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第08話  セルジュ(人間)の出自

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人間のセルジュは3カ月前にボートレイナ王国にやってきた。
その前までは国境を介する帝国の貧民窟で生活をしていた。

父親は第5騎士団に所属をしていたが、母親はセルジュが9歳の時に獄中死。
父親の給料日には借金取りが押しかけて僅かな給金を全て奪っていく。

物心ついた頃にはゴミ置き場で売れそうなものを拾っては磨き、市場で売ってパンを買う。それが当たり前の日々で、何時だったか父親に聞いた事があった。

『何故こんな暮らしをせねばならないのか』と。

騎士である父を持つ者はそれなりの生活をしているのに、明らかにかけ離れた生活。
そこでセルジュは母親が作った借金を父が払っているのだと知った。

詐欺を働いた母に対して父親のニルスは『シルビアに騙された。本当なら俺はクラリスと幸せな生活をしていたはずなのに』と酒場の裏に転がるワイン瓶に水を入れて僅かなアルコール臭のする液体を浴びるように飲んでいた。

ワイン0.1%、水99.9%の液体で酔う事は出来ず、父親のニルスはよく水中毒を起こしていた。

返し終わるまで30年とも40年とも言われた借金。
セルジュは13歳で戦地の傭兵に志願し、最初は前線への物資補給、慣れてくると銃剣を持って前線に立った。12年という年月、死線を超えて得た金で借金を払い終わったのは昨年のこと。

父親は水で薄める必要もなくなったワインを飲み、水中毒を卒業したと思ったらアルコール中毒になった。こんな父親でもいなければ自分は産まれていないと面倒をみていたが、セルジュが稼げばいいと勝手に第5騎士団を辞めてしまった。大喧嘩の末に禁句を吐き捨てた父ニルス。

親子喧嘩は日常茶飯事。だがその日、セルジュの父ニルスは酒を飲んでいなかった。働けと言う癖に父のニルスはセルジュが前線で得た金で買った剣を売って酒と女を買っていた。


『お前なんか生まれてなければ良かったんだ!どれだけ俺が苦労したか!その顔を見るとシルビアを思い出す!お前なんか息子でも何でもない!金を置いて出て行け!』


怒鳴り声と一緒に中身の入ったワイン瓶が飛んできてセルジュの肩に当たると落ちて割れた。立ち尽くすセルジュをニルスは飛び掛かるように胸ぐらを掴みあげ家の外に追い出した。

身の丈も腕力もセルジュの方がニルスより大きく強かったが、そんなニルスでもセルジュの父親。セルジュは反抗して手を挙げることはなかった。

玄関前には安い香水の強烈な香りを漂わせる娼婦がいて、セルジュと入れ替わるように家の中に入って行った。セルジュは着の身着のまま。関所を通るための金もないので道なき道を歩き、木の実を拾ったり、時に干上がった川で行き場を失った魚を捕まえて食べ、ボートレイナ王国にやってきた。

父の言葉に親子である事、生まれた事を否定され独りぼっちのセルジュは屠畜場とちくばの近くを通りかかった時に茂みで草を食べるヤギと出くわした。追い払っても付いてくるヤギ。

ヤギはセルジュが『めぇぇ』と言えば『メェェ』と鳴く。
『めぇめぇめぇ』と言えば『メェメェメェ』と鳴く。

それからは人通りが多い公園の一画で「ヤギショー」を開きオヒネリでパンを買う流浪生活。風の向くまま気の向くままで王都にやって来て芸をしようとしたがヤギの機嫌が最悪。

裏に引っ込んだところにアイリーンがやってきたのだった。





「この場合・・・ボートレイナ王国ではヤギは拾得物ではなくて…野良犬とかと同じ扱いになりますね。野良ヤギってなるのかなぁ…飼い主が判るように首輪をつけて小屋も用意しないといけませんけど」

侍女ジェシーの言葉に人間のセルジュは項垂れた。
自分でさえ橋の下で眠るか星空の下で眠るかなのに小屋なんか持てるはずがない。
「楽して日銭生活」もこれで終わりか。

が、アイリーンの言葉にハッと顔をあげ、希望を見る人間のセルジュ。

「ねぇ、ジェシー・・・侯爵家に連れて帰ってはダメかしら…」
「どっちのです?」

ジェシーの問いは当然であるが、自分が選ばれる事はない。ヤギに負けたと人間のセルジュはまた項垂れた。

「セルジュに決まってるわ」
「アイリーンさん・・・こう言ってはなんですが、両方セルジュさんなんですけど?」
「こっちのイケてるセルジュに決まってるじゃない!」

が‥‥人間のセルジュはアイリーンに言った。

「そのヤギ・・・メスだけど?」

アイリーンはヤギのセルジュと目が合う。

「メェェェ~♡」
「本当なの?セルジュ・・・」
「メェェ~」
「そんな・・・ごめんなさい。今まで男の子だとばかり・・・でもセルジュの事が大好きなのは変わらないわ」

ギュッとヤギのセルジュを抱きしめるアイリーンにジェシーは告げる。

「教会の厩舎に預かってもらいますか?数日なら人間も一緒に預かって貰えますよ」

「人間はどうデモ・・・いえ、そうしてくれる?」


人間のセルジュにしてみれば有難い話。教会で出される食事は贅沢ではないけれど温かい。今のセルジュにはとびきりのご馳走である。

――ヤギも拾ってみるモンだな――



★~★

思わぬ再会にアイリーンは足取り軽くオルコット侯爵家に戻ってきた。

早速明日はセルジュヤギに差し入れをせねばと厨房に行き「イチイとキャベツ」をシェフからもらい受ける。

――もう何も要らないわ。セルジュと会えたんだもの――

幸いにもアイリーンと侯爵夫妻との仲は良好。執務は王都でなくても出来るとあってアイリーンは早々にどこかの領地に移住しようか。そんな事も考えながら袋にイチイとキャベツを入れていく。

夫のベルガシュは本当に屋敷に戻る事はなかった。
結婚と言っても書面を提出すれば夫婦となり、教会などで華々しい式をする必要はない。あくまでも結婚式はオプションであり任意。

アイリーンはふと、思う。

――もしかしたら結婚した事も知らないままなんじゃ――



アイリーンの心配はその点に於いて杞憂だった。

嬉々としてセルジュへの贈り物を袋に入れるアイリーンの元に家令のブレドがやってきて、次年度の作付けについて家令のブレドと話をしていた時だった。

不躾に会話に割り言った夫と初めて対面する事になったからである。


「お前が俺の妻になった女か。残念だが俺の妻はお前ではない。さっさと荷物を纏めて出ていってもらおうか」


ベルガシュの言葉にアイリーンは家令のブレドに目で問う。

『枯れ井戸に落としてもいいかしら?』

家令のブレドも目で答えを返した。

『肥溜めではなく?』

家令のブレドは65歳だが、なかなかに話の判る男だった。
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