」
リンドベルトの声は優しいが、自分がエスコートを突然しなくてはいけなくなった理由は従者から聞き及んでいる。政略とは言え、リンドベルトは妻をそのように扱った事は一度もない。
腹立たしさも感じるが、妹のシャルノーがまだやりたい事があると言うのなら手を貸すだけだ。
砂のような火山灰を踏みしめる音から楽団の奏でる音楽の方が耳に入るようになると目の前に王宮が現われた。
「さぁ!お兄様。今日のダニ退治もエスコートよろしくね」
「へぇへぇ。可愛い妹の下僕となって働きましょうかね」
「妹…そうだ、お兄様、妹って可愛いの」
「なんだ突然。可愛いに決まっているじゃないか」
「昔好きだった人が妹になっても可愛いと思う?」
「はぁ?そりゃ浮気の言い訳だろ。本当だったら真正の変態だ」
――あぁ、やっぱりそうだったか――
少し悲しくなったシャルノー。しかしお腹がポコンと動いた。
「よし!頑張れる」
「な、なんだぁ?急に」
「なんでもないっ!早く行きましょう」
シャルノーはリンドベルトの腕を引いた。
チェザーレの宝石箱から拝借したであろうブローチや指輪を身に着け、シャルノーの不用品であるグリーンのドレスを胸元に詰め物をして優雅に微笑む。
勿論淡いイエローのドレスも夜会で万が一汚れてしまった時の着替えなのだろう。お持ち帰りする事を忘れるようなヴィアナではない。
「いいんですか?窃盗ですよ…あの指輪。側妃様のです」
「良いんじゃない?殿下の妹だもの。側妃様も解ってくださるわ」
「絶対、ブチキレると思います」
「家族間戦争は勝手にやって頂くもの、それよりお兄様は遅いわね」
サウスノア王国は非常に空気が悪い。その上、シャルノーとて汲んだばかりの水を飲んでいる訳ではない。リンドベルトは従者と共に妻はイーストノア王国に置いてやってきたのだ。
シャルノーは招待状の返事を出した通り、チェザーレにエスコートをしてもらうつもりだったが予定が変わった。リンドベルトの従者が菓子を持って来てくれた時に、リンドベルトにエスコートを頼むと伝えたのだ。
チェザーレとヴィアナにはまだ関係がないのは判った。
もし、その関係があればこれだけ堂々と喧嘩を吹っかけてくるのだ。
出戻りの伯爵令嬢が王子妃に喧嘩を仕掛けてくるとなれば相当頭が飛んでいるか、病んでいるかである。何か勝算はあるのだろうが、それは子が出来る行為をした事ではないだろうと感じた。
行為をしていればこれで済むはずがない。ここで一緒に暮らすと言い出すだろう。
誰かに心を寄せる事はないと思っていたが、少しだけチェザーレの懸命さにシャルノーの心は傾きかけていた。お互いが初めての相手だったからかも知れない。
ここ数日は心にヴィアナを思っていたとしても、この先、子供が生まれればヴィアナへの気持ちは変わるかも知れないとさえ思ってしまっていた。
チェザーレが国王として民の前に立った時、法の整備が出来るまで次期国王となるであろう子供と共にチェザーレの為に働こうとも考えていた。
さっき、ヴィアナから返されたハンカチは安静で床の住人となった時に刺繍をしたものだ。シャルノーは刺繍は得意ではない。だから20枚以上失敗をした。何度も指に針が刺さり赤い玉が出来た。
手渡したのは最後に刺繍をした満足の出来る1枚だったのだ。
そのハンカチを返された時、国に帰れとチェザーレに言われている気がした。
――ハンカチもわたくしも返品と言う事ね――
あれだけ何度も「すまない」と事あるごとに謝罪をするチェザーレなのだから、話をすれば知らない事実があるのだろうとは思ったが、やはり元婚約者で好いた女性には勝てないのだと自嘲した。
リンドベルトと共にサウスノア王国を離れるという方法もある。
だが、それは出来ないと首を横に振った。
どうしようもない国で、どうしようもない夫だが、夫は変わりがいても王子妃の立場になれば「民」の代わりはいない。王子妃である間は民の為にこの身を捧げる。
そして、チェザーレが国王になるか、臣籍降下をすれば役目を辞し国に帰ろうと。
ヴィアナは自分よりは若い。
確かチェザーレより1つ年下だと聞いた覚えがある。
彼女となら子が出来るだろう。
思い合った2人が結ばれれば神様もこんな悪戯ではなく子を授ける。
ならばこの腹の子も一緒にイーストノア王国に帰ろう。
吹っ切れたようで吹っ切れていないこの気持ちはきっとチェザーレがヴィアナを長く思っていた気持ちだと思うと、今まで誰かを切実に望んで、欲した事がないシャルノーは嬉しくもあった。
――わたくしにこんな感情があったなんて――
「殿下に感謝しなければ」
小さく呟いてシャルノーは迎えに来たリンドベルトの手に手を添えた。
舗装はされて歩きやすくなった小道。
歓迎の宴の帰りも誰にエスコートされる事もなかった。
そして初めての夜会。
結婚したのに、まさか兄にエスコートされることになるとは思いもしなかった。
「シャル、どうした?」
「んん?何でもない。歩きやすいなと思ったのよ」
「そうか。辛かったらもう国に帰ってきてもいいんだぞ」
「まだよ。この国でやる事があるの。法を作るのよ」
「無理をするな」
リンドベルトの声は優しいが、自分がエスコートを突然しなくてはいけなくなった理由は従者から聞き及んでいる。政略とは言え、リンドベルトは妻をそのように扱った事は一度もない。
腹立たしさも感じるが、妹のシャルノーがまだやりたい事があると言うのなら手を貸すだけだ。
砂のような火山灰を踏みしめる音から楽団の奏でる音楽の方が耳に入るようになると目の前に王宮が現われた。
「さぁ!お兄様。今日のダニ退治もエスコートよろしくね」
「へぇへぇ。可愛い妹の下僕となって働きましょうかね」
「妹…そうだ、お兄様、妹って可愛いの」
「なんだ突然。可愛いに決まっているじゃないか」
「昔好きだった人が妹になっても可愛いと思う?」
「はぁ?そりゃ浮気の言い訳だろ。本当だったら真正の変態だ」
――あぁ、やっぱりそうだったか――
少し悲しくなったシャルノー。しかしお腹がポコンと動いた。
「よし!頑張れる」
「な、なんだぁ?急に」
「なんでもないっ!早く行きましょう」
シャルノーはリンドベルトの腕を引いた。
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