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7:世界一の悪妻になる宣言

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魔道馬は走るのが好きと言うのは本当らしく、休憩をするのは手綱を引く御者さんとアベラルドさんが交代をする時か、御不浄休憩のみ。

見る間に幾つもの山を本当に超えて、ガタンと揺れたのは着地をしたのだとか。
それまで椅子に座っているだけだったのに、ガタゴトと揺れを感じると揺れすら懐かしく感じてしまいます。

辺境までの道のりは通常ですと1カ月はゆうにかかる距離ですが、王都を出立して5日目。「揺れを感じない」走りは僅か3時間で御座いました。

「この曲道を曲がり切ったら領地が見え始めます。驚かないでくださいね」


ニコニコと笑っているアベラルドさんですが、声のトーンが少し落ちます。
「貧しい」と言っていた事や「焼き畑」のようになったと聞きましたが、ガタゴトと走り、木の合間から平野部が見え始めるとわたくしは言葉を飲み込んでしまいました。


「戦で焼かれてしまったんです。7回いや8回だったかな。僕が来る前はここが戦場になった事もあったそうです。両国の兵士を弔った墓標はお金がなくて…別々にしてあげたかったと仰ってました」

見渡す限りの畑だった土地は真っ黒に焦げております。まるで荒野のよう。
稲穂などが燃えただけではなく、油を撒いてそこに火を点けたため黒く板のようになった塊が表面を覆い、剥がしてはみたものの、土の中にも燃えた油のカスや、燃えずに浸潤してしまった油で作物を植える事も出来ないと言います。

広い畑だった場所を両側にまっすぐ伸びたあぜ道を走る馬車がガタンと止まります。

「突然なのですが、実際に見て頂きたいんです」

馬車が走っていた時も感じていましたが、停車し扉が開くと何とも言えない匂いがしてきます。これが田畑を覆っている油の臭いなのでしょう。

馬車から降りると土は油でグジュグジュかと思えば逆で乾いているけれど塊が多いと感じます。アベラルドさんはしゃがみ込んで「板」のようになった塊を起こすのです。

「この板のようになったのは油が燃えて残った残骸です。ところどころに付いているのは稲穂なんですが、ここを見てください。黒いままでしょう?」

板の下敷きになっていた土は真っ黒です。
アベラルドさんは土をひと掴みすると手のひらで解していきます。

「地表がこのように覆われているので土は冷えたままなんです。この黒い板に阻まれて雑草一つ生えません。見える範囲一帯、戦が終わって2年、燃やされて3、4年になりますけど変わらないんですよ。草が生えないのでずっとこの状態なんです」

さっと指で示すのは遠くに見える山。そこも戦場になった事で山火事が発生。緑に見えるのは植林した若木なのだそうです。


「国に補助を申請したんですが、敗戦の賠償金でそれどころではないと。平野に植えられないのなら斜面に植えろと。無茶ですよね。あの植林だって何人が滑落でケガをした事か」

肩を竦めるアベラルドさんですが無念さが伝わってきます。
ですが、領主であるヴィゴロッソ様はこのままで何故放置をされているのでしょう。理解に苦しみます。


そして、1組の親子連れがやって来たのです。

「アベラルドさん。あぁ奥様を!連れて来てくださったのですか!」
「アベラルドさんっ!ちゃんとギュって祈って来たよ!」

父親らしき人の影から出てきた子供は小さな手を祈りの形にあわせております。
びっくりするほど細い手足に首。痩せているどころではありません。

聞けば、お葬式の帰りなのだとか。
毎日どこかで誰かが亡くなっていく。それがこのレブハフト辺境領の現実で御座いました。

「奥様はいっぱいお花を咲かせる人なんでしょう?!」

女の子がわたくしにキラキラした瞳を向けて話しかけるのです。

「こらっ!エミリー。奥様のお召し物が汚れるだろう!」

父親の声に差し出した手を止めるエミリーさん。
わたくしは、その小さな手をギュっと握り、しゃがみ込んだのです。
思わず抱きしめてしまいました。

「わぁ♡奥様っていい匂い」

細くてガリガリに痩せてしまった体。
子供だったらもっとふっくらしていてもいいのに。

「来るのが遅くなってごめんなさい。沢山お花を咲かせるわ」
「うんっ!」

出来もしない約束はするものではありませんが、庭で育てた野菜のようには出来なくても頑張ってみよう。わたくしはそう思ったのです。




「こちらがこれからファマリーさんの住まわれる屋敷です。部屋もね、皆で準備したんですよ。足らないものや直す部分があれば遠慮なく言ってください」

アベラルドさんを先頭に後ろをついて屋敷に入ると、使用人の皆さんが出迎えてくださいます。

「わたくしは執事のルート。こちらは妻のシータ。奥様の専属侍女となります」
「シータです。よろしくお願いいたします」
「シータは旦那様の乳母でもあったのです。扱いに困ったら何でも相談してください」

その後も色々な部署のメイドさんや調理長、馬番の方や庭師さん、屋根などを補修したりする雑用係の方や、薪を確保したり管理する方、お屋敷に食材を運んでくる方など数十人をご紹介頂いたのですが、肝心な人がこの場にいないのです。


「あの、レブハフト辺境伯様はどちらに?」
「あ~‥‥」

執事のルートさんの視線は廊下の向こう。
どうやらお部屋にいらっしゃるようです。


「アベラルドが出立して、旦那様にはお伝えしたのですが…」

ハァと溜息を一つ吐かれて、ヤレヤレと言った風に手を軽く上にあげられます。

「好きにしろと仰っておりました。なので好きにすることにしました」

――わぁぁ、イッツア、フリーダム(棒)――


レブハフト辺境伯様も突然の事で驚かれたのかも知れません。結婚するつもりはなかったのかも知れませんし、意中のお方がいらっしゃったのかも知れません。

元々ここに来るのではなく、どこか放浪して働き口があればそこを終の棲家にすればいいと思っておりましたし、出て行けと言われれば‥‥せめて植物を何か植えられる区画でも出来る頃まで辛抱頂ければ、お暇させて頂いてもやぶさかでは御座いません。

何よりご挨拶をせねばとお部屋に案内をして頂いたのです。

コンコン♪

「旦那様、ファマリー様をお連れ致しました。旦那様?起きてますよね?」

――え?こんな時間まで寝てるの?もう昼の2時過ぎよ?――

「旦那様、入りますよ?旦那――」(バシっ)

内側から何かが扉に当たった音がして、扉がブィィンっと振動しております。
何があったの?と思いましたら、部屋の中から扉越しに怒声が聞こえました。

「五月蠅い!とっとと追い出せ!」

その声に執事のルートさんがドアノブを回しましたが鍵がかかっているようで開きません。
仕方なく扉を挟んで会話となってしまいました。


「あの、レブハフト辺境伯様、わたくしソード伯爵家から参りましたファマリーと申します。扉越しに失礼を致しますが、ご挨拶をと思いまして」

「黙れ!挨拶などいらんっ。さっさと帰れ!」


レブハフト辺境伯様のご事情は多少伺っております。スカップ王国の人間など顔を見る、いえ声を聞くのも嫌なのでしょう。ですが…わたくしだって兄は戦地で戦死、父も帰路の途中で負傷が元の戦死で御座います。

それを置いても、先ずはこの領地の惨状に目を向けるのが先。
わたくしの魔法を知って、皆さんはこんなに期待をしてくださっているのに。

「(どんどん)お話だけでも出来ませんか?妻と言う立場は無くてもいいんです。この領地を――」

「貴様如きが領地を語るな!スカップの犬が!」

「語る以前に教えて頂きたい事があるのです」

「貴様に教える事など何もない!なんだ?またここを戦場とする気か!」

「そうではありません。わたくしでお役に立て――」

「スカップの人間が役に立つ事などある筈がないだろう!烏滸がましいッ!」


んんん‥‥この調子でかれこれ10分。苛ついて参りました。
キョロキョロと見回すと、窓を補修されていたのでしょうか。くぎ抜きのついた金槌があるではありませんか。

トトトっと窓に近寄り、金槌を手にしたわたくし。
思いっきりドアノブに叩きつけたのです。どうしても開かない扉は最終手段として物理で壊す。戦場で老兵の方にそう教わりましたもの。

数回叩きつけるとドアノブが床にゴトリと落ちましたので思い切り扉を蹴り飛ばしたのです。

「強引で申し訳ございません。レブハフト辺境伯様お話をしましょう」

「黙れ!もう妻気取りかっ!さっさと帰れ!」

「ですから!妻だのはこの際どうでもいいので領地や領民の皆さんの――」

「五月蠅いと言ってるだろう!聞こえないのか!」

えぇい!どうにでもなれ!!
わたくしは手にしていた金槌で壁をひと叩き!ボッコリと穴があき、金槌が外れません。

「スカップ王国の妻などとんだ大恥、悪妻だ。この乱暴者が!」

「上等です!なら世界一の悪妻になってやるわ!見てらっしゃい!」


売り言葉に買い言葉なのはわかっております。
だけど、領地の現状を話し合いたいだけなのにスカップだのそれを盾にするのに腹が立ってしまったのです。
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