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第17話 今は表なのか裏なのか
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エリアスを信じて打ち明けてやれというパンディトンだったがグラシアナは首を縦には振らなかった。
エリアスが自分に甘いのはよく判っていたし、それが意図的にそうしようとしてものではなく本心であり、時に無意識下の行動だろうなと感じ取ってはいたが、グラシアナを信じさせるには圧倒的に時間が足りていなかった。
パンディトンとは鍛錬と言う時間だけだが、16年という時間がある。
それに対しエリアスはたった2週間ほど。
負傷し目が覚めて両親とすらほぼ初めて親子らしい会話を交わしたのにその両親もグラシアナに感じさせたのは自己都合による失望だった。
「記憶がないとなれば妃教育は1からになるでしょう?その上で歩くにも支障があるとなれば立場は無くなると思ったの」
「しかし、そんな事をすれば殿下の隣にはあの令嬢が立つことになる。いいのか?」
「勿論。好き合っているんですもの。ご立派な国王と王妃になれるんじゃないかしら。とってもお似合いだと思うのよ?私ではきっと無理だったでしょうし」
「僅かでも後悔をしているのなら言えばいい。記憶喪失はある日突然記憶が戻る事もあると聞く。誰も責めたりはしない。今なら何事もなく戻れる」
グラシアナの気持ちの中にもしかするとパンディトンだけは「戻れ」とは言わないと思う気持ちがあった。裏切られた気持ちになりつい声を荒げてしまった。
「戻る?あの場所に?冗談じゃないわ。私は人間でしょう?お人形さんじゃない。俺たちの教える剣は殿下を守る為じゃない、自身を先ずは守るためだ、そう言ったのはクマトン騎士でしょう?!確かに記憶がないとか、こうやってちゃんと歩けるのに支障があるように装うのは褒められた事じゃないのは解ってるの!解ってるけど!」
「落ち着け。判ったから落ち着くんだ」
「判ってない!誰も、何も、私の事なんて解ってくれる人なんていない!こうでもしなきゃ…やってられないじゃない。好きな事も出来ない。決められた事を卒なくやればいい。夫となる人は他の女性を愛している。自分を守るにはこうするしかなかったの!逃げる絶好のチャンスだと思ったの。それがいけないの?なんで私だけはそう思っちゃいけないの!あっちはあっちで勝手にやればいいのにどうして面倒しかない場所に戻らなきゃいけないの!」
心が悲鳴を上げている。王宮での鍛錬中にも教育中にもこんなに自分の気持ちを吐き出した事も無かった。それでもグラシアナの目からは涙も零れない。
泣く事も出来ないグラシアナをパンディトンは強く抱きしめた。
――力技で連れ戻されちゃう!――
そう感じたグラシアナは護身術で習ったように膝を真上に突き上げようとしたのだが、敵はさる者。その護身術を教えたのがパンディトンなのだから足の動きを封じられてしまった。
「教え子には満点をやりたいが、ここで食らう事は出来ないな」
「離してっ!」
「いいや。離さない。安心しろ。俺もエリアスも味方だ」
「味方?殿下の??」
「まさか。何が嬉しくてあんなシモユル殿下の味方をせにゃならんのだ」
「だって…近衛騎士だし…近衛隊ってそういうものでしょう?」
「今は勤務中じゃない。俺はただのパンディトン。お嬢の師匠でもないクマトンだ。教えてもらわなかったか?人には表と裏、本音と建前があるって」
――じゃ、今は表なの?裏なの?――
じたばたと足掻いてもパンディトンから逃げられるはずもない。近衛騎士の中ではおそらく1、2を争う腕を持つのに何故か試験に合格できず昇進出来なかっただけ。グラシアナは観念して暴れるのを止めた。
「落ち着いたか?」
小さく頷くとパンディトンの腕の力が緩んだ。
顔をあげると風がスゥっと頬を撫でて先程までの温かさを奪っていった。
「こんな気持ちを持つ事が出来たのは近衛騎士の皆さんのおかげだし感謝はしているの。嘘をついている事については申し訳ないと感じてるわ。でも・・・もう嫌なの」
パンディトンはグラシアナの前に膝をついてその顔を見上げた。
「じゃぁ殿下がもう浮気はしない、お嬢だけだと改心したらどうする?」
「改心?どうしてそんなものが必要なの?」
グラシアナは思う。
好きなら好きでいいじゃないか。もし気持ちを押し通す事で立場を失うのが嫌なら最初からしなければ良い事だ。それも覚悟をして行ったのではない中途半端な気持ちはイメルダにも失礼だろうと思う。
こちらは逃げられない立場で受け入れるしかない。行き場のない思いをぶつける事も出来ず、諦めるしかなかった。
「そうだな。改心なんて要らないな。では質問を変えよう。王妃になれなくてもいいのか?今までその為に辛い事にも耐えてきただろう?それは王妃になる為じゃ無かったのか?」
「周りから見ればそうだったでしょうけど、私は決められた事をするしか道が無かっただけ。7歳の時に私には両親と兄がいる。そう聞かされたけれど、だから何なの?としか思えなかったの。だってそれまで自分には親とか兄とか存在も無かったのよ?嬉しいと思えば良かったの?それとも哀しい方が良かった?自分の感情を考えなきゃいけない王妃って何なの?そんなのなりたくもないわ」
「今、ならなくていい瀬戸際だもんな。じゃぁこの後はどうするつもりだったんだ?」
「どうするって言われても…まぁ…程度は別として怪我をしたのは本当だからオルタ侯爵家からの賠償金で田舎に引き込んで暮らそうかなとか…だけど時間が経つと判るの。現実的じゃないわ。私は1人じゃ着替えも出来ないし食事だって食べることは出来るけど作ることは出来ないもの。結局・・・誰かの世話になって生きるしかないわ」
「じゃぁ、その世話は俺がする」
「えっ?!」
――クマトン騎士って侍女の仕事もできたの?――
パンディトンとしては、この流れなら!っとかなり思い切って踏み込んだ発言だったが、グラシアナは斜め上の想像をしてしまった。
何事も直球を投げねば伝わらない事もあるのだ。
エリアスが自分に甘いのはよく判っていたし、それが意図的にそうしようとしてものではなく本心であり、時に無意識下の行動だろうなと感じ取ってはいたが、グラシアナを信じさせるには圧倒的に時間が足りていなかった。
パンディトンとは鍛錬と言う時間だけだが、16年という時間がある。
それに対しエリアスはたった2週間ほど。
負傷し目が覚めて両親とすらほぼ初めて親子らしい会話を交わしたのにその両親もグラシアナに感じさせたのは自己都合による失望だった。
「記憶がないとなれば妃教育は1からになるでしょう?その上で歩くにも支障があるとなれば立場は無くなると思ったの」
「しかし、そんな事をすれば殿下の隣にはあの令嬢が立つことになる。いいのか?」
「勿論。好き合っているんですもの。ご立派な国王と王妃になれるんじゃないかしら。とってもお似合いだと思うのよ?私ではきっと無理だったでしょうし」
「僅かでも後悔をしているのなら言えばいい。記憶喪失はある日突然記憶が戻る事もあると聞く。誰も責めたりはしない。今なら何事もなく戻れる」
グラシアナの気持ちの中にもしかするとパンディトンだけは「戻れ」とは言わないと思う気持ちがあった。裏切られた気持ちになりつい声を荒げてしまった。
「戻る?あの場所に?冗談じゃないわ。私は人間でしょう?お人形さんじゃない。俺たちの教える剣は殿下を守る為じゃない、自身を先ずは守るためだ、そう言ったのはクマトン騎士でしょう?!確かに記憶がないとか、こうやってちゃんと歩けるのに支障があるように装うのは褒められた事じゃないのは解ってるの!解ってるけど!」
「落ち着け。判ったから落ち着くんだ」
「判ってない!誰も、何も、私の事なんて解ってくれる人なんていない!こうでもしなきゃ…やってられないじゃない。好きな事も出来ない。決められた事を卒なくやればいい。夫となる人は他の女性を愛している。自分を守るにはこうするしかなかったの!逃げる絶好のチャンスだと思ったの。それがいけないの?なんで私だけはそう思っちゃいけないの!あっちはあっちで勝手にやればいいのにどうして面倒しかない場所に戻らなきゃいけないの!」
心が悲鳴を上げている。王宮での鍛錬中にも教育中にもこんなに自分の気持ちを吐き出した事も無かった。それでもグラシアナの目からは涙も零れない。
泣く事も出来ないグラシアナをパンディトンは強く抱きしめた。
――力技で連れ戻されちゃう!――
そう感じたグラシアナは護身術で習ったように膝を真上に突き上げようとしたのだが、敵はさる者。その護身術を教えたのがパンディトンなのだから足の動きを封じられてしまった。
「教え子には満点をやりたいが、ここで食らう事は出来ないな」
「離してっ!」
「いいや。離さない。安心しろ。俺もエリアスも味方だ」
「味方?殿下の??」
「まさか。何が嬉しくてあんなシモユル殿下の味方をせにゃならんのだ」
「だって…近衛騎士だし…近衛隊ってそういうものでしょう?」
「今は勤務中じゃない。俺はただのパンディトン。お嬢の師匠でもないクマトンだ。教えてもらわなかったか?人には表と裏、本音と建前があるって」
――じゃ、今は表なの?裏なの?――
じたばたと足掻いてもパンディトンから逃げられるはずもない。近衛騎士の中ではおそらく1、2を争う腕を持つのに何故か試験に合格できず昇進出来なかっただけ。グラシアナは観念して暴れるのを止めた。
「落ち着いたか?」
小さく頷くとパンディトンの腕の力が緩んだ。
顔をあげると風がスゥっと頬を撫でて先程までの温かさを奪っていった。
「こんな気持ちを持つ事が出来たのは近衛騎士の皆さんのおかげだし感謝はしているの。嘘をついている事については申し訳ないと感じてるわ。でも・・・もう嫌なの」
パンディトンはグラシアナの前に膝をついてその顔を見上げた。
「じゃぁ殿下がもう浮気はしない、お嬢だけだと改心したらどうする?」
「改心?どうしてそんなものが必要なの?」
グラシアナは思う。
好きなら好きでいいじゃないか。もし気持ちを押し通す事で立場を失うのが嫌なら最初からしなければ良い事だ。それも覚悟をして行ったのではない中途半端な気持ちはイメルダにも失礼だろうと思う。
こちらは逃げられない立場で受け入れるしかない。行き場のない思いをぶつける事も出来ず、諦めるしかなかった。
「そうだな。改心なんて要らないな。では質問を変えよう。王妃になれなくてもいいのか?今までその為に辛い事にも耐えてきただろう?それは王妃になる為じゃ無かったのか?」
「周りから見ればそうだったでしょうけど、私は決められた事をするしか道が無かっただけ。7歳の時に私には両親と兄がいる。そう聞かされたけれど、だから何なの?としか思えなかったの。だってそれまで自分には親とか兄とか存在も無かったのよ?嬉しいと思えば良かったの?それとも哀しい方が良かった?自分の感情を考えなきゃいけない王妃って何なの?そんなのなりたくもないわ」
「今、ならなくていい瀬戸際だもんな。じゃぁこの後はどうするつもりだったんだ?」
「どうするって言われても…まぁ…程度は別として怪我をしたのは本当だからオルタ侯爵家からの賠償金で田舎に引き込んで暮らそうかなとか…だけど時間が経つと判るの。現実的じゃないわ。私は1人じゃ着替えも出来ないし食事だって食べることは出来るけど作ることは出来ないもの。結局・・・誰かの世話になって生きるしかないわ」
「じゃぁ、その世話は俺がする」
「えっ?!」
――クマトン騎士って侍女の仕事もできたの?――
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